第899話 悩める若人

 レイとアカメの誕生日から数週間が経過し、レイはついに教員試験の日を迎えた。試験会場まではハイネリア先生も付き添いで来てくれた。


「到着しました。ここからはレイさん、一人で会場に向かってください」


「はい、ハイネリア先生。ここまで僕を支えてくださってありがとうございます。今の自分の実力でどこまでやれるかは分かりませんが、これまでハイネリア先生に教わった事を活かして精一杯やってみます」


「ふふ……その意気です。私は学校に戻って貴方の吉報を待つことにしましょう……では」


 そう言ってハイネリア先生は僕から離れていき、僕は手を振ってハイネリア先生の背中を見送る。そして僕は校舎の中に入り受付で教員免許認定試験の受験票と身分証を見せた後、試験会場である大講堂に案内された。


 大講堂は学校の体育館よりも大きく、数百人くらい入ることが出来る場所であった。既に多くの受験者が席に座っており、僕も指定された自分の席に座り開始の時間まで待つことにした。


 そして、試験が始まった!


 ・・・・・・・・・。


 それから五時間後――


 試験を終えて、宿に戻ってきたところを宿の主人さんに声を掛けられる。


「……おや、レイさん。お帰りなさいませ。教員試験の方はどうでしたか?」


「……アッハイ、ドーモ……」


「???」


 僕の意味不明な反応に首を傾げる主人さん。


「もしかしてお疲れでしょうか? よければ後でお部屋の方にお食事をお運びしましょうか?」


「アリガトウゴザイマス……」


 主人さんの言葉になんとか返事をして頷き、僕は階段を登って自分の部屋に入ってベッドに倒れるように横になる。


「うぅ……」


 ベッドでうめき声を上げていると、部屋のドアが開いて誰かが入ってくる。


「レイ様、お部屋から声がしたと思ったので入らせて頂いたのですが、既に帰っていらしたのですね。お帰りなさいませ」


「れ、レベッカ……ただいま……」


 部屋に入ってきたのは銀髪赤眼な少女のレベッカだった。レベッカは僕が返事を返すと微笑んで、そのまま僕が横になっているベッドにちょこんと腰掛ける。


「お疲れ様でございました、レイ様。試験の方はどうでしたか?」


「う、うん……一応結果は出てからになるけど、手応えはあった……と、思うんだけど……」


「流石レイ様!」


 僕がレベッカの問いにそう答えると、彼女は嬉しそうに笑うが……すぐに不思議そうな表情に切り替わる。


「……ですが、レイ様は少々落ち込んでいらっしゃるように思えます……わたくしの勘違いであれば申し訳ございません」


「……うん、バレちゃうよね」


 僕はベッドから起き上がって、足だけベッドの下に入れて降ろしてレベッカの隣に座る。


「何かあったのでございますか? 分からない問題があったとか、実技試験の方で落ちてしまったとか……」


「……いや、そういうわけじゃないんだ。 自信がなかったけど、終わってから解答を確認してみたらなんとか及第点には達している感じだったし。実技の方も大丈夫だと思う……多分」


「では、レイ様が落ち込んでいらっしゃる原因はなんでしょうか?」


 レベッカはそう言って心配そうな瞳で僕を見る。そんな表情を見て僕は観念するように目を閉じて口を開く。


「……他の試験を受けに来てた人達……皆ね、僕よりも必死だったんだよ」


「……と、仰いますと?」


「試験が始まる前、他の受験者の人達が『絶対合格してやる!』って熱意を凄く感じて……。

 僕も自分なりに頑張ってたつもりだったんだけど、あんな必死な人達を見てたら、妙に自分だけ冷静で……なんだか自分が場違いに感じちゃってさ……」


「ふむ……」


「……あんな必死に頑張ってる人達と、自分を比較してしまうと……。

 ……果たして、自分は生徒たちを教える立場を目指しても良いのかって……自分なんかよりも他の人達こそが先生に相応しいんじゃないかなって……」


「レイ様……」


「……ゴメン、変な事言っちゃった……まだ合格したわけじゃないし、こんなこと考えるのはおかしいよね」


 そう言って僕は立ち上がりレベッカの方を見る。


「ちょっと散歩でも行ってくるよ。あんまり変な事で悩んでも仕方ないし……」


 僕はそう言ってレベッカの返事を聞かずに部屋を出て行こうする。だが、


 ――トントン。


 僕の部屋の扉をノックする音が聞こえた。扉を開けると、食事と飲み物を運んできてくれた宿の主人さんの姿があった。


「扉を開けて下さってありがとうございます。食事を持ってきましたので、冷めないうちにどうぞ」


「あ……」


 忘れてた。さっき帰ってきた時に食事を運んでくれるって言ってたっけ。僕は宿の主人さんからトレーを受け取ってお礼を言って、レベッカの方を向くと……彼女は何かを察したように頷いた。


「レイ様、よろしければご相伴に与ってよろしいでしょうか?」


「え? あ、うん。いいけど……」


 僕がそう答えるとレベッカは嬉しそうに微笑む。そして二人で一緒に食事を摂り始めるのだった。


 ◆◇◆


「はい、レイ様。あーん」


「え、あの、その……」


「あーん」


「……えと、レベッカ? その流石にこの歳でそれは恥ずかしいっていうかね?」


「あーん」


「……あ、はい。いただきます……」


 僕はレベッカに食べさせられるまま口を開く。レベッカはスプーンで掬った料理を自分の息でふーふーして少し冷ましてから僕の口に運ぶ。


 僕は黙って咀嚼し飲み込むと、レベッカは嬉しそうに微笑む。


「レイ様、食べ方がお上手でございますね♪」


 いや、子供か。


「……ねぇレベッカ。なんだか今日は妙に過保護じゃない?」


「そうでしょうか? わたくし、レイ様が悩んでおられるので少しでもお力になりたいだけでございます」


「う、うん……ありがとう。その気持ちは嬉しいんだけど、流石にこれは……」


「レイ様、わたくしの目を見てくださいまし」


 そう言ってレベッカは自分の顔を僕に近付けてジッと見つめてくる。彼女の大きな赤い瞳に見つめられて僕は視線を逸らす事が出来ない。


「レイ様は悩んでおられるのでしょう? 他の受験者と自分を比較してしまい自信を喪失し掛けているのが理由……わたくしの推測は間違っているでしょうか?」


「……間違ってないよ」


「やはり……ですが、わたくしはレイ様が他の受験者の方々と比較して劣っているとは思いません。

 レイ様の授業風景を何十回も見学しておりましたが、レイ様の指導方法は丁寧でとても子供達にお優しそうに思えました」


「そ、そうかな……ん? 今、僕の授業風景を何十回も見てたって言わなかった?」


 僕がそう質問すると、レベッカは可愛らしく首を傾げて、「はて? わたくし、そんな事を言いましたっけ?」と惚ける。


「いや、絶対言ったよ!? 魔法学校は基本的に部外者禁止で見学は授業参観以外出来ないはずなんだけど、レベッカはどうやって見学してたのさ!?」


「ええと……レイ様の雄姿を何度も目にしたく、気配を消して少々……」


「犯罪だーーー!?」


 僕の言葉にレベッカはクスクスと笑う。


「……ですが、だからこそ確信が持てます。レイ様は生徒の事を第一に考えていつも行動なさっておりますよね。

 子供達の学びに差が出そうな時は優しく個人レッスンをしたり、授業が辛そうな生徒にはケアを忘れず、他の先生方に相談を持ち掛けて解決策を考えたり。

 それが理由で他の先生方に煙たがれようとも、レイ様は決してくじけることなく生徒の事を想い続けておりました」


「レベッカ……。でも、それは僕がそうしたいからしているだけで……」


「わたくしは先生でありませんし、年齢で考えるなら生徒に近いくらいですのでレイ様の気苦労の全てが分かるわけではありませんが……。

 もしわたくしが他の生徒の方々と同じ学び舎で勉学を教わるのであれば、わたくしは自分の身を粉にして接してくれるレイ様のような先生の下で学んでみたいと考えます」


 レベッカはそう言って微笑みかけてくれる。そんな彼女の聖母のような優し気な笑みに思わず顔を赤らめてしまう。


「ですからレイ様、試験の結果がどうなろうとわたくしはレイ様の味方でございます。

 わたくしに出来る事は少ないかもしれませんが、少なくともレイ様が他の受験者の方々と比べて熱意が無いとは思いません。レイ様は誰よりも素敵な先生になれると、わたくしは確信しておりますよ」


 そう言ってレベッカは僕の手を握り、僕との距離を縮めて正面から真っ直ぐに見つめてきたので僕も思わず顔を紅潮させてしまう。


 だが、彼女の笑みを見て、僕は漠然とした不安が胸の内から収まっていくのが分かった。


「……ありがとうレベッカ。少し気が楽になったよ」


「……ふふ、レイ様に表情にいつもの素敵な笑顔が戻って参りましたね。では、元気が出たところで……あ~ん」


「あ、はい。いただきます……」


 そうして、再びレベッカの「あ~ん」が始まった。

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