第669話 迷宮の動く鎧
それから、僕達は魔物と遭遇を避けるように進む。
ここに出現する魔物はどれも色の無い影の魔物だった。厄介なのは、影の魔物はオリジナル元のモンスターが存在するのだが、元よりも大きく魔物よりも強化されていることだ。
それに加えてこちらの戦力の弱体化が厳しい。
せめて、
僕達はなるべく魔物を避けて進む。
しかし、このダンジョンは特定の地点までモンスターの影はなく、捻じれた空間の周囲を通過することで突然現れる。先に進もうとする場所に配置されてるせいで避けきれない場面が出てくる。
「……ここは回避出来そうにないね」
僕達三人は立ち止まり、目の前の捻じれた空間を見る。
その先には開けた通路があり、先に進むにはあそこを通るしかない。
「まぁ出現ポイントがはっきりしているという点はある意味助かるわ。不意打ちされずに済むし……」
ノルンはため息を吐きながら目の前を見据える。この夢の中に入ってから正確な時間は分からないけど、体感的にはかなりの時間が経過していると感じる。
何度か休憩は挟んでいるものの、長い間ダンジョンを歩き回って足腰も辛くなってきた。
本来、ダンジョンは入念な準備を行って十分な戦力で挑むものなのだが、夢の中で準備など出来るわけもなく、戦力の増員など望むべくもない。
ポーションや霊薬などの消費アイテムがあれば良かったのだが当然そんな都合の良いものはない。
「(全く、夢の中ならもっと都合を利かせてくれてもいいのに……)」
僕は心の中でそう愚痴るが、戦力も装備も足りない今の状況で不満が漏れるのは許してほしい。
「……仕方ない、行くしかないか」
僕は、自分の顔を手でこね回して固くなった表情を緩めて一歩前に出る。すると目の前の歪んだ空間から一体の影の魔物が現れる。
影の形は、重装歩兵のような分厚い鎧の人型の魔物だ。その手には大体九〇センチ程度の長さの黒いブロードソードと黒い盾を装備している。
「多分、<動く鎧>かな……」
僕の有する魔物の知識から、目の前の魔物の正体を推測する。名前の通り、中身が無いのに勝手に動き回って襲ってくる魔物だ。
見た目通り、防御力が高くて剣や槍、それに弓矢などの攻撃が通りにくい。反面、魔法には見た目ほどの防御耐性は無かったと思うのだけど……。
「……<動く鎧>には間違いなさそうだけど、多分その上位種ね。普通のタイプよりも全体的に鎧のシルエットが豪華な気がするわ」
カレンさんが僕の推測に補足を入れる。僕達が話していると、影の鎧の魔物がこちらに気付き、目だけ光らせてノシノシ歩いてくる。
「なんにしろ、武器もない今の状態で接近されても困るね」
僕達は頷き合い、それぞれが今放てる攻撃魔法を目の前の魔物に向かって放つ。
「
「
「
僕は雷、カレンさんは光、ノルンは水の攻撃魔法をそれぞれ放つ。
しかし――
「……ダメか」
「……大して、効いていないわね」
二人の魔法は影の魔物に直撃するが、歩みを遅らせる程度でダメージを受けた様子が無い。どころか攻撃を仕掛けた為か、影の魔物は素早く走り掛かってきた。
「不味い、二人とも下がって!!」
僕は咄嗟に二人に指示を出して前に飛び出す。影の魔物が剣を振りかぶってきた所で、横に動いて直撃を避ける。振り下ろした剣はそのまま地面に突き刺さる。更に魔物はその剣を地面から抜いて、僕に狙いを付けて薙ぎ払う。
「くっ!!」
僕は姿勢を低くして、スライディングで攻撃をくぐり抜けて回避に成功する。
「(……攻撃はそれなりに重いけど、動き自体は鈍い!)」
僕は体勢を立て直し、こちらから仕掛ける為に魔法を放とうと拳に魔力を込める。だが、少し距離が近すぎたためか、ノルンが僕に向かって叫ぶ。
「レイ!! 前に出過ぎよ!!」
「分かってる!」
返事をしながら魔法の集中を中断。僕は影の魔物とは反対の方向に身体を転がしながら距離を取る。
そこに後方の二人の魔法が魔物に降りかかる。彼女達の攻撃を受けた魔物は彼女達に攻撃対象を切り替えたのか、僕を無視してそちらに向かっていく。
僕は、その隙を見計らって影の魔物に飛び掛かる。
「――食らえっ!!」
拳に炎の魔力を込めた状態で背後から影の魔物の頭部を殴り飛ばす。魔物の頭部はひしゃげて魔物はそのまま地面に転がった。
「……よしっ!!」
鉄の兜を殴った衝撃で右手が軽く痺れたものの、勝ちを確信する。だが、魔物が地に伏せている時間はほんの僅かだった。影の魔物は近くに落ちていた自身の剣を杖にして、何事もなく起き上がる。
「し、しぶとい……!!」
僕は今しがた殴り飛ばした右手を左手で押さえながら起き上がった影の魔物から距離を取る。
「(ヤバいな……それなりに本気の攻撃だったんだけど……)」
右手を摩りながら魔物の様子を窺う。今の攻撃でダメージが通った様子は見られないし、そもそも頭部に直撃しても平然としている。
おまけにこちらの魔法攻撃の弱体化と、魔物の耐性が底上げされているせいで魔法でロクにダメージを与えられない。
「……あれ、これ詰んでない?」
地味に絶望的な状況じゃないだろうか。
こちらは無手で大してダメージが与えられないどころか手を痛めてしまう。更に魔法攻撃が通じないとなれば、妨害魔法で足を止めるくらいしか手立てがない。
「ノルン、何か妨害系の魔法使えない!?」
焦った僕は後ずさりしながらノルンに問いかける。カレンさんはその手の魔法が得意じゃない事を知ってるため、頼りに出来るのはノルンだけだ。
ノルンは影の魔物をジッと睨んで、「……まぁ、試してみるけど……」と言って、疲れた顔でいくつかの魔法の詠唱を始める。
「
「
「
ノルンは多数の魔法を詠唱。発動と同時に魔力の光が飛び交い影の魔物にぶつかっていく。どれも僕が見たことない魔法だ。しかし、魔物は多少動きが鈍くなった程度で止まる気配が無い。
「やっぱり効果が薄いわ」
「でも多少動きが鈍くなってる。ありがとう!」
僕は礼を言いながら影の魔物に突っ込む。
魔物は鈍くなった動きで剣を振り下ろしてくるが、動きはさっきよりも大分遅い。身を屈めて剣を避けると、低い姿勢から影の魔物の胴体に連続で拳を叩きこむ。
「――っ!!」
その瞬間、僕の手に激痛が走る。追撃をしようと思った手が止まり、僕は一歩後ろに下がって距離を取る。
「レイ君、大丈夫!?
僕が足を止めたことで、異常を察してくれたのか、カレンさんが氷魔法を放ち魔物を足を凍らせる。さほど長持ちしないが時間稼ぎは可能だろう。
「ありがと、カレンさんっ!」
僕は視線はそのままにお礼の言葉を叫んで後ろに下がる。そして、痛みを感じた箇所を見ると拳から血が流れており所々青痣が出来ていた。
「……っ。やっぱり、素手で戦うのは無理があったか……!!」
痛々しい自分の拳をさする。これでも、ノルンの
「(……どうする? もっと強力な魔法は試していないけど、それで倒せるかどうか……)」
影の魔物に視線を向けながら思考を巡らせる。物理攻撃と中級魔法が通らない以上、無意味に戦闘を続けてもジリ貧だ。だが、上級魔法でも通じるか怪しい。
「……レイ、無理は禁物よ」
「分かってるよ、ノルン。でも、選べるほど手段は無いでしょ?」
ノルンの言葉に肩を竦めて答える。
実際、武器も無しにこのダンジョンを突破できるとは思えない。
「せめて武器があればね……」
「武器……そうよ、その手があったわ!!」
「え?」
カレンさんの声に僕は彼女を振り向く。僕が彼女と目を合わすと彼女は言った。
「あの魔物が持ってるじゃない。あの黒い剣を奪えばいいのよ!」
カレンさんは影の魔物を指差す。影の魔物は、カレンさんの氷魔法の対処に苦労しているようで、凍り付いた足を剣で斬りつけている。
「……あの剣? でも、どうやって奪うのさ?」
「……そうね。簡単に奪えるものじゃないでしょうけど……」
カレンさんはそう言って少し考え……「ノルン、私に感覚強化の魔法をお願いできる?」と、ノルンに頼んだ。
「いいけど、どうするの?」
頼まれたノルンは怪訝な顔でカレンさんに問いかける。
「私が、あいつから剣を奪い取ってみるわ」
「……本気?」
「ええ、本気よ。……大丈夫、そういう技があるの」
そう言ってカレンさんは影の魔物を睨み付ける。
「でもカレンさん、身体は……?」
「大丈夫……万全とは言い難いけど、多少魔力が戻ったから身体も動くわ」
「でも無茶だよ。剣が奪うなら僕が―――」
「大丈夫、これでも私は<蒼の剣姫>とか、カッコいい二つ名があるのよ」
そう言って、カレンさんは僕に向かってウィンクをする。
「<蒼の剣姫>……」
僕は彼女の二つ名を聞いて思わず呟く。確かに、以前カレンさんはそんな二つ名を付いてると聞いたことがあるが……。
「……うん、分かった。でも無茶はしないでね」
「ええ、安心して任せておいて。……ノルン、お願い」
ノルンは静かに頷き、彼女に<感覚強化>の魔法を発動させる。感覚強化は、身体能力を強化するというものではなく自身の感覚を鋭くさせる魔法だ。
命中率や回避率を向上させると言えば分かりやすいだろうか。
「……ありがと。……ふぅ………じゃあ、行きましょうか」
カレンさんは、何度も深呼吸し、魔物の方へ歩いていく。影の魔物は既に足の自由を得ており、自分に近付いてきたカレンさんに向かっていく。
「………」
カレンさんは迫ってくる影の魔物をジッと見つめているが、まだ何の行動も起こさない。そして、影の魔物が剣を振り上げた瞬間――彼女は動いた。
「……っ!!」
カレンさんは地面を強く蹴り、影の魔物に向かって距離を詰める。対する影の魔物は、迫ってきたカレンさんを一刀両断しようと素早く剣を振り下ろす。
その瞬間、カレンさんは自身の目前まで迫ってきたその剣を凝視し、彼女の両手がその剣の刀身を掴み取った。
「なっ………!!」
「まさかの真剣白刃取り……!?」
あまりの無茶ぶりに僕とノルンは驚愕し声を上げる。
剣を掴まれて硬直する影の魔物は、彼女の手から剣を離そうとするがビクともしない。そして、カレンさんの軸足が僅かに後退、次の瞬間、もう片方の足がまるで瞬間移動したかのように振り上げられ、魔物の顎に直撃した。
「~~!!」
影の魔物は呻き声を上げながらよろめく。そして、今まで掴んでいた剣の柄が手から緩んだところで、カレンさんは影の魔物から素早く剣を奪い取った。
更に次の瞬間、カレンさんはその剣を手先だけでグルリと縦に一回転させると、空中で剣の柄を左逆手に持ち変えて、そのまま魔物の胴体に薙ぎ払う。
「――奥義、
言葉と同時にカレンさんは影の魔物の胴体の鎧を一文字に斬り裂く。影の魔物は黒い液体をまき散らしながらそのまま地に倒れ伏して動かなくなった。
「……凄い」
「驚いたわ……カレン、それほどの剣の技術があったのね」
僕とノルンはそう言って、カレンさんの方を見つめる。彼女は剣を一振りして剣に付着した液体を払うと、僕達の方に振り返る。
「どう? こんな状態でも私、そこそこ強いでしょ?」
そう言うカレンさんは何処か自慢げに笑う。
「……いや、そこそこなんてもんじゃないよ。聖剣技だけじゃなくて、そんな秘奥義みたいな技まで使えるとは思わなかった」
「聖剣ばっかりに頼るわけにはいかないからね。これ以外にも聖剣や魔力に頼らない小技はいくつか使えるのよ」
こういう技は身に付けて損は無いわよとカレンさんは言葉を続けて、剣の柄に布を巻きつける。
「これでよし……私が使うにはちょっと武骨で手に豆が出来ちゃいそう」
魔力に頼るカレンさんには、普通の重量級の武器は扱い辛い。だが、それを差し引いてもあの技は凄かった。<蒼の剣姫>の二つ名に負けない強さだ。
影の魔物の死体を見るとそこには何も残っておらず完全に消滅したらしい。
「良かった。この武器は消えないのね」
ドロップ品扱いなのだろうか。魔物から剥ぎ取ればアイテムとして残るらしい。
「それなら、もう一体出てきてくれないかな。僕も剣が欲しい」
「あら、レイ君もこの技使ってみる?」
「無理……。高威力技なら真似出来るかもだけど……」
「レイはそういう技とか使えないの?」
ノルンに質問されて、僕はうーんと悩ませながら答える。
「少しは使えるけど、武器を奪うとか素手の技は学んだことないよ」
剣の達人のリカルドさんから教わったけど、期間が短かったため技を絞って教えてもらった。あの人なら色々な技を知っていたかもしれない。
「ならどうやって奪う気?」
「インファイトに持ち込んで無理矢理掴んで奪い取るとか……」
「正気の沙汰じゃないわね……」
「うん、自分でも言ってて無理があると思う」
剣を掴もうとした瞬間、こっちが斬り殺される未来しか見えない。
「仕方ない、諦めよう」
僕は血だらけの拳を見ながら回復魔法を唱える。
「なら、レイ君がこの剣を使う?」
「う……正直欲しいところだけど……」
僕はチラリとカレンさんの剣を見て、首を振る。
「ううん、カレンさんが前衛で戦えるようになった方が戦力的に助かる」
「そう、なら次から私も前衛に出るわ」
カレンさんはそう言ってニコリと笑う。本当に頼もしい。僕達はカレンさんに強さに改めて感心しつつ、更に奥へと進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます