第786話 敗北者二人

【視点:レイ】


 それから、一旦休憩を取った後、再びエミリアはルナに魔法の指導を行う。


 彼女の長所と欠点は明確で、長所はその圧倒的な魔力から繰り出される超火力の攻撃魔法を溜め無しで繰り出せること。


 欠点は、その威力が自身で制御しきれず必要に魔力を放出してしまい、上級魔法を使おうものなら攻撃範囲が広くなりすぎて自分を巻き添えにしてしまう上に、簡単にMPが枯渇してしまうことだ。


「なので、まずは威力のコントロールを覚えましょう。目標は10cm程度に抑えることですね」


 エミリアの指導にルナは頷いている。その後ろではレイは心配そうに見つめながら彼女達の訓練を見守っていた。


「良いですか、魔力放出のコントロールは、集めた魔力を手のひらで圧縮するイメージでやると良いです。攻撃魔法を使うときも、出来るだけ体内から放出する魔力を抑え込むのです」


「うん、やってみるね……!……すぅぅぅ……抑えて抑えて……よし、<火球>ファイアボール!」

 ルナはそう返事すると、早速次の魔法をエミリアに向けて少し時間を掛けた後に解き放つ。


 先ほどと同じ火の球を飛ばす中級クラスの炎魔法だ。


 しかし、意図的に加減したお陰で200㎝超だった大きさが180cm程度にまで抑えられており、代わりに速度は早くなっている。


 だが、それでも即座に反応すれば回避するは難しくない速度だ。しかしエミリアは微動だにせずにそれを眺める。


「え、エミリアちゃん? 避けないの?」

「……」


 ルナが微動だにしないエミリアに向かって声を掛けるが、やはり反応が無い。


 そのままエミリアにルナの火球が至近距離まで迫ろうとしたところで、焦って僕が飛び出そうとしたところで、エミリアが無造作に右手を突き出す。


 そして―――


「魔力解放――<圧縮・氷結魔法>アイスロック

「!!」


 エミリアは、一息で氷の魔法を前方のみに一瞬だけ解き放ち、ルナの火球の魔法を完全に消滅させる。火球の熱がエミリアの手に伝わるよりも、氷の魔法を纏わせて解き放ったため、彼女自身に火傷などの怪我は見られなかった。


「す、凄い……!」


「……タイミング合わせられたのでなんとか相殺できましたね」


 エミリアは魔法を放った自身の右手をぐっぱーさせて、怪我がないかを確認している。


「でもその調子ですよ、ルナ。不完全でありますが徐々に慣れてきています。今は意図的に抑えてやってる感じでしょうが、実戦の時にその感覚を忘れないように何度か繰り返しましょう」


「う、うん、分かった!」


 ルナが笑顔でそう答えたところで再び練習を再開する。今度は別属性の魔法に切り替えて同じように威力を調整しながら放つ。


 その次は弾速の調整。神の領域内で放った時は大威力の魔法をゴーレムに直撃させていたがあれば相

手が微動だにしなかったからだ。彼女の今の魔法では素早い相手にはまず命中しない。


 即座に高威力の技をブースト無しで放てるのは強みだが、杖を構える→魔法発動の為の集中→魔法発動、までの動作が緩慢で魔法発動のタイミングを悟らせやすい。


 更に、戦闘経験の浅さもあり、彼女は動き回りながらの即断即決の行動が取れない。


 これだけの課題を残り一週間である程度克服しなくてはいけない。ルナも不安だったのだろう、彼女の指導を受けてるうちに笑顔に曇りが見えてくる。


「ふぅ……ふぅ………」


「今日はこの辺にしておきましょう。流石にいきなりこの後実戦は厳しいでしょうし、今日の事を頭の中で覚えておいてください」


「はぁ、はぁ……うん……」


 エミリアはルナに指示を出す。そして、二人は観客席へと戻ってきた。


「二人ともお疲れ、もう帰ろうか?」


「ですね。……ルナも、もう流石に限界近そうですし………」


 エミリアはそう言いながら、遅れて戻ってきたルナに視線を移す。彼女は浮かない顔をしており、明らかに元気が無い。


「うぅ……全然上手くいかなかった……」


「いやいや、最初にしては十分凄かったですよ。今は覚えたてて頭が混乱してるから上手くいかないかもですが、慣れれば今よりずっと強くなります」


「そ、そうかな……ありがとう……」


 エミリアはルナを励ましながら彼女と一緒に帰路に着く。帰り道の途中、彼女はエミリアにこんなことを言い出す。


「ねぇ、エミリアちゃん?」


「どうしました?」


「……私、皆の役に立てるのかな?」


「今までだって十分活躍してましたよ。どうしていきなりそんな事を?」


「だって、ドラゴンの時は皆の役に立ててたかもしれないけど、人間の姿に戻れるようになってからは皆に守られてばかりで……」


 ルナはそう言いながら下を向いて歩く。僕とエミリアは足を止めて彼女の方に向き直る。


「……ルナ」


「……え? って、あう!」


 下を向いて歩いてたルナは僕が立ち止まっていたことに気付かずに、僕の肩に軽く頭をぶつけてしまった。


「大丈夫?」


「だ、だいじょうぶ……どうしたの、二人とも?」


 鼻を手で抑えながらルナは、僕達を不思議そうな目で見る。


「ルナはすごく頑張ってるよ」


「ええ、ルナは頑張り屋さんです。頭を撫でてあげたくなるくらいです」


「え? そ、そうかな……でも……」


 エミリアと僕の言葉に、ルナは少し表情を明るくするが、やはり自信がないようで……。


「(どうやって励ましてあげようかな……うーん……)」


 彼女の言う通り、人間になって戦力としてはまだ未熟な彼女は足を引っ張っているケースは多少ある。


 しかし、ルナ自身それを自覚し、自分の意思で仲間に相談を持ち掛け、今はこうしてエミリアに魔法の師事をしてもらい日夜勉強を続けている。


 また、それ以外にも彼女だけしか使えないドラゴンに変身する能力で今まで僕達を助けてくれていた。そんな彼女がこんな顔をさせるのは心苦しい。


 が、エミリアが何か思いついたようで、僕達にこう言った。


「ふむ……そうだ、ちょっとしたゲームをしましょう」


「ゲーム?」


「エミリア、何か考えたの?」


 僕とルナは彼女に質問をする。すると、エミリアは何処に隠し持っていたのか箒を取り出して言う。


「今から宿まで競争しましょう。走るのも空を飛ぶのもドラゴンに変身するのも自由ですよ。ビリになった場合、夕食のおかずを一番になった人に献上するということで」


「えっ」


「いきなり!?」


「じゃあ、3……2……スタート!!」


 急にカウントを始めたと思ったエミリアだが、即座にカウントを飛ばして箒に乗って空にジェット噴射して舞い上がっていく。


「あっ、ずるいエミリアちゃん!!」


「あ、ああ……!? ちょ、ちょっと待っ……!」


 ルナは慌てて飛行魔法を使用し、エミリアを追っかけて空を駆けて行く。そして、僕は二人が空を駆けて行くのを見て呆然としていたが、彼女の意図に気付くと表情が緩んでしまった。


「(エミリアの強引だなぁ……)」


 悩んでるルナを見て、彼女はルナの気分転換の為にと突然競争を持ち掛けたのだ。


 魔法において相当な実力を持っているエミリアとルナが飛行魔法で互角の勝負をすれば、それがルナの自信繋がると考えたのだろう。強引だが理に適っていると言えなくもない。


エミリアは時々意地悪な所もあるが、基本的に面倒見の良い優しい子なのだ。エミリアと会った時の頃の僕と今のルナが重ねているように思えた。


「……さて、僕も急がないと」


 このままだと僕の夕食のおかずが無くなってしまう。しかし、飛行魔法を使ったとしても二人の速度に及ぶのは難しそうだ。


「……これ、僕がビリ確定なのでは……」


 一瞬、絶望しかけたが、僕は無理矢理魔力を底上げして全力の飛行魔法で二人を追う事にした。


 ―――30分後。


 努力したのだが、宿に着いたのは結局僕が最後になってしまった。


「ルナが早過ぎて……」


 なお、エミリアも途中でルナに抜かされてしまい、ルナを励ますつもりでいたエミリアが心を折られていたのはまた別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る