第492話 悪夢の夜

 僕達は、冒険者ギルドを出てから今度は王立図書館に向かった。

 今は昼を過ぎて夕刻に差し掛かろうという時間帯で、閉館まで残り一時間。

 僕達は門を潜り、図書館の建物に入っていく。


 そして、僕は受付で本を読んでいた司書の女性に話しかける。


「こんにちは」

「はい、こんにちは……って、レイさんとカレンじゃありませんか」


 僕の挨拶に、彼女は顔を上げて、愛想よく返事をしてくれたが、僕だと分かった途端、女性は業務用スマイルを解除して平坦な表情に戻った。


 ちなみにその女性の名前はウィンドさん。

 カレンさんの魔法の師匠であり、僕が何度かお世話になってる人でもある。ちなみに、お世話だけじゃなく散々迷惑を受けたこともあるため、個人的な感情としては苦手な相手だ。


 ただし、見た目はとても可愛く清楚な美人さんである。

 それもあって嫌いにはなれない。


 カレンさんは、突然愛想が悪くなったウィンドさんに言った。


「何よ、私達はここに来ちゃダメなの?」


「いいえ、そんなことは言ってません。ですが私は仕事中ですし、図書館の中では私語は厳禁ですよ。もし、雑談が目的なら図書館の外でどうぞ」


 ウィンドさんは、弟子のカレンさんに冷たく言い放つ。

 しかし、カレンさんは慣れたもので、特に気にした様子もなく言った。


「別に、アンタと好きで話をしたいわけじゃないわよ。

 ちょっと図書館の地下に用事があるの、鍵を貸してくれる?」


「……陛下の許可は?」


「まだ貰ってないわ。でも事後承諾で問題無いはずよ。

 陛下からの依頼で、事件の解決の為に必要な事なの、文句ある?」


「……はぁ、仕方ありませんね」

 カレンさんの言葉を聞いて、ウィンドさんは呆れた表情を浮かべた後、カウンターの裏にある棚の鍵を取り出した。


「ありがとう、助かるわ。さ、レイ君、行きましょ」

「うん。ウィンドさん、ありがとうございます」


 僕はウィンドさんにお礼を言ってから、二人で図書館の奥へ向かった。


 ◆


 そして、図書館内のギミックを解除して、

 目的の図書館地下へ入り、必要な書物を二人で探し始める。


 何を調べているのかというと、今回の事件で冒険者達が根城にしてる廃墟の屋敷についての情報だ。

 どうも、この廃墟の屋敷は、単に住む人が居なくなって放棄されたというわけでは無いらしく、過去に何かしら事件があったらしい。


 そして、二人で手分けして探すこと一時間半ほど経過した頃。


「……あったわ、これね」

 カレンさんは、そう言うと本の中から一冊の分厚い本を本棚から取り出した。

 僕もカレンさんの元に向かい、二人でその本の内容を確認する。


 タイトルは『悪夢の夜』という名前の本だった。カレンさんが本の内容を読み上げると、そこには、この国で起こった凄惨な事件について書かれていた。


「約30年前に、子供に恵まれなかった貴族の夫妻と、働いていた使用人達が全員、何者かによって惨殺されたって書かれてる。遺体の状態が酷く、顔が潰されていたり、四肢の一部が欠損していたりして原型が分からない状態だったみたい。

 そして不気味なのは体内の血が全て抜き取られていた事、どうやら、犯人はまだ捕まっていなくて、事件は迷宮入りしたようね」


「うっ……」

 話を聞いただけで吐き気がするような残虐な事件だった。

 思わず僕は口を押えてしまう。


「大丈夫? 気分が悪いなら無理しない方がいいわ」

 カレンさんが心配そうな目で僕を見る。


「いえ、大丈夫です。続きを読んでください」


「分かった……。それから5年の間、この本に書かれてる屋敷は無人となっていたみたい。これだけ凄惨な事件だもの、元々、人の少ない土地というのもあり、人の手に渡らず放置されてたんでしょう。

 だけど、ある日、物好きな貴族が事件の事を知ってこの屋敷を買い取った。そして、買い取った貴族は、趣味の悪い男だったみたいで、この屋敷を自分の別荘として改装し、内装に手を加えていった。

 その後、男は度々この屋敷を訪れては、自分好みのメイドや女性を連れてきて、好き放題やっていたみたいなの。……だけど、一年後、再び事件が起こったみたい」


「その事件って?」


「最初と同じよ、何者かによって貴族の男と、彼が連れてきた女性が惨殺されてしまい血を全て抜き取られていた。そして、やはり犯人は見つからなかったの。

 だけど、当時、その事件を調べて屋敷の中を捜索していた男が、屋敷の不自然な構造に気付いたの。その屋敷の中央付近は何故か壁で覆われていた。

 本来なら、大部屋一つくらいのスペースがあるというのに、扉らしきものもなく薄い壁で仕切られていたの。男は不審に思い、壁に穴を開けると、中には階段があり、それを降りると地下室のような場所に出た。さらに進むと、そこには、大量の血液が塗りたくられたように飛び散っていて、沢山の死体が横たわっていた。

 そして、その中央には血で描かれたと思われる大きな魔法陣と、気味の悪い像が置かれた祭壇があったと書かれてるわ」


 僕はカレンさんの読み上げる本の内容を聞いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「……もしかして、それって」


「多分、レイ君の予想通りよ。この地下で、何らかの儀式が行われていたの。犯人は、誰にも気付かれずにこの地下に籠っていて、ある日、屋敷の持ち主を惨殺し、死体を解体して、その肉片と血液を使って魔法陣を描き、生贄の血として使ったんだと思う」


「……酷い話ですね。一体誰がこんな事を?」


「さあね、そこまでは書いてないわ。結局犯人は捕まってないみたいだし、この地下の祭壇が見つかってから事件は起こってないようね。

 ただ、こんな恐ろしい事件が起こった屋敷に、二度と買い手が付くことはなく、今の今まで放置されてたみたい」


 ……つまり、それが……。


「……その場所が、今回、冒険者達が立てこもってる廃屋敷って事ですね」


「ええ、間違いないわ。この本に書かれてる凄惨な事件と、今回の失踪事件が結びつくかどうかはまだ分からないけどね……」


 カレンさんは、そう言って、本を表紙を閉じて机の上に置く。


「次は、さっきギルドで貰った冒険者の資料を見ましょうか」

「うん」


 僕とカレンさんは、机に向かい合って椅子に座り、

 ラバンさんから貰った資料を一枚一枚、じっくり時間を掛けて読んでいく。


 今回、ここ1週間の間に、突然消息を絶った冒険者は合計3人。その冒険者たちは、全員、パーティに所属しており、冒険者歴の短い人達だったようだ。


 三人共、記録魔法により、顔と全体像の写し絵が描かれている。


 まずリーダー格の女性である『エメシス・アリター』という女性。

 年齢不詳、出身地不明、その他経歴一切不明の謎の人物だ。彼女はここ最近、王都にやってきて冒険者ギルドに登録を済ませたらしい。目元がすっぽりと見えなくなる大きなとんがり帽子を被っており、口元は黒い布で覆っているため、顔立ちは一切分からない。


 次に、剣士の男性『ビレッド・ビスコ』。年齢は不明。

 身長180cm程の細身な体格をした男性で、常に笑顔を浮かべているのが特徴的だったらしい。笑顔が常に張り付いているようで、周囲からは不気味な人物と思われていたようだ。


 最後の一人は魔法使いの『ルビー・スーリア』という少女で年齢は不明。

 身長は155cm程度で、金髪の長い髪を後ろで纏めていて、前髪はパッツンと切り揃えられている。見た目は可愛らしいが、およそ感情らしいものが見えない無表情が特徴的で、何を考えているのか分からない人物だったようだ。


 リーダーのエメシスだけはやや個性的な外見のようだが、

 全体的に見れば、特に目立ったところのない普通の人達のように見えた。


「……どう思う?」


「う~ん……。正直、これといった特徴が無い感じかな。大して目立つ特徴があるわけでもないし……ただ、なんだろう? 何か違和感があるような気がするんだけど……」


「……私も同感よ。詳しく情報を精査しようとすると全く頭に入ってこないというか……。おかしいわね、何なのかしら? まるで霧がかかったみたいに思考がぼやけるのよね」


 カレンさんは、額に手を当てながら頭を悩ませていた。


「……資料を見ると、三人共、冒険者適正は総合評価AAA+トリプルエープラスって事で相当優秀だったみたいだね。身体能力、それに魔力、どれも均等に高くて、技術はその職に見合ったものだけを習得してみたい………なんだけど……」


「……個性が極端に欠けているわね。この人たち」


「うん。普通はさ、職業が同じだったとしても、個人差ってものがあるのに、この人達にはそれが見あたらないんだよ。リーダーのエメシスって人は、どうやら剣と魔法を扱う魔法剣士だったみたいだけど、剣の技術はそこそこ、魔法も中級魔法まで習得って感じ。だけど、それだけで他に何の技能も習得していない」


「ビレッドっていう剣士もちょっと変ね。剣を習得してるみたいだけど、それ以外何も書かれてないわ。魔法の適性が高いようなのに初級魔法すら項目に書かれていない」


「最後のルビーっていう女の魔法使いも似た様な感じだね。初級、中級魔法は習得してるけど、それ以上は何も書かれてないし、 他の二人と同様に、突出した能力もないように見える」


 なんというか、この三人。異様なまでに能力に特徴が見当たらない。言ってみれば戦闘職のテンプレ的能力をそのまま張り付けただけのように個性らしいものが見えてこないのだ。


 また、ここに記載されてる『総合評価』は、筋力、持久力、速度、魔力などの個別の能力を総合した結果で算出される。『AAA+』はその評価基準の一つで、冒険者の中でも相当上位に位置する。


 参考までに1年半ほど前に、女神ベルフラウ様、つまり僕の姉さんは、冒険者ギルドの適性検査で、『総合評価AAA』と判定されており、少なくとも、彼らは当時の姉さんと同等以上の能力を持っていることになる。


 ちなみに、僕達も姉さんと同時期に適性検査を行った結果、

 僕は『C-シーマイナー』と判定され、レベッカは『D』、エミリアは『B』だった。


 それを前提で考えると、この資料の三人は僕達の比じゃないほど強いはず。なのに、習得してる魔法や技能が、当時の僕達と大差無いどころか劣っている始末だ。


 ゲームで例えるなら、キャラの名前、性別、職業だけ決めて、適当な装備だけを付けた状態で、経験値の多いエリアでレベルを上げて、レベル50くらいまでスキルなどを一切振らずに上げた後、スキルにポイントを割り振る段階で止まってるような印象だ。


 明らかに彼らの能力と技能の釣り合いが取れていない。


「カレンさん、このデータが間違ってるって事は?」


「……分からない。でも、冒険者ギルドの適性検査は正確なはずよ。改竄する意味も無いはずだし、これが彼らの能力だと判断するしかないわね……」


「そうですか……」

 だとするなら、彼らは冒険者としてかなり異質な存在だ。


「王都の冒険者ギルドの支部に登録したのは、今から十日ほど前みたいね。いくつかランクの低い依頼を受けていたみたいだけど、三日前から彼らは何の依頼も受けていないわ」


「それじゃあ……」


「その時でしょうね。記録によると、三人共、同じ日に依頼をこなした後、そのまま消息を絶ってるみたいだから」


 貴族の子供達が消息を絶ったタイミングと合致する。

 これなら、彼らが子供達を誘拐したという陛下の読みは間違いなさそうだ。


「……さて、こうなるとこれ以上の情報は手詰まりになりそうね」

「うん……僕達が調べられるのはここまでみたいだ」

 僕とカレンさんは、ここで一旦情報収集を打ち切ることにした。


 そして、僕はカレンさんと別れ、

 夜になって、今日調べた内容を陛下に報告する。



「……なるほど、思った以上にギルドから得られた情報は少なかったか」


「カレンさんに力を借りたというのに、申し訳ありません」


「いや、十分さ。それに君達は、廃屋敷の情報も調べてくれたみたいだからな。

 ……私の方からも、追加情報がある。君達が調べてくれた廃屋敷の周辺に、見たことも無い凶暴な魔物が出現した。

 その際、廃屋敷の周囲を偵察していた兵士の数人が食い殺され、一人生き残った兵士が私の元へ命からがら情報を持ち帰ってくれたよ。……残念ながら、彼はそこで息絶えてしまったが」


「……ッ! その話、本当ですか!?」


「ああ……。彼の話では、突如現れた謎の魔物は、体長五メートルほどの巨体の熊の化け物だったそうだ。兵士の一人を軽々と片手で持ち上げ、鎧ごと兵士の上半身を食い千切ったらしい」


「そんな恐ろしい魔物、一体何処に……?」


「分からん……が、廃屋敷の周囲にそんな魔物が出現したとなれば、今回の事件と関わりがあると思って間違いないだろう。既に、廃屋敷の近くは誰も寄り付かない様に、厳重な警戒網を敷いている。万全とは言い切れぬが、これで少しは時間が稼げるだろう」


「良かった……」


「だが、それもあくまで時間稼ぎにしか過ぎない。すぐにでも行動しないと、取り返しのつかない事態になるかもしれん」


「はい」


「……すまない、どうやら冒険者の捕縛と子供たちの捜索だけでは終わりそうにない……正直、王宮の兵士をここまで簡単に死に追いやる魔物となれば、君達に頼る以外に方法がないんだ」


「分かっています。僕達に任せてください」


「……助かる。危険性を考慮して、報酬を一桁引き上げておこう。

 だが、どうしようも無くなったら即座に撤退してくれ。その場合、王宮騎士達を動員して、この国の総力を結集して討伐する。いいか、絶対に無理だけはしないでくれ」


「はい!!」

 僕は、力強く返事をして、玉座を後にした。

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