第787話 二人一組
―――二日後。
僕達は、再び闘技場に訪れていた。
「今日は人が少ないみたいだね」
僕は観客席の辺りを見渡しながら周囲にあまり人が居ない事を確認する。
「それで、エミリアちゃん。今日は何をするの?」
「ここ数日、基礎的な練習を反復してたので、そろそろルナに実戦を積んでもらおうかと」
「実戦?」
エミリアは、そう言うと腰から杖を取り出す。
「ええ、実戦です。主に私と戦ってもらいます」
「む、無理だよ……!」
「大丈夫ですよ。というかルナは魔物との戦いは何度か経験してるでしょう?」
「で、でもそれって弱い魔物ばっかりだし……いきなり、エミリアちゃんと戦っても勝てるわけないよぉ!」
ルナはいきなりの実戦に腰が引けているようだ。
「まぁまぁ、別に勝てとは言ってませんよ……ていうか、これで私が負けたら面目が立ちませんし……。ルナ一人じゃなくてレイと連携を取りながら私と勝負してもらいます。良いですよね、レイ?」
「構わないけど……それってつまり、僕とルナの二人掛かりでエミリアと戦うって事?」
僕は少し困惑する。いくらエミリアが強くても二対一だとどう考えても勝負にならないような……?
すると、エミリアは苦笑しながら言った。
「あ、言い忘れてました。私も一人じゃないですよ。……来るのが遅かったですね……レベッカ?」
「え?」
僕達が振り返ると、そこには槍を後ろに持ってニコニコとした表情で立っていた。
「レベッカ、いつから居たの?」
「申し訳ございません。エミリア様に頼まれていたのですが、少し朝食の片付けに手間取ってしまいまして……」
「あ、今日は手伝えなくてごめんね、レベッカちゃん」
ルナは普段姉さんの片付けの手伝いをしてくれるのだが、今日は朝から魔法の練習に励んでいたせいでレベッカに任せきりだったのだ。
「いえ、お気になさらないでくださしまし、ルナ様。というわけで今日はわたくしも参加させて頂きます。よろしくお願い致します」
レベッカは礼儀正しくお辞儀をして僕達の輪に加わってきた。
「ということで、今回はレイ&ルナ。そして、私エミリアとレベッカがペアを組んで戦います。怪我負わない様に手加減しますが、技術面では一切妥協なく仕掛けますので、二人とも覚悟してくださいね」
「了解、こっちも火力は抑えて戦うよ」
「私も頑張るね!」
ルナも僕と一緒ということで、少し自信が湧いてきたようだ。
「では、お互い少し離れた場所で作戦会議しましょう。10分くらいしたら闘技場の中央に来て下さいね」
「分かった」
僕が頷くとエミリアとレベッカは離れた場所に向かっていった。僕達も作戦が聞かれないように離れた観客席の椅子に座って話し合うことにした。
「……さて、じゃあ作戦会議ってことだけど……」
「……わ、わかんない……サクライくん、任せて良い?」
実戦経験の浅いルナに作戦を考えてもらうのも難しい、ここは僕がやるしかないだろう。
「……とりあえず二人の簡単な戦い方の傾向を考えてみよう。エミリアはルナと同じく完全な魔法使いタイプ、レベッカは基本槍を使った武装がメインだけど弓矢を使った遠距離や魔法攻撃も使える万能タイプって感じかな」
「万能タイプ?」
「端的に言えば、なんでもできるって事だよ。前衛、中衛、後衛、何処に居ても役割が持てるから作戦を立てる時に凄く助かるんだよね」
「それって、何をしてくるかわからないって事?」
「うん、そうだね」
「レベッカちゃん、あんなに小柄で私よりも年下なのに……」
「レベッカは狩猟を行う村の生まれだからね。その村は、昔から神様を信仰してた由緒ある場所らしくて、僕達が使うオーソドックスなものとは違う特殊な魔法も沢山使えるんだよ。正直、出会った頃はレベッカが強すぎてビックリしてたよ」
僕が初めて冒険者として依頼を受けた時の事を思い出す。最初はゴブリン相手に……その後に、採取任務の最中に遭遇した野生の魔獣と戦ったんだっけ。
ゴブリンの時は遠距離から弓を使って戦ってたエミリアだけど、槍を使っても強くて完全に僕の立つ瀬が無かった。
「えと……カレンさんとの決闘の時に実はそうなんじゃないかと思ってたけど……レベッカちゃんって凄く強いの?」
「滅茶苦茶強いよ。戦闘での勘も鋭いし、弱点と言えば回復魔法が使えないのと、本人の装甲が薄いから防御面に難があるくらいかな」
何せ、レベッカはあの薄布の白い装束と下穿きのみなのだ。
神様の加護とかで色々な能力は付与されているようだけど単純な防御力ではやはり鎧などと比べたら見劣りしてしまう。
だが、その分彼女の動きは非常に素早いため、逃げに徹すると倒すのは困難だろう。
「か、勝てるの?」
「……能力だけで考えるとレベッカを完封するのは不可能だと思う」
「う……」
僕の言葉を聞いてルナは頭を抱えた。
「……でも、それはあくまで能力面の話だよ。僕はレベッカと何度か手合わせしたことあるし、ある程度彼女の動きや技能は把握してる。ルナには抑えられないと思うからレベッカの事は僕に任せてほしい」
「……って事は、エミリアちゃんの相手は私?」
「主にそういう感じになると思う。勿論、手助けできるタイミングがあれば僕も援護するけど……」
あのレベッカ相手に隙を晒すとなるとこちらが危ない可能性がある。彼女を無力化するか、何らかの手段で動きを抑える必要があるだろう。
「む、無理……勝てるわけないよぉ……!」
「……まぁ、そう思うよね」
僕は苦笑いを浮かべて答える。単純な火力ではルナに軍配が上がるとはいえ、エミリアの強さはまだ魔法使い見習いのルナでは遠く及ばない。
「ルナはエミリアの強さは何だと思う?」
「私と同じ魔法使いだから……使ってくる魔法の種類とか、魔法の連射速度とか? 凄かったよね……」
「それもある」
「それも?」
「エミリアの厄介な点は他にもあって、例えば、エミリアが僕に向かって火球の魔法を唱えたとするよね?」
「うん」
「それを僕が剣で斬り放って凌いだとする。だけどエミリアは実は同時に別の魔法を放っていて、僕が火球の魔法を突破したとしても即座に空から氷の飛礫が飛んできて被弾する……。そう、エミリアの魔法はワンアクションだけじゃないんだよ。
複数の魔法を同時に詠唱して放つことが出来るマルチタスク能力、それらの魔法を僕達に気付かれない様に事前に設置することで、思いもしない攻撃を繰り出してくる」
「そんな……」
「だから、ルナがエミリアと戦うなら……正直勝機は薄いと思う」
「……うぅっ」
そこまで言ったところでルナが涙目になっているのに気が付いた。僕は慌ててフォローする。
「あ、ごめん……。ルナに全く勝ち目がないって事じゃないんだ。最初に言ったように、単純な火力ではルナの方が上だよ。だから、隙を見てエミリアに魔法の集中砲火を浴びせれば倒す事だって出来るかもしれない」
「で、出来るのかな……?」
「”魔法使い”としてのルナだとエミリアの足止めが精一杯だと思う。だけど、ルナがエミリアに正面から全力で立ち向かうのであれば、エミリアも搦め手の類は使わずに真っ向から受けてくれると思う」
「つ、つまり、精一杯頑張ってエミリアちゃんを釘付けにするって事?」
「そういう事、それだけじゃ勝ち目はないかもだけど、ルナが抑えてくれる間に僕がレベッカに勝てればそれで勝負が付くからね」
僕が頷くと、ルナは覚悟を決めたようにグッと拳を握りこんだ。
「わ、わかった……!私、頑張ってみる!」
「だけど、ルナには切り札があるよね? もし、厳しいと思ったらその手を使えば、もしかしたらそれで逆転の手立てがあるかも……」
「そ、その切り札って……?」
ルナはゴクリと唾をのみ込んで喉を鳴らす。切り札というよりルナの固有の能力なのだが、ルナは僕の言ったことを難しく考えてしまったか。
「(まぁここ最近魔法の訓練ばっかりだったからね)」
僕はエミリア達に聞かれない様に彼女の耳元で作戦を伝えるのだった。
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