第670話 ラビリンスミラー
僕達は更に夢の中の
カレンさんが剣を入手したことで、戦いは格段に楽になり、順調に中央のクリスタルに近い場所まで進んでいく。そしてクリスタルの手前の大部屋まで到着した。
「……ようやくここまで来たわね……」
ノルンは普段から細い目を更に細めて疲れ果てた表情で言った。
「うん……だけど、ちょっと嫌な予感がする」
「嫌な予感?」
「……こういう、目的地の手前にある大部屋ってさ、大体ボスがいるものなんだよ」
以前に挑んだダンジョンもこういう地形には何かがあった。
その経験に基づいての推測だ。
「止めてよ、これ以上戦いたくないわ」
「私も遠慮したいところね……」
僕の推測に、ノルンとカレンさんは嫌そうな表情で言った。
「……まぁ、でも歩みを止めるわけにはいかないし、行きましょ」
カレンさんは剣を握りしめて歩き出す。すると、分かりきってたことだが僕達の目前に影が現れ、その影が輪郭を成していく。
「やっぱり……」
僕は自分の嫌な予想が当たって苦笑する。影はどんどんと形を作っていき、やがて人の形になった。だが、その姿形に関しては僕達の予想を反するものだった。
「……え」
カレンさんは目の前の影の魔物を見て目を大きく見開く。
それもそのはず、その影の形は彼女自身に瓜二つだったからだ。
「あれ、もしかしてカレン……を模してるのかしら?」
「……多分」
僕達が会話をしていると、影の魔物は地を蹴ってこちらに急接近してくる。その動きもまた、カレンさんにそっくりだった。だが……。
「っ!!」
その影の魔物から放たれる一閃は、今の彼女の動きより数段速かった。
彼女は咄嗟に剣で防御するが防ぎきれない。
「かはっ!?」
そのまま吹き飛ばされ壁に激突するカレンさん。
「カレンさん!!」と僕が思わず声を上げ、彼女を守るために影の魔物の前に出る。
「
ノルンは状況が悪いと判断したのか、即座に妨害魔法を発動。魔法の黒い球体がカレンさん瓜二つの魔物に飛んでいき、その周囲を暗く染めるが、影の魔物が剣を一振りするだけで霧散してしまう。
僕は、魔物が剣を振り払った瞬間、飛び掛かるのだが、影の魔物は軽やかに身を躱し僕の攻撃をいとも簡単に回避する。
そして器用な足捌きで僕に接近し、手に持つ長剣を横に素早く払うように動かす。僕はその剣をギリギリ躱すのだが……次の瞬間、僕の胸から血が飛んだ。
「っ!?」
僕は慌てて後ろに後退する。
「(なんだ……今の動き)」
自分の胸を触ってみると、衣服を縦に斬り裂かれ、その下の僕の胸の皮膚が浅く斬り裂かれていた。回避したと思ったはずの攻撃だったのだが、僅かに届いていたらしい。
「レイ、無事!?」
ノルンは叫びながら、水の攻撃魔法で影の魔物に攻撃する。影の魔物はノルンの方に振り向いて、長剣を盾にその魔法をガードする。そして、すぐさま標的を僕からノルンに切り替えて走りだす。
「―――っ!!」
ノルンは殆ど無意識に、自身の使える最大の防御魔法を展開。魔物がその防御壁にぶつかると、凄まじい衝撃と魔力の波動で周囲の壁が共鳴するように震えた。
だが、影の魔物の剣から眩い光が迸る。
「これは……!!」
「カレンさんの聖剣技……!」
ノルンはその光景を唖然とした表情で見つめながら、数歩後退して距離を取る。次の瞬間、ノルンの放った防壁の魔法は光によって粉々に砕かれていた。
「に、逃げて……その魔物は…… 今の私達じゃ……!!」
背後で壁に叩きつけられていたカレンさんは、身を起こして素早く走り出し、僕達を庇うように前に出る。
「カレン、無事なの?」
「待ってて、すぐに回復魔法を……!!」
僕は彼女の背中に癒しの魔法を発動させ、彼女の身体を癒していく。
「大丈夫……それより、隙を見て逃げるわよ……」
カレンさんはふらつきながらも立ち上がって剣を構える。
「逃げるって……」
「さっき斬り合って分かった。今の私達じゃどうしようもない相手よ。私がアイツを抑えるから、二人は一旦離脱して、作戦を練り直しましょう!!」
カレンさんは言いながら石床を蹴り上げて、影の魔物に向かっていく。そして、影の魔物も呼応するように、迷うことなくカレンさんに駆けて行く。
「カレンさん!!」
僕は叫ぶが、影の魔物とカレンさんの剣がぶつかり合い、激しい金属音が鳴り響く。カレンさんは積極的に前に出て、魔物から僕達を引き離すように距離を取るが、やはり戦況は芳しくなかった。
カレンさんと影の魔物は互いに似た動きと足捌きで相手の攻撃を受け流し反撃に転じていく。しかし、影の魔物がカレンさんの攻めを容易く防ぐのに対して、カレンさんは影の魔物の攻撃を凌ぐたびに顔を顰めて押されていく。
影の魔物は、パワー、スピード、反応速度、全てにおいてオリジナルのカレンさんを上回っており、最早戦況は一方的だった。
「レイ、カレンが!!」
ノルンはそう言って、カレンさんに魔法で加勢しようと構えるが、僕はそれを手で制した。
「今、魔法で攻撃するとカレンさんに当たってしまう。僕が上手く背後を取って仕掛けるから、ノルンはカレンさんと魔物が距離を離した隙に攻撃をお願い。着弾と同時にカレンさんと一緒に僕も戦線離脱するからノルンも後退して!」
「……分かった、頼むわ」
ノルンの言葉に僕は深く頷き、僕は足音を消して影の魔物の視界から外れて大部屋の壁際に沿って動いていく。
「―――っ、はぁ、はぁ……!!」
カレンさんは影の魔物を押し止めているが、息を切らしつつあり、もう猶予が無い。僕は素早く動いて、いつでも動けるよう構えて
「ああっ!?」
そして、数秒もしないうちにカレンさんは手に持つ黒いロングソードを魔物に弾かれてしまう。影の魔物は好機とばかりに、長剣を高く振り上げカレンさんに振り下ろさんと大きく動く。
「っ!!」
その瞬間、僕は一気に床を蹴り上げて影の魔物に接近。影の頭の部分目掛けて横から思い切り殴りつけるように拳を振り上げる。だが、直前で影の魔物は奇襲に気付いて、首を大きく捻り僕の拳を開始、後方にジャンプして僕とカレンさんから距離を取る。
だが、これはチャンス。
「ノルン、今だっ!!!」
僕は大きな声で叫ぶ。そして、待ってましたとばかりに待機していたノルンの周囲に魔力が溢れる。
「待ってたわ……! <邪気封殺>!!」
ノルンの詠唱と共に、彼女の周囲に展開された魔法陣から紙吹雪のようなものが飛び交い、影の魔物に迫っていく。その攻撃は吸い込まれるように影の魔物の周囲を取り囲み、一斉に張り付く。
次の瞬間、影の魔物の周りに正方形の陣が敷かれて、四つの光が放たれる。
「魔物が……」
光が直撃した魔物は、足元から動かなくなっていき、最終的に全身が硬化し石になったかのように動きを止めた。
「た、倒せたの……?」
「……」
カレンさんは、足元に落ちていた黒いロングソードを拾いながら呟く。
しかし、術者のノルンは何も言わずに影の魔物を睨み付ける。
――ピシッ……。
何かが割れるような音が空間に響き、僕は魔物の方に視線を向けると、魔物の黒いオーラが四散して足元を固めていた魔法陣も消え去っていくのが見えた。
そして硬化していた魔物の身体にヒビが入っていき、数秒後、影の魔物は元通りの状態に戻ってしまった。
「そんな……」
よほど自信があったのだろう。自身の魔法が破られてしまったノルンは、彼女にしては酷く驚いた表情で顔を歪ませる。僕達も動揺し、離脱するはずだった目的を忘れて、絶望で身体が動かなくなる。
だが、影の魔物はそんな僕達の心情を無視してこちらに突貫してくる。
「―――っ!!」「あっ」
いち早く立ち直った僕はカレンさんが持っていたロングソードを引っ手繰る。剣を構えて目の前の影の魔物を迎え撃つために走り出す。
―――だが、
影の魔物の剣と僕の剣がぶつかり合うと同時に、僕の剣に大きくヒビが入る。
「剣が!」
そして、僕の首を狙って攻撃してきた影の魔物の攻撃を防ぐためにもう一度剣をぶつけた瞬間。僕の剣だけが一方的に、砕け散ってしまう。
―――終わった。
目の前のカレンさんに酷似した影の魔物は恐ろしく強い。その強さは、今のカレンさんより遥かに上回り、おそらく呪いを受ける前の彼女のパワーとほぼ同じだ。
そんな強さの魔物相手に武器無しで勝ち目など全く無い。僕達三人は、この後、影の魔物に秒殺されてしまう。僕は、自分が殺されかかってるその状況で、淡々と事実を受け入れてしまった。
絶望のせいか、僕は目の前の光景がスローに感じて、後ろで叫ぶ二人の声が遠くに感じて何も聞こえなくなる。そして、周囲の何もかもが色褪せてしまい、僕は目を瞑ってしまう。
「(夢の中で死んだらどうなるんだろう……ちゃんと目覚めるのかな……)」
僕はそんな取り留めもないことを考えながら、影の魔物が長剣を振り上げる様子を眺め……。
『―――レイ』
「―――っ!!!」
僕は目を開ける。頭の中で、ここに居ない誰かの声が響いた。この声は……?
『―――レイ、私の名前を呼んで!!』
再び聞こえたその声。僕はその声の主を思い出して叫ぶ。
「――――っ!!!
次の瞬間、奇跡が起こった。影の魔物の振り降ろした剣が僕の額に触れる寸前、凄まじい光の波動と共に魔物が吹き飛ばされる。
「……っ!!」
「い、一体……何が……!?」
背後に居たカレンさんとノルンが腕で目を庇いながら、僕の近くまで歩いてくる。僕も彼女達と目を覆うが、それでもその光が直視出来ないほど強烈であることが分かる。
だが、僕の目の前に―――
「―――
目の前に、戦いで僕を支えてくれていた【蒼い星】が浮かんでいた。
僕は、蒼い星を手に取り、聖剣に声を掛ける。
「……蒼い星、何故ここに?」
すると、僕の頭の中に響く聖剣の声が言った。
『……分からない。私は、眠る貴方の隣で鞘の中に収まってた筈なのだけど……。直感的に貴方が危ない状況だと感じたの。それで、貴方に声を掛けたら……』
「この場所に?」と僕は質問し、『ええ』と蒼い星は短く答える。
蒼い星はそう言って頷く。
「……レイ君、その剣って貴方の……?」
「確か、蒼い星って名前だったわよね………?」
カレンさんとノルンが、彼女の姿を認識する。
「……うん」
僕は二人に返事をして、目の前を見据える。
まだ戦いは終わっていない。目の前には、光の波動で吹き飛ばした影の魔物が再び立ち上がり、僕を方を向いていた。
「蒼い星、あのカレンさんの偽物を倒す。力を貸してくれる?」
『――当然、私は貴方の相棒よ?』
蒼い星はまるで笑ったような雰囲気で僕の言葉に応えた。
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