第318話 お姉ちゃん、悟る

 僕達の手合わせが終わって、一気に周囲が騒がしくなる。


「うおおおおおお!!! さすが俺たちの団長だぁぁぁぁぁ!!」

「やっぱりアルフォンス団長は最強だぜ!!!」

「ああ、普段女を追っかけまわしてるか、酒場で飲んだくれてるけど決める時はやってくれるぜぇぇぇぇぇ!!」


 自由騎士団の団員と思われる騎士たちが彼を口々に賞賛する。

 一部、彼の行いが暴露されてる気がするが、部下には慕われているようだ。


 王宮騎士団の人たちも今の戦いの感想を口々に語っている。


「いや、見事な勝負だったな」

「うちの王宮騎士団団長も凄いが、

 自由騎士団団長……『剛剣のアルフォンス』の異名は伊達ではないか」

「ああ、それにあの少年もあの若さでここまでの実力とは……」

「訓練中の手合わせには勿体ない名勝負だったな」


 自由騎士団の面々に比べると少し客観的で冷静な反応だった。


「立てるか?」


 アルフォンスさんが倒れた僕に右手を差し出す。

 僕はその手を素直に借りて立ち上がる。


「ありがとうございます」


「勝負には勝たせてもらったが……。

 はっきり言って俺の方がダメージ大きいくらいだな」


 彼は自分の怪我を見てゲンナリした顔をしている。


 目立つのは左手の掌の裂傷、

 そして外れた関節部分は紫色に変色して腫れ上がっている。

 更に彼の腹部を斬りつけたせいで、腹部からも出血している。


「あ、回復魔法使いますよ」


「それは助かる……と、言いたいが、俺としては可愛い女の子か絶世の美人に回復されてぇ」


「この状況で何言ってるんですか……仕方ない。――ねえさーん!!」

 アルフォンスさんの妄言に呆れながら僕は後ろで見学してた姉さんに声を掛ける。


「はーい」

 姉さんは僕の呼び出しですぐに駆けつけてくれた。


「二人ともお疲れさまー♪

 レイくん、残念ながら負けちゃったんだね。惜しかったねー」


 無邪気な表情で心に刺さることを言われた。


「あー、うん……怪我の治療お願いしていい?」


「任せてー。それじゃあ、アルフォンスさんの治療をしますね。良いですか?」


「ま、マジか……女神だ、この人……ぜひお願いします」

 マジモンの女神だよ。


 アルフォンスさんは姉さんにキモいくらいお礼を言いながら治療を受け始めた。


「……はぁ」

 負けた……か……。


 自分の実力に確信が持てそうだったのに、ここで負けてしまうとなるとやっぱり本当に強いのか自分に疑問が出てくる。


 僕がそんなことを考えていると……


「おい坊主! お前すげえぞ!!」

「ああ、まさかアルフォンス団長をあそこまで追い込むとは!」

「やるじゃないか坊主!!」

「あの歳であんな動きができる奴は初めて見たぜ!」

「あんた、自由騎士団の新入りだろ!? この間のサクラちゃんといい、有望な新人が入って嬉しいぜ!」


 と、周りの騎士たちが次々と称賛の言葉を投げかけてくる。


「あ、えっと、その……ありがとうございます」

「おう、頑張れ! 次、団長と手合わせする時は気合い入れろよ!」

「応援してるからな!」

「今度一緒に飲もうぜ!!」

「あ、はい。……え? 飲む?」


 ……そっか。

 仮にも団員という扱いなら、そういう付き合いだってあるよね。


「……はい、是非お願いします」

 僕は苦笑いをしながらそう答えた。


 ◆


 その後、僕は騎士団の面々と色々話したり、

 手合わせを挑まれたり、有意義な時間を過ごすことが出来た。団長に負けはしたけど、騎士団の皆さんのおかげで対人での経験を積むことが出来たのは大きい。


 しかし、肝心の姉さんの訓練を全くやってなかった。

 僕は壁際でぼーっとしゃがみ込んで見学してる姉さんに声を掛ける。


「姉さん、休憩してないで姉さんも少しは練習しなよ」


「うっ……あはは、でもねレイくん。よく考えたら別に練習とかいいかなーって」


「訓練所に入った時のやる気はどうしたのさ」


「だってぇ……レイくんが騎士団員の人達と手合わせしてて思ったの。

 どうみても私がどうこうして勝てる相手じゃないって、レイくんや団長さんなんて相手にするの絶対無理だし、他の騎士さんにだって多分無理……」


 おかしい。

 確か姉さんは最初の方は僕達メンバーで飛び抜けて最強だったのに……。

 いつの間にかパーティ最弱どころか、非戦闘員扱いになってる気がする。


 これがインフレ?


「そんなことないよ。女神だった頃の姉さんはもっと輝いてたよ!!」

 僕は思わず大声で叫んでしまった。


「ふぇっ!? レ、レイくん、いきなり何言って……」


「あの時の姉さんは僕よりも強かったし、皆を引っ張ってくれたじゃないか!! だから、もう一度頑張ってみようよ」


「……うん、そうだね。お姉ちゃん、もっと頑張ってたよ!!

 よーし、私も皆に置いてきぼりにされないように、がんばっちゃうぞー!! おー!!」


 そう言って姉さんは立ち上がって、叫んだ。


「すみませーん!! 私とも手合わせお願いしますー!!」

 姉さんの叫びに、多くの騎士団の皆さんが反応した。


「……え、マジで?」

「あの人、付き添いじゃなかったのか……」

「いや、美人のお相手が出来るのは嬉しいがよ……」

「戦えるのか……あの人……?」

「おい、誰かアルフォンス団長呼んで来い!!」

「いや、俺が行く!! 優しく相手をしてやるぜ」

「お、俺も!! 年下だろうけど、お姉さんタイプだし、あとで優しく治療されながら甘えたい!」

「いや、ここは俺に任せろ!! カッコよく決めて惚れさせてやるんだ」


 後半は欲望がダダ漏れになってる気がする。


 大丈夫だろうか、この人達。

 特に自由騎士団の面々の発言が文字通り自由過ぎる。


「みんなヤル気満々みたいだね。それじゃあ、行ってくるね」

「気を付けてね……別の意味で」


 さっき、彼らと色々話したけど気のいい人達ばかりだった。

 だから姉さんがどうこうされるって事は無いだろうけど、不安だ。


「それじゃあ、まずは私からお願いします」

「よろしくおねがしますー」


 姉さんと最初に手合わせするのは、僕が最初に戦った王宮騎士団の人だ。

 中々攻めて来なくて面倒な相手だったと思う。


「なぁ、あの人お前の姉さんだよな?」

 自由騎士団の団員さんに声を掛けられる。


「はい、そうですよ」

「ってことはやっぱ強いのか? お前の姉だもんな」

「……う、うーん……」


 強いことは強いんだけど……今の姉さんはなぁ……。


 姉さんと騎士団員さんの手合わせにもう一度目をやる。今の姉さんは不慣れな軽鎧と、使い古しの切れ味を落としてある剣を使って騎士さんと向き合っている。


 姉さんは僕以上に剣の素人だ。まともに剣を握ったことが無い。

 そもそも、武器で戦うという経験が殆どない。


 姉さんは、騎士団員さんの剣の持ち方を真似して構えてるが……。

 騎士団員さんも姉さんの動きを伺いながら隙を見つけようとしている。


「……困った」

 騎士団員さんの途方に暮れた声が聞こえた。


「……隙があり過ぎて、逆に攻めて良いのか分かりません」

 だよねぇ……。


 剣もちゃんと力を込めて握ってるわけじゃないし、時々素振りして威嚇してるっぽいけど剣の重さのせいで扱い切れてない。むしろ体力消費して自滅していってる気がする。


「……あれは、そもそも勝負にならねぇな」

「あはは……同意です」


 自由騎士団員さんの呟きに同意してしまう。


「でもよ、あんな可愛い子に一生懸命にされてると、なんかこう守ってあげたくなるよな」


「死ぬほど同意」


「わかるわー、守りたいわー、俺が男だったら絶対に放さない」

「お前男だろ」


「皆さんの言いたいこともわかります。

 ですけど、姉さんは僕の女神なので誰にも渡したくありません」


「いや、そこまで執着すると引くんだが……」


 しまった。

 本当の事なんだけど、色んな意味で危ない発言になってしまった。



 そんな事を言ってる間に、

 騎士さんの方から動いて姉さんの頭を軽く剣で撫でる。

 

 頭に当たったという事は、手合わせでは気絶という判定で敗北扱いだ。さっきの僕とアルフォンスさんのような特別な手合わせでもない限りこのルールになる。つまり、姉さんの負けだ。


「うぅ~……負けちゃいました。レイくん、慰めてー」

「よしよし、頑張ったよ」


 姉さんの頭を撫でてあげる。

 しかし、これだとまともな特訓も難しそうだ。

 姉さんだけ闘技大会の登録をキャンセル出来ないだろうか……。


「せめて、魔法が使えたら……」

「うーん……そうだねぇ………」


 確かに、魔法が使えたら一応ちゃんとした勝負にはなっただろう。

 だけど剣術の訓練で魔法を使うのはちょっと……。


 僕達が悩んでいると、自由騎士団員さんから声を掛けられる。


「ん? お前の姉は魔法が得意なのか。

 それだったら団長に手合わせ頼めばいいぞ」


「え?」


「あの人は、魔法は不得意だが、剣で魔法を対処する術を心得てるからな。

 それにあの人が実戦で纏う装備は並の魔法は通じない。仮に全力で魔法を団長に放ったとしてピンピンしてるはずだぜ」


「へぇ……」

 そういえば、アルフォンスさんそんな事言ってた気がする。


「姉さん、団長呼んでこようか?」


「えっ!? 私があの人と?」

 さっきの僕とアルフォンスさんの戦いを見てしまったがために、姉さんの顔が引きつっている。


「それじゃあアルフォンス団長を呼んでもらえますか」

「オッケー、任せな」


 姉さんの返事を待たないまま、僕達は勝手に話を進める。

 団員さんは僕のお願いを快く受けてくれて、団長を呼びに行った。


「れ、レイくん、なんてこと……!!」

「さっき姉さんが僕にしたことのお返しだよ」

「うう、そんなぁ……」

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