第939話 仲間を誘おう

 それから十日後の早朝、遊覧船は再び物資の補給を兼ねて別大陸の港町に寄港した。


 今回の補給はそこまでの時間は掛からないという話で、夜の時間には遊覧船が出航予定であるらしい。


 その間にリフレッシュを兼ねて観光でも楽しんではどうか?と船員さん達に勧められた。


 というわけで、僕は何人かの仲間を誘って外に繰り出そうとするのだが……。


「カレンさん、一緒に行かない?」


「ごめんなさいね、レイ君。ちょっとこの後の事について船長さん達と話し合わないといけないのよ。今回はレイ君達だけで楽しんできてくれる?」


「そっかぁ……」


 カレンさんにやんわりと断られた僕は少し残念な気持ちになる。そんな僕を気遣ってくれたのか、カレンさんと一緒に居たリーサさんは僕に言った。


「それならばレイ様、折角町に立ち寄るの ですから是非カレンお嬢様にお土産を買ってきて頂けるとお嬢様も喜んでくださると思います」


「あ、良いわねお土産。確かこの国は1世代前の勇者の生まれ故郷だった気がするし」


「そうなんだ?」


 一世代前……ということは、確か過去の魔王と相打ちになった人物と聞いている。


 カレンさんが今使ってる聖剣アロンダイトはその人物が使っていた剣をカレンさんでも扱えるように調整したモノだ。


 一体どんな人物だったのだろう?


「由緒ある地なので、何か特別なお土産が売られているかもしれませんね。もしや何らかの催し物もよおしものがあるかもしれません。レイ様達の観光には丁度良いかもしれません」


「そうかもね。じゃあレイ君、私の分も楽しんできてね。お土産も期待してるわ♪」



「うん、分かった」

 僕はそう返事をしてカレンさんの部屋を出る。そして次に向かったのはエミリアの部屋だ。僕はドアをノックしてエミリアの部屋に入る。


「うわ、何この部屋……」


 部屋の中は以前に訪れた時と様変わりしており、彼女の部屋の机の周りにはビーカーや計量器など、他にも怪しげな魔道具が散乱していた。


 そして、エミリアはこちらに背を向けて椅子に座って何かの作業をしているようだった。多分調合か魔法の実験でもしてるんだろうけど、僕は気にせず彼女に声を掛ける。


「エミリア、もし予定が空いてるなら――」

「パス」


 ……にべもなく断られてしまった。


 しかし、エミリアも悪いと思ったのか、作業を中断してこちらを振り向く。


「すみません、今作業中なのでレイに付き合えません。もし外出の用事だったら他の人を誘ってあげてください」


「そう……それなら仕方ないけど……」


 彼女の顔は煤で若干汚れており、顔にも疲れが出ているように見えた。心なしか声も小さくて元気が無い。


「エミリア、もしかして寝てないでしょ?」


「……一応、寝てますよ。これでも二時間くらいはちゃんと横になりましたし……机で」


 ボソリと最後に言葉を付け足す。机で寝ているという事は実際は作業中に寝落ちしただけなのだろう。


「最後にベッドで寝たのはいつ?」


「……二十時間前くらい?」


 全然寝てないじゃん……。


「ダメだよちゃんと寝ないと……それに何を作ってるの?」


 僕はちょっと呆れてしまい、そこまでして何を作ってるのか質問をしてみる。


 だが僕が質問をすると肩をビクンと動かして、「よくぞ聞いてくれました!!」……と、さっきまでのダウナーぶりは何処に行ったのか。死んだような目をしていた彼女の瞳が輝き出す。


「今作っているのは、私が着想した新魔道具です!!この魔道具が完成したら、この世界の生活水準が飛躍的に向上しますよ!!」


「お、おぅ……凄いね……」

「でしょう!?」


 エミリアは煤だらけの顔で破顔一笑し、僕にその例の魔道具を見せつける。その魔道具の形は手に持ちやすい形となっていて、そこの部分がペチャンコになっていた。


「……ん、これって?」


「この魔道具は微弱な魔力を流し込むだけでそこの部分に熱が流れるようになっています。そして、布製の衣類などを机の上に広げて、この魔道具の底を当てて手で押さえながら横に動かすと衣服が綺麗に―――」


「お、落ち着いてエミリア!」


「あ、すいません……」


 ……というか、このエミリアが語る魔道具って……。


「(……アイロンじゃん)」


 服に付いたしわを伸ばしたり、折り目を付けたりして衣服を整える道具だ。


 しかし、僕の世界だと電気を利用して熱を帯びさせるのだが、魔法を利用するとなると原理は同じでもある意味全くの別物と言える。


 正直、生活水準が飛躍的に向上するという謳い文句は過剰な気もするが、確かにこれが量産できるようになれば便利になるのは間違いない。だけど、その……なんと言うか……。


「(……地味すぎる)」


 最近、部屋から良く引き籠ってたのはこれを作る為だったのか。


「これ、どれくらい時間が掛かったの?」


「えーっと……半年くらいです?」


「製作費は?」


「……」プイッ。


 ……どうやら、顔を背けたくなるほどの金額らしい。


「ま、まぁ……実用できる段階まで完成度を上げて、それを王都の魔道研究部門に持ち込めば、もしかしたら元を取れるかもしれないし……」


「で、ですよねっ!? 私が浪費した金貨250枚くらい余裕で回収できますよね!?」


「ちょっと待って、それだけの大金どっから出てきたの!?」


「え、ええと……グラン国王陛下から頂いた報奨金や、あと調合で作ったアイテムを売却したり、ダンジョンで得た宝箱の中身を売却したりとか……諸々で……」


 金貨250枚というのは、日本円に換算すればおよそ750万円程度に相当する。それだけの開発費が掛かったとなると意地でも成功して普及させないと元が取れない。


 ……というか、グラン陛下から頂いた報奨金は全部姉さんに預けたはずなのに、エミリアが姉さんに無理を言って借りていたのか……。


「で、完成度はどれくらい?」


「……進捗は50%くらいですかね。でもでも、研究はかなり上手くいって―――」


<眠りの魔法>スリープマジック!!」「はうっ!?」パタリ。


 さらに勢いづくエミリアを魔法をぶっ放して強制的に眠らせる。


「全く……ちゃんと寝てなよ……よいしょっと」


 僕は机の上で意識を失ったエミリアを抱きかかえて部屋を出る。

 そして、ノルンの部屋へと向かう。


「あら、レイ。どうしたの……って、エミリア?」


「エミリアってば研究に没頭しててまともに寝てないみたいなんだよ。

 魔法で強制的に眠らせたんだけど、僕の魔法じゃすぐに起き上がってまた没頭しそうだから、いざとなったらノルンの<眠りの魔眼>で止めてほしい」


「ああ、そういうこと? 良いわよ、私のベッドにでも寝かせておくわ」


「ありがと、ノルン。……そうだ、ノルンも外出に誘おうと思ってたんだけど……」


「彼女の見張りをしてたら私も外出できないわよ……まぁ外出する気なんて全く無くて、この後もうひと眠りするつもりだったのだけどね」


 よく見たらノルンは眠そうな顔をしていた。多分、僕が声を掛けるまでスヤスヤと眠っていたのだろう。出会った頃からずっと相変わらずだ。


「そっか……じゃあお願いできる?」


「とりあえずその子をベッドに運んでくれる?」


 僕は了解を得てノルンの部屋のベッドにエミリアを運んで横に寝かせる。


 これでエミリアは大丈夫だろう。仮に目が醒めてもノルンが近くに居るから即座に魔眼を使って強制的に休ませてあげられる。


「念の為、魔法で身体を拘束しておくわ。仮に私がすぐに気付かなくても時間を稼げるし」


「オッケー、そうしておこうか」


 仲間の事を想うからこそ場合によっては厳しく接しなければならない。決して仲間に相談せず勝手に資金を浪費して無駄遣いしたことを怒ってるわけじゃないのだ。


 そうして僕はエミリアの監視をノルンに任せて部屋を出る。


「……じゃあ次はレベッカを誘いに行こうかな」

 

 当初の目的を思い出して、僕は外出に誘うためにレベッカの部屋を訪れる。そしてドアをノックするが、すぐに返事が無かったので僕は「入るよ」と声を掛けてドアを開けて中に入る。


「レベッカ、今から遊びに……っと」


 声を掛けようとした僕だったが、レベッカの様子を見てすぐに声を抑える。

 彼女は机に向かってどうやら手紙を書いている様子だった。


 おそらく故郷の家族に向けた手紙……だろうか?部屋にやって来た僕に対しても気付かずレベッカは夢中になって手紙を書いているようだ。


「(もうすぐ会えるもんね……レベッカ……)」


 この旅の目的地はレベッカの故郷であるヒストリアだ。

 彼女ももうすぐ会える家族の顔を想い描いて、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「……」


 僕は邪魔をしないようにレベッカの部屋を後にし、他の仲間を誘うために再び廊下に出た。


「誘いたかったけど、家族の事を想う時間を邪魔するわけにはいかないね……」


 せめてお土産くらいは買って帰ろう。

 そう思って、僕は他の仲間達に声を掛けに行くのだった。

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