第352話 脳筋相手に力で挑む姫様


 そして、次の日―――


「さぁ、お待たせしました!! 二回戦を開始しますよぉぉ!!!!」


「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおぅ!!!」」」」


 実況のサクラちゃんの宣言と共に、観客たちが歓声を上げる。

 その盛り上がりは最高潮に達しており、会場全体が熱気に満ち溢れていた。


「さぁ、選手の皆さんっ!! 今日は昨日を超える、熱く、血が滾るような戦いを期待しておりますぅぅ!!!!

 今日も、陛下と、カレン先輩と三人で実況しますよぉぉぉぉ!! 皆さん、付いてきてくださいねぇぇぇ!!!」


「「「「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」

 今度は一部の選手と、既に敗退した参加者たちが何故か盛り上がり始める。

 気合いが入ってるのはいいんだけど、無駄に暑苦しい……。グラン陛下とカレンさんは実況席のサクラちゃんの後ろで、そのテンションに苦笑いをしている。


「っていうか、何かサクラちゃん無駄にテンション高いね……」

 ボク達は苦笑しながら、コロシアムの前に集合する。


「彼女、そういうノリが好きなのかしら……」

「ふむ、サクラ様は格闘技も習得なさってるご様子ですし、このような戦いが好きなのやもしれません」

 レベッカはサクラちゃんの性格を踏まえて考察する。


「それでは、早速行きましょうぅぅ!! まずは二回戦、第一試合!!」

 出てきたのは、ハンマーを持った身長2メートルを超える大男だった。


「彼は『粉砕機』の異名を持つ男!! ジェイソン・ブレイカー選手!!! 圧倒的なパワーとタフネスが売りの戦士ですぅぅ!!」


「おうよ! 俺様に掛かかれば、どんな奴もぶっ壊してやるぜぇぇぇ!!!」


 大男が紹介と共に、コロシアムに大きな足音を立てて上っていく。


 そして彼がコロシアムの中央に陣取ると、両手に持った巨大なハンマーを振り回し、観客にパフォーマンスを繰り広げる。


「おおー、すげえ馬鹿力だ……」

「こいつは意外と行けるかもな……!!」


 その圧倒的な迫力に、観客席も大いに盛り上がる。


「うわー………」

 色んな意味で戦いたくない相手だ……。


「対するは『鋼鉄姫』の異名を持つ、サクライ・レイ選手!!!!」

「えぇ……そっちの異名で呼ぶの……?」


 せめて、『お姫様』にしてほしかった。

 しかし、ボクの心情とは真逆に観客は大いに沸き立つ。


「レイ、頑張ってくださいね」

「レイ様、お気を付けて」

「レイちゃん、負けたらだめだよっ」


 三人に見送られつつ、ボクはため息を吐きながらコロシアムに上がる。


 事前にトーナメント表で対戦相手を把握していたので一回戦の時のように、最初に戦うことに対する驚きはない。


 コロシアムに上がると、ジェイソン選手が話しかけてきた。


「よぉ! お前が噂のルーキーか?

 銃を喰らっても平気そうにしてたって聞いたぜ!!」


「はい、ジェイソンさんも、凄い異名ですね。粉砕機って……」


「ハッハァ!! そうだとも、『粉砕機』のジェイソン・ブレイカーだ!! さぁ、どっからでもかかってきな!!」


 テンション差がヤバい。

 さっきのパフォーマンスのせいで、彼のテンションも有頂天のようだ。


「さて、この二人、見た目も性別もまるで対極ですが、どのような試合を見せてくれるのでしょうか!! 二回戦、第一試合、始めっ!!!!」


 そして、サクラちゃんの声と共に、開始のゴングが鳴る。


「オラアァッ!!」

 試合開始と同時に、相手が突っ込んできた。


「(まぁ、当然突っ込んでくるよね)」

 最初に15メートルの距離も離れている状態なのだ。

 接近戦を得意とする選手ならば最初の行動は接近一択。

 だからこそ初動で魔法を放てるというのは大きなメリットと言える。


「炎よ、敵を狙い撃て―――!!」

 ボクは剣を構えて、そのままジェイソン選手に魔法を解き放つ。


 使用する魔法は、お馴染みの火球の魔法。

 ただし、今回は威力を分散させて数で勝負だ。ボクは、火球の魔法を同時に3発繰り出し、それぞれ、正面、左側面、右側面を狙い撃つように同時発射させる。


「うおっ!?」

 ジェイソン選手は、弧を描くように飛んでくる火球に驚きながらも、ハンマーを正面に差し出し両手で構える。そして、彼はとんでもない行動に出た。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 回転乱舞!!!」

 なんと、ジェイソン選手は、

 ハンマー投げの要領で全身を横に回転させハンマーを振り回す。


 遠心力を利用しているのか、

 まるでコマのように回転し続けるジェイソン選手だが―――


「え、うそっ」

 なんと、ジェイソン選手に飛んでいった火球が彼のハンマーに当たると、

 あらぬ方向に弾かれて3発とも防がれてしまった。


「へっ、これくらいの攻撃なら問題ねえなぁ!!」

「いや、普通あんなのできないでしょ……」


 更に攻撃魔法を連発するが同じように全て弾かれてしまう。

 見た目は滑稽だが、確かにこの程度の攻撃では通じないようだ。


 そして、これだけ高速回転したにも関わらず、彼は目を回すような無様な事にはなっていない。彼は、ハンマーを地面に置き、観客にアピールする様に叫ぶ。


「俺様はよ、戦いにおいて一つの悟りを開いた!!!!」


 失礼だが見た目に反して、悟りがどうの言い出したジェイソン選手に、

 観客と実況のサクラちゃんが唖然とする。


「え、えっと、ジェイソン選手さん? それは一体?」

 サクラちゃんは、一応、仕事と言うことで、マイクで彼の相槌を撃つ。


 そして、彼は言った。

「それは、力だ!!! 力は全てを解決する!!!!!

 物理攻撃だろうが、魔法攻撃だろうが、弓だろうが、銃だろうが!!!

 結局、俺様のパワー一つで全て解決だ!! 今のようになぁぁぁ!!!」


 そう言って、ハンマーを手に取り、ジェイソン選手が構えを取る。


 彼のトンデモ理論に唖然としてると、一人が大笑いし始めた。


「ふははははははははっ!!!!!」

 大笑いし始めたのは、実況席に座っているグラン陛下だった。


「へ、陛下……?」

 横に座っていたカレンさんが、突然爆笑し始めた陛下に困惑する。

 陛下は、胸を抑えて笑いを堪えながら、何とか言葉を出す。


「くくくく………いやはや、ここまで極端なパワー主義者も珍しい。

 ああ、そうとも。どれだけ単純な理論だとしても、究極まで至ったパワーは誰にも馬鹿に出来るものでは無い。彼は、中々の逸材だよ。カレン君、サクラ君……ふふっ」


 陛下の言葉を聞いて、今度は観客達も笑い出す。


「ぷはっ」

「はははははっ!!」

「流石陛下、懐が深い!!!」


 観客も、彼の単純さを面白がっているようでもあったが、

 陛下の言葉に感銘を受けるような意見も少数見られた。


「(なに、このカオスな空間……)」

 何だかよく分からないけど、妙な空気になってしまった。


「(でも、陛下があんなに笑いだすなんて……)」

 よほど、ジェイソン選手の言葉が面白かったのだろう。


 ジェイソン選手は、周囲の反応に気をよくして、更にテンションを上げる。


「さぁ、さっきの続きだぜ!!!」

 彼の言葉に、観客席は大いに盛り上がる。

 コロシアムの雰囲気は完全に彼に持っていかれてしまったようだ。


「あはは……」

 ボクは乾いたような笑いを浮かべる。

 確かに、ここまで堂々と宣言されてしまっては、

 ボクも困惑よりも笑うしかなくなってしまう。


「いくぜええええええええ!!!」

 ジェイソン選手はハンマーを構えてこちらに全力で駆けてくる。

 とはいえ、彼自身もハンマーも相当な重量だ。

 襲ってくる威圧感こそあるが、その歩みは遅い。


「そっか、パワーか……」

 ある意味、彼には感心した。


 今までの戦いは頭を使ったチーム戦、連携前提のパーティ戦、そして互いの動きの読み合いを重視した戦いばかりだった。だからボクも、魔法の撃ち方や、相手の隙を突いたりだとか、細かい技術を主体にして戦うようにしていた。


 しかし、ここにきて、真正面からの力押し。

 これは、完全に予想外だ。


「(でも、面白い)」

 これはボクの本音だ。

 そして、ボクは彼に敬意を持って、迎え撃つことにした。


 ボクは聖剣を両手に持ち、詠唱を開始する。


「地獄の業火よ、我が呼びかけに応え、現世へと来たれ――」


 詠唱開始と同時に、ボクのマナが魔力に変換されていく。その魔力はボクと周囲を包み込み、熱波となってコロシアム全体を覆っていく。


 ジェイソン選手はあまりの熱さにその足を止める。


「うぉ……なんて熱さだ……燃えてきたぜぇぇぇ!!」

 その熱さすら乗り越える彼に驚くが、ボクは引き続き詠唱する。


「目前の、勇敢なる戦士に、応えるべく、

 ボクはここに自身の魔力をこの魔法ほのおに捧ぐ―――!!!」


 そして、詠唱が完了すると、

 ボクの両手に持つ聖剣の刃が紅蓮の炎に包まれていた。

 その炎は火柱を上げてボクの周囲を包み込む。


 それを見て、観客は騒然となる。


「な、なんだ、あれ―――?」


「あんな魔法、見たことねぇぞ!?」


「強化魔法? いや、付与の魔法か、……違う、どっちもあんなことは出来ないはず……!!」


 ボクの使用する<魔法剣>は、まだ確立されてない技術とエミリアに聞いている。実際、戦闘のエキスパートであるカレンさんにも、この魔法剣を初めて見せた時にはとても驚かれた。


「レイ様、まさか……」

「まさか、こんな相手に本気出すとは……」

 観客席から見学していたエミリアとレベッカは呆れたような声を出す。


 そして、実況の方はというと……。


「レイ選手、これは凄い!!

 まさかの剣と魔法を融合させて、炎を纏う剣と化している!!

 一体、どれほどの威力があるというのかっ―――!!!」


 サクラちゃんは楽しそうに実況している。

 そもそも、彼女はボクの魔法剣の事を知っている。

 彼女が驚いて見せているのは盛り上げるための演技だろう。


 その背後で、陛下とカレンさんが話す。


「―――なるほど、あれがキミの報告にあった<魔法剣>か」


「ええ、陛下。あれをどう見ますか?」


「ふむ、稀に起こる偶然として、あのような現象が起こることは過去にあった。しかし、あれほど完全に制御していた事例は無い。なるほど、彼女はどうやら相当レアケースの存在らしい」


「はい、私もそう考えています」


「それにしても、ようやく本気を出してくれたか。

 私が現役の頃を思い出す。あのように派手な戦いは私が好むところだった。

 ――ふふ、年甲斐もなく、胸が躍ってしまうよ……」

 

 陛下は、見た目は少年のような姿だというのに、

 まるで歴戦の強者のような言葉を呟き、不敵に笑った。


 そして、コロシアムで戦うボク達は――


「お、お前、……俺様のパワーでもそんな事出来ねえぞ!!!」


 いや、あなたは魔法を使わないからでしょ。

 と、心で突っ込みたくなったが、それはそれとして。


「ジェイソンさん、あなたの言葉、

 周りが笑おうが、その言葉に一つの信念を感じました。

 ボクはあなたを尊敬します。だからこそ――」


 ボクは、完成した上級獄炎魔法インフェルノの魔力を、

 全て聖剣に注ぎ込んで、両手で剣を構える。


「――だからこそ、本気の攻撃で貴方に挑みます」


 そして、ボクの聖剣から途轍もない熱量の炎が噴き出す。

 あまりの熱さに二酸化炭素すら蒸発しそうな勢いだ。


「こ、これが、あの『鋼鉄姫』の本気なのか……」

「凄まじい魔力……そして、それを剣に取り込むとは……」


 観客達は、ボク達二人の戦いから目を離せなくなる。


 一方、ジェイソン選手は……。


「うおおおおおおおおお!!! 上等ぉぉぉぉぉ!!! なら、俺様も全力で行かせてもらうぜぇぇぇぇ!!!」

 彼はそう叫ぶと、彼は再びハンマーを構える。そして―――――


「ひっさーつ!!!! 波動粉砕撃!!!!!」


 ――そう叫びながら、彼はハンマーを地面に叩き落とす。


 そこから、どういう原理か。

 凄まじい極太の赤い波動が迸り、ボクに向かって解き放たれる。


 それに対して、ボクは聖剣を構えて――


魔力解放バーストクリティカル炎の暴発エクスプロード

 ――剣を振りかぶると同時に、紅蓮の炎が赤の波動に向かっていく。


 そして、彼とボクの攻撃が同時にぶつかり合う。

 互いの全力の攻撃に、コロシアム全体が振動する。


「ぬぉぉぉ!!」

「―――っ!!」


 互いに押し合いになるが、少しずつ形勢が傾いていく。ジェイソン選手は、ハンマーから放出される波動砲によってボクの炎を抑え込もうとするが徐々にその波動が炎によってかき消されていく。


 そして、次第に、彼のハンマーは灼熱の炎に呑まれていく。


「こ、こ、この、俺様が、女に、力負けする、だと……!!!」


 その言葉を最後に、ボクの魔法剣が彼のハンマーの威力を完全に凌駕し、

 ジェイソン選手を中心に大爆発を引き起こす。


 ―――ドガァアアン!!!!


 という轟音と共に、コロシアム全体が大きく揺れる。


「うわぁ!!」

「きゃあ!!」


 観客席からも悲鳴が上がる中、ボクは聖剣を鞘に納める。そして、コロシアムの緊急措置が作動し、解き放たれた炎の攻撃がシステムによって無力化される。


 全てが終わった時、ジェイソン選手はその場に倒れていた。


「お、俺様が負けるなんて……がくっ」

 ジェイソン選手は、最後にそれだけ言って、気絶した。


「ジェイソン選手、戦闘不能!!勝者は、サクライ・レイ選手です!!」


 実況が勝敗を告げると、

 観客席からは拍手喝采が巻き起こったのだった。


 ◆


 当然だが、コロシアムの緊急措置によって彼は無事だった。身体に火傷こそ負っているものの、その後、ボクは彼が運ばれた救護室に赴き、回復魔法で癒してあげた。


 その後、彼との戦いを互いに褒め称え、ボクは観客席に戻った。

 そして、ボクの仲間達から一言ずつコメントを貰った。


「レイくん、やりすぎ」

「レイ様、まるで炎神のようでした。素敵でございます」

「……いや、なんであんな大男に本気出してるんですか」


 三人の言葉を受けてボクは言った。


「雰囲気に流されました」


 そう言うと、皆呆れ顔になったのであった。


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