第788話 何処からでも登場

 そして、作戦会議が終わった僕達は闘技場の中央へ向かう。すると既に準備を整えていたエミリアとレベッカが待機しており声を掛けられた。


「あ、来ましたね」


「お二人とも、準備が宜しいですか?」


 レベッカに質問され、僕達二人は頷く。


「さて、じゃあ早速勝負……と言いたいんですが、ここでゲストを紹介します」


「ん、レベッカ以外にまだ居たの?」


 僕は観客席の辺りを見渡してみるが、それらしい姿が見当たらない。


「んー、何処にも居ないような……?」


「あはは、別にここに来てるわけじゃないですよ……。ちょっと待ってくださいね、映像魔法を出力しますので」


 エミリアがそういうと杖を上に構えて、口元をボソボソと動かす。すると杖から観客席の方に長四角の形をした光が飛び交い、そこからスクリーンのように映像が投影される。


「映写完了です。二人共、この映像を見てくださいね」


「もはやテレビじゃん……」


「すご……魔法ってそんな事も出来るんだね、エミリアちゃん」


「簡単には出来ませんけどね。映像魔法は通信先の許可もないと成立しませんし……。ま、今はそれよりも映像に注目してください」


 エミリアに言われるがまま僕達はスクリーンを覗き込むと……そこには見知った人物が映っていた。


『はぁい、四人共、ちゃんと私の姿が見えてるかしら?』


 スクリーンの中から女性の音声が流れてくる。


「カレンさん!」


 そこには普段よりもラフな格好で椅子に座ってこっちを見て笑顔を向けているカレンさんの姿があった。周囲の風景を見る感じ、彼女の家に映像が届いているようだ。


『レイ君、こんにちはー。今度、予定が空いてる時に二人で遊びに行きましょうね~』


「あ、うん……その……あはは」


 相変わらずのカレンさんに僕は苦笑いをする。気持ちは嬉しいし返事したいところだけど今は答えられない。何せ後ろの女の子三人がもの凄い目でこっちを見ているのだから。


 エミリアはわざとらしく咳払いをして固い声でカレンさんに向かって言った。


「……こほん、カレン。そういう話をするためにアナタを呼んだわけじゃないですよ。自分の仕事を全うしてください」


『冗談よ、冗談。私は勝負の審判をすればいいのよね?』


「ええ、お願いしますよ」


 エミリアはカレンさんの映るスクリーンに向かってジト目で言った。


「エミリアちゃん、審判なんて必要なの?」


「自分達で判定しても良いんですが、中立的な視点で見れる人が居た方が良いと思いまして……。カレン、ルールは分かってますよね。レイ達にも説明してあげてください」


『自分で言えばいいのに……まぁいいわ。二人一組のペア戦で、それぞれエミリア&レベッカと、レイ君&ルナちゃんで組んで戦ってもらうわ。勝利条件は、相手ペアに参ったと言わせるか、ペアの内一人を撃破すれば勝利ね。

 あと、闘技場を公式試合モードにしておくわね。致命的な攻撃を受けても一度は大丈夫だけど、そうなった時は私の方で判定するわ』


「公式試合モード?」


 カレンさんの謎の用語に疑問を感じるルナ。


「結構前に、闘技大会っていう陛下主催の大会があってその時に使われてたんだけど、万一でも死者が出ないようにするための安全措置があるんだよ。カレンさんは主催者側の人間だったからその権限があるんだって」


「へー」


『まぁ、ルールはそれくらいね。あとは4人の準備が出来たら試合開始の合図を送るわ』


 カレンさんはそういうと、手をパンパンと叩く。


「では、そろそろ始めましょう」


「うん」


 僕達は頷き合い、互いに距離を取る。距離は10メートル強といったところで、僕達全員武器を取り出して構えの態勢に入る。


 そして―――


『―――準備は良いわね。それじゃあ、試合開始!』


 カレンさんの声が闘技場に響き渡ると同時に、僕達は動き出す。僕とルナは真っ先に前方に走り出すが、エミリアはその場に留まったまま杖を構え、意外にもレベッカは後ろに少し下がった。


「(まさか、レベッカが後衛? 意外だ……!)」


 普通に考えたら詠唱の必要とする魔法使いのエミリアが後衛として後ろに下がるものだが、エミリアはその場から一切動いておらず、スタート時に槍を構えていたレベッカは即座に武器を弓に切り替えている。


 対してこちらは明確で、僕が前衛、ルナが後衛だ。ルナが走り出したのはエミリアに近付いて魔法の射程に入れるのが目的だ。


 最初の作戦通り、僕の役割はレベッカを抑えることなのだが、最初はあえてレベッカをスルーして両方がエミリアの方に向かっていく。


「む、両方私の方に来るつもりですか? なら二人纏めて灰燼と化してあげましょう!!」


 エミリアはそう言いながら杖から複数の火球の飛礫を放ってくる。


 一つ一つの火球の大きさは50㎝程度と並程度の大きさでしかないが、その数が多すぎる。まるで弾幕ゲーのように飛礫が迫るので、僕は剣で斬り払いながら前に進み、ルナは自身も同種の魔法を使って相殺を試みる。


「このくらいなら、私にだって!」


 ルナは彼女には珍しく声を出して自身を鼓舞しながら魔法を連打する。


 ここ数日、エミリアと特訓を積んだことで以前よりも彼女の魔法の連射速度は驚くほど上がっていた。単純な威力ではエミリアの魔法を上回るため、エミリアの火球を次々に撃ち落として行く。


 僕はその間にもエミリアと距離を詰め続け……僕の剣が届きそうな範囲まで接近することに成功した。

 のだが……!


「サクライくん、上!!!」

「!!」


 ルナの声で即座に頭上を見ると、上から大量の矢が放たれており、それが僕目掛けて雨霰と降り注いでくる。


 流石に剣で凌ぎきれないと思った僕は、あえなくその場から離脱して距離を取る。


 エミリアの後方を見ると、離れた場所にレベッカが矢を構えて今度は真っすぐ僕目掛けて数発放ってくる。


「くっ!!」


 だが、反射神経が極限まで高まっている僕にその程度の射撃は通用しない。放たれて至近距離まで迫ってきた矢を即座に剣で弾き飛ばして、油断なく武器を構え直す。


「……参ったね、本当にエミリアが前衛でレベッカが後衛のサポートに回るなんて」


 普通、逆だろう。定石であるなら魔法使いのエミリアこそ後衛のサポートに回るべきだし、槍を扱えて防御向きのレベッカが前衛に回るべきだ。


 これは、効率を重視した陣形では無い。どちらかといえば、こちらの思惑を挫くように組まれた、攻撃と防御の連携だ。


「(とはいえ、レベッカの動きに注意さえすれば……)」


 如何にエミリアが魔法のエキスパートとはいえ、接近して剣で斬り掛かるより早く詠唱してこちらに攻撃を仕掛けるのは至難だ。

 

 レベッカの矢は厄介なものの多少の被弾覚悟で強引に攻め込めばエミリアは倒しきれる。エミリアはいざとなれば上空に逃げる手段はあるが、その場合はルナが即座に追撃するよう作戦を立てている。


 あくまでこの作戦はこちらの動揺を狙った作戦だ。冷静に対処すればそう難しい布陣ではない。


 が、ここに僕の油断があった。

 なんと、エミリアがそのまま距離を詰めてきたのだ。


「な!?」

「行きますよ、レイ!」


 エミリアは僕だけを見つめてこちらに氷の飛礫を飛ばして迫ってくる。無謀だ。いくら詠唱速度が早くても、接近戦が得意な僕相手に仕掛けてくるなんて!


 そもそも、僕の後方にはルナだって構えて―――


「って、ルナが居ない!?」


 チラリと後ろを見ると、いつの間にやらルナの姿が無くなっていた。


「そんな、なんで……!?」


 僕の動揺をついてエミリアが杖で鋭く突いてくる。僕はそれを剣で弾くが、同時にエミリアは空いている方の手で魔力弾を撃ち出す。


 だが、甘い。その程度であれば防御せずとも軽く手で弾いて、そのままエミリアの手を掴んで拘束すれば……!


 僕はそう思い、魔力弾を敢えて防御せずに強引にエミリアを押し倒すように肩に掴みかかった。のだが……。


 瞬間、まるでのれんに手を掛けたように手応えが無く、エミリアの姿がフッと消えてしまう。


「!? な……!?」


 僕はすぐ手を見るが、そこには何も残っておらず、エミリアは僕から離れた位置に出現する。


「幻惑魔法の応用です、こうやって使えば戦闘にだって活用できるんですよ……<上級氷魔法>コールドエンド!!」


 出現したと同時に、強力な氷魔法を解き放ってくるエミリア。


<上級獄炎魔法>インフェルノ!」


 僕はそれに対応するように反属性の魔法の準備を行い即座に無詠唱で放つ。氷と炎、両者の魔法がぶつかり合い、次第にこちらが押されていく。


「(……っ)」


 こちらが押されている理由は簡単。単純な攻撃魔法の威力では僕がエミリアに敵わないためだ。


 だが、これで良い。このまま押されてエミリアの魔法が被弾する直前に、僕は魔法を撃ちながら剣を上段に構えてエミリア目掛けて走り出す。


「かかった!!」


 それを見てニヤリと笑うエミリア。恐らく、僕が接近戦を仕掛けてくるのを読んでいたのだろう。だが――。


「そこだよ! <初級雷魔法>ライトニング!」


 エミリアの頭上から弱い雷魔法が落ちていく。エミリアは即座にそれをガードしてダメージを受けなかったものの、それは僕にとって十分隙だ。


 僕はそのまま接近して剣を構えてエミリアに接近し―――


「くっ……<飛翔>まいあがれ!」


 エミリアはたまらず上空に退避するのだが、その直後にあらぬ方向からエミリアに向かって大きな火球が飛んでくる。


「なぁっ、ルナ っ……!!」


 不意打ちを撃たれたエミリアは防ぎきれずにその火球に呑まれて吹き飛んでいく。


 実はさっきの雷魔法も、今の火球の魔法も全てルナが仕掛けたものだ。ルナは消失の魔法で姿を隠してジッと見ていたのだ。


 ちなみに、さっきのルナが居なくなって驚いたのは僕の演技だ。ルナはチャンスを見計らって僕を援護し、エミリアに大打撃を与えてくれた。


 だが、その直後―――


「―――っ!!」


 今度は僕ではなくルナに向かってレベッカの矢が放たれ、僕は即座に射線上に割り込んでそれを剣で防ぐ。


「あ、ありがと……!」


 ルナはビックリした表情を浮かべて僕にお礼を言う。僕は無言で頷いて、エミリアに追撃しようと動くのだが……。


「くっ!」


 再び、レベッカが遠く離れた場所から矢でルナを狙い撃ちしてくる。それを何度も防ぐが、レベッカが何度もルナを狙い撃ちするせいでエミリアに攻撃しに行く余裕が無い。


 ルナは魔法が使えるだけでレベッカの矢を回避する手段が限定されているため、レベッカがルナを狙う以上、僕が彼女を守るしかないのだ。


「レイ君、どうしよう……!」


「……ちょっとまずいな」


 僕はルナ目掛けて飛んでくるレベッカの矢を何度も弾きながら、頭の中で状況を整理する。


 エミリアはルナの攻撃を受けて吹き飛んでしまってまだ動いてこないが、審判役のカレンさんが終了宣言を出さない以上、彼女はまだ戦える状態だ。なので、時間を置いて戦線復帰する為に追撃を掛けたいところだが、僕が動こうとするとレベッカの攻撃でルナが倒されてしまう可能性が高い。


「(レベッカを後衛にしたのはこれが理由か……!)」


 弓による射撃は魔法よりも更に射程が長い攻撃だ。レベッカであれば威力に目を瞑れば最大射程で1.5キロの攻撃を仕掛けることが出来る。


 対して、攻撃魔法の射程は攻撃範囲こそ広いが、高台から開けた場所に爆撃するなどの特殊な状況でもない限り射程は百メートル程度。攻撃範囲を最大限に活かすための配置ということだ。


 レベッカの動きをよく観察していると、こちらに矢を放つたびに一歩ずつ後ろに下がっている。おそらく魔法の射程が届かない様に下がりつつ、僕が強引に攻めても即座に詰め寄られない距離を維持するのが目的だろう。


 ルナの消失の魔法はまだ不完全で、姿を消したまま動こうとすると残像が見えて場所がバレてしまうからあまり有効ではない。


「(この状況を打開するには……)」


 吹き飛んでいったエミリアを追撃するのはもう諦めた方が良い。僕がエミリアの方に向かおうとした瞬間にルナがレベッカに倒されてしまう。


 なら、このまま僕がレベッカの射線上に入ったまま接近するのはどうだろうか?


「……ルナ、エミリアの相手を頼んで良い?」


「……!」


 こうなれば、エミリアの攻略はルナに任せて僕はレベッカを抑える以外に手段がない。


「僕がレベッカの射撃を防ぎつつ一気に近づく。ルナは僕エミリアが吹き飛んだ方向目指して全力で動いて。大丈夫、ルナに矢が飛んでこない様に僕が上手く合わせるから」


「わ、わかった!」


 僕の作戦を理解したルナがエミリアの方に走って行く。僕はそれを確認した後、剣で飛んでくる矢を斬り払いながら前に出る。


「―――っ!」


 レベッカはルナが動いたと同時に、ルナの方に向き直り再び矢を放つ。だが、僕は<初速>を全力で使用し瞬間移動に近い速度でレベッカの矢を切り払う。


「な……あれほどの速度で動いてしまわれるとは……!」

 レベッカが目を見開いて驚いている。それも無理はない。この速度は、今までの僕には出せなかったスピードだ。


 自分でも驚くほどの速度だが、それでもレベッカはルナに照準を合わせて射続ける。だが、その度に僕も速度をブーストさせてレベッカの矢を防ぐ。


 それを繰り返すうちに、レベッカと僕の距離は僅か20メートルにまで迫っていた。この距離であれば仮にルナを狙って矢を撃ったとしてもそれと同時にレベッカを撃破して最低でも引き分けに持ち込める。


「……これは、流石にルナ様を狙う余裕がございませんね」


 僕の狙いに気付いたのか、レベッカは弓を矢筒を虚空へ消失させて代わりに愛用の槍を取り出す。


 それと同時に、遠くの方で何かが爆発するような音が聞こえ、僕と対峙するレベッカが音の聞こえた方に視線を向ける。


 すると、ルナと復活したエミリアが上空で魔法の撃ち合いを始めていた。今の所、エミリアがダメージを受けて本調子ではないこともあって互角のせめぎ合いをしていた。


「レベッカ、ここからはペア戦じゃなくて個人戦になりそうだね」


「ふふ……で、あれば、今度こそレイ様に勝たせて頂きます」


 戦闘の最中だというのに、レベッカは優し気に微笑む。だが、彼女は姿勢を低くし、槍を大きく突き出し槍の先端近くを手で持って構える。


「では、レイ様、勝負……で、ございます!」


「受けて立つよ、行くよ!」


 ―――そして、僕とレベッカはほぼ同時に動いた。

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