第493話 前哨戦

 次の日の朝――

 僕達は、陛下の依頼を受けて、王都から南にある廃屋敷へ向かう事になった。

 早朝から僕達四人は、王都の外に徒歩で向かう。廃屋敷の場所は南に直線距離で30キロメートルほど離れている。更に、途中で幾つかの村や町を経由しなければならない為、普通に歩いて行くとかなりの時間がかかる。


「それでレイくん、馬車を預けたままだけど、どうやって向かうの?」

「徒歩だと時間が掛かり過ぎますよね。もしかして、飛行魔法で行くつもりですか?」


 姉さんとエミリアは当然の疑問を口にする。


「ちょっと待っててね、今から呼ぶから」

「呼ぶ?」


 僕の言葉に傍にいたレベッカが、可愛く首を傾ける。

 僕は左手に付けている指輪に呼びかける。


「……カエデ、聴こえる?」


 すると、指輪からここにはいない声が響く。


『桜井君、もういいの?』

「うん、今王都の外に居るから迎えに来て」

『オッケー!!』


 彼女の返事を聞いて、僕は通信を切る。


「これで良し、少ししたらカエデが来てくれるよ」

「あ、なるほど、カエデの事忘れてましたね」


 カエデは僕達の仲間だ。

 僕と同じ世界から来た女の子で、この世界でドラゴンの姿で転生している。


 彼女は身体が大きいため、王都に入ることが出来ず、そもそも討伐されてしまいかねないので普段は何処かの山で過ごしている。少々不憫だけど、今はこれ以外に彼女を匿える手段が無い。

 

 何とかしてあげたいとは思ってるんだけど……。


 それから、1分程待つと、王都の空に黒い影が差す。

 その後、黒い影が地上に降りてきて、目の前に青色のドラゴンが現れる。

 彼女こそ、この世界で転生したカエデだ。

 元は普通の女の子で、性格も当時とあまり変わってないのは救いか。


『おまたせー』

「ありがと、人数多いけど大丈夫?」

『そんなスピード出さないなら問題ないかな』


 僕達はカエデの背中に乗り込むと、カエデは翼を広げて舞い上がる。そして、目的地に向かって空を駆け巡る。1時間後、カエデは目的の廃屋敷周辺に辿り着き、僕達はそこで降ろしてもらう。


 僕はカエデの頭を撫でてから言った。


「カエデはここで待ってて。

 この周辺は、凶暴な魔物が出現する可能性があるみたいだから、

 民間人が近づかない様に見張っていてくれる?」


『うん!』

「それじゃ、行ってくるよ」


 僕達はカエデにお礼を言ってから、廃屋敷に向かった。


 ◆


 王宮の兵士は、廃屋敷の周辺で偵察を行っていた時、突然、5メートルほどの巨大な熊の魔物に襲われて殺されてしまった。

 もしその魔物が、何者かの手によって解き放たれ、廃屋敷の周りを見張っているのだとするなら、僕達も確実に襲われてしまうだろう。


「……」

「………」

 僕達は周囲を警戒しながら、慎重に廃屋敷に向かう。

 昨日、カレンさんと調べた内容は、当然三人にも共有している。


 今から向かう廃屋敷が、過去に惨殺事件があったこと。屋敷の地下で、恐ろしい儀式を行っていた事、そして未だ犯人が見つからない事、そして例の魔物の事も。


「……エミリア、反応は?」

「……今のところは、特に」


 エミリアは索敵の魔法を使用し、

 僕達は彼女を護衛する形で彼女の周囲を警戒しながら歩く。


 そして、屋敷の前まで辿り着いた時、その魔物は現れた。

 ガアァッ!!と叫びながら突如として現れた、巨体の熊の魔物だった。

 その体長はおよそ五メートルほど、兵士が目撃した個体と同じだろう。


 魔物は、大きな腕を振り上げて襲い掛かってくる。


「皆、散開!!」


 僕は叫び、全員を散らす。

 魔物は、僕に狙いを定めて突進してくる!


「……!!」

 僕は相手の攻撃をギリギリまで見極めて剣を前に出して構える。

 しかし、途中で攻撃を防ぐのは不可能と判断し、タイミングを見計らう。


 そして、ドゴォン!と、轟音を立てて魔物の拳が地面に突き刺さる。その攻撃を寸前で回避し、攻撃の隙を突いて魔物の懐に飛び込み、魔物の顔面に剣を突き立てる。


 しかし、硬い毛に覆われた身体には、傷一つ付かない。


「ちっ!!」

 僕は危険を感じて素早く着地、即座に後ろに地面を蹴ってその場から動く。


 飛行魔法で上空に飛んでいたエミリアは、

 僕の離脱をサポートする為に、雷撃の魔法で上空から魔物に攻撃する。


 エミリアの攻撃のお陰で、魔物が一瞬怯む。しかしエミリアの攻撃は、けん制程度にしかなっておらず、魔物には殆どダメージが無い。


 次の瞬間には魔物はエミリアを無視して、僕の方に長い腕を振り回してきた。だが、エミリアが時間を稼いでくれたお陰で、余裕を持って回避、無事にやり過ごせた。


「(……これは、厄介だな)」

 あまりにも、敵のリーチが長すぎる。

 更に、僕の剣の攻撃とエミリアの魔法攻撃が全く通じてない。

 素の状態だと、近づく前に攻撃されて反撃のチャンスが無い。


 熊の魔物は上空のエミリアを睨んでから、

 一番近くに居た僕に振り向いて、再びその拳を振り上げようとする。


「なら――!!」

 僕は、剣を構えたまま火球ファイアボールの魔法を魔物に向けて連射する。

 当然この程度の魔法では、魔物の大きな拳によって簡単に防がれてしまう。

 だけど、これはあくまで時間稼ぎだ。

  

 僕は魔法を連発しながら手早く仲間に指示を出す。

「レベッカ、僕に強化魔法!! エミリア、もっと強い攻撃魔法を試して!! 姉さんは妨害、通用しない場合、空間転移で皆を連れて距離を取って!!」


「了解!」

「承りました!!」

「任せて!!」


 僕の言葉を聞いた三人が、即座に行動を開始する。


「食らいなさい!!」

 エミリアと同じく上空に飛んだ姉さんは、地上にいる魔物に向かって<魔法の大砲>マジックキャノンの魔法で魔物の顔目掛けて狙い撃つ。魔物は、顔の前に両腕をクロスさせ、姉さんの攻撃を防御する。大砲と呼ぶに相応しい威力ではあるが、それでも魔物を倒せる程じゃない。


 僕は魔物が姉さんに気を取られている間に、魔物の背後に回る。そして、詠唱を終えたレベッカは<全強化>フルブーストの魔法を僕に付与する。


 身体能力が強化された僕は、さっきより速度を上げて魔物に飛び掛かる。今度は、顔では無く頭部を狙う。振り下ろした剣が、再び硬い体毛に阻まれるが、そのまま押し通す。


「うおおぉっ!!!」

 雄たけびと共に、渾身の一撃は、遂に魔物の頭蓋を破壊する。

 バキィッと音が鳴り、脳髄が飛び出る。


 しかし、魔物はそこでは終わらない。


「ギュオオオオオ!!」

「!?」

 痛みに対する絶叫か攻撃された怒りか、

 魔物は奇声を発しながら、周囲に向かって無茶苦茶に暴れ出す。


「くっ!」

 攻撃に巻き込まれない様に、僕は後ろに下がる。しかし、魔物との距離が近すぎた。僕は攻撃を回避しきれないと判断し、剣を盾にして踏ん張ろうとする。


 だが、そこに姉さんの<二重束縛>デュアルバインドが発動する。

 魔物の手足に多重の植物の蔦と鎖で敵を縛り付けて、敵の動きを一瞬鈍らせる。

 更にそこに、エミリアのブーストを掛けた攻撃魔法が炸裂する。


「凍える冷気よ、凝縮せよ―――!! <暴走・マジックバースト上級氷魔法>コールドエンド!!」


 エミリアは絶対零度の氷魔法を解き放ち、巨大な魔物の肉体を瞬時に凍らせる。通常より威力が底上げされた氷魔法の為、この魔物でもすぐには動くことが出来ない。その間に、レベッカが僕の近くまで駆けてきて、限定転移で槍を出現させ、両手で構える。


「レベッカ、タイミングを合わせて!!」

「はい!!」

 僕とレベッカは同時に動き、魔物にトドメの一撃を加えようとする。


「はぁぁぁぁ!!」

「たぁぁぁぁぁ!!」

 僕とレベッカの剣と槍の同時攻撃。


 全力の同時攻撃は、真っすぐに魔物の心臓部を狙う。凍り付いた熊の魔物は、身動きが取れず、僕達の攻撃は見事に魔物の心臓を抉り、致命傷を与えた。


 断末魔を上げながら、魔物は地面へ倒れ、ピクリとも動かなくなる

 僕達は魔物が死んだことを確認すると、そこでようやく武装を解除する。


「……なんとかなったね」

「……ええ、久しぶりに骨のある魔物でございました」

 僕の呟きに、レベッカは息を整えながら答える。


「皆、怪我は無い?」と尋ねると全員、首を縦に振る。


「しかし、こんな強力な魔物が野生種とはとても思えませんね」


「普通に考えるなら、突然変異したユニークモンスターなんだろうけど、こんな事件と同時に出現し始めるとなると作為的なものを感じるわね……」


 エミリアの疑問に、姉さんは真剣な表情を浮かべる。姉さんの言う通り、どうみても怪しい。誰かが操ってる可能性を疑うべきだろう。そして、仮にそうだとするなら、僕達が今から向かう廃屋敷にその人物がいるはずだ。


「……皆、ここからが本番だけど、行ける?」


「ええ、勿論でございます」

「冒険者はともかく、浚われた子供達が心配ですからね」

「早く行ってあげましょう」


 三人の頼れる返事を聞いて、僕は廃屋敷に向かう。

 おそらく、この先に戦う可能性があるのは人間だけではないだろう。

 僕達は覚悟を決めてから屋敷の門に手を掛けた。

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