第962話 神殿に入ります
元女神なのに湖に分からされた姉さんを全員で慰めた後、僕達は予定通りレベッカの両親の待つ神殿へと足を踏み入れる。神殿の前には一人の男性が弓を携えて立っており、僕達が近づくと弓に矢を番えてこちらに向けて威嚇してくる。
「ひえっ!?」
その男性に弓を向けられてルナが肩をびくりと震わせて怖がってしまう。
僕達は足を止めて、僕はルナと男性の射線の間に入って彼女を男性の矢から守るように前に出る。その様子を見た男性は元々キツイ表情をしていたが、更に強面となって僕達を睨みつけて言った。
「止まれ、ここは女神ミリク様を守護するための神殿。長老様や神官様の許可なくただの旅人がここに立ち入ることは禁じられている。早々に立ち去るが――」
男性は僕達に警告を発しようとするが、レベッカが片手を上げてそれを制止する。
「待ってくださいまし。 彼らは長老様の許可を頂いてここに訪れた正式な客人でございます」
「そんな馬鹿な。ただの客人に長老様が許可を出すわけが……と、待て。貴女は、もしや数年前に旅立たれた神子レベッカ様では!?」
「はい、その通りでございます。わたくしが不在の間、ずっと変わらず神殿を守ってくださっていたのですね。プラエ様」
「わ、私の名前を知っているという事は、本物の……!
た、大変失礼致しました。どうぞ、ここをお通り下さい。中にはレベッカ様のご両親のお二方がレベッカ様の帰りをお待ちしております」
レベッカにプラエと呼ばれた男性は弓を下げて深く頭を下げた後、僕達に道を開けるように神殿の入り口から退いた。
「ありがとうございます、プラエ様。では皆様、神殿の中に入りましょう」
「う、うん」
「失礼します……」
普段のレベッカと違い、まるで別人のような振る舞いに僕達は困惑しながらもレベッカの後についていった。
◆◇◆
――ミリク神殿内部――
神殿の内部に入って入り口から少し距離が離れた所で、前を歩くレベッカが立ち止まり「はぁー」と息を吐く。
そして、僕達のいる背後を振り返って彼女は言った。
「……ふぅ、皆様。早々に危ない目に遭わせてしまい申し訳ございませんでした」
その申し訳なさそうな表情を浮かべるレベッカはいつも通りのレベッカだった。
「ううん、気にしないで」
その表情を見て安心した僕はいつも通りの感じでレベッカに笑い掛ける。そして今まで表情がずっと引きつっていたルナもようやく表情を緩めて言った。
「しょ、正直びっくりした……。レベッカちゃん、あの人誰なの?」
ルナはレベッカにそう尋ねる。
「あの方はプラエ様。この神殿の門番の役割を授かった神官の一人でございます。
少々融通が効かない面はありますが、神子であるわたくしのお父様とお母様をずっと昔から支えてくださっていた方なのでございます。
いきなり弓を向けられてルナ様も驚かれたと思われますが、職務に忠実なだけで決して悪い方ではないのです」
「れ、レベッカちゃんがそう言うなら……でも」
ルナは後ろを振り向いて神殿の入り口の方に視線を向ける。
おそらくそこに今も居るプラネさんを気にしているのだろう。一度怖い思いをさせられたので苦手意識を持ったのかもしれない。
すると、アカメが無言でルナに近付いてくる。
「何、アカメちゃん」
「あの男、弓を構えた時には敵意はあっても殺意は感じなかった。だから気にしなくていい」
アカメはプラネさんを擁護する発言をルナにした。
「そっかぁ……」
ルナはアカメの言葉で少し気が収まったらしい。
「(いや、それで納得するんだ……)」
ルナとアカメが仲良いのは分かってるが、正直僕は敵意と殺意の違いがよく分からない。
「それでは参りましょうか、皆様」
レベッカはルナが納得してくれたことに安心したのか、再び足を神殿の奥へと向けて歩き始める。
◆◇◆
――ミリク神殿内部、最奥の間前――
そして僕達は神殿の奥にある大きな扉の前まで辿り着いた。扉の前にはプラナさんと似たような恰好の男性の姿があった。おそらく別の神官さんなのだろう。
その人は僕達の姿を見掛けると、こちらに話しかけてきた。
「お待ちしておりました。そちらに居られる方がレベッカ様の?」
「はい。お通しして頂けますか?」
男性に質問されてレベッカはそう答える。
「ええ、勿論……しかし、お二方は今祈りの最中でございまして……」
「そうでございましたか。祈りの邪魔をするわけにはいけませんし、少し待ちましょう」
レベッカはそう言ってこちらに向いて許可を取ってくるが、僕達もそれを拒否する理由はない。
そして少し待っていたのだが……。
「……あのぅ、そこの女性の方」
「え?」
姉さんが扉の前に立っていた神官の男性に話しかけられる。
「随分とお召し物が濡れているようですが、何かあったのですか?」
「あ、ええと、その……」
少々答えにくい質問に姉さんは僕達の方に視線を向けて助けを求めてくる。
まさか、小舟で湖の奥に向かったらそこで弾かれて湖に落ちて服をびしょ濡れにしてましたなどとは言えないだろう。
しかし男性は濡れた理由は特に気にしていなかったようで、
「申し訳ございませんが、そのままの恰好でお二人の前に通すわけには……せめてしっかりとした衣装に着替えていただけませんか?」
と、男性は苦笑いを浮かべる。
するとカレンさんが「あ」と声を出して姉さんに言った。
「それなら私の予備の服に着替えませんか、ベルフラウさん。リーサ、私の替えのドレスあったでしょ? 今、持ってる?」
カレンさんはそう姉さんに言いながらリーサさんに問いかける。
「はい、ここに」
するとリーサさんは何処から取り出したのか、カレンさんのドレスを姉さんに手渡した。
「あ、ありがとう……」
姉さんはリーサさんに渡された服を少し困惑しながら受け取る。
カレンさんは神官の男性に言った。
「申し訳ないのだけど、着替えたいから何処かの部屋を貸してくださらないかしら?」
「はい、ではこちらへどうぞ」
神官の男性は手慣れた感じで返事をして、姉さんを連れて別の部屋に離れていく。
「じゃあ、お姉ちゃん行ってくるね」
「ベルフラウさん、ドレスは一人で着替えるのは大変だし私も付いて行きます。リーサも手伝って」
「はい、カレンお嬢様」
そして姉さんを助けるためにカレンさんとリーサさんも別の部屋に移動してしまった。
「では、わたくし達はしばし待つことにいたしましょう」
「うん」
レベッカの言葉に僕達も頷いた。
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