第665話 思春期特有の勘違い
「ノルン、お願いがあるんだけど」
僕は彼女の言葉に、一つの案が浮かんで提案をする。
「何かしら?」
「僕をカレンさんの隣で眠らせてほしいんだ」
「……どういう事かしら?」
ノルンは僕の言葉の意図が分からずに首を傾げる。
「おーい、ここを開けてくれー!!」
僕が皆に説明しようとすると、部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。
「リーサ、お願いして良い?」
「はいはい、お待ちを」
ノルンの指示でリーサさんがドアの施錠を外してドアを開ける。
「ったく、ようやく入れるぜ……」
部屋に入ってきたのは、先程僕が追い出したジュンさんだった。
「で、外から聞こえてたけど、上手くいかなかったみたいだな。どうするんだ?」
「それを今から説明します」
僕がそう言うとジュンさんは肩を竦めて、身体を壁に預けた。
「それで、レイ。眠らせてほしいってどういう意味なの?」
「言葉通り。……ちょっと事情は省くけど、ある魔法が理由で僕とカレンさんは、夢の中で対話することが出来るんだ」
正確に言えば、半身反魂術で呪いの共有をしてから稀に彼女の夢に入り込むようになった。僕がそれを自覚したのは、フォレス大陸でロイド・リベリオンに敗北した時だ。
あの時以前にも、何度か夢の中で会っていたみたいだけど、記憶が曖昧で忘れていた。
ノルンは『彼女の精神に入り込めるような魔法が使えれば』と言っていた。ならば夢の中に入ってカレンさんを起こすことが出来れば、呪いの解呪が可能なのではないだろうか。
「だから、僕が夢の中からカレンさんを起こすよ」
「……なるほど。上手く彼女の意識を浮上させれば、私のこの力が彼女にも効果が発揮できるかもしれない」
ノルンは納得した様子で言った。
だが、ジュンさんは反対に、胡散臭そうな視線を僕に向ける。
「待てよ。夢の中で対話だって? そんな魔法、俺だって聞いたことないぞ」
僕はジュンさんの方を向いて言った。
「実際、僕はカレンさんが意識を失ってから何度か夢の中で会ってるんです」
「お前、カレン副団長に惚れてただろ。彼女に会いたいって想いが夢で妄想って形で現れただけなんじゃないのか? 流石に鵜呑みに出来ねぇよ。団長が聞いたら大爆笑されちまうぞ?」
「ちょ」
僕の性癖を暴露されたようで、思わず反論しようとしてしまうが、今はそれ所ではない。
「そ、それは否定できませんけど……」
「……エミリアさんだけじゃなくて、カレンさんも好きだったの……? サクライくん、もしかして結構浮気性?」
ジュンさんのせいで、ルナにとんでもない疑惑の目を向けられてしまった。
「……確かに、妄想だと言われたら否定しきれませんが……」
しかし、僕の見たあの夢の感覚は限りなくリアルに近い。その夢で話した内容も今なら鮮明に思い出せるし、現実で話したカレンさんも夢の中で話した彼女も同一人物だと確信できる。
だけど、それを観測しているのは僕一人だけだ。他の人が聞いたら荒唐無稽過ぎて、ただの妄想や作り話と切り捨てられてもおかしくないだろう。事実、今まで誰も信じないだろうと思って誰かに伝えることはしなかった。だが、今はこれしか思いつかない。
「……あ、そうだ。リーサさんは夢の中で会ったりしませんでしたか?」
「私でございますか? いえ、カレンお嬢様の夢なら何度か見ておりますが、昔の思い出ばかりなので……」
「そ、そうですか……」
リーサさんも半身反魂術の影響下にあるため、もしかしたらと思ったのだけど……。
「……夢の中か……そうね、レイの言葉の信ぴょう性は今一つだけど……」
ノルンは僕をジト目でジッと見て何かを考える素振りを見せる。
「……決めたわ。それなら、私も直接彼女の夢に入ればいい。そうすればレイの言葉が正しいか分かるし、目を醒まさせるよりも手間が少なくて済む」
「ノルンも来てくれるなら心強いけど……出来るの?」
「前に言ったでしょう? 私はその気になれば、人の夢の中に入って『お告げ』という形で言葉を残すことが出来るの。応用すれば不可能じゃない……はず」
「はず?」
今、最後が少し頼りなかったような?
「実際に実行するのは初めてだし、夢の中に直接お邪魔することになるからあんまり自信が無いのよ。だから、レイのその不思議な夢に私も介入させてもらうわ」
ノルンはそう語るが、僕一人ならともかく、ノルンをどうやってカレンさんの夢の中に連れて行けばいいんだろう。
「私も貴方と一緒に眠ればいいの。貴方とピッタリ接触して同時に眠らないと失敗するかもだけど」
「の、ノルンちゃんとサクライくんが一緒に寝る……!?」
ルナは顔を真っ赤にして、声を裏返らせる。
「そ、それはダメだよ! ノルンちゃんは大人かもしれないけど、まだ子供だよ!! サクライくんとそんなエッチな事を……!!」
ルナは壮絶な誤解をしているのかあらぬ事を想像して必死に反対するが、ノルンは首を横に振ってから言った。
「あのね、ルナ。『寝る』ってそういう意味じゃないわよ」
「え? …………あ!」
ルナもようやく意味を理解したようで、余計に顔を真っ赤にする。
「ははは、ルナお嬢ちゃんは、レイとノルンがそういう事をすると勘違いしたわけか」
ジュンさんは、傑作だと笑う。
「わ、笑わないで!! さ、サクライくん、違うの!! 私、そんなはしたない勘違いする子じゃ……!!」
「や、分かってるから、落ち着いてルナ」
顔を真っ赤にして涙目で訴えるルナを、僕は宥める。
「話は纏まったようね」
ノルンが僕達に声を掛ける。
「うん。だけど、どうやって同時に眠ればいいの?」
「そうね……私は人を眠らせることは出来るけど自分に掛けるのは無理ね……」
「となると、僕とノルン以外に、<眠りの魔法>が使える人が居れば……」
僕は、リーサさんとジュンさんに視線を向ける。だが、ジュンさんは手を横に振って否定する。
「俺は魔法が得意じゃない。当身で気絶させることは出来るがそれだと寝たことにならないだろ」
「私も眠りの魔法は専門外でございますね」
リーサさんは申し訳なさそうに言った。
「じゃあ……どうする?」
僕達は誰に頼むか相談し始めると、顔を赤らめて小さくなっていたルナが立ちあがって小さく手を挙げた。
「えっと……私は、出来るよ?」
「本当!?」
僕は驚いて聞き返す。
「ほ、本当……二日前に、エミリアさんに教わったばかりだけど……」
「いつの間に……」
ノルンは少し前まで魔法なんて一つも使えなかったはずなんだけど。
「私も、皆の役に立ちたくて……船の中で、皆に頼み込んで、魔法の事を色々教わったの」
恥ずかしそうにルナは顔を伏せて言った。
「まぁ……ルナ様、素晴らしい魔法の才能でございますね」
「ああ、普通魔法ってそんな簡単に覚えられるもんじゃないんだが……」
リーサさんとジュンさんは、ルナの意外な才能に目を丸くしている。僕も二人と同意見だった。
基礎的な魔法なら僕も1日経たずに一つ覚えられた。
だけど、<眠りの魔法>なんていうそこそこ習得に時間が掛かる魔法を二日程度で習得するのはとんでもない才能だ。彼女に教えたエミリアも、ルナの才能にはきっと驚愕しただろう。
「ともあれ、それならルナに頼めばいいわね」
「うん、お願いして良い?」
「任せて!!」
ルナは嬉しそうな顔で返事をしてくれる。
僕とノルンはカレンさんの眠るベッドを背にして座って手を繋ぐ。
「もう少し密着した方が良いかしら?」
「そ、そんなに近づかなくてもいいんじゃないかな……」
「何言ってるのよ。成功率上げる為に、もっと近づいた方が良いに決まってるでしょ」
ノルンは呆れ顔で僕に指摘する。
「いや、でも……」
僕は思わず口ごもる。ノルンは女の子で、僕も男の子だ。ノルンの外見が幼いと言っても、大人びた態度と整った顔立ちもあって意識するなと言われても無理な話だ。
「ほらほら」
ノルンはそう言って、僕の背中を押す。その拍子に僕達の身体が密着する。
「あ、私達も横になってレイに抱きしめてもらった方が、より密着できるわね」
「(どんどんやることが過激になってる気がする)」
かなり密着してるがノルンは顔を赤らめたりしておらず、相変わらず無表情のジト目だ。反対に、僕はいくらノルンが子供の見た目でも恥ずかしくて顔に熱を感じていた。
何より、さっきから三人に見られているのが僕の羞恥心を膨らませる。
「あらあら、お二人とも仲睦まじいですわね。……カレンお嬢様ともこれくらいして頂ければいいのに」
「の、ノルンちゃんが羨ましい……あ、なんでもない、なんでもないよ」
「良いから早くやれよ……」
リーサさんとルナが意味深な言葉を呟く傍ら、ジュンさんは若干イライラした様子で言った。
「そ、それじゃ……
ルナは顔を赤くしながら魔法を唱える。すると、僕達の周りに白い霧が広がっていった。
「(……温かい)」
まるで春の草原で昼寝をしているような、心地良い温もりに包まれた僕は次第に瞼を重く感じていく。膝に乗せて抱きしめたノルンの重みを感じながら意識を深層に埋めていった。
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