第677話 失われた記憶

【視点:カレン】


 レベッカと戦い、自身の本来の戦い方を思い出したカレン。

 しかし、決闘が終わったわけではなく、二人の戦いはまだ続いていた。


 カレンとレベッカは再び距離を取り合ってそれぞれ剣と槍を構えて向かい合う。


「では、カレン様。ここからが真の勝負という事で宜しいでしょうか?」


 距離を取ったレベッカは姿勢を低くして左足を後ろに下げ、槍の矛先をカレンに向けて問い掛ける。



「ええ、レベッカちゃん。今までみっともない姿を見せてごめんね。、もしかして失望されちゃったかしら?」


 私は自虐的にレベッカに問いかける。


「そのような事はございません。またカレン様とこうして手合わせ出来るだけでも、わたくしは―――」


「そうね、私も」私は語りながら、剣を構えながら前を歩く。「こうして、あなた達と一緒に居られることが凄く嬉しいの。―――だから」


 私は振り向いて、私達を見守ってくれる仲間達の一人一人の顔を見る。


「私はこの皆に救って貰った命で、大切な人達と最後まで歩み続ける。……途中で仲間はずれなんて、酷いわよ。レベッカちゃん?」


 再びレベッカちゃんに視線を戻して、彼女に微笑む。


「ふふ……カレン様の今の全力を……わたくしに全て見せてくださいまし」


 レベッカちゃんが槍を構え直し、その切っ先を私に向ける。


 私は頷き、目を瞑って自身の根源に心の中で語り掛ける。


「(さぁ、いつまで眠ってるの、私。もうとっくに目覚めてるわよ)」


 自身に語り掛ける。

 

 瞬間、私の脳裏に今までの記憶の回想が始まり、今まで燻っていた力が少しずつ戻り始める。


 だが、不思議な事があった。その記憶の中には、私自身がいつどこで経験したものか分からないものが混じっていた。


 その中には私の知っている女性と知らない男性が泣きながら立っていた。


『―――私の愛する妻と娘よ、すまない……私は、もう―――』


 知らない男性はそう言って女性の前から去っていく。


『―――さよなら、あなた』


 女性は男性の背中を悲しそうな目で見つめている。


 ―――場面がまた移り変わる。


 一人になった女性は、雨の中、俯き倒れながら私を見ていた。


『―――悲しまないで、お母さんはずっとあなたの傍で見守ってる。例え、記憶を失っても―――—』


 ――ずっと昔に言われた言葉。

 ――だけど、その声は今でも私をずっと支えてくれている声。


『―――愛してるわ。私の大切な娘――――――』


 ―――私が失っていた過去の記憶。


『―――――――』


 それは、私の本当の名前。

 そして、この声は……彼女……そして、本当の私の……。


「――――お父さん、それに……お母さん……」


 ◆◆◆


【視点:レイ】


 突如、カレンさんから溢れんばかりの膨大な魔力が迸る。あまりの凄まじい魔力の奔流に、周囲に光の波が何度も起きては消えていく。


「な……何が起こってやがる!?」


 アルフォンス団長が光の奔流から腕で目を庇いながら驚きの声を上げる。コロシアム内にいる誰もが同じ事を思った事だろう。カレンさんから溢れる不思議な魔力の波動に、僕達を含めた全員が圧倒されていた。


「この魔力は……っ!!」

 エミリアは光の先のカレンさんを凝視しながらも驚愕の表情だ。


「せ、先輩凄い……。呪いを受ける前よりも感じるマナの量が……!」


「(……以前に見た時よりも、遥かにマナの量が増えている?)」


 小刻みに震えているサクラちゃんと、驚きの表情を浮かべているエミリア。カレンさんから感じる魔力量は以前の比ではなかった。


 すると、僕の腕の中で眠っていたノルンが目を醒まして顔を上げた。


「……ん……何だか騒がしいわね……」

「あ、起きた……?」


 ノルンは僕の言葉に頷いて闘技場を見る。闘技場の周囲は光のオーラが迸り、天井を貫いて建物全体が淡い光で溢れかえっていた。


「この光……」

「カレンさんだよ。レベッカと向かい合ってると思ったらいきなり光り始めてあんなことに……」


 自分で言っててもよく分からない現象だが、それを見ていたノルンは何か考えて不思議な質問をしてきた。


「……あの子、神様だったの?」


「神様……どういうこと?」


「あの子から感じるオーラが、私の知ってる神様に似てるような……」


「え、それ本当?」


「……冷静に考えると、全然似てないような気もする……」


「いや、似てるのか違うのかどっちさ!?」


 ノルンは僕の問いかけに、首を傾げながら答える。


「ああ、寝ぼけてるわね……もう一回寝るわ」


 ノルンはそう言いながら僕の身体を預けて、再び目を瞑った。


「……マイペース過ぎるよ、ノルン」


 僕は溜息をつきながら、ノルンの背中をポンポンと優しく叩く。


「(……それにしても……あの光は一体……?)」

 そんな疑問を感じながらカレンさんを見つめると、彼女は静かに目を開いた。


【三人称視点:カレン、レベッカ】


「カレン様、その光は………?」


 レベッカは息を呑む。彼女の周囲に取り巻く光と、その彼女から感じられる力は今までの彼女とまるで違っていた。


「……」


 レベッカの呼びかけに、カレンは静かに目を開ける。

 そして、自身の身体を見て小さく呟いた。


「……思い出したの、私の昔の記憶。本当に僅かだけど」


 カレンはボンヤリとした表情で、途切れ途切れに呟く。


「記憶……」


「私が今のお義父様とお義母様から今の名前を貰った以前の話……。

 何年前から分からない……数十年前かもしれないし、もしかしたら数百年……それ以上昔かもしれない………私を愛してくれた、お父さんとお母さんのこと」


「……それは、カレン様の本当のご両親……でございますか」


 レベッカの質問に、カレンは緩慢な動きで小さく頷いた。


「でもね、レベッカちゃん。お母さんは……本当は私と離れ離れになるところだったのに、お互い記憶を失っても私の傍に居てくれた……。本当の『お父さん』が居なくなってしまったのは悲しいけど……」


「………」


 カレンの言葉から断片的にだが、レベッカは理解する。

 彼女がほんの一部だけ記憶を取り戻し、本当の両親の事を語っていることを。

 そして、何らかの理由で記憶を失い、本当の父と死別してしまった。

 だが、彼女の母は、記憶を失っても彼女の傍に居るという。


「……でも、私は大丈夫」


 カレンはそう言って、少しずつボンヤリとした目に光が戻っていく。そして、レベッカを真っすぐ見つめる。


「……さぁ、レベッカちゃん。続けましょう、私達の未来の為に」


「……ええ、カレン様。……決着を付けましょう」


「……ごめんね、レベッカちゃん」


 カレンは笑みを浮かべながら、剣を構え直す。レベッカは、優雅に笑う彼女の顔から視線を下に向けて目を瞑って槍を構える。


「――――カレン様、そちらからどうぞ」


 レベッカは彼女を促すと、目を瞑って自身の技能<心眼・改>を発動させる。目の前以外の気配を全て遮断し、極限まで集中することで発動可能な技能。


 その能力は、対象の筋肉の動きや気配を完全に捉えて、相手の次の行動を予測することが出来るという『洞察』の究極系。


 レベッカはこの状態での攻防において、自分の右に出る者は居ないと自負している。


 攻勢に出てしまうと<心眼・改>の効果が落ちるものの、防御に回ればまず突破は出来ない。事実、彼女より格上だったサクラもこの技能下ではレベッカの防御を崩すことが出来なかった。


 ―――だが、


「―――ふふ、なら遠慮なく私から行くわよ」


 カレンがそう返事を返した瞬間、ゾクリとした悪寒が走り抜ける。


 レベッカは反射的に目の前を槍で薙ぎ払う。次の瞬間、いつの間にか目の前まで接近していたカレンが「おっと」と言いながら、薙ぎ払いを聖剣で受け止めていた。


「っ!?」


 レベッカは信じられない光景に、驚きの表情を浮かべる。今までの戦いで一度として体験した事のない出来事だった。


「(馬鹿な、今完全に気配が消えて……!!)」

 レベッカは驚愕する。自身の<心眼・改>が全く機能していなかった。

 続けて、カレンは再びレベッカに接近し攻撃を仕掛けてくる。


「くっ……!!」

 レベッカは自身の集中力が足りていないのだと感じ彼女の攻撃に神経を注ぐ。しかし、それでも自身の<心眼・改>が効力を発揮しない。目の前にカレンは居るはずなのに、まるでその場に居ないかのようだ。


 レベッカは技能の使用を破棄し、自力で彼女の攻撃を数度凌ぐ。先程までのカレンとはまるで雰囲気が変わっており、レベッカは彼女の動きを捉えきれない。


 ――ガキン


「く……」

 カレンの一撃を受け止めるレベッカ。


 先程までとはカレンの攻撃の一撃の重さが違う。単純に威力が倍増したかと思えば勢いが軽くなることもあり、徐々にペースを乱されていく。

 こちらが本気の突きを放つと、それを予期していたかのようにカレンの姿がブレて攻撃を回避されてしまう。


 そして、三十ほど攻撃を凌いだ所でレベッカは背後に大きく跳躍し、距離を取って息を整える。


「はぁっ……ふぅ………カレン様、一体、どんな魔法を……?」


 息を整えながら、レベッカは彼女に疑問をぶつける。


「魔法……? 私は普通に攻めただけのつもりなんだけどね。でもレベッカちゃん流石ね。いくつか技能を駆使して攻めたのに全部防がれてしまってるわ」


「……カレン様の気配を読むことができませんでした」


「なるほど……レベッカちゃん、何かに集中してると思ったら、私の気配を読もうとしていたのね」


 カレンは納得した表情を浮かべて、レベッカに向き直る。


「んー、でも私にも不思議ね。身体からどんどんマナが溢れていく感じだわ。今ならこの聖剣の力を十全に使いこなせるかもしれない……ふふっ、本気で使う時が少し楽しみね……」


 カレンはそう言いながら、幼い少女のような屈託のない笑みを聖剣に向ける。


「でも、それをするには私がこの勝負を勝たなきゃね」


 その瞬間、レベッカは周囲の音と気配が全て消え去る感覚を覚えた。


「(―――くる!!)」


 レベッカは、カレンが次こそ本気の攻撃を仕掛けてくると確信する。同時に、レベッカは自身にありったけの強化魔法を連続発動させる。


<筋力強化>力を与えよ

<速度強化>韋駄天の力を

<射程強化>更なる先へ

<感覚強化>呼び覚ませ

<魔力強化>知恵の祝福を

<矢避けの加護>幸運を


 6つの付与強化魔法を最短最速で発動し、レベッカのあらゆる能力を増幅させていく。今のレベッカが最大限に力を発揮できる最大の状態である。


「わ……凄い連続魔法。武器だけじゃなくて魔法も器用ね」


 カレンはレベッカの連続強化を見て感心したような顔をする。


「でも、私も負けてられないわ」

 カレンはそう呟くと、聖剣を下段に構えて力を溜め始める。レベッカの脳裏に警鐘が鳴り響く。


 今までのような防御に徹した戦い方では到底防げないだろう。だが、<心眼・改>を発動しようにも彼女には通用しない。


「(それでも、受けて立つしかございません!)」


 レベッカは覚悟を決めると彼女の準備が整う前に更に複数の技能を発動させる。


<初速・強>

 最初の一歩から最高速で踏み出し、かつ一撃目の攻撃力を大きく増加する。


<武芸百般・極>

 全ての武器の重量の負担を半減させ、回避と命中に補正を掛ける。


<千里眼>

 最大3キロの距離を正確に見通し、全ての武器の命中率を向上させ、更に遠隔武器の攻撃力を増加する。


 この3つの技能を同時に使用し、レベッカは自身の最後の技に集中する。


「―――カレン様、次が最後の一撃となるでしょう」


「―――受けて立つわ、レベッカちゃん。私も、見せてあげる……貴女との戦いを通して得られた更なる力を!!」


 そして、そのまま睨み合い――

 次の瞬間、レベッカとカレンは同時に肉眼で捉えない速度で相手に駆け出す。

 

 そして互いに射程距離に入った瞬間、お互いの技が炸裂する。


<流星の瞬き>ミーティアライト!!」

 カレンの持つ聖剣アロンダイトがまばゆい光を放つ。


<極光突き>これぞ、我が一撃!!」

 レベッカの構える漆黒の槍が空間を斬り裂きながら放たれる。


 二人の声が重なり合った瞬間、闘技場に凄まじい衝撃が走る。闘技場の建物全体を震わせる程の衝撃に、見守る者達は転ばないように周囲にしがみつく。


 レベッカとカレンが立っている場所の地面は衝撃でクレーターのように陥没し、その中心部では2人が超高速の突きを撃ち合った状態で静止していた。


「……っ」

「…………!」


 そして、聖剣を突き出した状態のまま止まっているカレンを見て、レベッカは勝利を確信する。


 だが、次の瞬間。


「……槍が」


 レベッカの槍が先端からヒビが入り粉々に砕け散った。一方、カレンの【聖剣アロンダイト】は一切傷が入っておらず、彼女も怪我を負った様子は無い。


「……っ!」

 槍が砕け散ったせいか、レベッカの手に衝撃が走り思わずその場で膝を崩してしまう。


「――――そこまで!!!」


 グラン陛下は、レベッカが戦闘不能になったと判断して戦いの終了を宣言する。


「この勝負、カレン・フレイド・ルミナリアの勝利とする!!!」


 高らかにグラン陛下が勝者を宣言すると、自由騎士団の面々が歓声を上げた。

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