第353話 エネミーを探せ!
「続いて、二回戦第二試合を開始します。
次の予定の選手はコロシアムまでお願いします」
ボクの試合が終わり、アナウンスコールが流れてくる。
「それでは皆様、わたくし、行って参りますね」
次の試合はレベッカの番だ。
レベッカは僕達に背を向けて、コロシアムに向かうとする。
だけど、ボクは思い出したことがあって、レベッカを引き留める。
「レベッカ、次の試合だけど―――」
ボクはレベッカに、周囲に伝わらないような言葉で伝える。
「――相手は
と、これだけ聞くと、妹に礼儀を指導しているように聞こえるだろう。
しかし、彼女にきちんと伝わったようで、
「――!! はい、行って参ります」
と、レベッカは返事をしてコロシアムへ向かった。
「ふぅ……」
ボクは自分の試合が終わって、
一旦息を整えると、そこにエミリアが話しかけてきた。
「レイ、少し周囲を探っていましたが、今のところは
「そっか」
エミリアの言葉に、ボクは一旦安堵する。
「……しかし、まさかこんなことになるとは」
彼女が余計な事を言いそうだったので、ボクは彼女の口を軽く塞ぐ。
「(エミリア、駄目だよ。奴らに聴かれるかもしれない)」
「(う……わ、分かりましたから手を離して!)」
ボク達は聴かれないようになるべく声を小さくして話す。
「む~、んん!」
ボクの手から解放された彼女は、頬を膨らませながらボクに抗議する。
「まったく、油断も隙も無いですね……」
「ごめんってば……」
ボクは苦笑しながら彼女に謝ると、
彼女も許してくれたのか、「もういいですよ」と言う。
「しかし、それならレイもレイですよ。
あんな本気を出してしまうと、後々面倒になるかもしれないのに……」
「あー、うん、まぁそうなんだけど……」
ボクも、殆どその場のノリでやってしまったのでちょっと反省している。実のところ、
「でも、この後もっと強い相手と戦うかもだし……」
「だとしても、
「う……その通りだけど……」
ボク達はそんな風に、傍から見れば普通?の会話をしていた。
すると、そこに――
「よぉ、お前さん達、さっきの試合見てたぜ」
突然背後から声を掛けられる。
振り向くと、そこにはアルフォンス団長が立っていた。
「あ、団長」
「どうも……」
エミリアは、あまり団長と接点が無いため、少し遠慮気味に挨拶をする。
「お姉ちゃん、ちょっとこっちに来て」
ボクは観客席に座って談笑していた姉さんを呼び寄せる。
そして、姉さんにとある魔法を使ってもらう。
そして、ボク達は人気のない場所に移動する。
「<隔離の世>」
周囲からボク達の存在を薄くする魔法を使用する。
これで何を話していようが、周囲に漏れることは無い。
団長と話していても問題ないだろう。
「……おい、これでもう話していいのか?」
「はい、団長。……例の話ですよね?」
ボクの言葉に、団長は真面目な表情をして頷く。
「……ああ。ってことは、お前らにも情報は流れてるわけだな?」
「はい」
ボクは肯定する。
今から彼と話すことは、
ボクが昨日ウィンドさんに伝えられたことと関係している。
「それで、……この闘技場内では、どれだけ
「……」
ボクは無言で考える。
正直なところ、その質問には答えられない。一人は確定だとしても、他に手引きした奴が数人。その他に関して今のところ見当が付かない状態だ。
「(まぁ、さっき一人はレベッカに処理を頼んだけど……)」
あちらは彼女に任せることにする。
「団長も分かってると思いますが、一人は彼です」
「そりゃあ、まぁ……な」
団長は苦虫を噛み潰したような顔する。
「それに加えて、彼に接触した存在も大体割れています。彼に接触をしたのは闘技大会の二日目、その時から彼の戦い方が明らかに異質になりました」
これは昨日、ウィンドさんに聞いたことだ。
『この王都の闘技大会に乗じて、人間ではない存在が紛れ込んでいます。
彼らは、「参加者」という皮を被って、一部の参加者に接触して、陛下の暗殺を目論んでいるようです』
そう言って彼女はある人物の名前を挙げた。
『明らかに、接触されたであろう人物の名前は「ネルソン・ダーク」。
彼は明らかに本戦を勝ち抜くには力不足なレベルで落ちぶれていた筈なのですが、突然今まで使わなかった異質な力でパーティ戦を勝ち抜いていきました。
魔王軍の誰かに接触されて彼は洗脳された状態に陥っているのでしょう。彼と接触しようとした、一般の参加者が彼に酷い暴行を受けて、集中治療室に送られたという情報が私の方に届いています』
彼女の情報だと、ネルソン選手は何らかの方法で洗脳されている可能性が高い。思い返してみると、昨日レストランで見た彼のリプレイ動画には、明らかに人間でない存在の影が映っていた。
「団長、ネルソン選手のリプレイ動画は見ましたか?」
ボクの質問に、団長は頷く。
「ああ、見たぜ。……あの影は何だ?
魔法に詳しくねえ俺でも人間が扱うような魔法じゃねえのは分かるぜ」
団長の質問にボク達三人は黙り込む。
既にボク達はその存在に気付いている。
「魔王の影……よ」
姉さんは、その存在を彼に伝える。
「影……? ベルフラウさん、そいつは一体?」
団長は追及して姉さんに質問をするが、それに答えたのはエミリアだった。
「魔王の影……簡単に言えば、魔王の分身のような存在です。
魔王は、この世に顕現する前に、自身の力を最大限に高めるために、影を送り込んでくることがあります」
「……」
団長はエミリアの話を黙って聞いている。
「この魔王の影が世界に増えると、魔物の力が増大し魔王の復活が迫ってきます。私達は、元々はこの魔王の影を討伐する依頼を受けていたんですよ」
それをボク達に依頼をしたのが、二柱の女神の一角である。
「なるほど……。つまり、その魔王の影とやらが、ネルソンに取り憑いているってことなんだな?」
「そういうことになりますね……」
エミリアは、団長の言葉に首肯する。
「一応訊いとくが、そいつはどの程度強いんだ? お前らなら勝てるのか?」
団長の質問に頷くことは出来る。
ボク達は既に二度、魔王の影の討伐に成功している。
だが、確実に勝てるとは断言できない。
なので、ボクは頷かずに、こう答える。
「厄介な話なんですが、この魔王の影はそれぞれ形が違ってて、その姿によって強さが変わるんです。筋肉隆々の姿をした影なら、おそらく実力があれば十分倒しきれるでしょうが……」
「ネルソンに憑いてた奴はどうなんだ?」
彼に憑いてた影は、見た目は人間の男の姿だった。
だからこそ強さが読めないでいる。
「不明です。ボク達が今まで見た影は、何らかの魔物を模した姿でした。だけど、今回は人型。人型の魔物というのはボクはあまり知りません」
人の形をしている魔物を挙げるとするならゴブリンやオーガだろう。
だけど、奴らは人間と比べて体格に差がある。映像で見た影はもっと普通の人型だった。
「注意が必要なのは、魔王の影は、一般の魔法とは別系統の特殊な魔法を使用してきます。その魔法はどれも致命的なものばかり使ってくるので、無対策で戦うと非常に危険な相手です」
「そんな化け物がアイツに憑りついてるって事かよ!?」
団長は頭を抱える。
「なんつー面倒なことになってんだよ……。
本当のところはさっさと、奴を仕留めたいところだが―――」
彼の不安はもっともだ。
「今彼を仕留めるのは危険です。
同じような魔王の影が潜んでる可能性がある」
「そりゃあ、分かってるがよ……」
「だけど、今はおそらく
少なくとも、ボクとサクラちゃんのボクたち勇者二人と、この王都の守護者である陛下を同時に始末出来る時を狙っているはず。
これほどの観衆と腕利きの参加者が入り混じった状況であるなら、それに紛れて陛下が身を隠すことも可能ですし」
「確かにな……」
奴らの目的は明確だ。
秘匿されていたボク達勇者の情報は、魔軍将ロドクによって魔王軍側に情報が流れてしまっている。そして魔王軍は、この王都を最重要敵地として狙っているらしい。
その理由は陛下の存在だ。
グラン陛下はその人望とカリスマで強い武力国家を作り上げ、魔王軍と正面から戦うつもりでいる。
だからこそ、魔王軍はこの王都イディアルシークを狙っている。
奴らはこの闘技大会で沢山の人を王都に呼び寄せる時に乗じて潜り込むことを企てていた。そして、運悪く、魔王軍に利用されてしまったのが、ネルソン選手という形になる。
「だからボク達は、彼の暴走を止めるためにも、
一刻も早く魔王軍の刺客を見つけ出さなければなりません。ですが、下手に闘技大会を中止するわけにはいかない。
もし、中止してしまえば、魔王軍は、自分達の襲撃が予見されたことに気付いて、もしかしたら民間人を巻き込んで殺りくを行うかもしれませんから」
「……もし、そうなったら最悪だな」
「はい。ボク達にとっても、最悪の事態になりかねません」
だからボク達は意図的に、魔王軍に襲わせるチャンスを作り上げる。
それは、明日の準決勝の時だ。
その時は、陛下が壇上から降りてきて、
準決勝まで残った選手と直々に言葉を交わし激励する儀式がある。
同時に準決勝まで残った勇者のボクと実況のサクラちゃん。
王都で最強の存在であるカレンさんと団長が固まった状態で揃踏みになる。
そして、洗脳されたネルソン選手も準決勝まで勝ち進むだろう。魔王軍にとっては、最も厄介な存在であるボク達をネルソン選手を利用して一掃できるチャンスだと考える。
ボク達はあえて魔王軍を呼び寄せる。
そして、逆にこちらが魔王軍に罠に仕掛ける。ボク達の狙い通り、魔王軍が釣れたなら、今度はボク達がその魔王軍と直接戦いを繰り広げて撃破する。
勿論、その状況になった場合、陛下や民間人に危険が及ぶ可能性もある。
だから、ウィンドさんもその辺の対策は練ってあるらしい。
ボクも全部把握してるわけじゃないから細かいことは分からない。
逆に言えば、確実にその状況を作るために、ボク達は必ず準決勝まで勝ち上がる必要がある。当然、八百長などしてしまえば、その目論見が魔王軍にバレてしまう可能性があるからそれは出来ない。
しかし、それまでに何も出来ないわけじゃない。
明らかに怪しいネルソン選手は手を出すことは出来ないが、まだ表沙汰に出ていない魔王軍の関係者を今の間に把握しておくことが大事だ。
だからこそ、エミリアや姉さん、それにレベッカは、動きが見張られてる可能性が高いボク達に代わって情報収集をしているわけだ。
「……つまり、俺とレイ、俺たちは」
「ええ……今は、この闘技大会に勝ちあがることが最重要って事になります」
団長は、ボクの言葉を聞いて頭を掻く。
「はぁ……。何が何やらって感じだが、分かったぜ。
――ネルソンの方だが、奴の周囲は俺の部下にバレない程度に探らせておく。お前たちは?」
団長の質問に、エミリアは答えた。
「私達は、今は、観客の中に魔王軍の関係者が居ないかを探っています。今のところそれらしい人物は見当たりませんが、万一私達の行動まで筒抜けだと困りますからね」
「なるほどな……だが、他の参加者はどうする?
ネルソン以外にも、魔王軍の配下が紛れ込んでる可能性もあるんだろ?」
「それに関しては、私が何とかするわ」
団長の質問に、姉さんが応える。
「ベルフラウさんが!? いや、しかし……」
団長は、彼女に危険が及ぶことを懸念しているようだ。
「大丈夫よ。私のことは心配しないで。
私は多分この後、敗退することになるから、敵の目から逃れやすい立場になる。あとは、私は選手さん達に、回復魔法で怪我の治療するという名目で、彼らに接触が可能になるはずよ」
「で、ですが……」
それでも、万一魔王軍の配下と接触した時の事を心配してるのだろう。
「大丈夫……私、これでも悪い魔物の気配とか、邪悪な存在に対しての感覚は皆よりは過敏なの。だから、いざとなれば逃げられる」
姉さんは元女神だ。
元より、邪悪な存在に対しての感知能力が高い。
「……分かった。お前たちを信じる。
……あんまりお前らと接触すると奴らにばれる可能性があるからな。俺はそろそろ行く」
と、言いながら、団長は去っていった。
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