第900話 合格発表

 教員資格認定試験を受けてから一週間ほど経った頃―――


「……そわそわ」


 レイは皆が集まる雑談室にて妙に落ち着かない態度でいた。


「……そわそわ」


「レイくーん、そんなウロウロしてても結果が変わったりしないわよ~?」


「わ、分かってるよ……姉さん……」


 ベルフラウに注意されてレイは顔を赤くして俯く。


 そんな彼の様子をソファーに座って眺めていたルナはアカメに問いかける。


「……サクライくんにしては妙に落ち着きが無いね。何かあったのかな、アカメちゃん?」


「……今日、試験の結果が出る日」


「あ、それってもしかして教員免許の?」


「そう。手紙で結果が郵送されてくる手筈らしいから、結果が来るのを今か今かと待ち侘びている」


「そっかぁ、珍しくソワソワしてるから体調が良くないのかなって思ってたよ」


 そう言ってルナが納得する。


「実は昨日の時点でかなり落ち着きが無かった。夜中に何度も起き上がって外に出て散歩ししたり剣を振ったりして気を紛らわせてたみたい」


「へぇー……って詳しいね、アカメちゃん。なんでそんな事を知ってるの?」


「お兄ちゃんの事だから」


「あ、あはは……だよねー」


 ルナは自信満々のアカメの言葉に苦笑する。


「レイ、ちょっとは落ち着きましょうよ。ほら、コーヒーを用意しましたからそこで座ってケーキでも食べながらゆっくり待ちましょう」


「そ、そうだね……ありがとエミリア」


 レイはエミリアに促されてテーブルの椅子に座ってコーヒーとケーキを用意してもらう。


「はい、どうぞ」


「ありがと……あー、珈琲の良い匂い……」


 レイはカップを手に取り珈琲の香りを堪能してから、カップを傾けて一口飲む。だが、一口飲んだ時点でレイの表情が固まってそのままカップを受け皿に戻してしまう。


「……めっちゃ苦いんだけど」


 通常のブラックコーヒーと比べても苦味五倍マシマシだ。


「あ、砂糖入れてませんでしたね」


「いや砂糖がどうのってレベルじゃないんだけど」


「すみません。今回用意した珈琲の豆は私が調合で品種改良した試作品なんですよ。これの粉末を香水代わりにしてみようかと」


「そうなんだ」


「だけど味の方に関しては管轄外なのでこうなりました」


「それをこのタイミングで振る舞ったのは何故」


「毒見」


「おい」


 レイがツッコミを入れる。


「でも、さっきは平気そうに飲んでたじゃないですか。問題なさそうで安心しました」


「……エミリアは飲んだの?」


「あはは」


「イラッ……。エミリア、これ飲んでみなよ。絶対美味しいから、ほら」


「いえ、私は遠慮しておきます」


 レイがカップをエミリアに手渡すが彼女は丁重に断る。


「いや、エミリアも飲もうよ。僕も飲んだんだからさ」


「あっはっは、私に同調圧力を掛けて飲ませようとしても無駄ですよ」


「ねえさーん、ちょっとエミリア魔法で縛ってー」


「はーい。<二重束縛>デュアルバインド


 レイの指示でベルフラウからエミリアが座る椅子に強力な束縛の魔法が展開されてグルグル巻きにされてしまう。


「え、ちょ……! べ、ベルウラウ、仲間に向かってこんな凶悪な束縛魔法使うとか正気ですか!?」


「だって頼まれたんだもん。お姉ちゃん、レイくんの為なら何でもしてあげちゃう♪」


「過保護ってレベルじゃないですよ!?」


「れ、レベッカ……は、冒険者ギルドに出掛けてるし……る、ルナ……ア、アカメ! 助けてー!」


 そんなエミリアの懇願に、ルナとアカメは視線を逸らしてスルー。


「おいちょっと!?」


「……エミリアは調子乗り過ぎ、少し痛い目に遭うべき」


「ご、ごめんね……エミリアちゃん……」


「そんな……っ!?」


「エミリア、覚悟を決めよう?」


 レイはそう言いながらコーヒーをスプーンで一滴分掬ってエミリアの舌に流し込む。すると、エミリアは端正な顔を顰める。


「に、苦い……私に無理矢理間接キスをさせた上に、こんな苦くてドロドロしたものを無理矢理呑ませるなんて……鬼畜過ぎます……!」


「誤解を招く様なこと言わないでよっ!そもそもエミリアが変な物を僕に飲ませたんでしょ!?」


「あ、謝りますから……せ、せめて甘いものを……苦くて死にそうです……」


「もう……しょうがないな……」


 レイは自分の為に用意されたショートケーキのお皿を手に取って、フォークでケーキを切り分けてエミリアの舌の上に乗せる。


「……これで良い?」


「……しょっぱい……」


「いやなんでさ!?」


「レイを驚かせるために、砂糖の代わりに塩を上にまぶしておいたのを忘れてました……」


「その情報は先に言おうね!?」


「……うっかり」


 レベッカはそう言ってペロッと舌を出した。


 と、その時。ガチャリと談話室の扉が開かれる。

 すると、宿の主人さんが一通の手紙を持って部屋に入ってきた。


「レイさん、お手紙が届いていますよ」

「!!」


 手紙と聞いた瞬間にレイはケーキをテーブルに置いて立ち上がり、主人から手紙を受け取る。

「それでは私はこれで」


 そう言って宿の主人は踵を返して戻っていく。その背中を見送るとレイはそそくさと手紙の封を開けて中身を確認する。すると……


「……合格! やったーー!」

「え、本当!?」


 レイが合格した事を告げるとベルフラウが声を上げた。そして他の皆も嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おめでとうレイくん!」


「お兄ちゃん、流石……」


「わー、おめでとうサクライくん!!」


 ベルフラウ、アカメ、ルナの三人はレイの合格を祝福し、拍手をする。


「ありがとう皆! これも皆のおかげだよ」


 レイは皆に礼を言って頭を下げる。すると、それまで部屋で惰眠を貪っていたノルンが眠そうな目で談話室に入ってきた。


「ふぁぁぁぁ……おはよう………随分嬉しそうな顔をしてるけど、どうかしたの?」


「ノルンちゃん! 聞いてよ、レイくん教員資格の試験に受かったのよ!!」


「え、本当に……? おめでとう、レイ」


「うん、ありがとう!」


「それなら今から合格祝いに外食にでも行かない? 折角だしちょっと奮発してさ」


 ルナの提案に皆は賛成する。


「よーし!! じゃあ、今日は僕が奢るから、途中で冒険者ギルドに寄ってレベッカとカレンさんと合流してから皆で遊びに行こうよ! 」


 レイは皆を引き連れて、夜の街へと繰り出すのだった。


「……え、私……放置ですか」


 その後、拘束されていたエミリアの存在を皆が思い出すまで20分程の時間を要する事になった。


 レイ達が思い出して慌てて宿に戻ってきた時、エミリアはとても機嫌が悪くなっており、しばらくレイに辛く当たるようになったとさ。


 そして何故かその日、遊びに来た猫のミーアがレイに対して何故か機嫌が悪かった。

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