第664話 カレンさんだけは絶対死守のレイくん

 カレンさんの病室に到着すると部屋のドアをノックし返事を待つ。


 数秒後、「お待ちください」という妙齢の女性の声が聞こえた。そして、扉が開かれるとそこにはカレンさんのお世話係のリースさんがメイド服姿で一礼していた。


「これはレイ様、長旅お疲れ様でございます」


 リースさんは、いつもの様に丁寧に挨拶してくれた。


「リーサさん、お久しぶりです。しばらく顔を出せずにごめんなさい」


「いえ、レイ様方がカレンお嬢様の為に動いてくださっているのを存じてますので。ええと、後ろに居られる方は……自由騎士団のジュン様と……?」


「ルナです」

「ノルンよ、よろしくね」


 ルナとノルンは彼女に挨拶する。


「ルナ様にノルン様ですね。私は、カレンお嬢様の侍女にしてお世話係のメイドのリーサと申します。以後、お見知りおきを」


 リーサさんは深く頭を下げて丁寧に挨拶を交わす。


「それでカレンさんの様子はどうですか?」

「それが……」


 僕の質問にリースさんは暗い表情を作ると、部屋の中へ招き入れてくれた。カレンさんは以前と変わらず目を醒ますことなく、ベッドに伏せたまま眠ったままだった。


 幸い、普段はリースさんやウィンドさんのお陰で彼女の身体は綺麗な状態を保っている。

 定期的に身体を拭いたり着替えさせたりはしているようだけど、それ以外にも彼女の傍にはメイドのリースさんとウィンドさん。そして、実家から幼い時から仕えているという専属医師を呼び寄せて、こちらに滞在してくれているそうだ。


「カレンさんの様子は?」

「変わらずです……」


 僕はベッドで眠るカレンさんを見つめながら尋ねた。しかし、リーサさんは眠ったまま起きる気配のないカレンさんをお世話し続けて消耗している様子だった。


 しばし、悲しそうな表情をしていたリーサさんだったが、


「……そうでした、レイ様!!」


 ハッとした表情をして僕に慌てた様子で言った。


「ウィンド様が病気で伏せってしまったのです!!」


 何事かと思い僕達は身構えていたが、それが既に既知の情報だったために僕達は脱力する。


「リースさん。それはもうレイに伝えてあるから大丈夫だ」


 背後に控えていたジュンさんは苦笑しながら言った。すると、リーサさんは少し驚いた表情をしてから、自分を恥じたように顔を赤らめる。


「そ、そうでしたか……申し訳ございません。わたくし、肝心な事を言い忘れてしまっていたので慌ててしまいまして」


「気にしないでください。それに、ウィンドさんの身体はもう大丈夫だと思いますので」


「なんと!? ……良かった……事情は分かりませんが、ウィンド様は助かったのですね……」


 リーサさんは胸を撫で下ろす。


「でも、ウィンドさんが倒れた理由は、あの魔法が理由でして……」

「あの魔法?」


 リーサさんは、僕の言葉に不思議そうな顔をする。

 僕はルナやジュンさんに聴こえてしまうと困るので、リーサさんの耳元に顔を近づけて、「ほら、<半身反魂術>ですよ」と小さく呟く。


「ああ、あの時の!!」

 リーサさんは思い出してくれたようで、ポンと手を叩く。


「実は、ウィンドさんもそれが理由で倒れてしまったみたいで……」と言いながら、僕は背後にいるノルンに視線を移し、「この子に治して貰ったんです」とリーサさんに教える。


「そうだったのですか……。ノルン様、ウィンド様を助けていただき感謝いたします」


 リーサさんは再び丁寧にお辞儀をする。


「別に……私は、彼に頼まれただけだから、そんな恐縮しなくても……」


 ノルンはやや照れながら、頬を軽く搔く。


「それで、同じ魔法を掛けたリーサさんも危険かもしれないので、ノルンの治療を受けてほしいんです」


「まぁ……私もですか? ですが、今のところ特に異常は……」


 疲れは感じるが身体に異常は無いと彼女は言う。しかし、もしもという可能性がある。僕はノルンの治療を受けてもらうように彼女を説得する。


「分かりました。レイ様がそこまで私の事を心配されているのでしたら」


 リーサさんの許可を貰って、僕は再びノルンにウィンドさんと同じ処置をお願いする。


「じゃあ始めるわ。悪いのだけど、上着を脱いでもらえる?ルナは彼女の着替えを手伝ってくれるかしら」


「はーい」


 ルナは彼女の衣服を脱がすのに手伝いに行った。


「あ、僕達は部屋を出ますね。ジュンさん、行きますよ」

「お、おう」


 僕はジュンさんに声を掛けて部屋を退出する。


 それから10分程経過し、部屋の外で待機していた僕とジュンさんが焦れてきた頃、ルナに呼ばれる。部屋に戻ると、リーサさんは着替え終えてメイド姿に戻っていた。


「ノルン、どうだった?」

「一応見てあげたけど、彼女、影響は殆どないみたいよ」

「そっか……」


 少し予想はしてたのだけど、リーサさんには影響が小さかったみたいだ。


「じゃあ、ノルン……後は、カレンさんなんだけど」

「うん、分かってる」


 ノルンは、深呼吸して今度は伏せているカレンさんに目を向ける。


「レイ様、もしやノルン様はカレン様の為にここにいらしたのですか?」


「ええ、フォレス大陸から来てもらいました」


「な、なんと……。ノルン様、お嬢様の為に………」


 リーサさんは恐縮したように、ノルンに頭を下げる。


「い、いや……気にしないで……レイ、この人、ちょっと礼儀正し過ぎないかしら……」


「あはは……」と僕は笑う。


「と、とにかく……始めるわね」


 ノルンは改めてカレンさんに目を向けて彼女のベッドの隣に腰掛ける。


「さ、ジュンさん。部屋を出ましょう」


「いや、副団長の治療となれば、同じ自由騎士団として立ち会わないと」


「絶対見たいだけでしょ!? カレンさんの下着姿だけは絶対見せませんからねっ!! さぁ、早く!!」


 僕は何か言いたげなジュンさんの視線をガン無視して手を掴んで部屋の外へと押し出す。そして、扉を閉じて中から施錠をする。


「ふー、これで良し……」


 ジュンさんには悪いけど、カレンさんのアレコレを他の人に見られるのは我慢ならない。


「もういいかしら、始めるわよ?」

「あ、うん。お願い」


 僕は背後のノルンの声にそのまま答える。


「それじゃあ始めるわね……」


 ノルンがそういうと、ぱたりと布団を捲る音が聞こえ、その後、服の布を擦る音が聞こえた。


「……どうでもいいけど、サクライくんは部屋から出ないの?」

「え?」


 ルナに言われて気付く。ジュンさんを部屋から追い出したのは良いが、肝心な自分も部屋から出るのを忘れてた。


「もしかして、サクライくん……」

「違うよっ!? 別に、カレンさんの裸が見たいとかそういう意味じゃ――」


 と、僕は大慌てで弁解する為に、後ろを振り向く。しかし、その視線の先にはノルンとリーサさんの手で上半身を裸にされた眠るカレンさんの姿を捉えてしまい、僕は思わず見惚れてしまった。


「って、サクライくんのエッチ!!」

 ルナが怒って、僕の目を手で覆う。お陰で視界が真っ暗だ。


「ご、ごめん!! いや、違うんだよ!!」

 僕は慌てて弁明しようとするが、ルナは聞く耳を持たずに僕の目を覆ったまま離してくれない。


「おい、レイ! お前ズルいぞ!!」


 扉の外では、ジュンさんがドアを叩いているのかドンドンと叩く音が聞こえた。


「ルナ、ごめん!! すぐに出るから!!」


「……五月蠅いわね。今、扉を開けるとジュンにカレンの身体が見られちゃうわ。ルナ、そのまま終わるまでレイの目を塞いでおいて」


「分かった!」

 ルナが頷く。僕は彼女の手から抜け出そうとするが、ルナの力は意外と強かったので、僕は抵抗を止めて、大人しくそのまま待機することにした。


 それから15分程度経過。今までの処置はこれほど時間が掛からなかったのだけど、上手くいかないらしくノルンは苦戦しているようだ。


 ノルンの困ったように唸る声や、彼女のサポートをしているリーサさんのオロオロしたような声が聞こえてくる。


 更に10分後。


「もう、こっちを向いても良いわよ」


 ノルンは疲れた声で、僕達にそう言った。


 同時に、僕の目を塞いでいたルナの手が僕から離れる。しばらく暗闇状態だったので、周囲の光が一瞬眩しかったが、ベッドの先のカレンさんは既に着衣済だった。


 ベッドの傍にはリーサさんが座っており、彼女がカレンさんの衣服を正したようだ。


「……ちょっと残念」

「聞こえてるよ、サクライくん……」


 僕の小さな呟きに、ルナはジト目で僕を睨む。僕は彼女の視線に汗を掻きながらも、こちらに歩いてきたノルンに声を掛ける。


「お疲れ、ノルン。妙に時間が掛かってたけど、何かトラブルでもあった?」

「いえ……その……」


 珍しくノルンが口籠る。僕は嫌な予感がした。


「……根付いてるわ、この子」

「根付いてる?」


 僕は意味が分からずに首を傾げる。


「この子に掛かった呪いの事。私の力を以ってしても1割程度しか削る事が出来なかった」

「そ、そんな……」


 リーサさんは、ノルンの言葉を聞いて頭を抱える。


「ノルンでも1割程度しか削れなかったなんて……」


 僕は、以前ノルンから聞いた話を思い出す。彼女の神依木の力を行使することで、元凶を根こそぎ消し去ることが出来ると聞いている。そんな彼女でも、たったの1割が限界だと言うのか。


「彼女の掛かった呪いの表面部分だけしか出来なかったの。これ以上、呪いに干渉しようとするなら、彼女の内面から処置を施す以外手が無いわ」


「そんな……じゃあ、どうすれば?」


 他に手立てがあるわけでもないので、僕はノルンに尋ねる他なかった。

 そんな僕の言葉にノルンは首を横に振る。


「私にもこれ以上の手立てはない……。彼女の精神に入り込めるような魔法が使えればいいけど、私にそんな力なんて……」


「カレンさんの……精神に……?」


 僕は、カレンさんが眠っているベッドに目を向ける。

 そして、ふと1つの考えが頭を過ぎる。


「ノルン……お願いがあるんだけど」

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