第834話 名前が出てこない”アイツ”

 怪我人の治療が一段落して、僕達も冒険者達と情報交換をすることになった。


「いやぁ助かったぜ……しかし、アンタが噂の勇者様なのか。魔導船内でも見た気がするんだが、何故だか全く気付かなったぜ」


「本当だよな。普通勇者っていったらオーラがあるもんなのに全然そんな感じしないもんな」


「あ、あはは……影が薄くてごめんなさい……」


 二人の冒険者の言葉に引きつった笑顔で答える僕だが別に怒ってるわけじゃない。これはエミリアに常時使用してもらってる<認識阻害>の魔法が機能してるのが理由だ。


 認識阻害が作用した結果、僕をよく知る人以外にあまり認識されなくなっているのだ。決して、僕の存在感が無いわけじゃない……多分。


「しかし、随分と来るのが遅かったな。そのお陰で一網打尽にされずに済んだといえるが……」


「あ、それは入り口のトラップに引っかかってしまいまして……」


「トラップ?」


 僕の言葉に、二人の冒険者は怪訝そうな顔をする。


「皆さんは入り口の罠に引っかからなかったんですか?」


「いや、そんなの知らねぇが」


「別の空間に飛ばされるやつです。僕達、その罠に引っかかって脱出に時間が掛かっちゃって……」


「俺達は普通に魔王城に突入してここまで進んできたが、そんな大掛かりなのは見てないな」


「そうですか……」


 ということは、やっぱり魔王城の入り口にいたあの変な奴の仕掛けたのだろうか。僕達が勇者一行である事を知ってたみたいだし、足止めのつもりだったのだろう。


「俺達が見たのは、吊り天井のトラップや、床を踏むと左右から槍が飛び出すトラップ、それに床を踏むと床が開いて下に硫酸が溜まっている落とし穴とかそんな感じだ。そのせいで何人か被害が出て、俺達も慎重に進むことにしたんだ」


「後続が引っかからない様に丁寧に潰していったが、アンタ達は大丈夫だったか?」


「い、いえ……(こわっ……!)」


 どれも致命的な罠ばっかりじゃないか。彼らが潰してくれたお陰か一度も引っかからなかったが、あんまり余計な道を進むのは避けた方が賢明かもしれない。


「とりあえず、俺達は一旦引き返させてもらうぜ。アンタ達はどうするんだ?」


「僕達はこのまま進みます」


「そうか、ここまで罠だらけだったからアンタ達も気を付けてくれ」


「他の奴も言ってるが、俺達を襲った奴は相当な手練れだ。アンタなら心配ないとは思うが油断はするなよ」


「はい、ありがとうございます。皆さんも気を付けて」


 他の冒険者達と別れを告げて、僕達は再び先へと進むことにした。


 ◆◇◆


 冒険者達の治療を終えた僕達は、まだ誰も進んでいない大きな鉄格子の扉の前に集まる。


「……よし、皆集まったわね。準備は良いかしら?」


 カレンさんは僕達の顔を眺めながら毅然とした表情でそう質問を投げかける。


「うん、大丈夫」


「……しかし、冒険者達の話によると人間の姿をした化け物に襲われたとか」


「私達もいつ襲われるか分かったものじゃないわね。気を付けましょう、レイ君」


「うん。……でも、人間のような姿の魔物か……」


「……思い出しますよね。アイツを」


 エミリアの言葉に、以前に戦ったとある魔物を脳裏に浮かべる。最初は普通の人間であるかのように僕達に接してきて、色々面倒事を押し付けてきたのだが、突然正体を現して襲い掛かってきたのだ。


「……ですが、あの魔物は既に討伐したはずでございます。同一人物とは思えませんが……」


 同じ敵を思い浮かべたのか、レベッカは困惑気味にそう語る。


「もしかしたら似たような種類の魔物とかですか? ねぇ先輩?」


「……流石に無いと思うわよ、サクラ。アイツは自分を魔王の血筋がどうのとか言って自分を特別視してたみたいだし、そんな奴の量産型が居るとか想像もしたくないわ」


「ですよねぇ……というか、皆さんが言ってるアイツって誰ですか?」


 ・・・・・・・。


「いや、知らずに話に混じってたの!?」


「はい! 」


 とてもいい返事で答えるサクラちゃん。


「私も知らないわ。一体、どんな奴なの?」


 サクラちゃんの言葉に同意する様にノルンが首を傾げて僕達に質問を投げかける。


「……そういえば、サクラちゃんとノルンちゃんは、アイツと戦った時はまだ私達と合流して無かったわね」


「ルナはアイツの事覚えてる?」


「一応……」


 僕の質問に曖昧な返事で答えるルナ。その時のルナは今と違って竜の姿で固定された状態で、僕以外とは意思疎通が出来なかった時期だ。


 竜だったルナはソイツと戦って酷い怪我を負わされていて、もし僕達の到着が遅かったら命が危うかったかもしれない。


「それで、そのアイツって誰なんです?」


「それは……」


 サクラちゃんの質問に、僕達は皆一度沈黙して考える。


「「「「「…………名前、忘れた……………」」」」」


「えぇっ!?」


 僕達の言葉に、サクラちゃんは驚愕する。


「戦ったのが随分昔だからねぇ……」


「嫌味な性格だったことは覚えてますよ。あと、レベッカが死に掛けた事も覚えてます。それを思い出しただけで腹が立ってきました」


「あの時は、わたくし本当に死ぬかと思いました……」


 皆が当時の事を思い出して複雑な心境と怒りの感情が入り混じった表情になる。


「……ちょっと名前は思い出せないけど、とにかく強くて嫌味な奴だったよ」


「アバウト過ぎて全然想像が付かないんですけどぉ……」


「まぁ、出会ったら多分私達も思い出すわよ。アイツが私達の天敵で、決して相容れない存在だって事は」


「うー」


 カレンさんの言葉に不満そうな声を出すサクラちゃん。


「……と、その『アイツ』の話で忘れてたけど、どうやらこの魔王城トラップだらけらしいよ。この先はまだ誰も進んでいないようだし、慎重に進もう」


「ええ、分かったわ」


 そうして、僕達は鉄格子の扉を開けて先に進む。

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