第940話 空を見上げる

「残りは姉さんとアカメとルナかな……」


 ここまで見事なまでに全員に同行を拒否されている(レベッカは事情が少し変わるが)。


 残りの三人は是非一緒に町へ行きたいと思っていたので、残り三人を当たるとしよう。


「……アカメとルナは一緒に行動してるかもしれないし、まずは姉さんかな」


 二人で行動してるならばどちらかの部屋に入り浸ってる可能性がある。それなら行動が読みづらい姉さんを先に探すのが得策だろう。


 そう考えて、僕は姉さんの部屋へ向かったのだが……。


「……返事無しと」


 ドアをノックしたが反応なし。鍵も閉まっている。おそらく中には居ないだろう。


「(もしかしたら厨房に居るかもしれないな……)」


 姉さんは僕達の一党パーティでは普段食事担当だし、姉さんは意外と食べ物に目が無い。ちょっと目立つ屋台や喫茶店があればすぐに入りたがる可愛らしい面がある。


「よし、ちょっと行ってみよう」


 そう決めた僕は姉さんを探すために厨房に向かうのだった。


 ◆◇◆


「あ、居た」


 厨房に入ると姉さんが他のコックの人に混じって話をしていた。


 何の話をしているのだろうと気配を消して近づいてみると、どうやら姉さんはコックの人から料理のアドバイスを貰っているようだ。


 利き腕にペンを持ち、片手にメモ用紙を携えて、真剣な表情でコックの話を聞いている。


「いいですか、ベルフラウさん。この魚の切り身は、弱火でじっくり揚げ焼きにします。そうすると、魚の旨味が逃げずに残るんです」


「ふむふむ……なるほど……勉強になります」


「それから……この煮込み料理の味付けですけど、これはダシに魚のあらを使った鍋物です。味付けは薄口で風味豊かなハーブで風味付けするのが上手いんですよ。こっちの皿に載ってる具沢山のシチューなんですけど……」


 姉さんがコックさんと話をしているすぐ傍らには出来上がった様々な料理が並んだ大きなスタンドがあった。どうやら姉さんはコックさんに料理を教わっているらしい。


「(姉さんも真剣だなぁ……)」


 これだけ真剣となるとレベッカの時と同じく、邪魔をしちゃいけないという気持ちになってしまう。


 仕方ない……このまま厨房を出るか……。

 僕は諦めて気配を消してそのまま静かに部屋を出る。


「……ふぅ」

「レイくん。背後まで私の傍に来てたのに、なんでいきなり帰っちゃうの?」


 ……!?


 声のした方を振り向くと、そこには不思議そうな顔をした姉さんが立っていた。


「き、気付いてたんだね……姉さん……」

「……? お姉ちゃんがレイくんに気付かないわけないでしょ?」


 姉さんは当たり前のようにそう語る。


 これでも自身の能力をフル活用して気配を消してたつもりなんだけど……実際、他のコックさんは僕の事に気付いた様子は無かった。


 流石は元女神様といったところだろうか。

 普段抜けているように見えてこういう時は僕よりも鋭い。


「……良いの?」


「何が?」


「さっきコックさんから真剣な話を聞いてたみたいだけど……」


「全然構わないよ? ちゃんとお礼を言ってきたし……それよりもお姉ちゃんに用事があるんじゃないの?」


「まぁそうなんだけど……ええとね、港に寄港している間、観光がてら外に遊びに行かないかなって」


「行く!!」


 エミリアとは真逆に、一瞬で話を聞いて食いついてくる姉さん。


「良かった……姉さんにまで断られたら傷付くところだったよ」


「あはは、お姉ちゃんがレイくんの頼みを無下にするわけないじゃない」


「ありがと、姉さん。……それじゃあ一緒にルナ達の所に行こう」


 僕はそう言って廊下を歩き出そうとする。


「え?」「?」


 姉さんの困惑した声を聞いて僕は振り返る。


「どうしたの?」

「二人じゃないの?」

「……? 二人だよ?」

「……?」


 ……なんだろう。何か致命的に噛み合っていないような……。


「……お姉ちゃんとレイくんの二人で遊びに行くんだよね?」

「違うよ? ルナとアカメも誘って一緒に遊びに行こうかなって話だよ?」


「……」

「……」


「……あ」


 姉さんが何を勘違いしてるかようやく気が付いた僕は視線を横に逸らす。そして姉もまた……気付いたようで僕と同じく表情を逸らして、顔を赤くし始めた。


「私はてっきり、レイくんとデートなのかと……」


「(……あー……)」


 ……忘れてた。最近の姉さんって僕と二人で居たがることが多いんだよね。


 以前の時だって僕と二人で出掛けることに拘ってたし今回もそれと同じだ。最近、仲間が増えて姉さんと二人だけで過ごす時間が減ったのも理由なのだろうけど……。


「(……どうしようかな)」


 アカメとルナも誘う気満々だったけど、姉さんが望むのならこのまま二人で行くのも……。


「……いいよ、二人を誘っても」


「本当?」


「で、でも二人の了承を得られるかは分からないよ? その時は二人で……」


「うん、分かった。その時は二人だけで遊びに行こう」


「……! ……うん♪」


 先程の無関心な様子とは違い、まるで子供のような無邪気な笑顔で微笑む姉さん。


  そして、僕と姉さんは二人でアカメ達を探すのだった。


 ……が、すぐに見つかった。


 二人は甲板に出て空を見上げて黄昏ていた。


「何やってんだろ、あの二人……」


「(仲良しの女の子二人……周りには誰も居ない……雰囲気のある景色……何も起こらないはずがなく……)」


 ……姉さんが横で何かブツブツ呟いている。

 ……嫌な予感がプンプンするが、今はそっとしておこう。


「えーっと……二人共どうしたの?」


 僕が声を掛けると、二人はすぐに気付いてこちらを向く。


「お兄ちゃん……と、ベルフラウ……」


「あ、サクライくん。どうしたの?」


「うん、船が止まっている間に町に出て観光でもしようかなって……」


 僕がそう答えると、


「あ、私も一緒に行きたい」

「……お兄ちゃんは有名人。妹として傍に居ないと……」


 二人は僕が誘う前に話に乗ってきてくれた。


「良かった。実は二人を誘おうと思ってたんだよ」


「そっかー、じゃあ早速行こうよ!」


「思い立ったが吉日……異論を挟む余地はない……」


 二人はそう言ってこちらと合流する。

 そして僕達は四人で船を降りて桟橋を渡って港を通り過ぎていく。


「ところで二人は甲板に出て何をやってたの?」


 僕は付いて来てくれたルナとアカメにそう尋ねてみる。


「え?」

「特に何も……」

「強いて言うなら……」


「……空を見ていた」

 ルナとアカメはそう言いながら立ち止まり、再び空を見上げる。


「……この空の上。雲を超えた先に、ルナが生まれた世界……私が生まれるはずだった世界がある」


「……地球っていう綺麗な星……もう私たちには帰る術はないし……特別帰りたいと思ってるわけじゃない……けど」


「……」「……」


 僕と姉さんも立ち止まって、二人の独白を黙って聞く。


「……でも、この空を見ていると、懐かしく思えるんだよね……」


「……」


「……私はあちらの世界で過ごした時間が皆無といってもいい。私は意識が芽生えた時にはこの世界に居た……それでも……」


「……」


「「……あの空の向こうに、私たちは繋がりを感じている」」


 ……二人は一言一句違わずそう口にした。


 その二人の言葉を肯定するかのように、港に撫でるような潮風が吹いた。僕と姉さん、ルナとアカメは二人と同じ空を見て……心に不思議な感覚が湧き上がったのを感じた。


「……二人とも、元の世界に帰りたい?」


 姉さんは儚げな雰囲気の二人にそう問いかける。だが、二人は首を横に振る。


「……私の居場所はここ」


 先に答えたのはアカメ。そう言ってアカメは僕の傍まで歩いてきて僕の手をギュッと握る。


 ……そして、ルナも。


「……何処で産まれるかじゃないんだよね……どう生きるか……だよ。

 私は、一度は自分の命を投げ出してしまったけど……生まれ直したこの世界で自分を否定したりしない……。

 ……今の私の故郷はこの世界だから……もう帰りたいなんて思わないよ」


 そう答えたルナは僕の手をギュッと握る。


「……」


 姉さんが二人の答えを聞いて、優しい笑顔で微笑む。


「(二人とも……強いな……)」


 自分はその考えに至るまで二年の時間を要してしまった。僕は優しい人達に囲まれていたからその考えに至れたけど、彼女達は違う。


 アカメは生まれる直前に異世界にその身を移され、幼少の頃に魔王軍にその身を囚われた。


 ルナは僕の事を想って元の世界の暮らしを投げ打って偶然この世界に生まれ直したものの、普通の『人』として生きることが出来なかった。


 それぞれが、他の誰にも分からない苦悩と地獄を味わい、それでも尚彼女達は折れずにここに居る。


「……」


 僕も彼女達のように空を見上げる。

 澄み渡るような青い空。

 希望を照らす太陽の光。


 暗雲はもう過ぎ去った。

 あとは自分達次第。

 空は僕達にそう語り掛けているように思えた。


「……さ、空を眺める時間は終わり。観光を楽しみましょ?」


 姉さんは僕達三人にそう語り掛ける。

 僕達は空を見上げる事を止めて、再び歩き出した。

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