第494話 遭遇、そして

 無事、廃屋敷の外に放たれていた凶悪な魔物を倒せた僕達は、

 失踪した冒険者達が住み着いていると思われる廃屋敷へと足を踏み入れた。


 廃屋敷の外門を開けると、そこは長く放置されていたせいか、荒れ果てていて雑草が伸び放題だった。入り口は中から固定されているのか開かなかった。仕方なく僕達は、入り口の扉を壊して強引に侵入を試みる。


 中に入ると、屋敷の中は暗闇に包まれていた。


「暗いわね……<光球>ライトボール」 

 姉さんを杖を取り出して魔法を唱え、杖の先端から光の球を複数出現させる。光の球は4つで、それぞれ一つずつ僕達の頭上に浮き上がり、僕達の周囲を照らし続ける。


 光球で照らされた屋敷の中は、外観で見た時よりも広く感じた。しかし、長い間手入れがされてないため、床は所々痛んでおり、歩くたびにギシギシと音を立てる。


 外からは分からなかったが、中から窓際に釘で木の板が打ち付けられていた。まだ、朝だというのに屋敷の中がやけに暗いのはこれが理由か。


「失踪した冒険者達の仕業でしょうか」

「多分ね……」


 僕達は、話しながら屋敷の中を進んでいく。

 中は埃だらけで、天井には蜘蛛の巣が張られていた。

 長い年月が経過してるため、壁紙などは既に剥げ落ちていた。


「レイくん。失踪した冒険者の事、もう一度教えてくれない?

 それに、誘拐されたっていう子供たちの事も」


「分かった、じゃあ手短に言うね」

 そう言って、僕は自身の記憶を頼りに、三人に説明する。


 行方不明になった一党の人数は三人。

 リーダーは魔法剣士の女性で、エメシス・アリター。

 次に剣士の男性、ビレッド・ビスコ。

 最後に、魔法使いの少女、ルビー・スーリア。


 最近、王都に越してきて、登録を済ませた新人冒険者だ。三人共、冒険者の適正検査で『AAA+』評価という、破格の成績を叩きだしている。


 そして三人共、出身地、経歴、実年齢が一切不明。冒険者は身元の分からない人も多いため、そこまで珍しくはないのだが、彼等の場合は、その全てが謎に包まれている。


AAA+トリプルエープラス……1年半前のベルフラウの評価を超えているとは……」

 エミリアは、少なからず驚いた様子を見せる。


「うん、僕も資料を確認した時は驚いたよ」


「しかし、それほどの実力を持つ割に、実際に依頼を受けたのは、新人の為に用意された『薬草採取』『ゴブリン討伐』くらいというのは気になりますね」


「王都で暮らすにはとても生活出来る収入じゃないはずなんだけどね……」


 あるいは、元々子供達を誘拐する目的で王都に潜伏していたのかもしれない。だとすると、この廃屋敷に住み着いたのにも納得がいく。


「次に、誘拐された子供達の事を話すね。子供たちは全員、女の子だよ。

 名前は『メアリー・フランメ』『コレット・ルフト』『リリエル・エルデ』……彼女達が誘拐されたのは今から四日前、冒険者達が失踪した時期と重なるね」


 全員、十歳にも満たない女の子だ。

 彼女達は皆、貴族の娘であり、被害届が出されている。


「……やはり、目的は身代金目的ですか?」

「……」

 エミリアの予想だ。

 貴族の娘を狙って誘拐していると考えるなら、その線が一番妥当だと思える。その場合、彼女達は人質として価値があるため、すぐに殺されるような事はないだろう。


 だが、僕はあまり当たってほしくない可能性を考えていた。


「(冒険者達の目的が金目当てなら良い。だけど、もし冒険者達が、この廃屋敷で何が起こったかを知っていて、それを目的としていた場合……)」


 脳裏に浮かぶのは、昨日、王立図書館で調べた『悪夢の夜』という本の内容だ。そこには、この廃屋敷で起こった残酷な事件の内容が書かれていた。本によると、この屋敷に隠し階段があり、その先で得体の知れない儀式を行っていた。


 万一、子供達が、その儀式の生贄にされていたとしたら……。

 最悪の想像をして、僕は思わず身震いしそうになる。

 姉さんとレベッカが僕の表情を見て、心配そうな顔を浮かべる。


「レイくん、大丈夫?」

「大丈夫……ただ、嫌な予感がする。早く浚われた女の子達を探そう」

「ええ、行きましょう」


 そして、僕達は更に屋敷の中の探索を進めるのだが……。


 ◆


「………皆、止まって!!」

「!!」


 不意に何者かの気配を感じた僕は、足を止めて、皆に注意を促す。そして、しばらく僕達は息を潜めていると、やがて屋敷の奥から物音が聞こえてきた。


「……っ!」

「誰か来るわね……」


 僕達の居る場所からは、死角になっていて見えないが、

 どうやら僕達に近づいてくる存在がいるようだ。


 僕達は武装して、いつでも戦えるように準備をする。

 しばらくして、一人の男性が歩いてきた。


「……あれは」

 男性は、長身痩躯の男で、髪の色は白に近い灰色で、皮鎧を付けている。顔立ちは良くも悪くも平凡で特徴が無いが、うっすらと笑っているように見えた。

 その男性は、右手に抜身の剣を持っており、フラフラとした足取りであったが、僕達の方へと向かってきていた。


「レイ様、どうしますか?」

 レベッカにそう質問され、僕は冷や汗を流しながら答える。


「……隠れても無駄だね、向こうはこっちに気付いてるよ」

 既に、男性は僕に視線を向けている。


「皆、後ろに下がって。何かあった時の為に、武器だけ構えてて」

 僕達は彼女達に指示を出して、三人を下がらせる。


「はい……」

「何かあったら、すぐに魔法を使えるようにしておくわ」

「レイ、油断しないでくださいね」


「分かってる」

 僕は三人に返事をしてから、ゆっくりと男性に近付く。

 すると、男は足を止めて言った。


「おや? おやおやおや、お客さんかなぁ?

 おっかしいなぁ、窓も扉も入れなくしたはずなんだけどなぁ……」


 男は、困ったような事を言いながら、ずっと薄笑いを浮かべている。


「(常に笑いを浮かべた、長身で細身の男……もしかして……)」

 目の前の男は、失踪した冒険者の一人の特徴に合致している。


「……ビレッド・ビスコさんですね」

 僕が名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「ああ、俺の名前を知っているのか……そうだよ、俺がビレッド・ビスコさ。いや~、まさかこんなに早く見つけられるとは思ってなかったよ……」


「貴方達は今、王都で、子供達の誘拐の容疑が掛けられています。……ご同行願えますか?」


「んー、困ったなぁ~。俺がそんなことするような人間に見える?」


「見えますね。それに、貴方が持っているその剣は何です?」


「これかい? ちょっと屋敷の中を巡回してて、念の為持ってただけさぁ。ほら、この家って広いだろぉ? もしかしたら、泥棒とかが入り込んでるかもしれないじゃないかぁ。現にお前達は、ここに勝手に入り込んでいるだろ? 俺たちの許可なしに……ね」


「…………」


「あーあ、残念だよ。本当に残念だなぁ。せっかくここまで来て貰ったのに悪いけど、ここから先は通せないんだよねぇ……帰ってくれないかなぁ?」


「……断ると言ったら?」


「えー、それは困るなぁ。お前達だって、命は大事だろう?別にいいじゃないか、子供の一人や二人居なくなったとしても、困るのはせいぜい数人だろ? 忘れてしまえば、何の問題も無いはずだよ」


「今の発言、あなた達が子供を誘拐したと認めているんですね?」


「……おっと、怒りの感情を出すかと思ったけど、冷静だね、お前」


 その男は、僕達を馬鹿にするように薄ら笑いを浮かべる。


「後ろの女の子達の視線も怖いねぇ。このままだと、俺、どうなっちゃうのかなぁ、もしかして集団でリンチされたりするの? そういうの卑怯じゃない? 抵抗しても問題ないよねぇ?」


「抵抗は止めた方が良いですよ。

 今、子供達を返せば、罪が軽くなるかもしれませんし」


「そう言われて返すと思うのかい?」


「……でしょうね」


「じゃあ仕方がない、力尽くで消えてもらおうかなぁ……!!」


 次の瞬間、ビレッドから人間とは思えない殺気が迸る。

 そして、剣を僕に向けて、僕に斬りかかってくる。


「……っ!」

 僕は一歩下がって、自身の鞘から剣を引き抜いて防御する。

 そして、ビレッドは舌打ちして、僕から距離を取るために後方に跳ぶ。


 しかし、その瞬間、


<二重束縛>デュアルバインド

<重圧>グラビティ

<中級雷撃魔法>サンダーボルト


 後ろの三人の魔法がビレッドに対して放たれた。


「ぐっ!?」

 彼は咄嗟に、その場から下がり、魔法の直撃を避ける。しかし、姉さんの放った二重束縛デュアルバインドだけは完全に回避出来ず、両腕だけ拘束されてしまう。


 カランと、ビレッドが持っていた剣が転がり落ちる。


「降参してください、あなたに勝ち目はありません」

 僕はそう言って、彼に降伏を促すが、ビスコは「くくく……」と笑い出す。


「……何がおかしいんです?」


「こんなので勝った気でいるのかと思うと、つい、笑っちゃってさ!!」

 直後、彼の後ろから何か、黒い影が迫ってくる。


「なっ……!」

 その黒い影は、僕を飛び越えて仲間達の元へ向かっていく。黒い影は形を変えて、彼女達三人を包みこみ、彼女達を閉じ込める半径三メートル程度の黒い檻となった。


「な、何ですか、これ!?」

「く……これではロクに身動きが……!!」

「一体、誰がこんなことを……!!」

 彼女達は檻を掴んで必死に出ようとするが、ビクともしない。


「皆、大丈夫!?」

 僕は彼女達を助けようと、踵を返そうとするが……。


「おっと、俺を無視していいわけ?

 お前が俺に背を向けた瞬間、俺はここから逃げて何をするか分からないぜぇ?

 そうだなぁ……君達が探してるガキ達を一人ずつ、殺していく……とか?」


 ビレッドはそんな風に僕を脅す。

 その言葉に、僕も怒りを抑えられなくなった。


 僕は足を止めて、ビレッドに向かって叫ぶ。


「……外道!! お前達の目的は何だ!?

 金目当てなら、他にいくらでも方法があるはずだろう!?」


「金目当て………? ハハハッ!!!

 それ良いな、確かに、金持ちのガキだから脅せばたんまり貰えそうだ!

 ……だが残念、別に金が目的じゃないんだよなぁ……」


「なら、何が目的だ!!」

 しかし、そこでビレッドの背後から何者かの女性の声が響いた。


「……無駄口叩き過ぎだ、ビレッド」


「!?」

「……おっと、怒られちゃったよ」

 ビレッドはそう軽口を叩く。


 すると、彼の背後の廊下の奥から少女がこちらに歩いてくる。女性はビレッドから十メートルほどの場所まで移動してから立ち止まる。


 少女は金髪の長い髪を後ろで纏めており、前髪が切り揃えられており、人形のようなゴスロリ衣装を纏っていた。少女は杖を構えた状態で、杖から魔力を放出させている。


「……金髪の髪、切り揃えた前髪……」

 僕が昨日確認した、冒険者の資料の特徴に合致している。


「……ルビー・スーリア」

「……」

 少女は僕の呟きを無視して、言った。


「ビレッド、早くそいつを殺して。

 私達の素性を知ってる奴を生かしてはおけない」


 少女は、ビレッドに指示を出しながら僕の後ろで捕らえられている三人に視線を向ける。どうやら、突然現れた黒檻の魔法を使ったのは彼女のようだ。今も黒檻の魔法を制御する為に、少女は魔力を消費し続けているのが分かった。


「あー、なんだ、お前が来たらすぐ終わっちゃうだろ」

「いいからさっさとやれ」


 少女はビレッドに命令する。ビレッドは、いつでも解除出来たと言わんばかりに、姉さんの束縛の魔法を解除して、足元の剣を拾う。


「まぁそういうわけだよ、悪いけどこのまま死んでくれよ」

 そう言って、彼は剣を構えて薄ら笑いを浮かべる。


「……くっ!!」

 僕は後ろに下がりながら、二人と対峙する。姉さん、エミリア、レベッカの三人は、ルビー・ルーリアの黒檻の魔法に捕らえられて身動きが取れない。


 絶体絶命だ、どうする――――!?

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