第354話 半分くらいは正気
ボク達は団長と別れ、観客席に戻る。
この観客席も魔王軍が紛れ込んでいる可能性がある。なので、王宮騎士団の人達もそれを把握しており、観客席の周囲を巡回しながら見回っている。
もし何かあれば彼らに報告し対処してもらう。
それから、少しして試合をしていたレベッカが戻ってきた。
当然だが二回戦の相手にも勝利を収めたようだ。
「お疲れ、レベッカ。ちゃんと挨拶してきた?」
ボクは観客席に戻ってきたレベッカに意味深に尋ねる。
「はい、きちんと挨拶して参りました。その後、周囲に彼のお仲間の姿が確認できなかったので、わたくしが代わりに出口までお見送りしました」
「そっか、それなら良かった」
今の言葉、仮に周囲に聞かれたとしても問題ないようにボカしている。
本当のところは、『対戦相手が人間に化けた魔物だったので、試合終了後、人気のない無い場所でこっそり始末しました』という内容だ。
「(それにしても、ここまで完璧に擬態するとは……)」
パッと見では人間か魔物か区別を付けるのは難しかっただろう。ボク達は事前に、魔物が人に化けていることを知っていたので判断が出来たけど、そうでないなら騙される可能性が高い。
王都の住人はどういった経歴の人物か全員洗い出されている。なので、魔物が民衆に化けて外から入ろうとしてもすぐ判明する。
仮に元の人物が殺されて、成り代わろうとしても、王宮に呼ばれた際に受け取る審査により既に偽物かどうか判明する仕掛けになっている。
ちなみに、ボクらも王宮に呼ばれた時に全員その審査を済ませている。
しかし、外部からやってきた来た観客や参加者はその限りじゃない。
彼らは王都に住む住人と比べると込み入った審査は行わない。そのため、魔王軍側としては、王都の住民に紛れ込むよりも闘技大会に乗じて紛れた方が都合が良かったのだろう。
「エミリア様、こちらの観客席の方々はどうでしたか?」
レベッカの質問に、エミリアは無言で首を横に振る。
つまり、まだ見つかっていないということだ。
「ふむ……とすると、確定しているのは……」
レベッカの呟きに、ボクは答える。
「うん……今からコロシアムに上がる彼だね」
ボクの言葉に、ボク達四人はコロシアムの中央を注視する。
そこには、洗脳され、魔王の影に取り込まれていると思われる。
ネルソン・ダーク選手の姿があった。
ボク達は、そのままネルソン・ダーク選手の二回戦が始まった。
「さぁ! 次は二回戦、第四試合となります!!!!
まずは、本戦から一気に頭角を現した選手!! ネルソン・ダーク選手です!!!!」
実況の声に、観客席から歓声が上がる。
彼は、予選の時とは違う黒い剣を携え、対戦相手と向き合う。
「レイくん……あの剣……」
姉さんは、手を震わせてボクの腕を掴む。
「分かってる……」
ネルソン選手の持っている武器、あれは<黒の剣>だ。
簡単に言えば、人工的に生み出した魔物を素材にした呪われた剣。
装備した人間は、常人を超えた力を発揮することが出来るが、
代わりに精神を乗っ取られて放っておくと使用者まで魔物化してしまう。
彼は間違いなくあの黒の剣によって呪われて、精神を乗っ取られている。
そしてあの剣をネルソン選手に渡したのは魔王軍に以外あり得ない。
つまり、ネルソン選手は魔王軍の手先となっているのだ。
「くくく……この俺に負けはない。今の俺のこの力は神にも等しい……!」
ネルソン選手は、そう言いながら、自分の身体を抱きしめるように自らの肉体をまさぐっている。その様子は、周囲からみれば、自らの力を誇示するようなパフォーマンスに見えるだろう。
実際、彼がそう言った瞬間、会場中から大きな拍手が巻き起こった。
そして周囲の観客の声が聞こえてくる。主に、彼に対する感想だ。
「いやぁ、あのネルソンって選手すげえな。一回戦も滅茶苦茶強かっただろ?」
「ああ、俺の予想だと、あの選手こそ優勝すると思っている」
「それにしても雷光のネルソンって言う割に、雷魔法全然使わなくなったわよね。なんでかしら?」
「代わりに変な技を使うようになったよな。まぁ、以前よりも圧倒的に強くなったみたいだが」
「ただ、ちょっと気味が悪いわ……。さっきのパフォーマンスもだけど、なんというか見てて寒気がするというか……」
「でも、あの選手、元々自信過剰の変わり者だろ? 予選の時だって、ほら、あの『鋼鉄姫』にちょっかい掛けようとしてたわけだし」
「まぁ、それもそうなんだけど……」
と、密かに怪しんでる人物もいるようだが、
誰も彼の人格が乗っ取られていることには気付いていない。
そもそも、呪いが掛かっていることを認識していない以上、彼に何が起きているのか知る由もないのだが。そして、おそらくネルソン選手自身も、自身が魔物に乗っ取られている自覚は無いのだろう。
「それでは早速始めましょう! 第四試合開始ぃいい!!」
開始の合図と同時に、ネルソン選手が動いた。
「死ねぇぇぇ!!!」
叫び声と共に、ネルソン選手は、対戦相手である選手に斬り掛かる。
その速度は予選で見た彼の運動能力とは完全に別物だ。
十五メートルの距離を物ともしない速度で対戦相手に詰め寄り、
黒の剣の一撃で対戦相手の武器を破壊する。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
武器を破壊され、ネルソンの威圧感に怯えた相手選手は、思わず尻餅をつく。
「ふん……無様な奴だ」
ネルソン選手は、相手の様子を見下ろした後、
無言のまま剣を振り上げ、トドメを刺そうとする。
しかし、そこで実況のサクラちゃんから声が掛かる。
「ストップです、ネルソン選手!!
既に勝負が付いた相手に斬り掛かってはいけません!!
もし、手を出した場合、その時点であなたは失格になりますよ!!」
サクラちゃんの静止に、ネルソン選手は舌打ちする。
「ち…………だが、この腰抜けは、『降参』と言っていないだろう」
そう言って、ネルソン選手は、尻餅をついた対戦相手を睨みつける。
「ひっ……こ、降参だ!!」
ネルソン選手の視線に耐え切れなかった対戦相手は、
慌てて両手を上げ、降参の意思を示す。
「………命拾いしたな」
ネルソン選手は、黒の剣を鞘に仕舞い、
不機嫌そうにコロシアムを降りていった。
その様子に、流石の観客達も動揺を見せていた。
「おい、大丈夫なのか?」
「今、あいつ、対戦相手を殺そうと……」
「あ、あんな奴、大会に出していいのか!?」
ざわつく観客席だったが、
すぐに実況席のサクラちゃんからフォローが入る。
「皆様! ご安心ください!!
今の試合は、あくまでも実戦形式の練習試合のようなもの!!
戦闘不能の判定は、運営側が判断します!!
それに、今のはちょっとしたネルソン選手のパフォーマンスですから!」
と、強引ではあるが、サクラちゃんなりに場を取り繕ってくれた。
そのお陰か、観客席の大半は落ち着きを取り戻したようだ。
「なんだ、パフォーマンスか」
「真に迫ってたからマジで殺そうとしたのかと……」
その様子に、ボク達も一息つく。
「(危なかった……もし、ネルソン選手が対戦相手を殺そうとしたら……)」
ボクは、最悪の状況を想像してしまっていた。
コロシアムの安全装置が作動するはずだが、確実に対戦相手が助かるという保証はない。万一、ネルソン選手が追撃でもすれば、対戦相手が殺されてしまう可能性が高かった。
その様子を見ていたボク達は頷き合い、エミリアは言った。
「ベルフラウ、あれをお願いします」
「うん、ならちょっとだけ移動して……<隔離の世>」
姉さんは再び魔法を発動させる。
これで、ボク達の会話は周囲に聞こえない。
そして、エミリアは言った。
「今の試合を見た感じでは、まだ
「……そうだね」
ボクは同意する。
ボクらが黒の剣の事件に関わった時は、
使用者が暴走してからすぐに対処出来たため救うことが出来た。
しかし、サイドの街で聞いた事件では、既に時間が経過し過ぎていて、黒の剣に完全に取り込まれており、使用者と黒の剣が一体化してしまい、助からなかったと聞いた。
この二つの事件から推測出来ることがある。
黒の剣に乗っ取られた人間は、時間が経過していないなら、武器さえ奪ってしまえば正気を取り戻す可能性が高い。しかし、間に合わなければ完全に精神を侵食されて助からなくなる。
今のところ、ネルソン選手はまだ前者の状態だ。
すぐさまあの武器を取り上げれば、ネルソン選手を救える。
しかし、それが出来ない理由があった。
「ネルソン選手、どうやら魔王の影も取り込んでいるみたいですからね……」
今までの乗っ取られた人間との最大の違いはそこだ。
黒の剣だけでなく、魔王の影まで憑りついていて、彼は二重の状態で取り込まれてしまっている。もし、下手に突いて、魔王の影が彼から飛び出してくれば、闘技場内が地獄と化す。
「どのみち、まだ彼に手出しは出来ません。
今、彼に接触すればこちらの作戦が破綻しかねませんから」
と、レベッカは、心を鬼にして言った。
「我慢してください、レイ様。今、彼を救おうとすれば、下手をすれば、この会場にいらっしゃる全ての人々に危険が及ぶ可能性があります」
「う、うん……。分かってるよ……」
彼の状態が心配だけど、ボクが計画を狂わせるわけにはいかない。
今は、そうやって納得する以外ないのだ。
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