第319話 1:9くらいで詰んでる
姉さんの
「美しいお姉様が俺を求めていると聞いて」
「いや、そんな理由じゃないっすよ。団長」
団長は姉さんが呼んでると聞いて、物凄い勢いで飛んできた。
だけど手合わせに呼んだだけなのにおかしな勘違いをしてるようだ。
「それで、本当は何の用事なんだ?」
「だから手合わせっすよ。ちゃんと聞いてました?」
それを聞いて、団長は卑猥な笑みを浮かべる。
「手合わせ……美しい女性を手取り足取りで指導する――!!
……むふふ……良いじゃないか」
「ダメだ、この色ボケ団長」
自由騎士団員さんは呆れた様子で言う。
「この人っていつもこんな感じなんですか?」
「ああ、これがこの人の通常運転だ」
戦ってた時とギャップがあり過ぎる。
「(でも最初に見た時は女性に追い回されてたっけ……)」
そう考えると、日ごろからこの言動なのは少し納得がいってしまう。
団長は少し引き気味の姉さんに向かって、
キザったらしい気持ちの悪い口調変えて言った。
「この俺を呼ぶという事は単なる手合わせではないんでしょう?
何を教えて欲しいんですか? 剣の使い方か? 受け身の取り方か? それとも攻撃魔法の対処方法か?
――はっ!? まさか、夜の指導を望んでいると?」
「(そろそろ切れそう。僕が)」
今なら背後から斬っても誰にも文句言われないと思う。
「あ、あの……そうじゃなくて、魔法の練習に付き合ってほしいんです」
姉さんは団長の海綿体そのものみたいな発言にドン引きしながら、おそるおそる言った。
「お、俺に愛の魔法の練習を……?」
「もう斬っていいよね、この人」
置いてあった訓練用の剣を拾い上げ、アルフォンスさんに振り上げる。
「待て待て新入り!! 気持ちは分かるが、この色ボケ団長は大体の女にこういう事言ってるんだ!!」
「お、落ち着いて、レイくん。お姉ちゃんは平気だから!!」
慌てて自由騎士団員さんと姉さんが止めに入る。
僕は剣を振り上げたまま、しばらく硬直していた。
「ごめん、頭に血が上ったみたいだ。斬るのは用が済んでからにするよ」
「いや、斬るのは止めてくれ……。
こんなだが、俺たちにとっては大事な団長なんだよ……」
「むっ………」
そこまで言われたら、流石に斬るわけにはいかないか。
僕は大人しく引き下がる。
僕の態度の一変に驚いたエロ団長は、
僕が剣を下ろすとホッと胸を撫で下ろした。
「……ふぅ、危うく新入りに殺されるかと思った。
ベルフラウさんの弟さんは案外沸点低いんですね」
「レイくんが真剣に怒る相手は魔物相手くらいなんですけど……」
「人間相手だとここまで怒らせたのは、多分あなたぐらいですね」と、姉さんは満面の笑顔で皮肉を込めてアホ団長に語る。
そして姉さんの言葉に便乗して、団員さん達も口々に言う。
「団長の普段の行いが悪いせいですね」
「目の前で自分の姉が変な奴に口説かれたら、そりゃあ言いたくもなりますわ」
「むしろ、宣言して殺そうとする辺り、
新入りは度胸があって感心するくらいです。団長少しは反省して?」
割と散々な言われようだ。
「おいおい、お前ら酷くないか?
俺はただ単に可愛い女の子が好きってだけだぞ?」
「それが問題なんだよなあ」
「自由騎士団のイメージを下げてるのは団長が原因って、カレン副団長も言ってましたよ」
「どうでもいいですけど、俺が前に貨した金貨十枚いい加減返してくださいよ」
団員さん達はアルフォンスさんに向かって次々と文句を言い始めた。
「うっ……、それは……」
……本当に慕われているのか、ちょっと疑問になってきた。
「――こほん。あー、キミ達。この場は訓練所だ。
文句を言う前に、鍛錬しろ! 外に出てランニング五十周だ!!」
「ダメだこの団長、早く何とかしないと……」
「ちょっと旗色悪くなったらこれだよ」
「カレン副団長来ないかな……」
自由騎士団員さん達がボヤく中、姉さんは困り顔で団長に尋ねる。
「あの……それで、手合わせは受けてもらえますか?」
「もちろんですよ、美しいお姉様。貴女の頼みとあれば、例え火の中水の中です」
「え、そこまでいいんですか?
やった、私最近、自然干渉魔法も使える様になったんですよ! じゃあ全力で使いますね!!」
「……いや、そういう意味で言ったのでは」
姉さんのズレた返答(もしかしたら分かってて言ったのかもしれない)に団長は唖然としながら、ようやく手合わせすることになった。
◆
場所を変えて、ここは王都イディアルシークの外。
姉さんとアルフォンス団長が手合わせをするつもりだったのだが、流石に派手な魔法を使うとなると訓練所が滅茶苦茶になるので外までやってきた。
「さぁ、この俺に貴女の全てをぶつけてください!! さぁ!!!」
エロ団長は、自慢の白銀の鎧と大剣を構えながら大声で叫ぶ。
率直に言って気持ち悪い。
ちなみにさっきの「ランニング五十週」を本当に団員にやらせている。
それに文句言いながら実行する自由騎士団の面々も大概である。
姉さんはそんな団長の様子を見て、呆れたようにため息をつく。
「はぁ……。それじゃあ行きますよ? アルフォンスさん」
姉さんは以前購入した杖を取り出し、魔法を詠唱し始める。
「―――これは」
姉さんが普段使わないタイプの魔法。
そして、僕やエミリアは比較的よく使用する属性の魔法だ。
「
姉さんの杖から大きな火の球が飛び出して、団長へと飛んでいく。
「おぉ……初級魔法でこの大きさとは!!」
団長は驚きながらも、悠々と構えて炎魔法が至近距離に入ったと同時に、大剣を下から上に振り上げる。すると、姉さんの炎魔法を上空に弾き飛ばした。
「うそっ……あんな軽々と……」
「ははは、俺にとってこの程度朝飯前ですよ」
団長はキザったらしく笑う。
姉さんが使用したのは、炎魔法の最も難易度の低い初級の魔法だ。
<自然干渉魔法>と呼ばれるポピュラーな魔法の内の炎属性の魔法である。
<初歩魔法>と呼ばれる系統の魔法をマスターすれば、
後は才能次第で簡単に覚えられる程度には難易度が低い。僕でさえ、エミリアに丁寧に教わった結果、異世界に来てから一週間程度で覚えることが出来た。
ただ、姉さんは一部の魔法以外の才能が壊滅的に無かった。
だからここまで習得が遅れたのだろう。しかし、満を持して習得した姉さんの魔法は軽々と防がれてしまった。
「(……でも、凄い威力だったな)」
簡単に防がれてしまったものの、僕の使用する
それに近い威力なのだから、姉さんの魔力量はレベルが違う。
「さぁ、どんどん来てくださいっ!!」
「な……なら、次はこれ!
姉さんは団長の言動に怯えながらも、次の魔法を繰り出す。
この魔法は氷属性の最も基礎の魔法だ。自身から中距離程度まで離れた場所を指定し、指定した周囲を凍らせる魔法。これまた、僕達がよく使用する攻撃魔法だ。
「心地よい冷気ですね―――」
団長は嬉しそうに笑い、大剣を構える。この魔法は実体のない範囲攻撃だ。防ぐのも比較的難しい魔法なのだけど……。
「ですが……!!」
団長は、大剣を地面に突き立てる。
すると地面が大きく揺れて、魔法の範囲指定をしていた箇所に亀裂が入る。
「あ、あれ?」
姉さんが驚いている間に、姉さんが発動したはずの魔法が簡単にかき消される。おそらく、指定した範囲に浮かんだ魔法陣に亀裂を入れたことで魔法を無効化したのだろう。シンプルな対処法だが、剣を突き立てるだけで無力化するなんて普通は出来ない。
「ふぅ……、これで大丈夫でしょう」
「えぇ……」
姉さんは呆然としていた。
しかし、すぐに切り替えて次の魔法を発動させる。
「な、なら次は連続で……!!
今度は姉さんが連続で魔法を使用する。
最初の
そして、それらの魔法をほぼ同時に発動させたことで、偶然<複合魔法>のように魔法が合体する。
「なっ!?」
団長の驚く声と共に、二つの魔法は混ざり合い形のない雷魔法が風魔法によって圧縮され、それが球体となって団長に襲い掛かる。
「(これは……!!)」
姉さんの飛び抜けた魔力量も手伝って、かなりの高密度の魔法となっている。
初級魔法の複合であるけど、その威力はエミリアの使用する
「ベルフラウさんは途轍もない魔力のようだ……!! だが――」
団長は、剣を大きく振りかぶると、姉さんの放った魔法を簡単に切り裂く。
「うそ……そんな!!」
「俺には通じませんよ! 何せ、俺は団長だからね!」
団長は決め顔でポーズをとる。マジでこの人キモい。
「……」
姉さんは黙り込む。
別に団長の決めポーズにドン引きしてるわけでは無いと思う。
姉さんは自身が初めて使用出来た魔法を簡単に防がれたことにショックを受けているのだろう。
「あ、あれ……もしかして引かれてしまったか……? どう思う、キミ」
「……ノーコメントで」
「な、なんだと……!? そ、それは困るぞ……」
団長は僕に助けを求めてくるが、僕はそれに答えない。
「(それにしても、僕の時と大違いだな……)」
誤解しないでほしいが、
姉さんの魔力量は数値で表すなら僕の倍程度はある。
団長と初めて戦った時、団長は結構苦労して僕の魔法を弾いてた。それなのに、団長は僕の倍くらいの魔力の持ち主の姉さんの魔法を軽々と打ち払っている。
その事に疑問を覚えた僕は、団長に質問してみた。
「団長、初めて僕と戦った時、結構苦労しながら魔法を弾いてたように思えたんですが……」
僕の質問を受けて、団長はちょっと気まずそう顔をしながら答えた。
「あぁ……あの時、実は俺は二日酔いの真っ最中でな。
突然、陛下に『彼と戦って力を試してもらいたい』と言われたから焦ったぜ……」
「な、なるほど……」
要するに酔っぱらった直後の不調が理由で全力で戦えなかったらしい。
頭を抑えながら戦ってたのは、別に強力な装備の代償とかじゃなくて、単に二日酔いで頭痛に悩まされていただけのようだ。どおりで、初戦の時とさっきの手合わせで全然手応えが違ったわけだ。
「(絶不調の状態であれだけ強かったのか……)」
今になって、この人の強さに戦慄する。
もし、最初から全力の彼と戦っていたら勝てただろうか。
「まぁ、そういう訳で、今はもう完全に回復しているから問題はない。
さっきの魔法も難なく対処できるってことだ」
本人は当たり前に言うが、そもそも剣のみで魔法を撃ち払うなんて芸当は簡単に出来ることでは無い。
「……姉さん、他に覚えた魔法はある?」
僕は色々ショックを受けてる姉さんに声を掛ける。
「あ、あるけど……」
姉さんは自信が無さそうに言う。多分、使用しても簡単に防がれてしまうイメージしか思い浮かばないのだろう。魔法はイメージだ。弱気の状態で使ったとしても、効果が薄くなってしまう。
「(……でも、魔法単発ではどうしようもないかな)」
上級魔法や極大魔法ならもしかしたら通じるかもしれない。
だけど、姉さんは流石にそこまでは使えないだろう。
なら、さっきのような複合魔法か、あるいは他の技能を組み合わせて一つの
「(不意を突いて魔法の対処を難しくするとか……)」
と、そこまで考えて思い出す。
「(そうだ、本来姉さんはそっちの方が得意じゃないか)」
今回覚えた攻撃魔法に意識が持ってかれてしまっていたけど、
姉さんの元々得意な魔法や技能を組み込めば、突破可能かもしれない。
「姉さん、ちょっとこっち来て!」
「えっ?」
僕は姉さんを引き寄せて耳元で囁く。
「―――こんな感じに、魔法の組み合わせを変えてみて!」
「う、うん……」
姉さんは困惑した様子ながらも素直に聞いてくれる。
「……よし、いいよ! 自信を持って! 姉さんなら出来る!!」
「わかったわ!」
良かった。弱気な表情じゃなくなった。
これなら、もしかしたら行けるかもしれない。
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