第942話 ケイローン像
「「「「ごちそうさまでした」」」」
僕達は綺麗に完食してお爺さんにお礼を言う。すると、お爺さんがしっかりとした腰つきでテーブルの前までトレイを運んできて、空になったお皿を片付け始める。
「美味しかったです」
「お爺ちゃんの料理、味付けがさっぱりしてて食べやすかったわ」
「出来ればもうちょっとお肉があれば……」
「……悪くなかった」
「ホッホッホ、お粗末様……」
お爺さんは僕達の感想を愉快そうに笑ってトレイを奥へ運んでいく。お爺さんの背中を見送ると僕達は話を始める。
「さてお腹も満たしたし、これからどうしようか」
ひとまず最初の目的である昼食は摂れた。だが観光という意味ではまだまだこの町の散策を始めたばかりだ。
「これと言った目玉もまだ無いし……」
「観光名所や特産品、そんなものが見た感じ無さそうこの町で一体どうすれば……?」
「一世代前の勇者の故郷らしいんだけどね……それっぽい名所とか無いのかな……」
例えば勇者の実家とか、伝説の剣を抜いた場所とか……。
まぁこの世界の勇者はそんなそれっぽい感じの物ではないのは自分でも分かってるんだけど……。
僕達がそんな話をしていると、片付けをしていたお爺さんが戻ってくる。
「なんじゃお前さん達、見ない顔だと思っていたら旅行者だったのかのぅ」
「あ、お爺ちゃん」
「はい、そうなんです。お爺さん、どこかおススメの場所ありますか?」
ルナがお爺さんにそう質問する。
「ホッホッホ、確かにここは町と呼ぶには寂れた場所じゃからのぅ。伝説の勇者の出身地だと知って勇んで訪れてくる者も、たまーに見掛けるが、この町を見てとっとと引き返す薄情な者も多いわい」
お爺さんは腕を組んで苦笑いしながら言う。
「とはいえ、ここはとても良い所じゃぞ? 日当たりも良いし緑豊かでのぅ……それに何より海が綺麗で自然溢れる景色も中々悪くないぞい。ま、若い奴には中々理解を得られんかもしれんが……」
「……なるほど、確かに」
アカメはお爺さんの言葉に納得して頷く。
「ともあれ、一応見どころが全く無いわけではないぞ。確か町長が『勇者ケイローンを模った銅像』だの『勇者町興し』がどうの言って色々と拵えていたような……」
「(勇者ケイローン……)」
その名前は確かに僕が以前聞いた勇者の名前と合致する。少し疑っていたが、ここが故郷なのは一応間違ってはいないらしい。
「お爺さん、その勇者ケイローンっていう人の銅像はどこに……?」
「確か町の奥の丘の上じゃったかの。まぁ一応見ておくといいわい。………たい…………おらぬが……」
そう言ってお爺さんは奥に引っ込んでいく。
「(ん、お爺さん……最後に何か言ってたような……)」
声が小さくてよく聞き取れなかったけど……多分………。
「たいして似ておらぬが……」と言った気がした。
お爺さんはその人物の事に詳しいのだろうか。それとも町に記録に残っているとか?
王立図書館ではケイローンについての情報は少なかったけど、この町なら分かるかもしれない。
「……ま、良いか。お爺さん、お会計お願いします」
僕は考えを中断して会計を先に済ませる。そしてお爺さんに最後にお礼を言ってお店を出た。
「お爺さんが言うには、銅像の他にも町おこしで色々やってるみたいだね。町の奥はもうちょっと賑わってるのかも」
「道を歩く人もあんまり見掛けないし、期待できないかもしれないけど……」
「まぁまぁ、もしかしたら凄く賑わってる可能性だってあるかもだし」
「ルナ、本当にそう思う?」
「アカメちゃん……冷静な表情で聞き返されたら、私、何も言えなくなっちゃうよぉ」
ルナがガックリと肩を落として悲しそうな表情をする。
「……ま、行けば分かるよ」
僕は皆にそう声を掛けて、お爺さんの言っていた勇者の銅像を目指して進むのだった。
そして―――
お爺さんが言ったとおり僕達は町の奥の丘の上にたどり着くと、そこには大きな銅像が建っていた。
「これが勇者ケイローン……」
「わぁ……カッコいい……」
その銅像を見たアカメの発言にルナが率直な感想を漏らす。
「(……確かに)」
元のケイローンという人物がどういう人だったかは分からない。
しかし銅像のケイローンはカレンさんが所持している聖剣に酷似した長剣をレイピアのようにすっと構え、吟遊詩人の様な衣装を身に纏う長身の美麗な男性だった。
肩にはリスや小鳥が止まっており、自然と調和させたイメージにも仕上がっている。ルナがカッコいいと口にするのも納得だ。姉さん達も似たような感想のようで割と好評なようだ。
「(でもお爺さん、似てないって言ってたんだよなぁ……)」
この勇者ケイローンという人物は半世紀ほど昔、当時の魔王を討伐する為に旅立って、最後は魔王との決戦にて壮絶な最期を迎えた。しかし彼には旅の同行者おらず、比較的歴史が新しいにも関わらずどういった人物だったのか詳しい情報が残されていなかった。
”壮絶な最期”を迎えたというのも目撃者が居ないので不確定な話だったりする。今でも生きる英雄として国を引っ張っているグラン国王陛下とは大違いだ。
「(勇者ケイローン……一体どんな人物だったんだろう……)」
僕はそう思いながら銅像を眺めていると、何やら丘の下から声が聞こえてくる。
「ん、なんだろ……?」
僕達は気になって勇者像を後にして声のする方へ走って向かう。すると三人の町人がこちらを見て声を掛けているのが分かった。一人は男性、残り二人は女性だ。
「おーい、もしかして旅人さんですか?」
そのうち一人が僕達の顔を見ると近付いて話しかけてきた。
「はい、そうです」
「私達、大きな船に乗せてもらって補給の為に港に立ち寄ってるんです」
「ああやっぱりだ。港の方に大きな船が止まってるから団体さんが来てるなぁと思って来てみたんです」
「それで、どうでした?伝説の勇者、我が国の大英雄ケイローンの故郷であるこの町は?」
「(どうって言われても……)」
正直、特にいうことが無い田舎の町というコメントしか出てこない。強いて言えば、さっき見た勇者ケイローンの銅像は出来が良かったというくらいだろうか。
「先程、勇者ケイローン様の銅像を興味深そうに見学していましたよね?」
「あー、はい。とても凛々しそうな風貌で女性陣が夢中になってましたよー。ねー三人共?」
僕は若干の嫉妬を込めて後ろの女の子三人に視線を向ける。
「な、なにその目は……ち、違うのよ、レイくん!?」
「べ、べっつにー……」
「お兄ちゃん、私は特に何の感想も無いけど」
姉さんとルナが焦ったように僕から視線を逸らして言い訳するのに対し、アカメだけは真顔で返してくる。アカメはもうちょっと異性に関心を持っても良いんだよ?
「ははは、あの銅像、中々出来が良かったでしょう。大陸一の彫刻家に造らせたんですよ」
「そうそう、あの銅像が出来上がったのも数年前なのよ。結構な費用と時間を掛けただけあって満足のいく出来になったと言ってたわ」
「特に若い女性に人気なんですよ」
どうやらこの銅像は町おこしの為にわざわざ作ってもらった物のようだ。お爺さんが言ってたのはこれの事か。でもお爺さん、似てないって言ってたけどなぁ……。
「勇者ケイローンって実際にああいった外見の人だったんですか?」
お爺さんの言ってたことが気になったのでちょっと聞いてみる。
「いや、どうなんだろ?」
「あの銅像は勇者ケイローンがこの地を旅立って放浪するイメージで造られたものだから……実際のケイローンがどんな人物だったのかは分からないのよ」
「へぇー……」
「まぁでも、名前のイメージから察するにあんな感じの人物だったんじゃないでしょうか。多分、外見は盛られてると思いますけどね、はははは!!」
「はははは! ……じゃないわよ、イメージを壊さないで」
「そうですよ! あの銅像にはファンが大勢付いてるんですから!!」
「はは、そうなんですね……」
僕は町人達に苦笑いを返す。どうやら勇者ケイローンのイメージ像は故郷の町の住人でもはっきりしないようだ。
勇者ケイローンが町を旅立って魔王と相打ちになるまでは数年の歳月があったらしいので、誤差はあるだろうがおおよそ五十数年前の出来事と聞いている。
それだけの年月であれば多少なりとも人柄なり伝えられていそうなものだが、若い人には伝わっていないのだろうか?
「(あのお爺さんは知っていたっぽいけど、生前の知り合いだったりするのかな)」
かなり高齢の様子だったし、もしかしたらこの町で一番の長生きの人なのかもしれない。
「勇者ケイローンについて詳しい人は居ないんですか?」
姉さんの質問だ。
「詳しいかどうかは分からないけど……村の入り口の方に、一人で料理店を営んでるお年寄りが詳しそうな感じがしたなぁ……といってもこの町一番の変わり者だからあんまり関わらない方が良いかも……」
「お年寄り? それってもしかして……」
心当たりがあったのか三人が頭を傾げる。多分、僕達の予想は当たってるのだろう。ついさっき僕達が食事をしてきたお店の店主がまさにその人だ。
「あの人もよく分からないのよねぇ。いつからこの町に住んでいたのか分からないし……」
「名前なんでしたっけ、あのご老人」
「なんだっけ……ウロ……ウロ………」
「ウロボロス?」
「いや、そんな強そうな名前じゃなかったと思いますが……」
姉さんの言った【ウロボロス】という言葉に町民たちは苦笑する。彼女の言ったのはギリシア神話に登場する蛇の名前だが、流石に違うらしい。
「でも、あのお爺さん。見掛けによらずかなり武闘派っぽいですよ。ずっと前、町に現れた泥棒を捕まえてコテンパンにしたって本人が言ってました」
「ああその話は知ってるよ。その捕まえた泥棒ってのも、何処かの武道大会で多少名が通った冒険者だったらしいんだがな」
「泥棒の名前なんでしたっけ? ……オニオン?」
「オニキスだよ」
「正直、眉唾モノよねぇ。いくら元気でもそんな凶暴な相手に何か出来るとは思えないし……」
いつの間にか、ケイローンの話が料理店のお店の謎のお爺さんの話に切り替わっていた。どうやら町人達はあの変わり者の老人を詳しく知らないらしい。
「ああ思い出したよ。ウロス爺さんだ」
「へー、あのお爺さん。そういう名前だったんですね」
しかし変わった名前だ。
「確か、昔はもっと違った名前だったとか聞いたことあるけど」
「ああ、なんかそうらしいな。でもそれを本人から聞こうとすると『フンッ』と鼻で笑って返事してくれないんだってよ」
「気難しい人なんですね……」
町の人の印象はあまり良くないらしい。
ただ、僕達が話をしたあのお爺さんは肝が据わった人物ではあったけど、悪い印象は受けなかった。
「分かりました。ありがとうございます。ところで勇者の銅像以外に何か見所ってありますか?」
「うーん、他には……あ、そうだ。道具屋さんに勇者ケイローンに肖(あやか)った物が売ってたりするよ」
道具屋か……カレンさんや他の留守番してる仲間達に土産として持って行くには丁度良いかな。
「他にも、勇者ケイローン記念館とか、勇者の試練とかいうアトラクションが用意されてたりするよ」
「最近の村長さん。人が集まらないからって勇者ケイローンをごり押ししてるわよね」
「しっ! 皆思ってますけど禁句ですよ、旅人さん」
「あははは……」
なんというか……この町がこれからどうなって行くのか想像に難くない。
「うん。じゃあ道具屋と記念館に行ってみようか。お土産も買えそうだし」
「まぁそうねぇ……他にアテも無さそうだし」
僕達は三人の町民さん達に挨拶をしてその場を後にした。
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