第350話 不穏
その日の夕刻――
本戦後半の、一回戦無事突破出来たという事で、
皆でお祝いしたかったというのもあって僕達は王都のレストランに来ていた。
このレストランでは闘技大会一回戦の様子を映像として中継していたらしく、今はスクリーンによって、その過去の映像が投影されているようだ。
僕達以外にもその映像を見るために訪れたお客さんも多い。
「皆さん、飲み物をお持ちしましたよ」
僕達のテーブルに、飲み物を丁寧に置いていくリーサさん。
「ありがとうございます。リーサさん」
「ありがと~」
「お疲れ様です、リーサ様」
僕達はカレンさんのお付きのメイドさん、
リーサさんからグラスを受け取る。
「それじゃ、早速だけど、みんな1回戦突破おめでとうー」
そして、僕達はグラスを前に出す。
「かんぱーい!!」
「かんぱーい、でございます」
「乾杯です」
「かんぱい! みんな、お疲れ様♪」
僕達は全員のグラスをぶつけ合う。
そして、みんなで中に入っているジュースを飲み干す。
「美味しい!!」
「ホントね! さすがは高級店ね。奮発した甲斐があったわ」
王都のレストランだけあって、料理の質も飲み物も一級品だった。
ただし、王都は物価が高い分かなり割高だ。
なので後々に貰える闘技大会賞金を当てにしている。
「皆様、流石でございますね。
カレンお嬢様も全員無事に突破出来て喜んでいましたわ」
リーサさんは自分の事のように嬉しそうに祝ってくれた。
ちなみに、何故リーサさんがここにいるのかだけど、僕らはお祝いすることを決めた段階で、カレンさんとサクラちゃんも食事に誘ったのだ。
だけど、二人とも運営の仕事で忙しく、
『私達は行けないから、リーサが一緒に行ってあげて?』
とカレンさんが言ったので、代わりに彼女が同伴することになった。
今はこうして彼女が僕達の世話を焼いてくれてるわけだ。
そして、リーサさんを含めた五人で談笑しながら食事を楽しんでいた。
ちなみに僕はここに来る前に、男の姿に戻っている。
そして、それから少しして―――
『では、第一回戦を突破した選手たちの紹介と、
コメンテーターによる解説を行いたいと思います!』
レストラン内のスクリーンから女性の声が流れてきた。
試合のリプレイが終わった後はコメンテーターの番組が始まるらしい。
「おや、ようやく始まったようですね」
「もうそんな時間だったんだね。っていうか、これどうやって流してるの?」
現代のテレビみたいなことやってて普通に受け入れてしまってた。
僕の質問にリーサさんは、
「王都は魔法技術が進んでおりますから」と語った。
『それではコメンテーターのミミさん、今年もお願いします』
スクリーンの場面が切り替わり、白い背景の場面に移る。
そこには、白衣を着たケモノ耳を生やした小さな女の子が映っていた。
『解説者のミミなのだ。よろしくなのだ!!』
少女は元気よく挨拶をした。
「(なんかやたら特徴的な女の子が出てきたんですけどっ?)」
声にこそ出さないが、
思わずスクリーンに出てきた女の子の容姿に突っ込みたくなった。
「(あれ、何なの? ケモノ耳!? この世界に来て、獣人とかそんなの見たことないんだけど……?)」
僕が知らないだけで、この世界には獣人とかエルフとか、
そういう種族が実は居たりするのだろうか……。
『ミミさん、今日も付け耳可愛いですね』
『ありがとうなのだー!!!』
「いや、付け耳かよっ!!」
獣人とかそういうのじゃなかったらしい。このやり取りは事前に打ち合わせていたものなのか、司会の女性は慣れている感じだった。
「(うぅ、なんなんだこのノリは……)」
『それではミミさん、一回戦を勝ち抜いた選手たちの紹介をお願いします』
『わかったのだー!!』
ミミと呼ばれた少女はちっちゃい手を上に伸ばして返事をする。
彼女は、背丈が小さいのに、大人の白衣服を着ているせいで、袖が余っており指先すら見えず、袖が垂れ下がっていた。所謂、萌え袖というやつだ。
色々突っ込みたい事ばっかりだったけど、
スクリーンの彼女はスラスラと選手達の簡単な紹介をしていく。
そして、ミミちゃんの紹介が終わったところで司会の人が話す。
『この16名が今回の一回戦を勝ち抜いた強豪というわけですね』
『なのだー!! そして、こっからがミミちゃんの優勝予想なのだー!!!
視聴者のみんなー! 耳の穴をかっぽじってよく聞くのだー!!』
「え、まだ続くの? もういいよね?」
そろそろこのノリに付いていけなくなってきた。しかし、既に収録した映像に僕の声が聞こえるわけもなく、話はそのまま続いていく。
『ではまずはこの人なのだー!! 自由騎士団団長にして、前大会の覇者!! アルフォンス・フリーダム選手!!!』
ミミちゃんが名前を挙げると、彼女の後ろの背景が切り替わり、アルフォンス団長の試合風景が映し出される。
『おお、流石、去年の戦いの優勝者!!
今年もやはりこの人が優勝なのでしょうか!?』
コメンテーターと話している司会の人は、やや興奮気味に話す。
『アルフォンス選手は、その大きな大剣と豪快な剣技、
そしてそのタフネスで順調に勝ち進んでいるのだ!!! これは期待できるのだー!!』
ミミちゃんは手を大きく広げて、
まるで観客にアピールするように叫ぶ。
『さて、次はこの人なのだー!!!』
ミミちゃんがそう言うと、また場面が切り替わる。
今度は、とんがり帽子の少女の姿が映し出される。
『予選をまるで災害のように荒らしまくった魔法少女!!
エミリア・カトレットちゃんなのだー!!』
「ぶふっ!!」
サラダを頬張っていたエミリアが、盛大に噴き出した。
「エミリア様、慌てて食べてはいけませんよ」
レベッカはエミリアの隣に歩いてきて、彼女にナプキンを渡す。
「げほ、げほ、……あ、ありがとうございます」
エミリアは、レベッカからナプキンを受け取り服に付いたソースを拭く。
そんなことをしてる間にも、映像は進んでいく。
『エミリア・カトレット……。
確かこの少女は、インタビューで強気な発言をしていた選手ですよね?』
『なのだー!! でも、強気なコメントに相応しい強さなのだ!!!
エミリアちゃんは、予選で自分のチームの仲間を巻き込みながら、立ちはだかる敵チームを全て焼き払っていたのだー!!
その様子は、正に災害!! なんならこの女の子が、これから誕生する魔王じゃないかとか噂されてるのだー!!』
「……いや、そんな噂初めて聞いたんですけど」
エミリアは呆れながら呟いた。
「(そういえば、エミリアは仲間を巻き込んでたのに全然気付いてなかったね……)」
僕達は、苦笑しながらスクリーンの映像を見続ける。
『魔王とは、また……凄い噂ですね』
『でも、ぶっちゃけこの子が魔王になったらマジで世界が焦土になりそうで、ミミちゃんも怖いのだー』
「いや、誰が魔王ですかっっ!!」
思わず、エミリアが突っ込んだ。
『しかも、このエミリアちゃん。本戦1回戦を最速の30秒で終わらせちゃったのだー!! その強さは疑いようもなし!!!
今のところ、ミミちゃんはこの子が一番優勝に近いんじゃないかと思ってたりするのだー!!』
ミミちゃんは両手を広げながら天に向かって笑顔で叫んだ。
『なるほど、では次の選手の話をお願いします』
『分かったのだー!! では次はこの子なのだー!!』
再び、後ろの映像が切り替わる。そこには僕の姿が映し出されていた。
『この子も優勝候補なのだー!!
サクライ・レイ選手!! ファンの人達からは「お姫様」とか「レイお嬢さま」とか愛称が付いているのだー。あと、「
「その愛称はなんなのさ!!!」
僕はテーブルから立ち上がり思いっきり叫んだ。そのせいで周囲に注目されてしまい、僕は大人しく座って恥ずかしさで顔を伏せる。
『…………なんか、この子は色々苦労しそうな気がします』
『なのだー!! ミミちゃんもそう思うのだー!!
でも、この子の実力も確かなのだ!! 何せ、予選では去年のベスト4の選手を退け、パーティ戦ではさっき名前を出したアルフォンス選手に勝利しているのだ!!』
『ああ、それは私も見ていました。
ですが、お互い様子見といった感じの雰囲気でしたが?』
『なのだ!! つまり、この子もまだ実力は未知数なのだ!!
これからの活躍次第で、優勝候補筆頭に上り詰める可能性もあるのだ!』
『それはすごい!』
司会の人が相槌を打つ。
『ただ、この子、色々と噂があるのだ』
『噂?』
『どういうわけかこの子は女装疑惑があって、
実は男の子じゃないか? と噂されているのだ!!』
その言葉を聞いて、思わず僕は立ち上がる。
「ちょっ、な、なんでバレて―――!!!」
思わず大声を出してしまいそうになったところを、姉さんに口を塞がれる。
「れ、レイくん、駄目だって! 今叫んだら、本当にバレちゃう!!」
「んぐぅ……!!」
僕は、なんとか言おうとした言葉を飲み込む。
『何故、男の子だと?』
『この子とよく似た男の子を見たという噂があったりするのだ!!
それと、さっき名前に出た、アルフォンス選手が「この女装野郎!!」と叫んでたところを他の参加者が聞いていたらしいのだ!!』
あの時、周りに聞こえていたのか……!!
くそぉ、迂闊だった……!!
『なるほど、確かにこれは気になる情報ですね。追求したいところですが、尺が足りなくなりそうなので次の選手の紹介をお願いします』
『あいあいさー、なのだ!! 次はこの子なのだ!!
今大会、最年少の美少女戦士、レベッカちゃんなのだー!!』
再び背景の映像が切り替わり、今度はレベッカの姿が映し出される。
『おお、この子、可愛いですね……!!』
『そうなのだ!! さっきのレイ選手推しのお客さんも多いけど、この子も負けず劣らず人気なのだ!!
予選では槍を持ってフィールドを駆け回って無双しまくり、それ以降も外見に見合わない圧倒的な強さで大活躍しているのだー』
『び、びしょうじょ、せんし……れ、レベッカはそんな……』
レベッカは顔を赤らめて、俯く。かわいい。
『続いていくのだー!! 次はこの人なのだ!!
天然ゆるふわお姉さんの、サクライ・ベルフラウ選手!!』
再び、背景が切り替わり、今度は姉さんの姿が映し出された。
「あらあら、ゆるふわお姉さんだなんて……うふふ」
姉さんは今の紹介が気に入ったのか、頬に手を当てながら嬉しそうに微笑む。
『ちなみに、この人は二つ前の映像で映っていた子の母親なのだー!!』
『あ、確かに『サクライ』でネームが一緒ですね。
何故か、ファミリーネームが逆ですけど……』
「は、母親!? 私、そんな歳じゃないよ!?」
姉さんは、とんでもない誤解に抗議したかったのか、スクリーンの前まで走っていく。だけど残念、これ録画された映像なんだよね。
『そして、次が最後の一人なのだー!!!』
と、ミミちゃんが叫ぶと、背景の映像が移り変わる。
そこには―――
「……ん? 誰ですか、この人?」
「他の選手の方……でしょうか?」
エミリアとレベッカは怪訝な表情をして、スクリーンを視聴する。
「この人は……」
僕は、この人物を知っている。確か、予選で戦った―――
『最後の一人は、ネルソン・ダーク選手!!!
去年の闘技大会でベスト4だった実力者なのだー!!』
『ほう、この人もなかなか強い方ですよね。
……しかし、予選ではサクライ・レイ選手に敗れ去っていたような……』
司会者さんの言う通り、この人は僕と予選で戦って負けた人だ。
そのせいで、予選突破したにも関わらず、あまり話題になっていなかった。
『確かに、予選通過したものの、それ以降パッとしなかったのだ!!
だけどこの映像を見てほしいのだ!! 今から流すのは、チーム戦の後半で彼が戦っていた場面と、本戦一回戦の第八試合の映像なのだ!!』
ミミちゃんがそう言うと、再び背景が切り替わる。そこには……。
『これは……!!』
司会者さんが息を呑む。そこに映し出されてた映像は、対戦相手達を追い込むネルソン選手の姿だった。チーム戦だというのに、ネルソン選手は、対戦相手の四人を一人で相手にし、圧倒的な力の差を見せつけている。
『これは凄いですね……。
この人なら、間違いなく優勝できますよ……!!』
『確かに、これを見ると期待できるのだ!!
ただ、この人はちょっと問題があって、色々と謎が多いのだ!!』
『謎?』
『うん。次の映像を映すのだ。今度は本戦の一回戦、第八試合の映像なのだ』
再び背景が切り替わり、今度は本戦での一騎打ちの対決の様子だ。
そこでも彼は対戦相手を圧倒していた。
しかし、何か様子がおかしい。
『強い……ですが、何か、違和感が……』
『そうなのだ!! 彼は、『雷光のネルソン』という異名があって、雷の魔法を得意とする魔法戦士のはずなのだ!
だけど、さっき見せた映像といい、彼は雷魔法を使ってないのだ。代わりに使ってるのは……ここなのだ!!!』
ミミちゃんは、流れていた映像を一旦ストップさせ、コマ送りに進める。
その映像が、ある場面で止まる。
それは、ネルソン選手が対戦相手を強烈な勢いで剣で吹き飛ばした場面だった。
『ここでネルソン選手、見たことも無いような魔法を使っているのだ!!』
その映像は、彼の剣から何か不気味な影が飛び出し、対戦相手を襲う場面だった。
「これは……」
「確かに、私でも見たことの無い魔法ですね……」
映像を見ていると、何故かその光景に寒気がした。
「……レイ様、この技、本当に魔法なのでしょうか……。
わたくしの目には、まるでこれが魔物のような……」
レベッカは、その映像を見て、肩を震わせる。
「(確かに……これは、まるで……)」
その影は、以前、僕達が何度か遭遇した影の魔物によく似ていた。
『もしかして、ネルソン選手は新たな力に目覚めたとか?』
『今のところ分からないのだ!! だけど、これだけの強さなら、彼も十分優勝候補に挙がると思ったから、今回紹介させてもらったのだ!!』
『なるほど……おっと、どうやら時間のようですね。
それではミミさん、今日はありがとうございましたー!!』
『しーゆーなのだー!! 月夜の晩だけだと思うなよ、なのだー!!!』
そうして、ミミちゃんの紹介は終わった。
「……」
今のミミちゃんの意味不明な終わりの挨拶は置いといて、
結局、ネルソン選手のあの影の正体が掴めなかった。あれは一体……。
「レイくん?」「!」
姉さんに呼ばれて、僕は思考を中断する。
「なに?」
「ううん、レイくん。思いつめた顔をしてたから……それよりも、もう映像も終わったし、帰りましょう?」
「……そうだね」
僕は一旦考えを中断する。
そうして、僕達は帰り支度を整え、みんなで宿に戻った。
その際に―――
「レイ様」
皆が先に宿に入り、僕も後に続いて宿に入ろうとしたところで、
背後のリーサさんから声が掛かる。
「どうしました?」
「カレンお嬢様から伝言があります」
リーサさんは、真面目な表情で眼鏡をクイッと動かしながら言った。
「???」
僕は首を傾げる。
「今から一時間後、お一人で王立図書館に来てくれ、とのことです」
「それは構いませんが……。
でも、その時間ってもう図書館は閉館してるんじゃ……?」
僕は質問をする。
しかし、リーサさんは答えず、僕に会釈だけして去っていった。
「……」
僕はその背中を見送ると、ひとまず部屋に戻ることにした。
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