第589話 儀式魔法
僕が次元の門に飛び込むと、洞窟の目の前だった。
行きの時は夜明け頃だったが、既に日が高く昇っており周囲は明るかった。
「あ、レイ様。遅かったでございますね」
『おかえりー。待ちくたびれちゃったよ』
先に戻っていたレベッカとカエデが僕に声を掛けてくれた。
「ごめん待たせてしまったね」
「早く戻りましょう。神の領域内と地上では時間の流れが違うので、既に半日以上は経過しているはずです」
「あ! 忘れてた!」
僕とレベッカは慌ててカエデの背中に掴まる。
『それじゃあ急ぐよー』
「お願い!」
「カエデ様、お世話をおかけします」
僕達はカエデに謝罪しつつ、彼女に王都に送ってもらうのだった。
そして、僕達は急いでカレンさんの家に向かった。
―――ガタン。
「リーサさん、居る!?」
僕は勢いよくカレンさんの部屋の扉を開ける。
「あ、レイ様。お帰りなさいませ」
リーサさんは僕達が入ってくると、ホッとした表情を浮かべて返事をしてくれた。彼女はベッドで横になっているカレンさんの隣に座って彼女の汗を拭いていたようだ。
「皆も、ここに来てたんだ」
しかしエミリアや姉さん、それにサクラちゃんも来ていた。彼女達も少し落ち着いたのか、早朝に見たような沈んだ雰囲気からいくらか立ち直っていた。
「二人とも、何処行ってたの!?」
姉さんが珍しく声を上げて僕達の方に歩いてきた。
普段温和な姉さんにしては真剣な表情だ。
「(……しまった……そう言えば何も言わずに出ていったんだっけ)」
今更だけど、仲間に声を掛けなかったのは失敗だと思った。
しかし、姉さんを諫めたのは意外にもエミリアだった。
「ベルフラウ、分かってるでしょう。
レイ達がカレンを放って何処かに行くわけないじゃないですか」
「う……だけど、私達に何も言わずに行っちゃうんだもん……」
「それは私達に気を遣ったんでしょう」
「う~……」
エミリアの主張に姉さんは言い返せなかったようで、不満げに黙り込む。
「リーサさんから聞いてますよ。街の外に出ていってたんでしょう?」
「……レイさん。何か、方法見つかりましたか……?」
エミリアと、それに目元を真っ赤にして俯いていたサクラちゃんが心配そうに僕を見つめる。
「うん、ちゃんと聞いてきたよ」
「皆様、希望を捨てないでくださいまし。カレン様を救う方法をイリスティリア様とミリク様が教えてくださいました」
僕とレベッカがそう答えると、四人の表情がパッと明るくなった。
「本当ですか!?」
「うん、少し大変だけど今から説明する。……あ、その前に……」
僕は、帰り際にミリク様から教わった術の事を思い出す。
「皆、少しの間だけ部屋の外に出てくれないかな? 僕とカレンさんの二人だけにしてほしくて……」
「え……?」
「ん?」
「二人きりで?」
僕の言葉に、全員の顔に疑問符が浮かぶ。
「ちょっとしたおまじないを教えてもらってさ」
「レイ様、それが遅れた理由でございますか?」
「うん。レベッカも悪いんだけど部屋からちょっと出ていってくれると助かる」
「分かりました。ではわたくしは皆様を連れて部屋の外で待っておりますね」
レベッカは僕の意図を理解してくれたらしく、静かに部屋の外に出る。
皆もレベッカに誘導されて部屋を出ていく。
「リーサさんも申し訳ないんですが……」
「いえ、レイ様の言う事なら信頼できます。では、私はお湯を用意してきますね」
リーサさんは笑顔でそう言って、お風呂場の方に向かっていった。
僕は改めてカレンさんに近づく。
「……」
彼女は相変わらず苦しげな表情で眠っている。
僕はそんな彼女の手を握りながら、イリスティリア様に言われた通りの行動を行う。
「(……ミリク様、ありがとうございます)」
僕は深呼吸をしながらミリク様に言われた詠唱文を思い出す。
そして、ベッドで横になっている彼女の手を取る。
「―――我、大地の女神ミリクの名の下に、半身反魂の術を執り行う。我が精神は、今より汝の精神と同化し、我が魂と汝の魂はここに契約を結ぶ。今より、我と汝は運命共同体となり、我らの魂はミリクの元に保護される」
「……」
僕はミリク様の詠唱を復唱しながら、彼女に口づけをする。それと同時に、僕とカレンさんの身体が数秒間光り輝きながら、その光が点滅して最後は何事も無く光が消え失せる。
「――契約は成された」
今行ったのは、半身反魂術。それをミリク様の力によってアレンジされた儀式術である。本来の半身反魂術は、使用者と対象の間で契約を交わしてお互いの精神を共有し合うというものらしい。
要するに、どちらかが死ねばもう片方も死ぬ。
それだけ聞くとデメリットしかないが明確なメリットもある。
それは、今カレンさんが受けている魔王の呪いの効果を分散させて緩和させる効果もある点だ。これにより、呪いの進行を遅らせることが出来る。
更に、ミリク様がアレンジしたものは効果が追加されている。
簡単に言えば、ミリク様が大半の呪いを受け持ってくれるという事だ。
これにより、僕達二人の負担は相当軽減される。
少なくとも、これでカレンさんが数日で死ぬと言う事は無くなった。
……それにしても。
「(カレンさんとキスしてしまった……)」
それを自覚すると同時に、僕の顔が赤く染まる。
同時に、胸がトクントクンと高まり、徐々に音が大きくなっていく。
「―――っ?」
だが、おかしい。胸のドキドキに何故か異様な不快感を感じ、まるで心臓が肥大化し始めているような錯覚を受ける。
「―――っ!!」
次の一瞬、今度は心臓が締め付けられるような痛みを感じた。
「(こ……これが……ミリク様が言っていたリスクか……!)」
僕は歯を食い縛って耐える。
今感じている痛みは、それまでカレンさんを蝕んでいた呪いの一端。
僕が受け負っているのは、その2割程度に過ぎない。
この瞬間、ミリク様は僕よりも遥かに辛い思いをしているはずだ。
「はぁ…はぁ……ごめんなさい、ミリク様」
僕は胸を押さえながらも、ミリク様への謝罪を口にする。
「……だけど、これで……」
僕はカレンさんの手の甲に視線を向ける。そこには僕と同じ文様が刻まれていた。
「(これで、カレンさんの命が少しでも保てれば……)」
僕はそう願いつつ、再び彼女の手をギュッと握るのだった。
―――一方、神の領域にて―――
『―――ぐぐ………!!!』
レイとカレンの術式の契約が結ばれたことで、ミリクの全身に激痛が走る。
『……おい、平気か!』
不仲ではあるがミリクが顔を歪めて苦しんでいる光景を見たイリスティリアも、流石に心配になって声を掛ける。
『……ぐ、ぐ、ぐ……ちょっと儂、しんどいから休んでくる……』
『お、おう………』
『あと、済まぬが儂の神のとしての仕事、お主が肩代わりしておいてくれ……』
『……分かった。ゆっくり休むが良い』
イリスティリアは苦笑いを浮かべつつも、彼女の頼みを了承した。
『うむ、任せたぞい……。おやすみー……』
ミリクはそう言い残して、その場で眠りについた。
『……まぁ仕方あるまい。こやつも珍しく頑張っておるし……余も少しは役に立つように努力するとしようかのう……』
イリスティリアはそう呟きながら、ミリクの代行として仕事を片付けるため、自分の領域に戻っていった。
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