第317話 Second Battle

 僕とアルフォンスさんはお互いやや距離を離した状態で向かい合う。

 騎士団の他の人たちは、僕達二人が手合わせすると見るや小声で話し始めた。


「ついに団長とやるのか……」

「あの小僧、新入りの癖にとんでもない強さだったが……」

「ああ、団長の強さも相当なものだぞ」

「勝てるわけが無いだろう」

「いや、あいつならあるいは――」


「おい、お前ら静かにしろ!」

 アルフォンスさんが他の騎士達を一喝して黙らせる。


 ……なんというか、見世物みたいな気分だ。


「……悪いな、散々言わせちまってよ。不愉快だっただろ?」

「いえ、大丈夫です」

 アルフォンスさんは申し訳なさそうな表情をするが、

 すぐに笑って表情を切り替える。


「騎士団は目立つ奴がいるとすぐにこうやって騒ぎ出すんだよ。全く困ったもんだ」

「はぁ……」


 何と言えばいいのだろうか? 僕は返事に窮してしまった。

 しかし、アルフォンスさんは気にせずに続ける。


「が、気持ちは分かる。俺だって一度負けた相手とこうやって面と向かって立ち会うと気が気じゃねえからな」


 アルフォンスさんはそう言って、僕に少し獰猛な笑みを浮かべた。

 しかし、周囲の騎士さんたちはその表情よりも彼が言ったことが気になったようだ。


「一度負けた相手……?」

「おい、それって」


 ざわめき始める騎士さんたち。

 必要ないところでハードルが上がっていく感じがする。


「さて、昨日と違って装備は互いに訓練用の鎧と剣だ。武器防具の性能はほぼ変わらねぇ」

「……そうなりますね」


 少なくとも、昨日のように防具性能の差はなくなった。代わりに武器性能に関しては差が無くなり、彼が得意とする大剣では無くなってしまってる。


 流石にこの場の訓練で昨日のように魔法を使うような事は出来ないけど、昨日より不利という事は無いだろう。


「……が、勝つのは俺だ。

 昨日は諸事情により本気を出せなかったからな。

 多少は期待に添えると思うぜ」


 アルフォンスさんはそう言い切った。


「……」

 僕はそんな彼の言葉に、一瞬だけ沈黙してしまう。


「(本気を出せなかった……)」

 どういう理由かは分からないけど嘘は無いように思える。

 とすれば、最初から本気で行かないと勝ち目が無い。

 何せ昨日の僕は魔法を使って彼の鉄壁の防御を打ち崩したのだ。

 剣術オンリーの訓練ならむしろ劣勢かもしれない。


「………」

 僕は無言で剣を構える。

 それを見て、アルフォンスさんは笑みを止めて真剣な表情で言った。


「開始の宣言をしろ」

 アルフォンスさんは僕達二人の間にいる審判役の人に声をかけた。


「……はっ! これよりアルフォンス対レイの試合を始める。……始め!!」


「おおぉお!!!」

「団長ー!! 負けんなよ―!!」

「いけぇええええええええええ!!」


 試合開始の合図と共に周囲が一気に沸き上がる。

 僕はそれを横目にしながら、目の前にいるアルフォンスさんを見据える。

 昨日戦った彼の戦い方を元にこちらの戦い方を模索する。


「(彼はリーチと威力のある大剣で攻撃を弾き、強烈な一撃を叩き込むパワータイプだ)」


 昨日の戦い方では、少なくとも剣術では彼の防御を崩せなかった。

 だけど、僕と彼では決定的な差がある。


 僕は一息入れて一気に踏み込む。

 さっきの王宮騎士さんの時と違いほぼ全力の踏み込みだ。


「む!」

 アルフォンスさんはその動きに反応して、即座に反応して迎撃の構えを取る。昨日の彼はそもそもこの速度に反応できていなかった。


 今回は二度目の勝負、彼が本気を出せている状況故か、昨日のようにあっさりと決めることは出来なさそうだ。


 その瞬間、僕の頭の中で彼の行動に対するシミュレーションを行う。


「(まずは初撃を弾かれる)」

 彼はこちらの行動を見るなり一歩後ろに引き、昨日のように懐に入らせないようにする。


 そしてこちらの初撃をシミュレート通りに弾かれる。そして、


「(多分、こちらの剣を力任せに押し返してくる)」

 予想通り、彼は剣を防ぐと同時に一歩前に出て押し返してきた。


 だが、これは想定内だ。

 僕は押し返す力を逆用して、逆に後ろへと飛び彼の追撃を回避する。


「ちいっ……!! やはり素早いな!」

 アルフォンスさんは自身の力づくの行動で、

 逆に僕に距離を取られてしまったことに気付き、舌打ちをする。


 彼と僕の決定的な差、それは体格の小ささを活かした速度だ。元々体が小さい僕は筋力は足りないけど、小柄なレベッカが足さばきで素早い動きをすることを近くでずっと見続けていた。


 そして、自分でも出来ないかと試行錯誤しているうちに身に付けることが出来た。結果的に彼女に及ばなくとも、それに近い動きを僕も初動で行うことが出来るようになったのだ。


 反対に彼は普段は重い鎧と大剣を身に付けているため、あまり動き回るような戦い方が得意でないように思えた。そのため、僕自身が常に機敏に動くことで、彼は僕を完全には捉えきれない。


 しかし、僕もあまり余裕は無い。

 アルフォンスさんがあまり動き回らないという事は、隙が出来る瞬間も少ないという事で、僕も必死になってその機会を伺う。


 そして、彼が喋り出したと同時に僕は飛び込む準備を行い、話し終える前に飛び掛かった。しかし、アルフォンスさんは話しながらでもこちらの行動を見定めて剣を構える。


 だが、僕が勢いよく振りかぶった剣を彼は自身の持つ剣で防いだ。


 ガキィィンという音が響く。


「ぬうぅ……!」

「……ッ」


 お互いの力をぶつけ合う鍔迫り合いの状況。


 僕は自分の腕に全力を込めてアルフォンスさんを押し切ろうとするが、やはり体格差とパワーによって彼を打ち負かすことが出来ない。


 数秒は互いの剣が拮抗していたが、次第にアルフォンスさんの方に形勢が傾いていき、完全に押し切られる前に僕は一歩下がり、剣の圧力の拘束を逃れる。


 そして、アルフォンスさんの剣が僕に対して振りかぶられる。


 その一撃を僕は自身の剣で受け止めて、次の瞬間―――


「――剣技、<疾風斬>!!」

 その技の発動と同時に、僕の剣がブレる。

 まず、アルフォンスさんの剣を受け止めた状態で、一気に弾き返す。

 これで彼は急な速度変化に対応できず、一瞬だけ隙を晒してしまう。


 そして、次の刹那の一瞬で剣を弾かれて無防備になった彼の左腕にニ撃目を叩き込む。この一撃は初見ではまず防ぎようがない。初見殺しのカウンター技だ。


 だが―――


「ぬぐおぉぉぉ!!」

「!?」


 アルフォンスさんはほぼ硬直した状態だった左腕を強引に動かし、僕の二撃目の攻撃をあろうことか左手の掌で受け止める。


 しかも、それだけに留まらず、彼は血が噴き出る掌に構わず僕の剣を掴んで抑え込み、右手の剣を僕に振りかぶろうとする。


「(まずいっ!!)」

 咄嗟に、僕は抑え込まれた剣を手放し、

 自由になった腕で彼の胸元に掌底を叩き込む。


「ぐうっ……!!」

 アルフォンスさんは痛みに耐えながら後方へ2メートルほど吹き飛ばされる。


 そして、彼が吹き飛んだと同時に、カランカランと音を立てて転がる僕の剣を片手で素早く拾い上げる。僕はその間に態勢を整え、すぐにアルフォンスさんの方へと視線を向ける。


 すると、彼は起き上がっており、こちらを見ながら口を開く。


「今のは危なかったぜ……。あんな剣術まで会得していたとは……修めていたのは魔法だけじゃなかったんだな。お陰で左腕がほぼ使い物にならなくなっちまった」


 アルフォンスさんは壮絶な笑みを浮かべながら、掌から大量の血が滴る左腕がだらりと下がる。それだけじゃなくて左腕がプルプル震えている。


 さっき攻撃を防ぐために無理矢理関節を動かしたのが理由だろう。左腕が上手く動かなくなったようだ。


 そして、今の攻防を見た周囲の騎士たちは一斉に沸き上がった。


「団長が押されてやがるぞ……!」

「あの少年は何者だ!?」

「まさか本当に騎士団長と互角に渡り合っているのか……?」


 周囲から聞こえる声を聞きながらも、僕は冷静に思考する。


「(ヤバいヤバい、この人本当に強いよ!!)」


 訂正、全く冷静じゃなかった。


 さっきの<疾風斬>は僕にとって一撃必殺として狙っていた技だった。それをあんな強引に破られるなんて予想もしてないし、その先どう動けばいいなんて全然考えてもいなかった。


 さっきのだって、自分が斬られると思ったから咄嗟に腕が動いて、結果的に難を逃れたに過ぎない。


「さて、怪我をしたからといって勝負を降りるつもりはないぜ」

 アルフォンスさんは動かない左腕をダランと下げながらも、右手だけで剣を構える。


「……っ」

 その様子を、僕は冷や汗を掻きながら見ていた。


「(どうする……ダメージを受けてるからさっきより隙だらけ……の、はずなんだけど)」


 そう思っても、実際に相対しているとその隙が全く見えない。

 むしろ、ダメージを負っている分、今までよりも鋭く感じてしまう。


 さっきのように全力で踏み込んで、反応出来ないうちに仕留めれば倒しきれるかもしれない。だけど、この攻め方は既に二回行っている。同じ手が三度も通じる相手とは思えない。


 これが実戦であれば、更に距離をとって魔法による中距離戦に切り替えただろう。だけど、今はそれが出来ない。


「(となると……)」


 形勢そのものは確実にこちらが有利だ。

 さっきの掌底で多少手首が痛いが大したダメージを受けていない。


 対して、彼は左腕を大きく損傷している。掌の傷もそうだが、無理して動かした反動か彼の左腕は関節が外れたようにダラりと下がっている。


 あれだと痛みも相当なものだろう。

 彼が苦悶の表情を浮かべているのが何より物語っている。


 このまま勝負を続けても、彼が辛いだけだ。


「アルフォンスさん。一度怪我を手当てをしませんか? 見てて辛いです」


 と、僕は提案をする。

 しかし、彼はそれを聞いてポカンとした顔をする。


「んあ? こんなの冒険者やってたら普通だろ?

 キミだって今まで無傷で戦ってたわけでもないだろう」


「それは、そうですが……」


「何より、ここで中断したらまた俺の負けって事になる。

 それは俺の立場からすると示しがつかねぇよ。悪いが休憩は無しだ。

 どっちかが負けを認めるか、それとも相手を戦闘不能にするかしねぇと終わらないぜ」


「で、でもこれはあくまで訓練ですよね?」

「ああ、その通りだ。だが、俺は団長だからな。団員の前で情けない姿を見せる訳にはいかないんだよ」

「……」


 ……ダメだ。


 平和的に終わらせようと思ったけど、

 彼のプライドのせいで勝負が終わりそうにない。


 となると、彼を降参させるか気絶に追い込むしか方法が無い。


「(いや、無理)」


 今の彼が降参するとはとても思えない。

 とすると、どうにかして意識を奪うくらいしか方法が無い。


「さぁ、遠慮せずに掛かってこい!!」

 アルフォンスさんは血を流しながら笑顔で叫ぶ。


 正直、かなり怖い。

 さっきのカウンター技を初見で防がれてしまった以上、同じ手は通用しない。こちらの速度の有利は動かないだろうが、最初のような奇襲もおそらく防がれる。


 となると、純粋な接近戦だ。

 体格差の不利はあるだろうけど、今なら傷を負っている彼の方が不利。

 僕は常に回避を意識しつつ正面から剣技で攻めていこう。


「(……って考えたけど、純粋な剣技だと実力差はどうなんだろ?)」


 僕は剣の達人に数日間教わったけど、

 そのくらいで残りはほぼ我流と魔法でカバーしていた。

 そんな付け焼き刃の剣術でどこまで通用するのか……。


「(……いや、弱気になっちゃ駄目だ)」


 この人は騎士団長。つまり、この国のトップクラスの実力者だ。

 多分カレンさんほどの強さじゃないけど、それでも魔法抜きで戦えばカレンさん相手でも互角に戦えそうな気迫がある。


 逆に言えば、彼に勝てるほどの実力があるなら僕も……。


「(カレンさんに届くくらいの強さがある?)」

 ……自分で言ってて、身の程知らずにも程がある。だけど、そう思えば少しは勇気も湧いてくる。


「覚悟は決まったか?」

「えぇ……ここからは僕も気遣いは出来なくなると思います」


 要するに、全力で勝ちに行くという事だ。

 無論魔法は使わないけど、無意識で制限していた致命傷狙いの攻撃や死角狙いの攻撃を選択肢に入れる。そこまでしないと彼に勝てる気がしない。


「はっ……俺に対して手加減をしていたとは。

 ……訓練の装備では全力を出し切れないのがもどかしいぜ」


「(それは僕も思った)」

 だけど、今の訓練用で刃先が削られてる今の装備だからこそ全力で打ち込んでいけるというもの。仮に龍殺しの剣や彼の所持する大剣だったら命の取り合いになりかねない。


「……では、こちらから行きます」

「……!!」


 僕が真剣な表情で構えると、アルフォンスさんも右手で剣を構える。やはり、今の彼の怪我は大きいようで、さっきまでの重心の安定感が無くなっている。


 一気に攻め込めば、押し切れる!!


 僕は勢いよく駆け出し、そのまま彼に剣目掛けて剣を振りかぶる。それに応じたように、彼も真正面から自身の剣を僕の振り下ろしに合わせてきた。


「くっ!?」


 ガキンッと、お互いの武器がぶつかり合う音が響く。

 彼の剣が僕の一撃を受け止め、それを弾き返す。

 そして、その衝撃でお互いが少しだけ距離を取った。


「……」

「……」


 今の一撃は得るものがあった。

 そこで得た情報を理解すると僕は剣を両手持ちしてもう一度彼に振りかぶる。

 そして、再び鉄と鉄がぶつかり合う反響音が訓練所に響き渡る。


「―――!!」

「―――っっ!!」


 形勢は互角、では無い!


 両手で打ち込むこちらと違い、左手を負傷してる彼は右手一本だ。

 どうしても込められる力に差が出てしまい、今の一撃で彼の力が相当弱体化してしまってることが分かってしまった。


 なら後は簡単だ。


 いくら元の筋力差はあろうが、剣に込められる力はこちらに軍配が上がる。僕は更に力を込めて剣を押し込み、それに対抗すべくアルフォンスさんが歯を食いしばる。


 今度は僕が剣に一気に力を込めて彼を押し込み、彼はバランスを崩す。

 そこから一気に連撃を叩き込む。


「たぁぁぁぁぁぁl!!!」

「ぐぅうっ……!」


 このまま押し切れば勝てる。

 そう思って攻撃を続けると、彼はいきなり脱力し、僕の剣がまるでのれんに腕押しのように手応えなく進み、彼の腹部を切りつける。


「えっ?」

 まさか、気を失った?

 そう思ったのが、僕の油断だった。


 その瞬間、僕の視界が急にぐるりと回った。


 ……何が起きたか分からなかったけど、すぐに理解できた。


 彼が全身の力を一瞬抜いたのは、僕の油断を誘うためだ。

 突然脱力したことで、僕を自身へと大きく引き寄せてから足払いを掛けた。

 そして、今まさに僕は地面に―――


「がっ!!」

 完全に不意を突かれた形で僕は地面に倒れ込んでしまった。

 そして、彼は息も絶え絶えにしながらも、僕の首筋に剣先を突き付ける。


「……勝負ありだ」

「……ま、負けました」


 ――僕は敗北を認めた。

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