第668話 迷宮の小鬼

 これまでのあらすじ。

 僕とノルンは仲間の力を借りてカレンさんの夢の中へ入ることに成功し、夢の中でカレンさんと出会うことが出来た。

 

 そしてノルンの活躍により、カレンさんに掛かった九割強の呪いの解呪に成功。しかし、話はそれで終わらない。


 突如、夢の中の開かずの扉が開き始め、そこは深淵の闇が広がっていた。僕達は勇気を振り絞り、深淵に足を踏み入れて、その先の扉を掛ける。すると、そこには巨大な迷宮が待ち受けていた。


 呪いの大元があると思われるこの迷宮の深層部には、直接歩いてしか行くことが出来ない事が発覚した。僕達は仕方がなく歩くことにしたのだが……。


 僕達三人は、その迷宮を無言で歩き続ける。


 この迷宮に足を踏み入れてどれくらいの時間が経っただろうか。既に一時間以上歩いた気もするが、ついさっき足を踏み入れたばかりの気がする。僕達は正確な時間を測ることが出来ずにただひたすら歩き続ける。


「………」

「………ふぅ」

「……」


 僕達三人の迷宮を歩く足音だけが周囲に響く。周りには何もない。右も左も、無機質な謎の鉱石で出来た壁だらけで、僕達は何度も袋小路に入りながら引き返して少しずつ先に進んでいる。


「……」

 変わり映えがしないというのは、迷宮を歩く際に精神を削るものだ。周囲に目印などは全く無く、壁に何かしらの文字や模様が描かれているわけでもない。

 

 こういった目印の無い地形はマッピングして進むのが定石なのだが、夢の中にそんな都合の良いものなど無い。


 となると僕達に出来ることは、主に己の直感と運を頼りに歩くことだ。しかし、ノルンが居てくれたお陰で多少楽出来た部分がある。


「レイ、そこの右の通路は一度曲がってるわ。まだ進んでないのは直進して三番目の分岐点、それに突き当たりに左に進む通路よ」


「分かった」


 僕は彼女の言葉を道しるべに先頭を歩く。ノルンは、僕達と比較して空間把握能力と記憶力が圧倒的に優れており、この迷宮の作りを把握していた。


「(ノルンが居てくれて本当に良かった)」


 ノルンは僕の心の声に同意するように頷く。


「……でも、何だか嫌な予感がするわ」


 彼女はそう言って眉を寄せるが、僕も同じ気持ちだ。このまま無事に出られる気がしないという予感だろう。そして、その予感はすぐに当たることになる。


「あれは……」


 カレンさんは、目を大きく開いて正面を指差す。彼女の指の先を辿ると、他の周りと比べて螺旋のように空間が捻じれている場所があった。

 その先にも通路があるのだが、先に進もうとするならどうしてもその捻じれた場所に足を踏み入れないといけなくなる。


「これは……」

「進むしかないかしら……」

「……勘だけど、絶対に何か起こるわよ。これ」


 カレンさんがゲンナリとした表情で、しかし断言する。僕達三人は顔を見合わせて頷き合うと、意を決してその捻じれた場所の通路を進んだ。


「っ!?」

 僕達が螺旋状の捻じれた空間を進むと、その捻じれた螺旋は消失する。しかし、代わりに僕達の進もうとしている先に、三体の黒い影のようなものが出現した。


その影は、何処かで見たことがあるシルエットで、どれもゴブリンのような形だ。そしてその手には棍棒のようなシルエットもある。


「魔物、だね」

「……まぁ、ダンジョンといえば定番よね」

「……私の夢の中に、こんな得体の知らない奴らが……」

 

 僕とノルンが即座に戦闘態勢に入る中、カレンさんは顔色を曇らせて呟く。


「どうする?戦う?」

「戦う……って言いたいけど、今の私はまだ戦える状態じゃないのよね」


 カレンさんは自分の両手をジッと見てため息を吐く。


「大丈夫、僕がここに居るから」

「ありがとう、レイ君」


 カレンさんは僕を見て、少し申し訳なさそうな表情をする。僕は彼女を安心させるように、腰に下げた鞘から剣を……剣を……。


「……」

「……どうしたの?」


 突然黙り込んだ僕を不安を覚えたノルンが不安そうに声を掛けてきた。

 僕は、やや呆然とした感じで、答える。


「無いんだ……」

「無い……って、何が………」


「……僕の聖剣が………!」


 僕の左銅に下げていた筈の剣が、何処にも見当たらなかった。


「……え」

 僕とノルンの会話に、カレンさんも不安げな表情になる。


「おかしい……確か、ノルンと眠る前まではちゃんと腰に下げてたのに!」

 僕は弁解する様に二人に話す。突然の事態に、自分が動揺を隠せない。だが、そんな事を言っている間に三体の影はこちらに向かってくる。


「ど、どうすれば……?」

「まさか、夢の中だから武器を持ち込めなかったとか……?」


 カレンさんは推測して僕に言う。

 そこに、一体の影が棍棒を振り上げて僕に襲い掛かってきた。


「くっ……なら、これだ!!」

 掌に魔力を集中させ火球ファイアボールの魔法を発動させる。僕の掌から放たれた火球は、その影に直撃し影は吹き飛ばされる。……が、まだ倒せていない。


「うそっ!!」

 僕は、目の前の影のモンスターを倒せなかったことに驚愕する。


 驚愕の理由は二つ。

 一つ目は、目の前の影のモンスターを倒せなかったこと。

 二つ目は、今放った火球の威力が明らかに低くなっていたことだ。


 僕が火球の魔法を手加減せずに放てば直径100センチ近くの大きな火球が飛び出し、大半のモンスターは一瞬で灰に出来る。だが、今の火球はせいぜい30センチ前後。これは初期に習得した時と同程度かそれ以下の大きさである。


「まさか、夢の中だと魔法の威力が落ちるのかしら」


 ノルンは僕の魔法の威力が明らかに低くなった原因を考察する。


「ぼ、僕が弱くなってるのは分かったけど、……ノルンは?」


「少し、試してみるわ」


 ノルンが影の魔物を睨み付けるとノルンの目が怪しく光る。

 次の瞬間、ノルンに睨み付けられた影の魔物達を動きがピタリと止まる。


「ノルン、今のは?」

「<眠りの魔眼>……弱い魔眼だけど、ゴブリン程度なら通じるでしょう」


 と、ノルンは呟くが、彼女の目が更に細まる。


「……と思ったけど、駄目ね。抵抗レジストされてしまったわ」


 彼女が言うと同時に、影の魔物達は再び動き出す。


「くっ……!!」


 剣は無いが、それでも二人を守るためにと無手で前に出る。


「厄介ね……こちらの出力が下がってるだけじゃなくて、あの影もオリジナルより強くなってるかもしれない」


「(……どうする!?)」


 こちらの武器は使えず魔法は軒並み弱体化、なのに敵は強化されている。本来の各々の能力を考えるなら本来相手にならない魔物なのに、まるで平均化されているように戦力が拮抗している。


「(でも、強化されてると言っても所詮はゴブリンだ)」


 魔法が弱くなっていても単純な身体能力で押し切れるのではないか。


 僕はそう思い無手で構えるが、素手で魔物と戦ったことなど一度たりとも無い。仮に一対一で勝てたとしても相手は三体、囲まれてしまえば命の危険がある。


「く……!!」


 レイは覚悟して一歩を踏み出そうとする。その時―――


<閃光>フラッシュ!!」


 レイとノルンの背後から眩しい閃光が放たれる。その光を浴びた影のモンスター達は、目がくらんだのか動きが鈍くなり、目を抑えるような動きをする。


「今よ、レイ君!!」とカレンさんは叫ぶ。

 彼女の声で身体が一気に軽くなり、僕は影の魔物の一体に飛び掛かる。


「はぁぁぁ!!」


 飛び掛かると同時に、ゴブリンの首に全力で蹴りを入れる。蹴りを入れたゴブリンの首が歪に曲がり、ゴキリという音を鳴らして首が折れて絶命する。


「(……いける!)」


 更に近くに居たもう一体のゴブリンに掴みかかり、体格差を活かしてゴブリンの首を掴んで地面に叩きつける。ドカッと鈍い音を立てて、ゴブリンが地面に叩きつけると、その魔物は脳震盪を起こしたようにフラッと立ち眩みを起こす。


「今だ!!」

 僕は全力でゴブリンの体に掌底を放つと、ドゴォンと大きな音を立ててゴブリンの体が吹き飛ぶ。


「レイ君!」


 カレンさんの声で振り向くと、残った影の魔物が僕に飛びかかってきていた。

 僕は左腕を敵に向けて即座に放てる魔法を使用する。


<初級雷魔法>ライトニング!!」


 魔法発動と同時に、僕の左腕から弱めの電撃が影の魔物に放たれる。それにより、影の魔物の動きが一瞬だけ止まる。僕はそのまま突撃、怯んだ影の魔物を殴り飛ばし石壁に叩きつける。


「や、やったか……」


 軽く息が乱れて、僕は倒れた影の魔物達から距離を取る。


「大丈夫、レイ?」


 ノルンは疲労している僕に、気遣うように声を掛ける。


「うん……少し疲れたけど、まだ大丈夫」


 僕はそう言ってノルンとカレンを安心させるように笑いかける。

 だが、内心焦っていた。


「(魔法だけじゃない……身体能力も何処か違和感がある……)」


 魔法ほど極端ではないが、自身のイメージと実際の動きにブレが生じている。ゲーム的に言えばステータスの10%程度低下してるような印象だ。致命的ではないが、少しのズレが命取りになる。


「(この夢の中では、僕の魔法や身体能力は弱体化していると考えた方が良いな……)」


 僕は心の中でそう結論付けると、息を整えてカレンさん達に声を掛ける。


「怪我はない?」

「……うん、大丈夫」


 カレンさんがちょっと気まずそうに僕から視線を逸らす。


「どうしたの?」

「えっと……ごめんなさい。私、つい見てられなくて……」

「え? ……あ……」


 カレンさんが何の事を言ってるのか分からなくて、一瞬困惑する。しかし彼女が魔法を使って僕をサポートしてくれた事を言ってるのだとすぐ気づいた。


「ううん、カレンさんのサポートが無いと躊躇してた。ありがとう」


「そ、そう……?」


「でも、大丈夫だったの? カレンさん、今の状態だとロクに魔法も使えないはずじゃ……」


「それなんだけど……」


 カレンさんはそう呟きながら自身の身体をまじまじと見る。


「多少……だけど、魔力が回復してる。表立っては無理だけど、サポートくらいならいけるかも」


「……分かった。これからの戦闘もサポートお願い」


「……ええ、任せて!」


 カレンさんは力強く頷く。


「……それにしても、こちらの戦力がここまで弱体化してるとなると厳しいわね」


 ノルンは今の戦闘で自分達の置かれた状況を整理する。


「レイ、今の戦いで分かったことある?」


「うん……。武器が無いのは最初に言ったけど、攻撃魔法の威力が大きく落ちてる。あと、身体能力も違和感があるね」


「それは私も少し感じたわ。それと魔物の耐性が軒並み上がってる印象。レイの放った火球ファイアボールに抗えるだけの炎耐性を相手が持っているように見えたし、私の眠りの魔眼に抵抗するだけの状態耐性も有していると考えていいかも」


「……となると、攻撃魔法を主軸にするのは危険かもしれないね」


「でも、私は接近戦なんてとても無理よ。攻撃魔法だって得意とは言えないし、強化魔法と少々の回復魔法ならいけるけど」


 ノルンは自分の欠点と長所を分かりやすく僕達に教えてくれる。

 そして、カレンの方を振り返る。


「ねぇ、カレン。今の貴女はどの程度戦えそう?」


「さっきのようなサポートは問題なく出来ると思うわ。あと、攻撃魔法も使えるけど、上級魔法は多用しない方が良い気がする……今の私には負担が大きすぎる」


「なるほど……あまり無茶は出来ないわね」


 ノルンはそう結論を出す。


「……とはいえ、進まないわけにはいかないね」


「レイ君の言うとおり……出来るかぎり、戦闘は避ける形で進みましょう」


 僕の言葉にカレンは頷く。そして、僕達は怯まずに先に進む。

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