第355話 暗躍する女神様
ボク達の話はそこそこに、二回戦の第五試合が始まった。
「それでは次の試合を開始します!!
次は、アルフォンス・フリーダム選手と、ヴィレイオス選手!!!!」
実況のサクラちゃんの声で二人の選手が、
コロシアムの中央に並びそこから距離を取ってから向き直る。
一人は、団長ことアルフォンス選手。
もう一人は―――
「うふっ、よろしくね、アルフォンスさん」
「お、おう……」
アルフォンスさんは若干気まずそうな顔をして返事をする。
対戦相手は、よりにもよって団長が苦手とする女性だった。
ヴィレイオス選手は、
ビキニアーマーを着た女性戦士で、鞭を使う戦いを得意としているようだ。
彼女の武器の鞭の先端には、
刺々しい金属が付いており、あれで打たれると相当痛そうだ。
見た目も金髪ロングの、ナイスバディな美人の女性でもある。
「ふむ、あの方……大丈夫でしょうか?」
レベッカは、団長を心配するように言った。
「彼、女性と戦うの苦手そうだものね」
姉さんは、彼の性格を思い出しながら苦笑して言う。
アルフォンス団長は、女好きではあるが、反面、女性に対して手を出す様な事をしない人物である。だから、本当は男であるボクですら、女性の姿になると手合わせするのも嫌がるくらいだ。
「でも、今はそんな事言ってる場合じゃないですよね……」
と、エミリアは呟く。
仮にも対峙している以上、手を抜くような事は出来ないだろう。
「それでは試合開始ぃぃ!!」
開始と同時にヴィレイオスは、
自身の武器である鞭を地面に叩きつけながら、
彼にゆっくり迫ってくる。
「さぁ、いくわよぉ~!」
そう言って、彼女は、素早く腕を振るって、
アルフォンスさん目掛けて鞭を振り下ろした。
「ちぃ!!」
アルフォンスさんは舌打ちしながら、それを剣で受け止める。
「あら、流石ね! 今の一撃を受け止めるなんて」
「ふん……」
「じゃあこれはどうかしら?」
そう言いつつ、彼女は再び鞭を振り上げて、今度は彼に向かって鞭を何度も連打する。彼女の鞭は三又に分かれており、その先端は鋭い針のように尖っている。あれに何度打たれても、かなり痛そうだ。
「あははははははは!!」
ヴィレイオス選手の猛攻に、団長の方は防戦一方になる。
「ぐぅ……ッ」
反撃しようと思えば出来るはず、
それでもアルフォンスさんは中々手を出そうとしなかった。
「おっと、元覇者のアルフォンス選手!! 防戦一方だぁぁぁ!!!」
サクラちゃんの実況の通り、アルフォンスさんは防御に徹して攻撃に転じない。
「どうしたのかしら? 反撃してこなくていいのかしら?」
「うるせぇ……お前の攻撃なんぞ食らうかよ……」
「強がっちゃって……」
ヴィレイオス選手はそう言いながら更に攻撃を続ける。
しかし、その様子に観客席から、
アルフォンス選手に対してブーイングが飛び始める。
「おい、ふざけんなー!」
「ちゃんとやれー!」
「そうだ、そうだ!」
彼は元覇者なだけあってファンもライバルも多い。
そんな彼が、一方的に嬲られるのを見てられない人が多いのだろう。
「これは、マズいね……」
このままだと、団長は何も出来ずに負けてしまう。いくら女性に手を出すのが彼にとってタブーとはいえ、観客や仲間達の前で無様な姿を晒すのはもっと屈辱的なはずだ。
「アルフォンス選手、防戦一方で、
ヴィレイオス選手が圧倒しているぅぅぅ!!
カレン先輩、陛下、この状況をどう思いますかー!!?」
実況のサクラちゃんは、後ろにいる二人に意見を求める。展開が単調すぎて、彼女一人では言えることが少ないから助けを求めたのかもしれない。
サクラちゃんの言葉に、カレンさんは言った。
「まぁ、防戦一方ね………。
彼、どうも女性に剣を向けるのが苦手みたいだし」
カレンさんは目を細めて言った。
しかし、陛下はその様子を見て面白そうにしている。
「だが、手合わせでは、彼はキミに対して、
普通に剣を振るっていたような気がしたのだが?」
「う……」
陛下の言葉に、カレンさんの言葉が詰まる。
「もしかして、キミは女扱いされてないんじゃないか?」
「………」
陛下の言葉に、カレンさんが黙り込んだ。
「(止めてあげて! カレンお姉ちゃん意外と心が弱いの!)」
ボクは陛下に念を送って彼女を庇おうとするが、聴こえるわけがない。
が、陛下は笑って言った。
「ははは、冗談だ。
彼が女性に手を出さないのは、彼なりの信念があるのだろうが、このままでは勝てる試合も落してしまうかもしれんな……少々、興ざめだが」
と、さっきまで陛下は笑っていたのだが、
今度は一転してつまらなそうな表情を浮かべている。
実況席でそんなやり取りをしている間にも、
ヴィレイオス選手は激しくアルフォンス選手を攻め立てる。
「ほぉ~ら、そろそろ降参しちゃいなさいよぉ?」
「誰がするか……この変態野郎が……」
アルフォンスさんは息を切らせながら言う。
このままだと本当に団長は何も出来ずにやられてしまう。
「レイ様、耳をお貸しください」
「えっ?」
レベッカがボクの腕を引っ張り、ボクの耳に口元を近づける。
そして、周囲に聞こえないような声で言った。
「あの女性……邪悪な気配を感じます」「!?」
ボクはレベッカの言葉を聞いて、ヴィレイオス選手の姿を確認する。
「(彼女の覆う魔力は……)」
ボクは他人の魔力を解析することはさほど得意じゃない。
本来なら、エミリアに頼んで
ボク達の行動を魔王軍が監視してる可能性がある。
だから魔法を使わず看破する必要がある。
「エミリア……ちょっと」
ボクは、エミリアは抱き寄せるような動きをする。
「え、ちょっ!?」
彼女はボクの突然の行動に動揺するが、
そのまま彼女の顔に自分の顔を近付ける。
「ふぁ……ッ」
変な声を出す彼女をスルーして、ボクは小声で彼女に言った。
「エミリア、あのヴィレイオスって選手の魔力を見てほしい」
「えっ?」
「いいから早く」
「わ、わかりました」
彼女は戸惑いながらも、
ボクの指示に従いエミリアは魔法を使用せずに彼女を観察する。
すると―――
「……あれは」
エミリアはボソッと驚いた表情を浮かべてこちらに顔を寄せる。
「間違いない?」
「……はい、魔物です」
やっぱり、レベッカの勘は正しかったらしい。
問題は、それを彼にどう伝えるかだ。
ここで「魔物だ!」と叫べば、彼は即座に彼女を切り捨てて終わるが、間違いなく混乱が起きる。かといって、ボク達が行動を起こすと、魔王軍の監視に見つかってしまう可能性が高い。
と、するなら―――
「お姉ちゃん、ちょっと」
「え?」
ボクは姉さんの耳に口を当ててこっそり話す。
「……ってことでお願い出来るかな?」
「なるほどね、わかったわ。任せて!」
そう言って、姉さんは立ち上がった。
「ヴィレイオス選手!! アルフォンス選手に対して激しい猛攻だぁ!!」
サクラちゃんの実況通り、今まさにヴィレイオス選手がアルフォンス選手に対して攻撃をしている最中だった。
「どうしたのかしら? 反撃しないの?」
「うるせぇ……」
ヴィレイオス選手は更に攻撃を続けるが、
アルフォンス選手は防御に徹するだけで何も出来ない。
その様子に観客からはブーイングが飛ぶ。
「あはははは、これでお終いよ!! アルフォンス!!!」
そして、ヴィレイオス選手が止めを刺すように、
思いっきり鞭を振り上げたところで、彼女の背後から大声が聞こえた。
「アル、フォンス、さん!! がんばってー!!!!!」
その声の主は姉さんだった。
姉さんは、大きな声でアルフォンスさんに、精一杯の応援をする。
「ふぁいとー!!! 団長すてきー!!!!」
引き続き、姉さんは顔を真っ赤にしながら応援し続ける。
「はぁ?」
ヴィレイオス選手が不思議そうな表情をして、後ろを振り向く。
すると……。
「ふふ、ふふふ………!!!」
ボロボロになった団長が、起き上がりながら笑いだす。
「べ、ベルフラウさんが、俺の応援をしてくれたっ!!!!!」
そう言い放ち、彼は勢いよく剣を握りしめ、立ち上がる。
「へ、へへ……この勝負、負けられねぇぜ……」
彼はニヤリと笑みを浮かべ、ヴィレイオス選手に向かって構えた。
そして、彼はそのまま、ヴィレイオス選手の身体をがっしり捕まえる。
「な、何をするっ!?」
ヴィレイオス選手は慌てて離れようとするが、
彼の腕の力が強く逃れられない。
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
気合一閃、アルフォンス団長は叫び声をあげながら、
彼女の身体を両手で持ち上げ―――――
「落ちやがれぇぇぇぇ!!!!!!」
力任せに彼女を思いっきりぶん投げて、そのまま場外に叩き落とした。
「な、なんと、アルフォンス選手!!!
ヴィレイオス選手を力任せに投げて、場外に落としました!!!!
場外に落ちたら負けと同じ扱いとなります!!
すなわち、この勝負、アルフォンス選手の勝利です!!!!!」
実況席のサクラちゃんの声が会場中に響き渡る。
「……やった、勝った」
ボクは小さくガッツポーズをした。
実況席の陛下とカレンさんは、彼の勝ち方を見て、唖然としていた。
「女性に剣を向けない代わりに、女性を場外に投げ落とすとは、ははは……」
「呆れた……そこまでするなら、普通に戦えばいいのに……」
二人は苦笑いしながらそんな事を言っていた。
「(まぁ、確かにそうだよね……)」
ボクも正直、ちょっと引いたけど、あの人らしい戦い方だと思う。
「ふぅ……なんとか勝てたか」
そう言って、アルフォンスさんは額の汗を拭う。
◆
そして、その後―――
場外に押し出されたヴィレイオスは、
気絶してしまい、そのまま救護室に運ばれた。
程なくしてからヴィレイオスは意識を取り戻し、救護室を出る。
そして、しばらく歩き、人通りの無い小部屋に入った。
そして、誰も居ないところで、彼女は、
「くそっ!!!!」
悔しさから、ヴィレイオスは壁や周囲の資材を殴りつける。
「あと少しで、あの忌まわしい人間に止めを刺してやれたのに!!!」
ヴィレイオスは怒りのままに周囲の物品を破壊し、
息も絶え絶えになったところでようやく冷静さを取り戻す。
「くっ……だけど、計画が破綻したわけじゃない。
……このまま私は何処かに潜伏して、改めて奴を殺せば―――」
これはヴィレイオスの独り言だ。
彼女は、魔王軍の計画をスムーズに遂行するために、密かにアルフォンスを暗殺するつもりでいた。女の姿に化けているのも、アルフォンスが女に手を出せない事を狙っての事だった。
しかし、この部屋で彼女の呟きを聞いていた者が存在した。
「それは困るわね」
「誰だッ!?」
咄嵯に振り向き、鞭を構える。
ヴィレイオスと相対したのは、アルフォンスを応援した女だった。
その女は、物音も立てずにヴィレイオスの後ろに立っていた。
「貴様……あの時の!!!」
「………」
彼女は黙ったまま、ヴィレイオスに近づく。
「ちぃ……今のを聞かれたなら生かしておけないわ、死になさい!!」
そう言いながら、ヴィレイオスは鞭で攻撃しようとするのだが、
その前に彼女の手足と両脚が鎖で拘束されてしまう。
「な……!!」
「ふぅ……私は本来、こういうのは得意じゃないんだけどね。
弟は今、身動き取り辛い状況だから……」
彼女はそう言って、ため息を吐きながら、
全身を拘束されたヴィレイオスに目を向ける。
ヴィレイオスを見る彼女の眼は、酷く冷たかった。
「や、止めろ……!!」
「女性の姿をして、無抵抗な男の人をいたぶるなんて、人として最低ね。
………ああ、貴女は魔物だったわね。じゃあ遠慮なんていらないか」
彼女は、一切の情を感じさせない冷えた声で呟く。
そして、彼女は手のひらから光を解き放ち、ヴィレイオスを包み込む。
「が、ガァァァァァア!!!」
ヴィレイオスは彼女の光に悶え苦しむ。そして、ダメージによりヴィレイオスの変身魔法が解かれ、醜いアークデーモンの姿に変わる。そして、そのまま体が粉々に崩れていく。
その意識が途絶えた時、魔物の肉体は全て消え去っていた。
最期に魔物が見た光景は、
自分を汚物のような眼で見る女神の姿だった。
「さて、終わりっと……」
仕事を終えた彼女は、それまでの冷酷な表情から一転、明るい表情に変わる。
「ふふ、早く戻ってレイくんに褒めてもらおっと♪」
そして、そう言いながら、彼女はその場から瞬く間に消え失せた。
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