第303話 王都
それから二日後――
僕達は順調に旅を続けていた。
道中では商人さんが馬車が壊れててそれの修理を手伝ったり、盗賊っぽい人たちが近隣の村で小物っぽく絡んでいたので、カレンさんとレベッカが正義感を剥き出しにしてボッコボコにしたりしてたけど平和だ。
ちなみに僕が前に出て行く前に二人が制圧してて出番が無かった。
エミリアとは喧嘩した日は、しばらく顔を合わせてくれなかったけど次の日には普通に話してくれるようになった。レベッカの言う通り、心の整理が付いていなかったのだろう。
代わりに僕の方がエミリアの顔が見れなくなったので、無意味に指輪の力で女の子になってたら周囲から突っ込まれた。そのせいで、異世界ネタ以外も弄られるネタが増えてしまったけど良しとする。
そして、ようやく僕達は王都へと到着した。
「ここが王都……」
僕はそう呟くと、後ろから軽く肩を叩かれて振り返る。
そこには同じく馬車から降りてきたカレンさんと、エミリア達の姿があった。
カレンさんは言った。
「そう、王都イディアルシーク。この大陸の中心部よ。
ここには、私を含めて腕利きの冒険者だった人たちが王宮や王都の仕事に就いているの。重要な施設だから魔物や物盗りなんかに入られないように、高い城壁に守られてるのも特徴よ」
「へぇー……」
僕は改めて外壁を見渡した。
確かに、凄い高さだ。少なくとも10メートル以上は軽く超えている。
『ま、魔物は入れないの?』
カレンさんの解説を聞いて、カエデが怯えたような声を出して翼を畳んで地上に降りる。
「あ、そっか……カエデは入れないよね」
どうしようかとみんなで相談していると、
王都の方から見える西の山の方に鳥が沢山飛んでいった。
『あ、ご飯……じゃなくて、私、じゃあしばらくあっちに行ってるね。
桜井君、もし準備が出来て街を離れるか、私に会いたくなったら契約の指輪を使って私を呼んでね』
「あ、うん」
僕の返事を聞いてからカエデは再び翼を広げて空を飛ぶ。
そして、さっきの鳥たちの群れに向かって飛んでいった。
「(カエデはいつの間にか居なくなっててしばらくすると帰ってくることが多いけど、ああいう風に動物を狩って食べていたのか……)」
中身は人間なのに、生活スタイルは完全にドラゴンのそれだった。
その様子を眺めていると、カレンさんが言った。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
カレンさんは僕達を先導するかのように、先に向かって行く。
王都の城塞の周囲は湖で囲まれており、その中心に城壁で隔たれた街があるそうだ。そこに行くまでに少し長い大掛かりな石橋を渡り、橋を渡ると城門が見えてくる。
門の前には衛兵らしき兵士さんが立っており、街は城壁に守られていて中を覗くことが出来ない。まるで外界と街の中を隔てているような境界線のような印象を受けた。
僕達が馬車で門の前まで進んでいくと衛兵の人たちに止められた。
彼らは、金色の鎧をまとっており、斧槍を装備している。
「止まれ!身分証を提示しろ!」
「はいよっと……これでいいかしら?」
カレンさんが懐から金色のカードを取り出すと、衛兵の一人が確認する。
「………これは、自由騎士団の副団長様、
カレン・ルミナリア殿でしたか。失礼いたしました」
「いえ、気にしないで頂戴」
「はっ」
衛兵さんは僕達が通る道を開けるかのように左右斜め後ろに下がる。
通っても良いという事だろうか。
それにしても、カレンさんは副団長という肩書を持っているようだ。
前から女騎士っぽいと思ってたけど、やっぱり騎士だったんだ。
でも、自由騎士団ってどういうことだろ?
「カレンさん、自由騎士団って?」
「あー、まぁ有体に言えば、フリーの傭兵団みたいものよ。
私みたいに冒険者上がりの人間が王宮に仕える様になると登録されちゃうの。
まぁ、お家柄が立派だからそのコネもありそうだけどね」
「ふむふむ……しかし、自由騎士団ですか」
エミリアも前に出て興味深そうに言った。
「エミリアも興味あるの? 実績を出せばあなたも入れるかもしれないけど……」
「いえ、私はどちらかというと自由を愛する身なので……」
そう言いながらエミリアは一歩後ろに引いた。
別に入りたいわけでは無かったみたいだ。単純な興味本位だろう。
「それよりも私、いい加減入りたいんだけど……」
姉さんが疲れた顔をして言った。
途中でリーサさんと御者を交代したせいで疲れがたまってるみたいだ。
顔に『すぐに休みたいー』って文字が浮かんでいるように見える。
「兵士の方々も道を開けて下さっておりますし、参りましょう」
レベッカは馬車の馬の頭を撫でて前に出ると、馬と繋がってる紐を軽く引っ張って前に進ませる。
「じゃあ、行こうか」
僕達は門を通って、王都の中へと足を踏み入れる。
リーサさんは一番後ろで畏まって、馬の馬体を押しながら進んでいく。
「わぁ……」
思わず声が出てしまう。
目の前には、今まで見たこともないような大きな街だった。石畳の地面、レンガ造りの家々、噴水のある広場……いや、噴水はこの世界の街は何処にでもある気がする。
それだけじゃなくて街の噴水施設の周囲には、台座のようなオブジェクトがそれぞれ四角形になるような形で配置されている。
街の奥にはこれまた頑丈な警備で固められてそうな王宮がある。
王宮の手前の門の前にはおそらく、この世界の女神様の二柱を模した銅像も配置されている。
王宮とその手前の門の境は、崖のような城壁となっていて、通れる場所は入り口で見たような大橋の一本道だ。
違いがあるとするなら橋の下の高さ。下は水が溜まっている様だが、かなりの深さがある。落ちれば水面に叩きつけられ、仮に生き残っていたとしてももし鎧を付けていたら浮上は難しいかもしれない。
橋の上の部分だけ綺麗に舗装されていて、見える景色は絶景とのことだ。
街全体が城壁に囲まれており、王宮は周囲が厳重に兵士に守られており、更に王宮へ通じる道は大橋一つのみ、通常時はその大橋の手前も厳重そうな門で守られている。
王都に入る時に通った石橋と同じような感じで、橋の上には武装した兵士が立っている。また、橋の前の門を越えると途中から緩やかな階段になっているみたいだ。
これは意図的に高低差を付けているらしい。
橋からの襲撃があった時、有利な状況から攻撃できる作りとのことだ。王宮側からすると階段下の様子は把握しやすいが、登る側は上の様子が把握しづらく長い階段で体力も消耗してしまう。
そこに弓兵や迎撃用の魔法で迎え撃つ形を想定している。
もっとも、ここまで侵入してくる時点でかなり追い込まれている状況なので、ここが最終防衛地点だ。実際にここまで魔物達の襲撃を許したことは今のところない。
当然人口も多く、今まで見てきた村は多くても数百人、街でも1万人いるか程度だったが、住まう人達の人数は十万人近くいるらしい。当然、その敷地の広さは他の街とは比較にならない。
防備も固められており、街中は至る所に王宮の兵士や、おそらく見張りや戦闘に使うと思われる高台が設置されている。
大砲のような魔道具まで設置されており、おそらくこれで城壁の上を飛んできた魔物を追い払っているのだろう。
街の中も、商業区と住民区などがしっかり分かれているだけでなく、
地位によって住まう場所も変わっており、王宮の近くほど大きな建物が増えて、防衛設備もより整っている。
この辺りとなると家の土台や素材からまるで変わっている様だ。
一般に言われる貴族階級の人間が住んでいるのだろう。
ここまでくると、街というよりは国と呼んだ方がいいかもしれない。
そんな王都を僕達はゆっくりと歩いていく。
「ここが王都……!」
レベッカは感激したように目を輝かせて言った。
「レベッカちゃん、嬉しそうね」
姉さんがレベッカに問いかけると、レベッカは嬉しそうに頷いた。
「はい! わたくしは、こういったお城に入るような経験を出来ると思っていなかったもので、とても喜ばしいです」
レベッカは、この地とは離れた遠い場所から一人で旅をしてきたと聞いている。
故郷を離れての旅路は、決して楽しいものではなかったに違いない。
「それにしても、これだけ広いと目移りしてしまいますね」
「うん、本当それ」
エミリアの言葉に、僕が苦笑しながら頷く。
「カレンお……カレンさん、今からどこに行けばいいの?」
「いま、お姉ちゃんって」
「言ってないから」
僕はカレンさんの言葉を遮るように言う。言い掛けたけど、後ろの女神様兼お姉ちゃんが凄い顔して睨んでそうなので否定しないと後が怖い。
「もう、つれないんだからー。んー、とりあえず私の住んでいる場所に行きましょうか」
「カレンさんって王都にも住んでたの?」
「えぇ、そうよ。王宮で働く以上、ここにも仮住まいが無いと不都合だからね。
サイドの街に実家はあるけど遠すぎるし、拠点を移すことが多くてサクラタウンにも私の別荘があったりするわ」
「へー、凄いですね……」
「まぁ、自由騎士団の副団長だしね。仕事も多いし、仕方がないけどね……」
そう言いながら、カレンさんは肩をすくめる。
「それで、どっちにあるんですか? その、別荘というのは」
エミリアはカレンさんに尋ねると、カレンさんは王宮の方を指差して言った。
「奥の方に私の別荘があるわ。少し遠いから王都を様子を見回りながらゆっくり歩きましょうか」
「了解です」
エミリアは返事をする。
僕達は再び、王都の散策を始めた。
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