第356話 弾幕勝負

 それから少し時間が経過し、二回戦は最終局面を迎える。


「皆さま、大変長らくお待たせいたしました!!

 これより、二回戦第八試合を行いたいと思います!!」


 サクラちゃんが、コロシアムに響き渡る声で叫ぶ。


 二回戦で最も注目されていたカードだっただけに、

 観客席から今までよりも大きな歓声が上がる。


「最後の試合は、『獄炎の大魔法使い』こと、エミリア・カトレット選手っっ!!!」

「……よろしくお願いします」


「対するは、『癒しの聖女』サクライ・ベルフラウ選手!!!!」

「えっ、えっと……よろしくね、エミリアちゃん」


 両者、仲間同士の対決となった。

 互いにコロシアムの中央で握手してから、既定の距離まで離れる。


「どちらも優勝候補と目される注目の選手ではありますが、

 なんとなんとこの二人、どちらも親交の深い仲間同士!! 果たしてどんな戦いを見せてくれるのでしょうかっ!?」


「「「おおーーー!!!」」」


 サクラちゃんの声と共に、観客のテンションも上がっていく。


「それでは、試合開始です!!」


 開始と同時に、お互い更に距離を空けるように後ろに下がる。


 二人はどちらも後衛の魔法使いタイプだ。

 故に互いの視野を広げる様になるべく距離を開けて戦う。


「(さて……)」

 ボクと隣のレベッカは、彼女達二人の試合を緊張しながら見つめる。


 素直に全力勝負とはいかない。

 魔王軍に監視されてる可能性がある以上、力の全てを出しきって戦うのは避けたい。かといって、手を抜いて戦うわけにもいかない。露骨に加減すると八百長を疑われてしまう。


 なので、周囲には全力で戦ってるように見せかけつつ、魔王軍に侮ってもらえる程度の強さという絶妙な力加減が求められる。


「いくね、エミリアちゃん」

 そう言うと、姉さんは杖を構え、詠唱を始める。


「光よ……<光の矢>ライトアロー!!」

 姉さんの杖から、光り輝く光弾が発射されエミリアに飛んでいく。

 エミリアも、それに応えるかのように、杖を向けて小さな炎を前方に飛ばす。

 光と火がぶつかり合い、爆発が起きる。


「……ふぅ」

「……よし」

 どうやら、威力はほぼ互角みたいだ。

 予想はしてたけど、技術面を除けばお互いに実力差が無い。


 そしてその後、互いに小競り合いが始まる。


<初級氷魔法>アイス!!」「<初級炎魔法>ファイア

<初級風魔法>エアレイド!!」「<初級雷魔法>ライトニング


 姉さんが攻撃魔法を放つたびに、エミリアが反属性の魔法で相殺を狙う。


 それを繰り返し、互いに徐々に魔法を放つ感覚が短くなっていく。

 互いの手数が増え始めて、コロシアムは熱気に包まれ始める。


 ……そろそろかな。


 お互いここから『本気』を演出して、強力な魔法を使用する様になる。


 しかしあくまで『全力を出さない本気状態』だ。

 出来るかぎり、派手に戦ってお互い全力勝負を演じることになる。


 そして、火蓋を切ったのはエミリアだった。


「地獄の業火よ、我が呼びかけに応え、現世へと来たれ――」


 エミリアは詠唱を開始する。

 この詠唱文は、エミリアを注目していた観客ならピンと来るはず。


「来るぞ、あの魔法!!」

「予選で他のチームを圧倒していた、あの……!!!」

 ……うん、やっぱりエミリアに注目していた人達は、この魔法の事を知っていたようだ。


「―――ここに、生贄を捧ぐ……行きますよ、<上級獄炎魔法>インフェルノ!!」


 エミリアの周囲から紅い霧が漂い始め、そこから灼熱の炎が前方に放出される。炎属性魔法でもトップクラスの威力を誇り、上級魔法の括りで見ても最も強力とされる魔法だ。


 押し寄せる大津波のように、

 その灼熱の炎は、対戦相手の姉さんに向けて放出される。

 その威力に加減などまるで見られない。


 対する、姉さんは―――


<魔法抵抗>レジスト……<氷の盾>アイスシールド!!」

 エミリアの詠唱が始まった時点で、姉さんは魔法を準備し始め、二つの魔法を自身の周囲に展開する。


 一つは自身の魔法防御力を大きく底上げする魔法。

 もう一つは、氷で生成された盾の魔法だ。これは、炎の攻撃に対して非常に有効であり、特に今回の様な広範囲に及ぶ攻撃に対しては必須とも言える防御手段となる。


 姉さんは迎撃は無理と考え、防御に徹することを決めたようだ。


 そして、灼熱の炎が姉さん目掛けて一気に襲い掛かる。

 熱量とそこから発生する風に備える様に姉さんは魔力を解放する。


「くうぅぅぅ……!!」

 姉さんは自身の両腕で顔を庇い、その場でしゃがんでなるべく被弾箇所を減らすように構える。

 当然、この状態ではまともに動くことはできない。下手をすれば、そのまま炎に焼かれて押し切られてしまう。


 それでも、姉さんはその態勢のまま、

 エミリアの放った炎波を防ぐことに集中する。


「…………ッ」

 ボクの隣で、レベッカが拳を強く握るのが見えた。


「………お姉ちゃん」

 分かっていたとはいえ、エミリアの魔法の威力は尋常では無い。


 既に並の魔法使いの平均を大きく凌ぎ、彼女の魔法中級魔法は上級魔法並の威力とカレンさんは評価していた。なら、上級魔法は既に極大魔法のそれに近い威力があるはず。


 そんな一撃を受ければ、いくら姉さんの魔力が高いといっても、防げるものではない。本当はすぐにでも飛び出して、彼女を助けに行きたい。だけど、それをするわけにはいかない。


 そして、ボロボロの状態になりながらも、

 姉さんはエミリアの強力な攻撃魔法を凌ぎきった。


「くっ………<完全回復>フルリカバリー……!!」


 姉さんが魔法を唱えると同時に、

 彼女の身体が淡く光り、その光が消える頃には傷は全て癒えていた。


「……すごい」

 隣でレベッカが思わず声を上げるほどに、

 エミリアの魔法を防ぎ切った姉さんは凄かった。


「…………」

 エミリアは、その様子を辛そうに見ていた。


「こ、これは凄い、ベルフラウ選手、エミリア選手の上級獄炎魔法インフェルノを見事に耐えきりましたっ!!!!」


「うおおおおおお!!!!」

 観客が沸く中、ボクとレベッカはヒヤヒヤした状態で見ている。


「(これで二人が全力で戦ってることは演出出来たはず……)」

 そうでないと、あれほど苦しい思いをして姉さんが耐えきったことが無駄になってしまう。


 ボクは周囲を伺う。

 観客席の中に腕を組んでコロシアムの光景を凝視している男がいた。

 ネルソン選手だ。


 魔王軍は彼を通して、この光景を見ているはず。

 ならばこそ、二人の実力は『これが限界』と判断してくれないと困る。


 そして、ここから。

 今のエミリアの攻撃魔法の威力を最大威力と設定して、

 エミリアと姉さんの勝負が始まる。


 姉さんは、自身の回復を終えると、即座にエミリアに向かって杖を構える。


「くらえっ!!!<極大大砲>ハイキャノン!!!!」

 姉さんは、1回戦で見せた強力な大砲の魔法を発動する。直径二メートルほどある極大の魔力弾が発射され、轟音を立てて超スピードにエミリアに向かって行く。


「くっ……!! <飛翔>まいあがれ!!!」

 エミリアも、この魔法を喰らえば100%戦闘不能になるのは理解している。

 飛行魔法を発動し、姉さんの攻撃魔法を全力で回避する。


 しかし、姉さんもこの魔法が回避されることは把握済み。


<魔法の矢>マジックアロー

 姉さんは、上空に飛び出したエミリアに標準を向けて、矢の魔法を連発する。鎧を装備した戦士にはあまり通用しない魔法だが、装甲の薄いエミリアなら十分ダメージとなる。


 エミリアは、飛行魔法で動き回り彼女の魔法を回避し続ける。


「――そこだ!!」

 姉さんは、その魔法に続けて、別の魔法の詠唱を始める。


<光球>ライトボール

 姉さんは更に上空に向けて魔法を数十発発射する。

 使用したのは、主に光を放つ魔法で威力があるものでは無い。

 これ単体でエミリアを倒すことは出来ない。


 しかし、姉さんの魔法は、連携を前提にしたものだ。

 エミリアが回避していた魔法の矢マジックアロー光球ライトボールが上空で混ざり合い、一つの攻撃魔法が完成する。


<星々の輝き>スターライト!!」

 姉さんが魔法名を発動すると、エミリアに向かって、細い光のレーザーが上空から雨のように降り注ぐ。


「ぐっ……!?」

 エミリアは、杖を上空に掲げ、何かの魔法を展開しようとするが、

 不発に終わったのか特に何も起こらない。


 迎撃を諦めたのか、エミリアは盾の魔法を頭上に展開。


 しかし、完全には防げず数カ所に被弾してしまう。エミリアは一旦飛行魔法を解除し、今度は彼女が攻撃を全力で防御する展開となる。


 しかし、そこに姉さんの最後のダメ押しが入る。


「これで最後よ!!!<二重拘束>デュアルバインド!!!」

 エミリアの周囲に、鎖と植物の蔦が発生し、一気に彼女を縛り上げる。


「くうぅ……」

 エミリアは、どうにか抵抗を試みるが、

 手足を完全に拘束され動くことが出来ない。


「ベルフラウ選手、エミリア選手を完全に拘束しましたっっ!!

 こうなってしまうと、もはや動くことは不可能、勝負は決まったか!?」


 サクラちゃんの実況が響く。

 この状況下では誰が見ても姉さんが有利だ。


 そして、姉さんはトドメの魔法を準備し始める。

 こうなると、エミリアは無防備で姉さんの攻撃魔法を受けることになるだろう。


 エミリアは、身体を拘束され息苦しそうに声を出す。

 そして意外な言葉を言い掛ける。


「こ、降参……」

 まさかの、降参宣言。


 その言葉に、サクラちゃんが声を出そうとするが、

 次のエミリアの言葉を聞いて、咄嗟に口を噤む。


「―――は、しませんけどね」

 エミリアは、苦しそうな表情から、不敵な笑みに表情を変えた。


<降り注ぐ火球>スターダストフレイム

 エミリアは拘束された状態で魔法名を紡ぐ。

 すると、上空から多数の火球の攻撃魔法が生み出される。


「う、うそ……拘束された状態で、魔法を展開したっていうの!?」

 姉さんは驚愕するが、エミリアはそれを否定する。


「いえ、違います。

 私はベルフラウの星々の輝きスターライトを受ける前に、既に魔法を展開していたんです」


 そう言われて、ボクは気付く。


「あ、確かに……姉さんの魔法を受ける前に、

 エミリア、杖を上空に向けて魔法を使ってたような……」


「その時に、布石を打っていたのですね……」

 レベッカも納得したように呟く。


「これで、逆転ですね。―――炎よ、降り注げ!!!」


 上空のエミリアが魔法を発動させると、

 無数の火球が次々と姉さんに向かって落ちていく。

 そして、会場内に凄まじい爆音が鳴り響き、砂煙が巻き起こる。


 姉さんは直前で、自身に防御魔法を付与しようと試みるが、

 その前に、直撃こそしなかったが、爆風によって吹き飛ばされてしまう。


「きゃああぁーっ!!」

 そして、姉さんはコロシアムの床に叩きつけられ、意識を失った。


「エミリア選手、見事に逆転しました!! エミリア選手の勝利です!!!」

 司会の言葉に、観客が一斉に沸き上がる。


「よっと……」

 姉さんが気を失ったことで、束縛が解けてエミリアはようやく自由の身になる。そして、吹き飛ばされた姉さんを背中に背負って、飛行魔法でコロシアムから降りていった。


「ボク達も行こう!」

 ボクとレベッカは、二人を迎えに行くために、

 観客席の階段を降りて、彼女達を迎えに行った。


 ◆


「エミリア、姉さんっ!!」

 姉さんを背負ったエミリアが、闘技場の控え室まで戻ってくる。


「あ、二人とも……」

 姉さんは既に意識を取り戻していて、彼女の背中で力なくこちらに手を振る。

 その様子にボク達はホッとする。


「姉さん、今楽にしてあげるからね」

 ボクはエミリアに駆け寄って、背中の姉さんに声を掛けてから回復魔法を使用する。しばらく姉さんの傷を完全に癒してから、姉さんはエミリアの背中から降りて自分で立ち上がった。


「お二人とも、見事な戦いでございました」

 レベッカは彼女たちの戦いに感銘を受けて称賛する。


「うん、凄かったよ」


 力をセーブした前提の戦いだったとはいえ、

 姉さんがエミリア相手にここまで互角に戦えるとは思わなかった。

 それ以外にも、エミリアの最後の逆転劇には驚かされた。


「それにしても……最後の魔法はすごかったね」


「あれですか? まぁ、魔法使いは一つや二つ追い込まれた時の切り札を残しているものですよ」

 エミリアはこともなげに言った。


「姉さんも残念だったね」

「うーん、結構頑張ったんだけどなぁ……」

 姉さんは、悔しそうというほどではないけど、ちょっと残念そうだ。


「でも、エミリアちゃん強かったよ。最後は本当にびっくりしちゃった」


「ベルフラウも凄かったですよ。

 ここまで追い込まれるとは想定外でした、強くなりましたねー」


 エミリアは姉さんの頭を撫でて、子供のように褒めた。


「レイくーん、エミリアちゃんが私を子供あつかいするー!! 私の方が年上なのにー!!」


「うんうん、姉さん。頑張ったね、えらいえらい」

 ボクは姉さんを抱きしめて、よしよしと慰める。


「うぅ~、レイ君優しい……」


「……結局、子供扱いされてるのに変わりないのでは」

 レベッカはボク達を眺めて苦笑していた。



 そして、その様子を後ろから眺めて、

 気味の悪い笑みを浮かべているネルソン選手の姿があった。

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