第729話 VSグラハム(決着)

 サクラとミントが戦いとも呼べない謎の触れ合いをしている一方で……。

 カレンは彼女達とは離れた場所で苦戦を強いられていた。


【視点:カレン】


「たああああああああ!!」

「……ふんっ!!」


 私は全力で目の前の『獣王』と化した男、グラハムに斬り掛かる。だが、奴の獣のように鋭く伸びた爪によってあっけなく攻撃を防がれてしまう。


 それどころか、反撃として、私の胴に蹴りを入れてきた。


「かはっ……!!」

「……弱い」


 強烈な一撃を喰らい、私の肺の中の酸素が一気に吐き出される。

 寸前の防御魔法のおかげで衝撃を和らげたお陰でダメージはそこまで大きいわけじゃない。しかし、このまま同じ攻撃が続くと不味いかもしれない。


「地上の英雄とはいえ、この戦闘形態には手も足も出ないようだな……」

「……っ」


 正直、反論の余地が無い。私は先程から手加減など何一つしていない。 奴に対して本気の攻撃を仕掛けているのに、軽く凌がれて今のように何度も反撃を受けている。


 だが、単純に反応速度が速いだけじゃない。


「はあっ!!」「無駄な事を!」


 私は諦めずに立ち上がり即座に斬り掛かる。予想通り、私の剣は軽く爪で防御され、残る片方の手の爪が私の身体を斬り裂こうと迫る。


 次の瞬間、私は密かに溜めていた魔力を解放。

 自身も巻き込むことを厭わずにゼロ距離からおよそ300㎝級の極大の<圧縮火球>ファイアバーストを一気に膨れ上がらせて大爆発を引き起こす。


「ぐうっ!!!」

「きゃああああっ!!!」


 私は事前に身体に防御魔法を仕込んでいるが、それでもゼロ距離の魔法を受けて一気に吹き飛ばされて地面を転がってしまう。


 対して、完全な不意打ちを受けたグラハムは爆心地に留まりそのま大爆発をモロに受ける。


「……く、なんとか直撃させたかしら……?」


 全身に火傷を負ったけど、なんとか立ち上がって自身に<自動回復>リジェネレイトを使用して自然治癒を早める。


 そして、ある程度爆発が弱まったところで、爆心地に近付いて奴の様子を伺う。


 だが――


「――大した威力だな」「!!」


 爆風が晴れて周囲が鮮明に見えるようになると、そこには全身から煙を上げているものの、平然としている奴の姿があった。


「(嘘……所々焦げているように見えるけど、ダメージを負った様子が殆ど無い……!)」


「渾身の一撃だったようだが、この『獣王』の身体には通用しない。

 今の俺は全身をオリハルコン並の硬さと耐性で硬化した状態で、人間を超えた俊敏性と反応速度で動いている。一言でいうなら『無敵』というやつだ」


 そう言って奴はニヤリと笑う。


「(無敵……確かにそうかもしれないわね……)」


 私の今の攻撃をまともに受けて殆ど無傷という事は、どんな攻撃も奴の肉体を貫通させることは出来ないという事だ。


 <憑依呪術>による伝説級の魔獣の加護を身体に宿しつつ、極限レベルまで鍛え抜いた<鋼鉄変化>で全身を伝説の金属並の硬さに変化させている。


 それでいて俊敏性と柔軟性も跳ね上がっているというのだからお手上げも良いところだ。


「(魔軍将級……下手するとそれ以上かもしれないわ)」

 

『賢者』の割に使っている魔法は上記の二つだけのようだが、その二つだけでこの男は今の私よりも圧倒的に強い。


「(正直、自尊心が傷付いちゃうわね……これでも私は英雄って持て囃されてたんだけど、ここ最近ずっと苦戦しっぱなしよ……)」


 レイ君やサクラに上を行かれるのは仕方ないと思っている。


 二人は『勇者』という特別な存在だし、越えられても悔しさよりも納得感と安堵が勝る。レベッカちゃんに関しても二人と似た気持ちだ。だけど私の仲間とは全く無関係の人物に力の差を見せつけられるのは流石に心に来る。


「(……これは、尋常な勝負では勝てないわね)」

 私は息を整えて、どう戦えばいいか模索する。


 私はレイ君のように思考速度を飛躍的に加速させて冷静に状況を俯瞰する技能は持っていない。


 サクラのように状況を何となく見破るような勘の良さも無い。


 私が出来るのは、自身が使用できる技能と魔法でゴリ押しする戦術。それしか出来ない私はコイツとの相性は最悪に近い。


「(何か方法は無い……? せめて奴の魔法を打ち破る方法……)」


 あれほど負担の掛かる大魔法を二つも同時に自らの肉体に付与させている。


 常人ならば、まず魔力不足で短時間で効果か切れてしまうし、それ以前に肉体が魔法の強化に耐えきれない。奴はそんな負担を自らの肉体の強度と精神力で抑え込んでいる。


「(弱点を推測するならそこかしら……?)」


 考えられる弱点を想定するのであれば一つ目は消耗の激しさだ。こちらは防御と回避に専念して、奴の魔力切れを狙う。二つ目は奴の精神力を削ぐこと。だけど、私にはその手段が思い付かない。


「……一つ目はあんまりやりたくない方法ね」


 望んだわけではないとはいえ、『英雄』と称えられた私にも戦士としての矜持がある。力及ばないとはいえ強敵を相手に一騎討ちで逃げの戦法は戦士としてあるまじき行為だ。


「どうした、先程からブツブツ独り言などほざいて……。実力に差があり過ぎて心が折れたか?」


「まさか、勝つための算段を練っているのよ。アンタこそ無敵の身体と威張っておきながら、未だに私に致命打の一つも与えられてないじゃない。実は見掛け倒しなんじゃないの?」


「……フ、この期に及んでよくそこまで大口を叩ける。

 だが、貴様の程の実力者なら、勝つための算段など何処にも存在しないことなど理解しても良い頃ではないか? 大人しく負けを認めろ。そうすれば命は取らんし今なら俺の弟子にしてやろう」


「……さっきも言ったけどお断りよ。その歳になってレディーに対しての扱いの一つも心得ていないなんて。だからモテないのよアンタ」


「貴様……!!」


 私の挑発に、グラハムの雰囲気が少し変わる。


「……俺は既婚者だ。家出した愚か者だが一人息子もいる。下らない事で俺の機嫌を損ねるな、うっかり殺してしまうかもしれんぞ」


「あっそ、それは悪かったわ。アンタのパートナーは中々の大物ね」


「……口の減らない奴だ」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 そこで私は会話を切り、気持ちを切り替えてグラハムを見据える。


「(それにしても家出した愚か者……か。コイツが地上の冒険者の情報を集めていたのに関係するのかしら?)」


 そういえば、ここ魔法都市に来る前の会議の時、リカルドって人がそれっぽい事を言ってたような……?


「……ふんっ!!」「!!」


 突然凄まじい速度で迫ってきたグラハムのツメの一撃を紙一重で回避する。


「まだまだっ!!」「……っ!!」

 奴の攻撃は終わらない。更に片足を軸にもう片足を宙に浮かせて回し蹴りを放つ。


 私はその攻撃に対応する為に、剣を盾にして防ごうとする。が、グラハムは蹴りの軌道を変化させて、回し蹴りの途中からハイキックに切り替わり、剣を立てていた私の腕目掛けて振るってきた。


「っっ!!」「……浅いか」


 咄嗟に剣から手を放し、腕を引いて防御が不十分になる代わりに紙一重で直撃を避ける。私の腕にグラハムの蹴りが命中して、骨に罅が入ったような痛みを感じるが無視して強引に距離を取る。


「(い、痛い……っ! この私が、ここまで見事に喰らうなんてね……!)」


 蹴られた腕をもう片方の腕で庇いながら、私は密かに手の中で印を組んで印詠唱を行う。私が密かに得意としている技能で、通常の詠唱と比べて工程を短縮して魔法を放つことが出来る。


「<閃光>(フラッシュ)」


 私の魔法名発動と共に、私の周囲が一瞬眩い光に包まれる。


「ぐおっ!」


 至近距離にいたグラハムは咄嗟に目元に腕を当てて後退する。その隙に私は走り出し、地面に転がっていた私の聖剣を無事な手で回収しながらすれ違いざまにグラハムの胴体に一撃を入れる。


 だが、グラハムのオリハルコン級の肉体には傷一つ入れることが出来ず、私はそのまま走って男から距離を取る。


 グラハムはこちらを振り向いて、威圧するような目で言った。


「……目潰しか。下らん真似を……」

「(……どうやら怒らせてしまったみたいね……)」


 さっき腕に受けたダメージは自動回復によって少しずつ治癒されてきているため、この後すぐに打ち合っても戦えるが今の状態では勝ち目がない。


 挑発して相手の感情を乱して隙を付くという手もあったのだが、この男、怒ると口数が少なくなって殺気だけが増すようだ。


 あまり冷静さを失っているようには見えない。


「……遊びはここまでだ。俺の誘いを断るのであれば、遠慮なくこのまま貴様を潰す。悪く思うなよ」


「……っ!!」


 本気の殺気を受けて、流石の私でも顔を強張らせてしまう。何か早急に手を打たないと……!!


「(魔力開放したとしても、奴の装甲を貫けるかは賭けね。もし貫いたとしても時間制限以内に倒しきれなければ私の負け……どうする?)」


 奴の装甲を貫くには、自身の魔力リミッターを外した聖剣技、あるいは<全力開放>を上乗せした剣の一撃を直接叩き込むしかない。しかし、あの俊敏性だと大ぶりの一撃はまず回避されてしまう。


 仮に魔力をフル活用して全力状態の<全力開放>をしても、時間制限付きだと看破されて逃げに回られては勝機を失ってしまう。あの魔法をどうにかした方がまだ勝ち目がある。


「(だけど、私にあの魔法を無効化する術なんて―――)」


 ……そこで、気付いた。たった一つだけ、私の手札に奴の魔法を無効化する手段が残されていることに。


「(……なら、なんとしても時間を稼いで準備を整えないとね)」


 今から使用する魔法は結界魔法。更に、その結界魔法を使用するには聖剣による発動が必須だ。


 奴の攻撃を掻い潜りながら、地面に魔法陣を描いて、最後に聖剣を地面に突き立てて魔法を発動させる。困難なミッションだが今はこれしかない。


「……やるしかないか」


 私は覚悟を決めて、グラハムを睨んで剣を構える。


「ほう、ようやく覚悟を決めたようだな。では、この俺の力にひれ伏すがいい」


 余裕の笑みを浮かべて、グラハムが構える。私は剣を地面と水平に構えて、剣身に魔力を集中する。すると、聖剣の剣身が白く輝きだし、眩い光を放ち始める。


「……いくわよ!」「来い!」


 次の瞬間、私と奴は互いに踏み込み、この広い空間に甲高い金属音が鳴り響く。だがその後、私はすぐに奴から離れ、脚と剣を地面に引きずりながら楕円を描くように後退する。


「無駄な事を、この俺から逃げきれると思うなっ!!」「っ!!」


 当然、奴はすぐに追いかけてくる。

 私は後退しながら奴の追撃を剣で防御し、時には反撃しながら時間を稼ぐ。

 そして自身の身体を左右に動かして奴を翻弄しながら準備を済ませていく。


「先ほどから何の真似だ。遊びは終わりだと言っただろう!!」


 挑発されていると思ったのか、グラハムは若干苛立った口調で襲い掛かってくる。私は、剣を横に構え剣先を奴に向けてカウンター気味に技を放つ。


「聖剣技―――<光波>フォトンレーザー」「むぅっ!?」


 剣先から細い光のレーザーが迸り、その光は地面スレスレを飛び、そこからレーザーの軌道を変化させ、直線状に居たグラハムの胸元辺りに直撃する。


「ぐおおっ!!」

 同時に、グラハムからジュワッと肉が焼ける音が聞こえ、奴の胸元は黒く焼け焦げる。


 流石に今の一撃は奴に通ったようだ。


 <光波>は<聖爆裂破>と違って聖剣のエネルギーを一か所に集中させて放つ聖剣技だ。その分、他の技よりもいくらか貫通力は高いが、攻撃範囲が極端に狭い。


 今のように相手を引き付けて真っすぐ向かってくるようなタイミングで放たない限りまず当たらないが、今のはしっかり直撃したようだ。


「(もっとも、直撃させるのが目的じゃないけどね……)」


 私はレーザーが触れた地面に一瞬だけ視線を向ける。地面スレスレを飛んでいったレーザーは思惑通りにしっかりと地面を焼いており、直線を描いていたようだ。


「ぐぬ……このような切り札があるとは……!! だが、同じ技は二度と通じんぞ!!」


「同じ技なんか必要ないわよ。もう準備は整ったもの」


「……何!?」


 私は再び剣を構えると、グラハムは警戒して拳を構える。だが、私はそのまま剣先を地面に向けて突き立てる。


「一体、何のつもり―――」


「アンタの周囲をよく見なさいな。私の魔法陣は既に完成した」


「魔法陣、だと……。なっ、これは……!!」


 グラハムは周囲の地面を見て驚愕する。グラハムの周囲10メートルの地面には、やや荒っぽいがものの、二重の魔法円と中に三芒星の魔法陣が描かれていた。


「バカな……貴様、俺と戦いながらこんな魔法陣をっ!?」


「……私も驚いたわよ。まさかここまで上手くいくなんて……ね!!」


 私が魔力を込めると魔法陣が起動し、光を放ち始める。


「これがアンタの魔法を封じ込める切り札よ!

 聖剣に導かれし光の輝きよ。理に従い世界をあるがままに――<万象流転>」


 私がそう言い放つと、聖剣と魔法陣が先程とは比較にならない光を放ち、その光は周囲に飛び散って雪のように空から降り注いでくる。


「これは、一体、何の……な、お、俺の魔法が……!!」


 同時に、グラハムに掛かっていた<憑依呪術>と<鋼鉄変化>は瞬く間に解除され、元の人間の姿に戻っていく。


「これで最後よっ!」


 私は言うと同時に一瞬で距離を詰めて、右肩から左銅を狙って袈裟斬りを放つ。


「ぐあああああっ!!!」


 私の斬撃をモロに喰らったグラハムは、赤い血を迸らせながらそしてグラハムはそのまま地面に崩れ落ちるように倒れ伏す。


 私は剣を構えて警戒しながら奴に近付くが、奴は意識を失っているようでピクリとも動かない。どうやら気絶しているようだ。


「はぁ……はぁ……何とかなったわね……」

 私は片膝を付いて剣で身体を支えながらどうにか倒れずに息を整える。同時に、周囲の景色を崩れていく。どうやら、この男の作り出した空間が消えかかっているようだ。


 次の瞬間、私と倒れたグラハムは、元の頂の塔の場所に戻っていた。


「一応、急所は避けてあげたわ。……ああ、疲れたわね……」


 私は、弱音を吐きながらその場に腰を下ろして、仲間達が戻るまで休むことにした。

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