第221話 おきなさい、わたしの可愛い……

 馬車に戻ると、姉さんが未だに爆睡していた。


「………」

 流石にイラッとしたので、ちょっと姉さんの顔をつねってみた。


「ん……? あれ、私寝ちゃってたのかしら……。あら?」

 姉さんは目を覚ました。そして、僕の手を見て、首を傾げている。


「おはよう姉さん、よく眠れた?」


「うん!」

 とってもいい返事をされてしまった。

 まぁ、ここまで素直に返事されると怒るに怒れないよね……。

 とりあえず、僕は姉さんの頭を撫でて離れた。


「リーサ、今日はもう帰ることにするわ。街まで馬車お願いね」


「畏まりました。それでは街へ帰還します」


 それから三時間程度で僕達は街へ戻り、

 その日は今回受けた依頼の報告をして終わった。


 ◆


 次の日の朝―――


「レイくん、朝よ!起きなさい」

「むにゃ……」

 誰かの声に起こされて、意識が覚醒していくのを感じる。

 誰だろ……母さんかな。


「ほら、起きる!」

「うぅ……もう少し、寝かせてよ。お母さん……」


 と、そこまで言って気付く。


 ――ここ、異世界じゃん。


「え、お母さん?」

 どうやら、僕を起こしてくれたのはベルフラウ姉さんだったようだ。


「あ、ごめん、今のは寝ぼけてて……」

 流石に、今のは自分でも恥ずかしい……。


「うふふ、お母さんだなんて……もう、レイくんってば!!」

 何故か、姉さんが嬉しそうな顔で僕の身体を抱きしめてくる。

 何でこんなに喜んでるんだろう。


 そして、姉さんの大きな胸が顔に当たって苦しいです。

 最近こういうのに慣れてあんまり動揺しなくなったなぁ……。


「ていうか、姉さんはもう大丈夫なの?」


「もうすっかりだよ! 魔力も全快だよ!

 これで今日はお姉ちゃんと一緒! に冒険に行けるね!!!」

 しばらく一緒に冒険できてなかったせいか、姉さんは通常以上に元気だった。

 まぁ、昨日あんなにぐっすり眠ってたもんね。


「あ、そっか……」

 むしろ、反対に僕は結構疲れてる。


 ◆


 二人で部屋から出て、1階の食堂に向かう。

 リーサさんは僕達を待っていたようで、食堂のすぐ入り口で会うことが出来た。


「レイ様、ベルフラウ様、おはようございます。

 カレンお嬢様と皆さまがお待ちですよ、ご案内いたします」


「ありがとう、リーサさん」

「お願いしますね」


 そう返事を返して、僕と姉さんはリーサさんの後に付いて行った。

 皆が席に着いていたのは、食堂で最も奥にある六人用のテーブルだった。



「おはようございます、二人とも」


「レイ君、ベルフラウさん、おはよう。二人とも遅かったわね」


「レイ様、こちらへどうぞ。

 ベルフラウ様はリーサ様の隣の席が空いておりますよ」

 そう言ってレベッカは、椅子を引いてくれた。


「ありがとう、レベッカ」


 僕は遠慮なくレベッカの隣の椅子に座る。

 姉さんもリーサさんが座る予定だった席の隣に着いた。


「今から食事の注文を取ってまいりますので、少しお待ちを」

 リーサさんは、一礼してその場を後にした。


「二人とも遅かったですね。やっぱり昨日の戦いで疲れていましたか?」

「うん……」


 昨日は久しぶりの激戦だった。あれだけの相手と戦うとなると体力も魔力も精神力もどれも疲弊してしまって疲れも中々取れない。


「私達は全然平気なんだけどね。でも、レイくんがあんまりにも気持ちよさそうに寝てるから起こすの可哀想で……つい一緒に寝ちゃった♪」


 姉さんがそんなことを言いながら机越しに僕の頭を撫でてきた。


「……姉さん、一緒に寝てたの?」

 全然気付かなかったんだけど……。

 というか姉さんは昨日ずっと寝てたような……。


「だって、レイくんってば部屋のノック叩いても反応なくて、もう寝ていたんだもの。ちゃんとお布団も被ってなかったし、このままじゃ風邪引いちゃうと思って、色々してたら、つい」


 それで結局僕が起きるまで隣で添い寝していたらしい。


「仲良いわね……私にも本当の弟や妹が居たらなぁ……」

 カレンさんは僕達のやり取りを見て、ため息を付く。


 しかし、そんな様子を見て、僕達はちょっと黙り込んでしまう。


「(確か、カレンさんって……)」


『昔の私の名前は私自身記憶にないもの』

 二日前、カレンさんが盗賊のリーダーに放った言葉だ。


 カレンさんは今の名前は育ての親に付けられた名前で、本当の自分の出自が分からないと言っていた。理由は分からないけど、もしかしたら孤児だったのかもしれない。


 とはいえ、そんなことをとても本人には訊けないのだけど……。


「……? どうしたの、レイ君?」

「あっ、ううん……何でもないよ。カレンお姉ちゃん」

 誤魔化すように、お姉ちゃん呼びをする僕。


「ちょっ……レイ君、人前ではやめなさいってば!!」

 カレンさんはちょっと照れた表情をして慌てた。


「いいじゃないですか、別に。減るものでもないんですし」

 エミリアが面白がるように言う。


「……うぅ、まあ、確かにそうかもだけど……」

 照れた表情をしているカレンさんは元々美人なだけに、凄く綺麗だと思う。


 ただ……。

「うふふ………」

 僕がカレンさんをお姉ちゃんと呼んでしまったせいで、

 女神様の方のお姉さんにスイッチが入ってしまった。


「……ベルフラウ様」

「冗談よ、レベッカちゃん」

 姉さんの軽い含み笑いをレベッカが咎める。

 本当に冗談だと良いんだけど……。


「お待たせしました。お食事をお持ちしましたよ」

 リーサさんは六人分の食事をトレイに入れて運んできてくれた。

 僕達はそれぞれ料理を取り分けて食べ始めるのであった。


 ◆


 昨日の報酬は、総額で金貨四十枚貰えた。

 最初の提示額はその半分くらいだったけど、僕達が持ち帰った情報を込みにした金額だ。ギルドが想像していたより、遥かに大物だったらしい。特にギルドマスターのクラウンさんはかなり驚いていたらしく、思わずグラスを落として割ってしまうくらい動揺してたと、受付の人は言っていた。


 <封印の悪魔>というのがよっぽど驚いたのだろう。

 遺跡の呪いの封印に関わっているという情報もかなり衝撃だったようだ。



「それで今日なんだけど……」

 僕は、手に持っていた依頼書をテーブルに広げる。

 そこにはこう書かれている。


『東の草原地帯にて、謎の飛行生物が出現した模様。

 目撃者によれば、翼を持つ巨大な蛇の形をした生き物との事だ。

 幸い、まだ被害は出ていないもののこのままではいずれ大惨事になるだろう。

 至急討伐してほしい』


 ちなみに、報酬は金貨十二枚だ。

 直接的な被害がまだ出ていないので報酬は昨日よりは少ない。



「今日はこっちですか……。

 しかし、昨日の件を考えると、こちらも怪しいですね」


 エミリアの言葉に僕達は頷く。


「うん……昨日の炎の魔物は<封印の悪魔>っていうかなり危険な魔物だったみたいだし、同時期に出現したこの魔物も、もしかしたら……」


 今回も解呪に必要なアイテムをこいつが持っている可能性が高い。

 というより名前から察するにまんまだ。翼をむしり取ればいいのだろう。


「昨日と同格の相手ならベルフラウさんが参戦しても苦戦するでしょうね……」


 カレンさんは、ため息交じりに言った。

 自分の名前に反応したのか、姉さんの肩がピクンとはねた。


 そして、不敵な笑みを浮かべて言った。


「あら、お姉ちゃんも舐められたものだね……。

 お姉ちゃんが本気を出したらそんな奴なんて瞬殺なのに」


「「「「「……」」」」」


 全員無反応だった。


「……あぅ」

 いたたまれなくなったのか、姉さんは顔を赤くして顔を隠した。

 あれだよ、姉さんはカレンさんに対抗しようと強がってるんだ。


 だから、僕は姉さんをフォローするように言った。


「姉さん、手が震えてるよ」

 あ、これフォローになってないかも。

 

「ふ、震えてないから!! レイくんは黙ってて!

 ここで真の姉としての立場をはっきりさせないと……!!」


「はいはい……」

 カレンさんは僕達のやりとりを見て、呆れ顔になっている。


「まぁベルフラウ様とカレン様の姉対決は置いておきまして……。

 空を飛ぶのであれば、やはり剣よりもエミリア様の魔法やわたくしの弓で戦うのが無難と思われます」


 レベッカがそんな提案をする。

「それか、翼を集中攻撃して地上に引きずり降ろしてから剣で仕留めるかだね」


 僕もレベッカの意見に賛成だ。

 最初は遠距離で攻撃してから、相手が弱ったら直接斬れば大体倒せる。


「レイ君、結構脳筋な考え方してるのね……」


 カレンさんは僕の言葉に苦笑するが、

 「私も同意見だけど」と、すぐに同意してくれた。


 僕達は早速、朝食を食べ終えると東の草原に向かった。

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