第678話 ご褒美タイム
【三人称視点:カレン、レベッカ】
「――そこまで!!!」
グラン陛下は、レベッカが戦闘不能になったと判断して戦いの終了を宣言する。
「この勝負、カレン・フレイド・ルミナリアの勝利とする!!!」
カレンとレベッカの決闘は終わった。勝負の内容は互角に近かったが、最終的に武器を破壊されたレベッカが膝を崩しカレンの勝利となった。
「……勝った」
グラン陛下の宣言を聞いて、カレンは呆然とした表情で呟いた。レベッカは手のダメージを受けて膝を崩して休んでいたが、落ち着いたのか立ち上がりカレンに握手を求める。
「カレン様、見事な戦いでございました。わたくしの完敗でございます」
差し伸べられた彼女の手をカレンは握り返す。
「そんな事ないわ、私もレベッカちゃんにまるで勝てる気がしなかった。仮にブランクが無かったとしても、以前のままのなら今の貴女に無様に負けていたと確信できる。今回、私が勝てたのは、貴女が私を叱咤激励してくれたのと……」
カレンはもう片方の手で自分の胸を抑えて言った。
「……きっと、私に残る思い出が、私の後押しをしてくれたんだと思う」
カレンはそう言って、観客席でこちらを見つめる一人の女性に視線を移した。レベッカは、彼女の視線の先の人物を見て、一つの確信を得る。
「……カレン様、もしや、『お母さん』というのは、リ――」と言い掛けるが、「レベッカちゃん、それ以上は駄目」とカレンの言葉で制止される。
「……ですが」
「駄目なの。それ以上言ってしまうと貴女も私も、今のまま真っ直ぐ進むことはできなくなるから……」
カレンはそうレベッカを窘めると、少し寂しそうに笑って口を開く。
「……良いのよ、昔は昔、今は今なのだから。彼女が本当にそうだったとしても口にする必要なんかない。……だって、そんなことしなくても私のあの人はずっと一緒に居てくれた。……それだけで、私は幸せなの」
カレンのその言葉を聞いて、レベッカもそれ以上追及しなかった。
「カレン様」
レベッカはそう言って、握手を求めるように手を差し出す。
「良い勝負でした。また手合わせ願いたいです」
カレンは一瞬驚いた表情を見せると、すぐに笑ってレベッカの手を強く握った。
「ええ、是非お願いするわ。私のライバルさん」
二人は決闘の最後に再び握手を交わした後、互いに闘技場を後にした。
【視点:レイ】
その次の日の朝。僕達とカレンさんは謁見の間に集まっていた。
玉座にはグラン陛下が穏やかな表情で座って正面のカレンさんとレベッカ見ており、僕達は彼女達より少し後ろに下がって謁見に参加させてもらっていた。
「さて、カレン元副団長、レベッカ君、二人の戦いを存分に堪能させてもらった。本当に見事な戦いぶりだった」
グラン陛下はカレンさんとレベッカを交互に見て称賛する。
「お褒めに預かり光栄ですわ、陛下」
「勿体ないお言葉です」
カレンさんとレベッカは両陛下の言葉に跪きながら返事をする。
「あれほどの激戦、過去の闘技大会の歴史にも無かっただろう。自由騎士団だけではなく、王宮騎士団や国民達にも是非観客席から見学してほしかったところだが、過ぎた話をしても仕方ないな。
それでだ。私の感謝の気持ちとして二人に褒美を授けたいと思っている。何か希望はあるだろうか?」
グラン陛下は機嫌良さそうに言った。
すると、カレンさんが立ち上がり一歩前に出て言う。
「私が望むのはただ一つ。彼らと一緒に魔王討伐に同行する事です。陛下、許可頂けますか?」
「そうだったな。あれほどの戦いぶりを見て、キミの強さを疑う者はいるまい。
……では、国王として君に使命を与える……勇者レイ及び勇者サクラと共に、魔王とその配下の魔王軍との戦に参戦せよ。そして、無事に帰還することを命ずる」
「光栄の至りに存じます。陛下、ありがとうございます」
カレンさんはそう言ってお辞儀をする。
レベッカは二人のやり取りを見てからグラン陛下に話しかける。
「国王陛下、わたくしも宜しいでしょうか?」
「ああ、キミにも何か褒美を与えねばな。何か欲しいものはあるか?」
「では……今回の決闘で、愛用の槍が壊れてしまいました。もしよろしければ、新しい槍を新調したいのでございますが……」
レベッカの願いを聞いて、グラン陛下は「ううむ」と見た目の割に年寄りのような唸り声を上げて言った。
「……槍か、ふむ……キミほどの戦士ならば、是非、カレン元副団長の聖剣に匹敵する国宝を与えたいところなのだが……」
陛下はそこで言葉を途切れさせ、しばらく黙り込んでしまう。
僕は、手を挙げて陛下に質問する。
「陛下、質問よろしいでしょうか」
「構わない、言ってみてくれ」
「カレンさんの【聖剣アロンダイト】に匹敵するような槍がこの王宮に存在するのでしょうか?」
僕は遠慮なく質問する。しかし、陛下は渋い顔をして言った。
「……問題はそこなのだよ。私の気持ちとしてはカレン元副団長と互角の力を持つ彼女に聖剣と同等の武器を与えてやりたい。
だが、この王宮にそれに値する程の槍は存在しないのだ。勿論、並の武器を凌ぐような魔法が付与された槍はいくつかあるのだが……」
陛下は頭を悩ませて、それから兵士の一人に声を掛ける。
「この王宮の宝物庫から最上の槍をいくつか持ってきてくれ」
「かしこまりました、陛下」
兵士はそう返事をすると、玉座の間から足早に出ていく。
「……さて、済まないが少々待ってもらえるかな」
「わたくしとしては、槍を頂けるのであれば喜んでお待ちします」
レベッカはそう言って頷き、僕達も彼女に同意して、しばしの時間を待った。
1時間程して、命令された兵士が複数の兵士を連れて3つの宝箱を運んできた。
そして、宝箱は陛下の前に3つ横に並んで置かれた。
「陛下、特に価値が高いと思われる槍を3つ、宝物庫から持って参りました」
「御苦労、下がってくれ」
「はっ!」
陛下に命じられた兵士は、頭を下げて玉座の間から退出していく。
「では、レベッカ君、好きな宝箱から選んで開けてみてくれ。キミが気に入った物は全て持って行ってくれて構わない」
「……流石陛下、太っ腹……私も、国宝級の杖とか欲しい……」
「……最高級のお肉1年分くらい欲しいわ」
僕の隣にいたエミリアと姉さんがが小さな声で自分の欲望を漏らす。
それが聞こえていた僕は、「二人とも……」と声を漏らして苦笑していた。
「では、こちらから……」
レベッカは、丁寧にお辞儀をしてから宝箱の前に移動し、しゃがんでから一つ目の宝箱を開ける。
宝箱の中には、黄金に輝く黄金色の槍があった。
「おお、なんと眩い……」
「あれほどの槍、もし売ればどれほどの価値が付くのやら……」
「おい、陛下の前で不敬だぞ……だが、気持ちは分かる」
謁見の間内で待機していた兵士たちは、その槍を見て興奮した様子で囁き合う。
「素晴らしい槍でございます、国王陛下」
レベッカが宝箱から黄金に輝く槍を取り出す。しかし、レベッカは少し踏ん張るような様子で槍を取り出し、両手でその槍を持ち上げる。
「ね、サクライくん。レベッカさん、今、重そうにしてなかった?」
僕の後ろに立っていたルナが、僕の肩を軽く叩いて質問してきた。
「……確かに」
宝箱から槍を取り出す時、レベッカはわずかに踏ん張るような仕草をしていた。僕とルナがそんな事を話していると、右隣に立っていたエミリアが言った。
「まぁ当然ですね。そもそも純金は鉄の三倍近くの重さがありますから」
「え、そんなに重いの?」
「ええ、かなり重いです。純金は柔らかい金属で、魔法の効果を高める為の付与を施す時に重宝される金属で装飾品の加工に最適です。
しかし、逆に武具として使用すると変形しやすく重いため使いづらい。小柄な体で動き回って戦うレベッカには相性が悪い気がします」
僕とエミリアが話しているとサクラちゃんが言った。
「あー、私も黄金の剣を入手したことありますけど戦闘向きじゃなかったですね。ママが言うには、何処かに飾った方が万倍役に立つって言ってました」
すると、それに反応して姉さんがサクラちゃんに質問する。
「その剣、どうしたの?」
「実家の居間に飾ってますよ。見ただけで裕福な気分になるって言ってました」
「う、羨ましい……」
姉さんは何処となく悔しそうな表情で呟いた。
僕はレベッカの方に視線を戻すと、宝箱から取り出した黄金に輝く槍を両手に持って掲げたまま腕をプルプルさせて静止していた。
その様子を見ていたグラン陛下が、「……すまない、キミの体格でその槍は難しかっただろうな」と、謝罪する。
レベッカは、「い、いえ」と笑顔で取り繕いながら、「わたくしには過ぎた国宝でございますね」と、ゆっくり降ろしながら元の宝箱に戻した。
「……ちょっと勿体ない気がする」
僕の左隣に立っていた姉さんがボソッとそんな事を言った。
「姉さん……」
「だって、あの槍を売ればきっと私達の生活も潤うと思うの。そう思わない?」
「いや、陛下の御前で何言ってんの」
姉さんの言葉が陛下や他の兵士達に聞かれなかったことを祈る。
「コホン……では、次の宝箱を開けてみてくれ。レベッカ君」
「はい」
レベッカは頷いて、別の宝箱を開ける。
宝箱の中には、先程の槍よりかは細身の銀に輝く槍が入っていた。
「……おお、これは」
レベッカが感嘆するような声でその槍を取り出す。
先程と違い、レベッカがすぐ取り出せた事を考えると重くはないようだ。
「……ミスリル銀の槍ですね」
右隣のエミリアがボソッとレベッカが手に取った槍の素材を言い当てる。
すると、僕の右後ろに居たサクラちゃんが驚いた顔で言った。
「エミリアさん凄い! 見ただけで分かるんですか?」
「魔道具を加工する時にミスリル銀はたまに取り扱うんですよ。汎用性はそこまでではありませんが、魔法伝導率が高くて、上手く組込められればかなり強力な付与効果を得られます。……ただ」
「ただ?」
サクラちゃんがエミリアに聞き返す。
すると、エミリアはレベッカが持っている槍を見ながら言った。
「純粋な価値としては、先程の純金の槍と比較するとどうしても見劣りしてしまいますね。ミスリルも相応に効果で希少な鉱石ではあるのですが、以前レベッカが持っていた槍と大差無い性能です。どうせなら良い槍が欲しいところです」
「なるほどー、折角の国宝ですし、いいのがあればそっち選びたいですね♪」
「そういう事です」
そう言ってエミリアはレベッカの方を見た。レベッカは、手に持ったミスリル銀の槍を興味深そうに見ていたが、元の宝箱に仕舞った。
「ふむ、気に入ったように見えたが、お気に召さなかったかな?」
「いえ、そういうわけでは……ですが、もう一つ宝箱があるのでそちらを見てから決めようかと」
「ふむ、全部持って行ってくれて構わないのだが……。まぁいい、残り一つを開けてみると良い」
「はい」
そう言ってレベッカは、最後の宝箱の前に移動して開ける。
その中に入っていたのは―――
「……ん?」
陛下は怪訝な表情でレベッカを見つめる。
レベッカは、宝箱の中身を見て、何とも言えない表情をしていた。
「どうかしたか?」
「いえ、国王陛下……この宝箱の中身なのですが……」
レベッカは恐縮しながら、中身をゆっくりと取り出して持ち上げる。そこには、白い布で巻かれた錆び切った一本のみすぼらしい槍が入っていた。
「失礼ながら陛下、この宝箱の中身は何でしょうか?」
レベッカは困惑した表情で槍を指差して陛下に質問した。
すると、陛下は先程この宝箱を持ってきた兵士を呼びよせる。
「は、陛下、どうされましたか?」
「この宝箱の中身はなんだ? 私は国宝の槍を持って来いと命令したはずだ」
「はい、ですので私は命令通りに持って参りました」
「……何? この錆びた槍が、か?」
「はい、陛下」
兵士の言葉に、陛下は眉をひそめて言った。
「……どういう事だ、説明を頼む」
「陛下に命を受け、国宝を選ぶ際に王宮一の目利きの人物の力を借りたのですが、その者が言うには『この槍はおよそ数百年以上経過して見る影もないが、【神合金】が使われている可能性がある』……と」
「神合金!?」「神合金だと!?」「え、嘘!?」
その兵士の説明に、僕、陛下、カレンさんが同時に大きく反応する。僕と陛下とカレンさんが同時に反応したことで、周囲の兵士達はざわついた。
「神合金ってなんだ?」
「いや、聞いたことないが……」
「だが国王陛下と、勇者殿が大きく反応したぞ?」
「それにカレン殿も……どういう事だ?」
兵士たちは、その言葉の意味は理解していなかったが、陛下が反応したことで、只ならぬことが起こっているのは理解したようだった。
「ね、ね、サクライくん。神合金って何?」
ルナが目を輝かせて僕に質問してくる。
僕は、兵士の言葉に半信半疑ながらも質問に答える。
「【蒼い星】や【聖剣アロンダイト】と同じ素材の金属だよ」
僕のその言葉に、エミリアやサクラちゃん、それに兵士の人達が事の重大さに気付いて騒ぎ出す。
「え、マジですか?」
「せ、聖剣と同じ素材……!?」
エミリアとサクラちゃんがそれを聞いて驚愕し、その後に兵士達の興奮した声が聞こえてくる。
「おい、勇者殿の話が聴こえたか!?」
「聖剣と同じ素材!?」
「嘘だろ、聖剣って簡単に作れるような代物じゃないだろ」
「そうだ、そもそもあれは神がお作りになった武器だぞ!?」
陛下は周りの兵士の驚きようを見て、ルナが困惑した様子で再び問いかけてきた。
「え、神合金ってそんなに凄いの?」
ルナは知識が足りないせいで、聖剣と同じと言われてもよく分かっていないようだ。
「邪悪を滅する『対魔物』に特化した未知の金属らしいよ。さっき言ったように聖剣にカテゴライズされる武器の大半は、【神合金】で作られてるんだ」
僕が解説すると、補足する様にカレンさんがこちらを向いて言った。
「普通の金属と比較しても非常に頑丈で、普通の武器として使っても、斬れ味が良くて、驚くほど軽くて、強力な魔法効果も付与されてると聞くわね」
「そ、そんな凄いんだ……あの錆び錆びの槍が?」
ルナは僕とカレンさんの説明を聞いて驚くが、あの錆びた槍をよるとそれも半信半疑に思えてしまうようだ。
だが、半信半疑なのは陛下も同じだったようで……。
「にわかには信じがたいが……」
陛下は悩まし気な表情をして、レベッカに言った。
「レベッカ殿、用意しておいて悪いが、こちらの間違いである可能性が高い。代わりの宝箱を持ってくるからそれで――」と、陛下は言葉を続ける。
しかし、陛下の言葉を遮るように「それは本物よ」と、少女の声が謁見の間に響いた。
その瞬間、兵士達が黙り込んで一人の人物に視線が注がれる。僕の左後ろで立ったまま寝ていたはずのノルンだった。
「……ノルン、分かるの?」
僕は振り向いて、眠そうな彼女に質問する。
「ええ、分かる。その錆びた槍、劣化が激しいけど聖剣と似たオーラがある」
ノルンはそう断言する。すると、陛下は彼女をジッと見て質問する。
「キミ……ノルンと言ったか、それは事実か?」
「事実よ、英雄王グラン・ウェルナード・ファストゲート国王陛下」
ノルンは国王陛下が相手でもお構いなしに、堂々と発言する。陛下はその言葉に少し驚いたものの、すぐに真剣な表情になって視線を僕に向ける。
「彼女の言ってる事は真実だろうか? 少なくとも私には彼女の言葉が到底信じられない。
この錆びた槍を見て聖剣のオーラと感じる人間など出会ったことがない。元聖剣使いの私でもそう感じるのだ、キミはどうだ?」
聡明な国王陛下だが、今回の事に関しては明確に判断がつかなかったようだ。
「僕も、陛下と同じく聖剣のオーラと同じかどうかまでは判断出来ません。ですが、ノルンは、とても信頼できます。彼女が嘘を言う事はあり得ません」
「……そうか、キミがそう言うのであれば、彼女の言葉は真実なのだろう」
僕の発言に、陛下は納得して頷いた。
「レベッカ君、どうする? キミはその槍を選ぶか? 仮に聖剣と同じ素材であっても、その状態では使い物にはならないと思うが……」
「わたくしもノルン様の言葉を信じます。この錆びた槍を頂いても宜しいでしょうか」
レベッカは、ノルン言葉に納得したのか、槍を陛下から受け取りたいと言って来た。
「ふむ……そうだな。ではレベッカ君、持っていくと良い」
「感謝いたします、国王陛下」
レベッカはそう言ってその槍を布で包んでから一礼して下がる。
「……では、今回の謁見はここまでとしよう」
陛下はそう言い、僕達は陛下に深くお辞儀をして謁見の間から退出した。
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