第961話 闇属性のお姉ちゃん
レベッカの案内で僕達はヒストリアの西にある滝の元へ訪れた。
滝の近くには村の様相とは異なる佇まいの場所があり、それが神殿だという事だ。神殿の周りにはまるで精霊が守護するかのような美しい滝がまるで天から降り注ぐように流れ落ちている。
上を見ると小さな浮島のようなものがあり、そこから水が流れてきているようだ。
「あれ、どうやって浮いてるんだろう? エアリアルと同じ?」
僕が仲間達になんとなく意見を求めると、カレンさんは上空をじっと睨んでからこう答えた。
「……違うわね。村の周囲に張られた結界が作用してるのだと思う。村の周囲の一部分を魔法で切り取って、何らかの魔法で空に打ち上げてる……ってところかしらね」
「浮島から流れてきている水も普通の水じゃないですね。
あれは聖水……しかもかなりの高純度じゃないですか……村そのものの設備が貧弱な割にあれだけ凶暴な魔物や動物たちが近寄らないのはこういう理由ですか」
エミリアもカレンさんの話を聞いてあの浮島と滝の存在に感心していた。
「滝の水が聖なる水って神秘的……それに綺麗……水のカーテンみたい……」
僕がそう呟くとレベッカの瞳がキラリと輝く。
「やはりレイ様もそう思われますか? わたくしも幼少から毎日眺めていたのでございますが、レイ様と同じ感想でございました」
レベッカはそう言いながら自身の両手を小さな胸に当てて、感慨に浸っていた。
「ここからの眺めはわたくしのお気に入りの場所でございます。村の人達は浮島と滝を神聖な場所で近づこうとしないのでございますが、わたくしは好きな場所に近寄られるのもあまり好きではないので、この場所によく来ております」
レベッカは僕達にそう説明しながら滝を眺めるのだった。
それからしばらくして――
「実はこの滝の先に秘密の場所がありまして」
レベッカの解説を聞きながら、僕達は浮島から最も滝の水が流れ落ちて水が溜まっている湖に向かう。湖の手前には桟橋があり、そこには数人程度なら何とか乗ることが出来る小舟が止まっていた。
「綺麗な場所……」
「レベッカちゃん、この先に行くの? 全員は乗れそうにないけど……」
アカメは湖の光景を見て感嘆の表情を浮かべる。
姉さんはこの先に興味があるのかワクワクした表情でレベッカに尋ねる。
しかし姉さんの言うように、この小舟ではとてもじゃないが全員は乗れそうになさそうだ。
「いえ、今は向かう理由がございませんので、ただの観光案内といったところでございます。
ここから滝の水が最も降り注いでいる場所をご覧くださいまし、あの滝の先に何か影のようなものが見えませんか?」
レベッカは最も流れ落ちる勢いが強い場所を遠くから指差す。
「えっと、どれどれ……んー?」
ルナはおでこの辺りに手をかざして遠くを見ようとする。
「あっ、本当……あの滝の先に何か影みたいなのが見えるかも……」
ルナはレベッカの指差す方向を見てそう感想を漏らす。
「あれが秘密の入口でございます。<誕生の祠>と呼ばれており、あの場所の奥にこの村の最大級の秘宝――神器
「あ、その話、昔に聞いたことあるよ」
「ええと……試練の洞窟で魔物と一人で呑まず食わずで戦い続けるのよね。初めて聞いた時は女神も逃げ出すなブラック業務で唖然としたわ」
「女神ってそんなに重労働なんですかね……イメージが変わってしまいます」
僕と姉さんとエミリアはそれぞれ反応を示す。
しかし初めて聞いたカレンさん達は僕達の話がよく分からずレベッカに視線を合わせていた。
「そうなの、レベッカちゃん?」
カレンさんはレベッカに質問をする。
「はい、レイ様とベルフラウ様とエミリア様には前に少しだけお話したことがございますね。
簡単に申しますと、あの先はこのヒストリアの中でも最も神聖な地であり、そこには神器と呼ばれる武器が祭られているのです。
祭事の際にも使われることがございますからわたくしは年に一回は訪れるのですが、他の村の方には基本的に立ち入りは禁止されているのです」
「……神器……ここにも神器があるのね」
レベッカの言葉にノルンは呟く。
「もしや、ノルン様も神器の事にお詳しいのでございますか?」
「私も巫女……レベッカとは意味が多少変わるけど似た立場の人間だったから少しだけね。神器とは新たな神が降臨した時に、その神が自身を象徴とするシンボルを宿して産み落とす際に用いられる武具。
神が全力で振るえば世界に多大な影響を及ぼすと言われているけど、人間が使った場合はそこまでの力は出せない。それでもレイやカレンが扱う聖剣程度の力は出せるけど、あくまで戦闘や結界に使える程度……と私は聞いているのだけどね……」
「ええ、わたくしもほぼ同様の認識でございます。それでも神器は厳重に管理する必要がございますので、その為にあのような浮島を作り、聖水を流すことで結界としているのでございます。あの聖水は魔物のみならず、悪しき考えを持つ人間すら退く力がございます」
人間すら退くとなると僕達ももしかしたら弾かれたりするのかな?
「エミリア、試しに行ってみたら?」
「おい待て、なんで私の名前が真っ先に出るんですか!?」
「いや、だってエミリアって
善か悪かと言われたらエミリアは割と際どいラインに思える。
「それ言い出したらアカメの方がギリギリじゃないですか!? 元魔王軍の幹部ですよ!?」
「私はネタじゃなくて本当に危なそうなので行きたくない。エミリアで実験して試すしか」
「いや、私も嫌ですよ!? 退くって表現が曖昧過ぎてなんか怖いですし!」
エミリアとアカメがお互いにお互いを実験台にしようと押し付け合っていると、姉さんが言った。
「私は元女神様だし平気よね。レベッカちゃん、試しにちょっと行ってみてもいい?」
「……ふむ、わたくしも一緒に小舟に乗るのであれば」
「よしっ、じゃあ私とレベッカちゃんでちょっと小舟デートしてくるわね♪」
「姉さん!?」
こうしてレベッカと姉さんは二人で小舟に乗って滝の先に向かう事になった。僕達は小舟に乗って遠ざかっていく二人の背中を見て話をする。
「レベッカの話だと悪しき考えを持つ人間を退くって言ってたけど」
「言ってましたね」
「言ってたねー」
僕の言葉にエミリアとルナが反応する。
「悪しき考えってそれだけ聞いたらいくらでも拡大解釈出来るわよね?」
「まぁ、確かに」
カレンさんがリーサさんに問いかけるとリーサさんはあっさりと頷く。
「例えば、悪人は当然としても」
「はい」
「ネガティブな思考でも『悪しき考え』と言えなくもないし」
「そう解釈出来ないわけでもありませんわ」
「何かに執着して、その事しか頭にない人でも」
「ふむ」
「それは『悪しき考え』といえるかもね」
カレンさんとリーサさんの話にノルンも加わる。
「例えば、特定の異性に対して好きで好きで仕方ない感情を爆発させる寸前で、今もいつその異性に告白しようかそわそわしてて」
「それは……『悪しき考え』と言えなくもないですわね……」
「……ノルン、その例えってもしかしてベルフラウさんの事じゃ……」
カレンさんがそう呟いた瞬間、
―――バッシーン!!
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ベルフラウ様っ!?」
タイミングを計ったかのように、小舟から姉さんだけが弾かれて湖に弾き出されてしまった。
「ベルフラウ……」
「ベルフラウさん……」
ノルンとカレンさんは湖でバタバタと暴れながら波に揉まれる姉さんを見て呟いた。
「ベルフラウ様っ!?」
レベッカは小舟から慌てて飛び降りて、そのまま湖に飛び込んだ。そしてレベッカは何とか小舟に姉さんを乗せてそのままこちらに戻ってきた。
◆◇◆
「ベルフラウ様は悪しき考えの持ち主だったのでございますね……」
「お姉ちゃん、元女神様なのに……」
女神様でも神様に悪人判定されるという貴重な体験をした姉さんは、皆にジト目で睨まれて縮こまっていた。
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