第941話 平和な場所
前回のあらすじ。センチメンタル、以上。
「説明になってない」
「え、どうしたの? アカメ」
「なんでもない」
レイ、ベルフラウ、ルナ、アカメの四人は港へ降りて町へと繰り出した。
一度も訪れた事の無い町並みを期待して僕達が町へ足を踏み入れると、そこは町と呼ぶには牧師的な雰囲気漂う自然豊かな場所だった。
道などは最低限整備されているが、町には民家がまばらに並び立っており、お店の数も数えるほどだった。
端的に換言するならば……。
「田舎」
アカメが見たまんまの感想を述べる。
「あはは……自然溢れる素敵な場所ね……」
姉さんが苦笑いしながら、若干の訂正を加えながら同意する。
彼女達の言うように、この港町は田舎というのが一番しっくりくるだろう。
自然豊かな場所で町の中には、民家、畑、水田くらいしか無く、町を歩いてもあまり目立つお店などは見当たらない。
遠目から見て大きめの建物もあるようだが、人だかりがあるわけでもなくさほど賑わってる様子もない。
「こんなところに観光する場所なんてあるのかなぁ……?」
「リーサさんから聞いた話によると、この国は昔の勇者さんの故郷らしいんだけどね……」
かつての勇者の故郷ということならば、もっと活気づいた街並みになっていていそうなものなのだが……。
「……とりあえず町の中を歩こうか……昼食取ってないし、何か食べよう」
「賛成ー。……あ、でもこの町って食べ物屋あるのかな?」
ルナが素朴な疑問を口にする。確かにこの規模の町だとあまり期待できそうにないような……。
すると姉さんが周囲を見渡しながら僕達にこう言った。
「なら道行く人に尋ねてみましょうよ。……すみませーん、そこのお爺ちゃーん」
姉さんは道行く杖をついて歩くお爺さんに声を掛けて呼び止める。
「おんやぁ……? これまたべっぴんなお嬢さんじゃのう……。何か儂に用かの?」
「はい、この辺りで美味しいご飯が食べられるお店ってありませんか?」
姉さんは笑顔でそう尋ねる。
するとお爺さんは、姉さんから僕達に視線を移してから、「うーむ」と何かを考え始めて、何かを思い出したように手を叩いた。
「そうじゃそうじゃ、この先をずっと進んだところに美味しい料理屋があるんじゃよ! 案内してあげよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
お爺さんの言葉を聞くなり姉さんは目を輝かせてお爺さんにお礼を言う。
「では付いてくるがいい」
お爺さんはそう言って歩き出そうとするが……。
「お爺さん、待って」
僕はそう言ってお爺さんを呼び止めて駆け寄ってお爺さんの前に出て背中を向けてその場にしゃがむ。
「ん?」
「杖を持っているという事は足が不自由なんですよね。折角案内してくださるという事ですし背中をお貸しします、どうぞ」
そう言って僕は腕を横に伸ばす。要するに背中におぶっていくよという意味だ。
「おお、いいのかの? お前さん若いのに中々気が利くのう……」
お爺さんは僕の申し出に嬉しそうな表情をするのだが、僕の背中に手を当てた辺りで動きが止まる。
「じゃが……流石にそこまで世話になる訳にはいかんな。どれ、儂も男じゃい。このくらいの距離なら杖を突きながら歩くくらいは出来るわい!」」
お爺さんはそう言って元気に歩き出し始めた。
「えぇ……?」
僕は残念な気持ちを感じながら立ち上がる。
「意外と強情なお爺さんなんだね」
「立派……」
「流石は長生きしているだけのことはあるわ」
僕がお爺さんを見送ると、そんな感想を口にする三人。
一番最後の台詞は姉さんの言葉だが、年齢不詳の女神様が言う言葉じゃないと思う。
しかし三人の言葉通り、あの調子ならば杖があれば全然大丈夫そうだ。背筋がピンとしていて足腰もしっかりして歩いている。
僕達は素直にお爺さんの後を付いて行くのだった。そしてお爺さんに案内された場所はこじんまりとした民家みたいな雰囲気のあるお店だった。
「ここじゃよ」
お爺さんは目の前の建物を指さしながら僕達に言った。
「ありがとうございます、お爺さん」
「お陰で助かりました」
「ありがとー」
「……感謝」
僕達四人はお爺さんに頭を下げてお礼を伝える。
「なぁに構わん。こういう時はお互い助け合うのが世の常じゃよ。ホッホッホ」
お爺さんはそう言って笑う。
僕達はお爺さんに別れを告げて手を振ってお店の戸を開けて中に入る。
中は予想通りあまり広くないが、きちんと料理屋の内装になっており、数人程度座れる長さのカウンターと椅子が向かい合わせになっているテーブルが二つほど設置されていた。
……が、しかし。
「こんにちはー」
中に入ってお店の人に声を掛けるのだが、中は無人だった。
「あれ、留守かな……?」
「奥に居るのかも……す、すみませーーーん!!」
ルナが勇気を出して大声を出してみる。しかし、特に反応は無く……。
ガチャリ。
何故か僕達が入って来た方の戸が開いた。
そして先程別れたはずのお爺さんがお店の中に入ってくる。
「わしじゃよ」
「え?」
「儂がこの店の店主じゃよ」
「えええ!?」
僕達はビックリして思わず声を上げてしまう。だが、よくよく考えると完全に留守なのに鍵を閉めていなかったは不思議だった。
もしかして、このお爺さん……。
「お爺さん、僕達をお店に呼び込むために……わざと僕達の近くを通りかかったんですか?」
「ホッホッホ! まぁそちらのべっぴんさんから声を掛けてくれたからの。こちらから宣伝するまでも無かったわ! ちなみに町の奥まで行けばもう少し立派な飲食店もあるがの」
要するに、僕達は知らない間に客引きに引っかかってしまったわけだ。
このお爺さん。かなり肝が据わってる。
「……さっきは感心したのに」
アカメがボソリと呟いた。
「おおっと……そこの若いお嬢さんに嫌われてしまったようじゃの……で、注文するのか? 先程言ったが町の奥に向かえばここより良い店はあるぞい?」
お爺さんはそう言って開いた戸の方に視線を向ける。
「どうする、サクライくん?」
「……」
ルナが複雑そうな表情で僕に視線を向ける。心なしかアカメが僕に微妙に圧を感じる視線を向けてくる。多分アカメは出ようって言いたいんだろうな……。
僕は二人の考えを何となく理解して姉さんの方を向く。姉さんは苦笑した様子だったが、特に何か意見を言うわけでもなくお爺さんを見ていた。
なので僕は……。
「お爺さん、お世話になっても良いですか?」
と、テーブルの隣に配置されている椅子に座りながらお爺さんに声を掛けた。
「ほ、本気かの?」
「はい、是非お爺さんの作る料理を堪能したいです」
「ふむ……。こんな老いぼれの料理が食べたいとは、物好きも居たものじゃな」
お爺さんは僕の申し出に驚いた様子だったが、僕が本気だと知ると優しい笑顔を浮かべた。
「よし、待っておれ! 辺境の田舎料理であるが腕によりをかけて作ってきてやるわい!」
お爺さんはそう言って服の中からエプロンを取り出し、慣れた手つきで身に付けて奥に引っ込んでいった。
思ったよりも全然元気だなぁ……。
ていうか、杖を玄関に立てかけて普通に歩いてるんだけど……。
「(あれは小道具だったのかな……?)」
ああやって足腰が弱そうなお爺さんが居たなら誰だって駆け寄ってお世話したくなるもんね。
僕がそう考えていると、皆も僕に遅れて席に着いた。姉さんとルナは特に不満な様子は無さそうだったけど、僕の正面に座ったアカメは仏頂面で僕を見つめていた。
「……理由、聞きたい」
「一期一会だよアカメ。旅先の縁なんだから大事にしないと」
相手が妹のアカメだという事もあり、ちょっと偉そうに言ってみた。
「……」
しかし、アカメは納得がいっていない様子だった。
「ふふふ、レイくんも大人になったわねぇ」
「こ、これが大人の余裕……? ……あれ、私もサクライくんと同い年のはずなのに……あれぇ……?」
姉さんは感心したように僕の方を見て、ルナは何故か自分に疑問を持ち始めてしまった。そんなやり取りをしていると……。
「出来たぞい」
お爺さんがトレーに料理を乗せて持ってきた。机の上に置かれたその料理は……雑穀米を炒めたものに野菜や肉をトッピングしたものとスープだった。
見た目はシンプルだが……とても美味しそうだ。
「ありがとうございます。それじゃあみんな」
僕はそう言って前方に両手を構えると、皆も同じように構えて―――
「「「「いただきます」」」」
皆、声を揃えて手を合わせて食事を始めたのだった。
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