第351話 道案内

 カレンさんの伝言に従って、

 僕は一人で夜の王立図書館を訪れていた。


「といってもなぁ……」

 王立図書館は既にランプの明かりも消えており、正門も閉まっていた。


 正門以外は三メートルほどの高い塀に覆われていた。塀に引っかかるような箇所も無く、普通の人ならまず飛び越えられないだろう。


「何処か、入れる場所は……」

 周囲を見渡す。まず、近くに人は居ないようだ。


 さっき、普通の人では無理と言ったけど、

 一応、その気になれば、塀を飛び越えて中に入ることは出来る。

 だけど、まずは何処か空いている場所が無いか調べてみる。


 僕が図書館の周囲を見回っていると――


「にゃーん」「?」

 足元を見ると、猫が擦り寄ってきた。

 可愛らしい黒猫だった。


「野良猫? それとも、何処かで飼われてる猫かな?」

 僕は猫の頭を撫でてもう一度周囲に人がいないか伺う。


 しかし、やっぱり周囲に人影はない。

 飼い主が近くに居るというわけでは無さそう。

 

「にゃん♪」

「あっ……!!」

 黒猫は、僕の手を振り払うと、僕を足場にジャンプをして、

 そのまま塀を飛び越えて、王立図書館の敷地内に入っていってしまった。


「だ、駄目だよっ」

 もしかしたら飼い主がこの猫を探しているかもしれない。

 そう思い、僕も黒猫を追って塀を飛び越える。


 反対側に飛び降りると、

 黒猫が図書館の窓まで走っていくところだった。


「ま、待って……!!」

 ボクもその後を追いかける。


 しかし、偶然なのか、図書館の一部の窓の鍵が掛かっていなかったようで、

 黒猫は窓を前脚で器用に開けて、中に入ってしまった。


「うぅ……仕方ないか……怒られるだろうな……」

 諦めて、窓の外から中の様子を伺うが、当然真っ暗で何も見えない。


「にゃあ~」

 すると、室内から鳴き声が聞こえてきた。


「……ごめんなさい、失礼します」

 僕は小さな声で謝って、窓から図書館の内部に入った。


 図書館の中は静まり返っており、ランプの光も既に消えていた。



「誰も居ないのかな……」

 僕は誰に語るわけでもなく独り言を呟く。


「―――にゃー」

 遠くから猫の声が聞こえる。

 どうやら図書館の奥まで入っていってしまったようだ。

 僕は入ってきた窓を閉め念の為鍵を掛けて、

 猫の声のする方向へ向かう。


 周囲は真っ暗だったので点火ライトの魔法で明かりを付ける。


 そして、時々聞こえる猫の声を頼りに、図書館の奥に進む。


「ここは……」

 声を追って進むと、以前ウィンドさんと訪れた小部屋に辿り着いた。

 黒猫の声はこの部屋の中から聞こえる。


「鍵は……」

 ドアノブを握ると、抵抗なくそのまま開いてしまった。

 僕は部屋の中に入ると、ようやく黒猫を見つけることが出来た。


「やっと、見つけた……駄目だよ、勝手に入っちゃあ」


 僕はホッと息を吐いて、猫を抱きしめて出ようとするが、猫はスルッと僕の手をすり抜ける。そして、本棚に突進し、その拍子で、いくつかの本が床に転がってしまった。


「あ、こらっ!」

 僕は猫を捕まえようとするのだが、

 猫は再び本棚に突進し、その拍子で―――


 ―――ゴゴゴゴ……


「えっ、まさか……」

 偶然か、たまたま図書館の隠されたギミックが作動し、地下への階段が出現してしまう。そして、黒猫はその階段を降りていってしまった。


「(なんだろう、何かおかしいような……)」

 まるで、あの黒猫は、僕を導いているような……?

 そんな根拠のない考えが浮かんだが、とにかく今は猫の後を追うしかないと思い、僕は地下室へと続く階段を下りていく。


 すると――


「あれは……」

 地下にある司書の部屋まで行きつくと、

 そこに黒猫がベッドに大人しく座っていた。


 しかし、それ以外にも人影があった。


「……誰?」

 その姿は何処かで見覚えがあった。

 でも、カレンさんでも、図書館の司書のウィンドさんでもない。

 

 僕の知り合いの誰でも無い。


「―――」

 その人物は、こちらを振り向く。

 そして、僕の点火ライトの明かりでその姿を捉えることが出来た。が―――


「……え」

 その人物は『僕』と瓜二つの姿をしていた。

 いや、正確には僕が『女性』に変身していた時の姿と全く同じだった。


「―――」

 『僕』は無言のまま立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。

 その手には、いつの間にか短剣が握られていた。


「な、何を……」

 僕は咄嗟に剣を構える。

 しかし、『僕』はそのまま短剣を僕に振りかぶる。


「うわっ!?」

 それを何とか避けると――――


「あっ」

 なんと、『僕』は振りかぶった勢いでそのまま床にぶっ倒れた。


「ど、どういうこと?」

 僕は目の前で起きた現象に困惑する。

 しかし、『僕』が起き上がる気配は無い。


「……死んでないよね」

 僕は恐る恐る、倒れている『僕』に近づく。

 そして、脈を確認する為に首元に手を触れると――


 何故か煙のように体が消え去った。


「へっ!?」

 僕が動揺していると、ベッドの方から声が聞こえた。


「ふむ、やはり激しい動きは難しいみたいですね」

 その声に聞き覚えがあったので、僕はそちらに振り向くが―――


 そこには、さっきの黒猫しかいない。

 僕は黒猫に近付いて、その猫を抱きかかえる。


 そして、その猫の目をじっと見つめると―――


「離してください、動けません」


 猫が喋った。しかも、何度も聞いたことのある声だった。


「……もしかして」

 僕は、抱き抱えていた猫を床に降ろす。

 床に降ろされた猫は、少し僕から離れる。


 すると、猫の身体は光に包まれて人型へと姿を変えていった。

 その姿は、僕が知っている緑の魔道士さんの姿だった。


「……怪しいと思った。何やってるんですか、ウィンドさん」

 ウィンドさんは、意外そうに言った。


「おや、意外と驚かれていないようですね?」


「驚いてはいますけど……。

 ウィンドさん、前におっきいドラゴンに変化してましたし……」


 それを思うなら、黒猫に変身するくらい不思議じゃないだろう。


「(まぁ、黒猫がちょっと怪しいのは薄々気付いてたけど……)」


 どうみても、僕をここに誘うような動きをしてた。

 あの猫がウィンドさんが化けてここに誘導してたとするなら納得だ。

 カレンさんの伝言だけど、僕に用事があったのは彼女の方らしい。


「それで、一体何をしてたんです?」


「貴方をここに連れてくるための誘導と、ついでに【人形】の動作テストを兼ねさせてもらいました。

 どうやら、多少の動きは出来るようですが、短期間の開発では戦闘まで出来るほどでは無いようですね。今回の検証は後の参考にさせてもらいますよ」


「……はぁ」

 よく分からないけど【人形】というのは、さっきの『僕』の事だろう。

 今のは何かの実験だったらしい。


「その人形ってのは?」

「あなたが今見たものの事ですよ。

 これは、住民のデータを元にして、作り上げた自動人形オートマタ。しかし、外見だけは本物と差異が無い程度に再現することが出来たのですが、動作の部分はまだ不完全な部分がありますね。

 ……あと僅かな時間で、どこまで性能を引き上げられるか……」


 そう言うと、ウィンドさんはブツブツと考え事をし始めた。

 事情は分からないけど、近いうちに必要な物らしい。


「一体、何のために?」

 訊け、と言われてるような気がしたので、ウィンドさんに尋ねる。


 すると、ウィンドさんはこちらに向き直り、


「それを今から話します。ですが、その前に―――」


 ウィンドさんは、僕にグイッと近づいて言った。


「今から話す内容は、闘技大会……。

 いえ、この王都の存続が掛かっているほどの重要な話になります。

 ですので、今は静かに聞いてください」


「は、はい」

 僕は気圧されて返事をするが、

 ウィンドさんが真剣な表情で言うものだから、

 僕は余計に緊張してしまう。


「では、今から話します――――」


 それから、僕は一時間ほど時間を掛けて彼女の話を聞いていた。


「それでは、レイさん。この話は―――」

「分かりました。しっかり伝えます」


 話を全て聞いた僕は、王立図書館を出て宿に戻る。


 ◆


「あ、レイくん!? どこに行ってたの?」

 僕が部屋に戻ると、姉さんが駆け寄ってきた。


「ごめん、ちょっとね」

「もう、用事があるならちゃんとお姉ちゃんに言わなきゃだめだよ!

 お姉ちゃんってば、レイくんが危ない人に誘拐でもされちゃったかも!?

 って、気が気じゃなかったんだよ!!」


「いや、誘拐って……」

 そんな、子供が知らない人に付いて行くみたいに言われても。

 流石にそこまで子供じゃないよ。


「それより姉さん、ちょっと話があるんだけど」

「話?」


「うん、今から―――」


 僕は、一息入れてから、続きを話す。


「―――今から、エミリアとレベッカをこの部屋に呼んできてほしい。大事な話があるんだ」


 そして、その夜は更けていく。

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