第730話 グラハムの家族

【視点:カレン】

 カレンがグラハムとの死闘を終えた直後―――


「……気になる」


 私、カレンは戦いを終えて仲間を待っていたのだけど、そこの床に倒れているグラハムがどうしても目に付いてしまう。急所は外して生きているはずだけど、気絶しているのか起き上がってくる気配が無い。


 こんなだだっ広い場所で、よく分からない男と無言で二人きり……というのは流石にきつい。何より、放置していつの間にか死んでいたなんて事があったら色々寝覚めが悪い。一応、これでも敵対してるわけではないしね……。


「仕方ない……応急処置くらいはしてあげるか……よいしょっと」


 私は立ち上がり気絶している男の元へ歩み寄ろうとする。しかし、その時、空間が揺れたような振動が起こる。


 それと同時に、何も無い場所からサクラともう一人誰かが現れた。


「あ、せんぱーい!!」


 サクラは元気よく手を振ってこっちに走ってくる。


「良かった、サクラ無事だったね……」


「先輩こそ、先に終わってたんですね、さっすがー!!」


 サクラはハイテンションに喜びながらポンポンと私の肩を叩いてくる。


「ところで、この人って……」


「あー、コイツはね……」


 サクラに聞かれて私は質問に答えようとするのだが、その前にサクラと一緒に戻ってきた人物が男の元に走ってくる。


「グラハム……しっかり、して……!!」

「えっと……」


 私は目の前の人物……もとい、花嫁のような衣装を身に纏った女性の事を思い出そうとする。


「先輩、わたしが戦った四賢者の一人ですよ。ミントさんって名前です」

「あ、そうだったわね……」


 サクラと一緒に女性を見守っていると、彼女はグラハムに対して回復魔法を使用して傷を癒し始める。


「その人、急所は外しておいたから死にはしないはずよ」


 私がそう言うと、ミントは魔法をかける手を止めて私の方を見る。


「貴方、彼を助けたの?」


「……まぁね。そもそも私達はあなた達と敵対するつもりじゃなくて協力を要請しに来ただけだから」


「……そう」


 ミントという女性は、私の言葉に頷いて再び回復魔法をグラハムに使用する。

 真剣な表情だったので私とサクラは黙ってその光景を眺め、1分程して彼女は回復魔法を止めて男から離れる。


 そして私の方を振り向いて小さく口を動かして言った。


「一応……お礼、言っておいた方が、いい?」


 随分、特徴的な喋り方をする女性だ。しかし胡散臭いというほどではない。


「要らないわよ。だけど傷付けた事を謝るつもりはないわ。そっちから襲ってきたんだしね」


「そう、ね……」


 ミントという女性は目を伏せて小さな声で答える。


「……ところで、サクラも貴女も大した怪我は無さそうだけど、どっちが勝ったの?」


「はい♪」


 サクラは手を挙げて明るい声で答える。


「……元気ね。ということは、ミント……さんはサクラに負けたという事?」


「……うん……その子に、捕まっちゃっ……た」


「つ、捕まった……?」


「……完全、敗北……よ」


「そ、そう……」


 この子達、一体何の勝負をしてたのかしら?

 私とこのグラハムって男は、死に物狂いの戦いだったのだけど……。


「……聞きたいことがあるのだけど、いいかしら。ミントさん」


「……?」


「その男……戦ってる時に、息子が家出したとかボヤいてたけど知ってる?」


「……ええ」


 ミントという女性は私の質問の意図が分からず、困惑した表情で首を傾げる。


「先輩、それがどうかしたんですか?」


「んー、ちょっと気になることがあって……。そのグラハムって男、事情があって、地上の【冒険者】の事を調べてたみたいなのよ。もしかして、家出した息子さんの事を探してたんじゃないかなって……ミントさん、何か知らない?」


「え……? 詳しい事は、私、分からないけど……グラハムは……確かに、息子が家出して、行方を捜していた……と思うわ」


「ということは、探していたのは事実なのね?」


「ええ……だけど、結局、行方は掴めなかったみたい……あ、でも、冒険者がどうのって、たまに、ボヤいてたかも……」


「その、息子さんの名前は?」


「えっと……」


 ミントさんは、迷うような表情を浮かべる。言っていいのだろうか?と迷っている感じか。個人的な話だし、言い辛いのは理解できる。


 というわけで、少しカマを掛けてみようかしら?


「……アスタロって名前で合ってる?」

「!!」


 するとミントさんはビックリした表情をして、私にロッドを向ける。


「な、何で、知って……!?」


「落ち着いて。別に敵対するつもりも情報を聞いてどうにかするつもりもないから。ただ、ちょっとコイツの話を聞いて思い当たる節があったのよ」


「そ、そう……なの?」


「そうよ、安心して」


 私は両手を上げて敵意が無い事を示す。

 ミントさんも私の態度を見て、ロッドを下ろす。

 この人、話せばわかるタイプの人ね。


「アスタロって名前、何処かで聞いたことあるんですけど?」


「ほら、ここに来る前の会議で名前が挙がってたでしょ? 思い出して」


「う~ん?」


 サクラは左右のこめかみを指で押さえながら思い出そうとするが、すぐに出てこないようだ。


「それで、アスタロって名前なのは間違いないのね?」


「知られてたなら、隠しても、意味ない、わね……うん……」


 ミントはそう言って静かに頷く。


「教えてくれてありがと。ついでに聞くけど、コイツが魔法都市管理局長?」


「ええ……主に、魔法都市の情報を集めて管理し、様々なトラブルに対応する魔法管理局……その局長……よ」


「やっぱりね……」


 私は自分の予想が正しかったことに安堵する。


「先輩、結局どういうことです?」


「あー、後で話すわ……ところで、レイ君はまだなのかしら?」


「……そういえば、姿がありませんねぇ?」


 サクラはキョロキョロと周囲を見渡すが、今すぐ誰かが転移してくる気配は無さそうだ。


「クロードと……あの、素直そうな子は……まだ、戦ってる……はず、よ」


 ミントは小さな声でそう言う。


「分かるの?」


「転移先の、魔力の痕跡を辿れば、少しくらい……はね」


「流石、四賢者って言われてるだけの事はあるわね。私にはサッパリよ」


 私は自身の魔力の高さには自信あるけど、肝心な魔力の扱いはそこまで上手くはない。高い魔力を活かした爆発力や、魔力を盛大に使った大魔法など大雑把な事しかできないのよね……。


あの子レイ君なら大丈夫だと思うけど、心配ね……」


「先輩ってば過保護~♪ レイさんならきっと問題なく勝てちゃいますよ」


「……そうね。あの子、今は私よりも強いもんね」


 最初に出会ったときは私の方がずっと強かったのに、今ではすっかり逆転してしまった。少し寂しさを覚えるけど、彼やサクラが自分を超えて成長してくれるのは頼もしさを感じる。


「……ところで」


「ん?」


「どうしたんですか、ミントさん?」


 ミントという女性が周囲に視線を彷徨させてから、困惑した様子でこちらを見て質問する。


「あの……ウィンド・ジーニアス……は、何処に行ったの?」


 その言葉に、私とサクラは顔を見合わせる。そして……。


「……あ」「……あれ?」


 そこでようやく、私達を待ってるはずの彼女の姿が無い事に気付いた。

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