第666話 ある意味逃げ場がないレイくん

【視点:レイ】


「……レイ、起きて」

「う……ん……?」


 僕の耳にノルンの声が届く。その声で僕は目を覚ました。


「ここは……」

 床に眠っていた僕は、上半身を起こして周囲を見渡す。そこは何処かのお屋敷の広い廊下だった。目の前には一つの扉があり、僕はその場所に覚えがあった。


「……カレンさんの屋敷だ」

「なるほど、どうやら上手くいったみたいね」


 僕とノルンは立ち上がり、目の前の扉に歩み寄る。


「ここに、彼女が?」

「うん、この先がカレンさんの部屋だから居るはずだよ」


 僕は頷き、扉に手を掛ける。そして、扉を開けた瞬間、中から光が溢れだして部屋の中の光景が映し出される。気が付くと、僕達もその部屋の中に入っていた。


「―――あら、レイ君。いらっしゃい」


 その声に、僕とノルンは振り返る。


 そこには、美しい長い青髪の美しい女性、カレンさんが椅子に座りながら、優しげな笑みを浮かべて僕を迎えてくれた。カレンさんは、銀色の長いロングスカートと白いブラウスに黒いチョーカーを首に付けており、貴族がパーティに出席するかのような美しいドレス姿だった。


「カレンさん……」


 僕は思わず彼女の名を呼ぶ。彼女の顔色はあまり良く無さそうだったが、それでも彼女は現実と違い、しっかり意識を保っているようだ。


「レイ君が私の夢の中に遊び来るのはこれで何度目かしら。でも、嬉しいわ」


 そう言いながら、彼女は視線をテーブルに移して置かれたティーポットを手に取って、空のティーカップに紅茶を注ぐ。


「さぁ、お茶会の準備が出来たわよ……って、あら?」


 カレンさんがこちらを振り向くと、僕以外にもう一人の客人の存在に気付く。ノルンの事だ。ノルンは自分に視線が向けられたことで、軽く彼女に会釈する。


「レイ君が遊びに来てくれたのが嬉しくて気付くのが遅れてしまったわ」


 カレンさんは上品な笑みを浮かべながら椅子から立ち上がり、スカートの裾を摘んでお辞儀をする。


「初めまして、私はカレン・フレイド・ルミナリア。フレイド伯爵家の娘……という事になってるわ。貴女の名前を聞かせてくれるかしら」


 ノルンは、「伯爵家……なるほど、上流階級のお嬢様なのね」と納得したように頷きながら、彼女の言葉に答える。


「ノルジニア・フォレス・リンカーネインよ。今は"ノルン"と呼ばれてるわ」


「そう、なら私も貴女の事を"ノルン"と呼ばせてもらっていいでしょうか?」


「構わない。私も、貴女の事を"カレン"と呼ばせてもらう」


「ええ、私もそう呼んで貰える方が嬉しいわ」


 ノルンの自己紹介に、カレンさんは優しく笑みを浮かべながら互いに一歩近づいて握手を交わす。


「(二人とも、物腰が凄く丁寧だ……)」


 カレンさんが貴族のお嬢様であることは知ってたけど、ノルンも彼女に劣らないほど気品がある対応だった。


 よくよく考えると、ノルンはミドルネームに国の名前が入っている。つまり、ノルンも貴族……いや、それどころか王の血筋という事になる。


 二人は会釈を済ませるとノルンは一歩後ろに下がる。カレンさんはノルンから僕に視線を移して言った。


「それで、レイ君。どうやって彼女はここに?

 私の夢の中に入ってこられるのは、貴方だけだと思ってたのだけど?」


「説明が難しいんだけど、僕を介してノルンがこの夢に入れるように手伝ったんだ」


「そうなの? レイ君だけでもそんなことが出来ることが驚きなのに、まさか彼が私の夢の中に誰かを招待してくれるだなんて思いもしなかったわ」


 カレンさんは僕の言葉から、ノルンがどうやって夢の世界に入ったのか理解する。


「という事は、ノルンは私に会うためにここに来たということね」


「ええ」と、カレンさんの言葉にノルンは即答する。続けて、「カレン、貴女に掛かった呪いを解くために、私はここまで来たのよ」と言う。


 そのノルンの言葉に、カレンさんは目を見開いて驚いた。


「そんなことが出来るの!?」


「ええ、可能よ。説明は難しいのだけど、私はそういう能力を持っている。この場で貴女の身体から呪いを抜き取らせてもらうわ。良いかしら?」


「是非お願いするわ。ずっと夢の中で過ごしてたのだけど、レイ君が来てくれないと退屈で仕方なかったのよ」


 カレンさんは嬉しそうに彼女の言葉に笑顔で頷く。

 しかし、次のノルンの一言でカレンさんの顔が羞恥に染まる。


「じゃあ、まずは服を脱いで」

「え?」


 カレンさんの笑顔が困惑に変わり、それから少しずつ赤みを帯びていく。


 ……僕もノルンの言葉に思わず、僕も反応してしまったのは内緒だ。


「貴女の身体に根付いてる呪いを解くために、出来れば裸になってくれると助かるわ」


「は、裸……で、でも、彼が居るし……」


 カレンさんは僕の方へチラチラと視線を送っている。その視線を受けて、ノルンは少し考える。


「仕方ない……レイは後ろを向いていてくれる?」


「あ、うん……部屋から出た方が良いんじゃ?」


 僕も緊張してしまい自分から美味しい状況を放棄するような発言をしてしまう。


 しかし、ノルンは首を横に振る。


「呪いを解いた瞬間、おそらくこの夢の世界が崩壊する。

 万一、私達と貴方が離れた場所に居ると、どちらかが崩壊した夢の世界に取り残されてしまう可能性があるの。出来るだけ傍に居た方が安全よ」


「……じゃ、じゃあ……後ろを振り向くだけでいい……の、かな?」


 僕はノルンと、その後ろで顔が真っ赤になったカレンさんに順番に視線を向ける。


 カレンさんは更に真っ赤になり、ノルンに、「あ、あの、下着くらいなら良いのよね?」と懇願する様に質問するが、ノルンは「ダメよ。衣服の下に呪いが残ってしまう可能性があるから全部脱いで」と、無慈悲に宣告する。


「うぅ……わ、分かったわ」


 カレンさんは観念したかのように言う。


「ドレスは一人だと時間が掛かるから手伝ってもらえるかしら?」


 カレンさんはノルンに頼むのだが、ノルンはこちらを振り向いて言った。


「レイ、手伝ってあげなさい」「え!?」


 まさかの言葉に僕は驚いて過剰に反応してしまう。


「ドレスは脱ぐのが手間だから貴方にも手伝ってもらった方が早いわ。大丈夫、流石に下着まで脱がせとは言わないから」


「で、でも……」


 僕はカレンさんに視線を移す。するとカレンさんは、「あ、あんまり見ないようしてくれると……」と顔を両手で隠しながら言う。


「わ、分かったよ」


 僕は了承するとカレンさんの背後に立ち、彼女の身体を見ない様にしながらドレスのボタンを一つずつ外していく。そして、最後の一つであるボタンを外すと、肩から紐を下ろしていく。すると、スルリと彼女のドレスが床に落ちる。


「……っ!!」


 純白の下着だけになったカレンさんは恥ずかしさで動けなくなり、思わずその場にしゃがみ込む。僕も慌てて視線を逸らした。


「御苦労様、レイ。私の今の背丈だとドレスの脱がすのも手間だったから助かるわ」


「そ、それなら良かったけど……」


「み、見られた……殿方に、下着姿を………!」


 しゃがみ込んで両手で顔を隠しながら、恥ずかしさで打ち震えるカレンさん。ノルンはその様子を見て僕に対して「ほら、いいから後ろを向いてなさい」と、手で虫を払うような動作をする。


「わ、分かった……後はお願い」


「任せなさい。……ほら、カレン。そんな所で固まってないで、そこのベッドに移動して」


 ノルンはそう言いながら、しゃがみ込む彼女に手を差し伸べ、カレンさんも恥ずかしそうにしながら彼女の言葉に従って移動する。


 それから、流石に僕もカレンさんの肢体を見ているわけにもいかず、部屋の隅に移動して彼女達に背を向けて待機する。


 そして、彼女がベッドに移動すると、ノルンが、「もう大丈夫だから下着を脱いで」とカレンさんに指示を出した。


「うぅ……私、もうお嫁に行けない……」

「なら、そこの彼にでも頼みなさい。それが一番ダメージが少ないわ」


 ノルンがそんな提案をして、彼女に催促する。


 ……そして、僕の背後から絹が擦れるような音がして、次の瞬間、床に柔らかい布切れが落ちるような音が続いた。


「(う、うわぁ……)」


 僕は恥ずかしさから顔を真っ赤にして壁にもたれる。

 背後で、カレンさんがノルンに下着を脱がされているという状況を想像しながら。


「……貴女、綺麗な肌してるわね……」

「ど、どうも……」


 ノルンの素直な感想に、どう反応していいか分からないカレンさんは困惑した様子でお礼を言う。


「はぁ、瑞々しい肌ね……本当羨ましい……」


「な、なにを言ってるの? ノルン、貴女なんて私よりも全然若いっていうか、子供じゃ……ひゃん!?」


「誰が子供ですって? これでも私は貴女よりもずっと年上よ」


「ちょ、ちょっと、やめ……!」


 ……それから、僕の背後で、カレンさんの「やん!」とか「あ、そこは……!!」とか「あ、そんなところ……ダメぇ……」とかの艶めかしい声が耳に入ってしまい、僕は壁に頭をぶつけて悶絶する。


「(うう……どうか早く終わってくれ……)」

 カレンさんの呪いが解けるまでまだ時間は掛かるだろう。しかし、僕の精神は限界だった。


 僕のすぐ後ろで憧れの人が裸になって、変な声を出しているのだ。


 そんな事を考えている状況ではないと頭で理解してるが、男として生まれた以上、どうしても一部が反応を示してしまう。


「(こ、こうなったら……!!)」


 いっそ、背後を振り返って後先考えず行動したくなる。


 だが、僕は衝動を必死に抑えるために―――


 ――ゴン、ゴン、ゴン、ゴン!!!!

 ……壁に何度も頭をぶつけて、自分の邪な考えを払拭する。

「(こ、これはこれで凄く痛い……)」


 しかしそのお陰で本能的な部分の発露が収まっていき、自身の欲望の暴走だけは抑えることが出来た。その間も、僕の背後からカレンさんの、苦しそうでいて何処か気持ちよさそうな声が聞こえてくる。


「……変な声を出さないでよ。こっちが集中出来ないでしょう」


「な、なら、あんまりお腹をくすぐらないで……って、下の方に手を這わせないで……はぅ!?」


「(う、うわあぁぁぁ……)」


 二人のそんなやり取りに、僕の脳内での妄想が更に過熱する。このままではいけないと思い、壁に頭をぶつけるスピードを更にアップさせる。もう滅茶苦茶だ。


 そんな事を僕がしている間もノルンによる解呪は進んでいるらしく、「くぅ……あっ!?」とカレンさんの苦痛に耐えるような声の後に、息も絶え絶えのカレンさんの吐息が伝わってくる。


 そして、それから数分後……。


「よし」、とノルンの小さな呟きが聞こえ、「もう服も着ても良いわよ」とカレンさんに言った。


 僕は、ホッと息を付く。これ以上長引いたら僕の理性が持ちそうになかった。背後を振り返りたい衝動を抑えた甲斐があったものだ。


 そして、息を乱しながらカレンさんが「……はぁ……はぁ………う、うん……」と、まるで、何かしらの行為を行った事後のような艶めかしい声で、僕の心を惑わせながらノルンに答える。


 そして彼女が身体に衣服を纏わせる音が聞こえてきて、「……レイ君、もう大丈夫よ」とこちらに声を掛けてくれた。


 僕は、少し動揺しながらも、背後を振り返る。

 そこには、行為を終えて身だしなみを整えたカレンさんの姿が……。


「え?」「………あ」


 僕とカレンさんの目が合った。しかし、着替え終わったと思われたカレンさんは下着は上下付けていたのだが、肝心のドレスがまだ床に転がったままで……。


「きゃああああああ!!」

「えっ、なんで着替えてないのっ!?」

「こ、こっち見ないで!!」


 カレンさんは、僕の視線から逃れるように慌ててしゃがみ込む。が、時すでに遅しだ。……僕はバッチリとカレンさんの下着姿を見てしまった。


「何やってるのよ、もう……」


 ノルンは呆れたような声で言った。


「と、とにかく、レイ君は後ろを向いてて!!」

「……うん」


 ……正直、ここまで待ったなら、もう下着姿くらい見せてくれてもいいんじゃ?なんて邪な考えが一瞬過ったが、流石にそれは言えなかった。


 そうして僕は、ノルンに「もう振り返っていいわよ」と言われるまで、ずっと壁の方を向いていたのだった。

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