第676話 気付かないカレン
【三人称視点:カレン、レベッカ】
「――っ!!」
レベッカが前に飛び出してきたことにカレンは驚くが、それでも怯むことなく剣を振るう。剣と槍が激しくぶつかり合い、火花が何度も飛び散る。
「くっ……!!」「……!!」
カレンは武器でレベッカとぶつかり合いながら彼女の顔を見る。
すると、レベッカは少しだけ笑みを浮かべていた。
「何がおかしいの?」
「……いえ、失礼しました。カレン様が本調子でないとはいえ、またカレン様がこうして戦う姿を見て感動しておりました」
「……そう」
レベッカの言葉に、カレンは適当に相槌を打つ。本気で感動しているようで、彼女の目が何処となくキラキラしている。
しかし、そんな和やかな表情にも関わらずカレンは動揺していた。何故なら彼女が槍を振るうたびに、自分の聖剣とぶつかり合う度に信じられない衝撃が伝わってくる。
以前よりも力が落ちているのは自覚しているが、それ以上に彼女から感じるパワーが明確に以前と異なっている。
「(悔しいけど……認めざるおえないわね)」
今のレベッカは明らかに自分を上回っている。もし自分が魔王の呪いに犯されていなくても勝てたか怪しい。
「……だけど、それでも私は負けないっ!!」
カレンは自身に活を入れてレベッカの槍を強く弾く。
「っ!!」
レベッカは弾かれそうになった槍を何とか踏みとどまり、後ろに飛び退いて態勢を整える。そして、強い目でこちらを睨むカレンを見てレベッカは思う。
「(やはりカレン様はまだ力の半分も出せていないようですね)」
レベッカは槍を構え直すと、静かに息を吐いて目の前のカレンの状態を探る。
「(気迫に関しては戦いで少しずつ以前に戻りつつありますが……肝心な身体能力が以前に追いついていない。動体視力に関してはどうでしょうか……?)」
【視点:レイ】
僕達は二人の戦いを引き続き見守っていた。
すると、サクラちゃんが僕の方に歩いてきて耳元でこう囁く。
「レイさん、レイさん」
「ん?」
耳元でコソコソと話すサクラちゃんの息遣いにくすぐったさを感じながらも彼女の言葉に耳を傾ける。
「気付いてますか……? レベッカさん、まだ一度も槍の突き動作を使ってないです」
「!!」
僕はハッとして二人の戦いに視線を戻す。
考えてみると今までのレベッカの動きは主に薙ぎ払う攻撃を主軸にしている。本来、槍の最大威力を期待できるレベッカの得意の『突き』を封印しているのだ。
「……カレン先輩、まだ気付いてないと思います」
「……」
「(気付いてない……か)」
カレンさんは本来は正面から戦うより身軽さと機転を活かした戦術を得意としている。だが、今のカレンさんはむしゃらに剣を振っているように見える。
サクラちゃんが言っているのはレベッカの戦い方の事じゃない。彼女自身が自分本来の戦い方を思い出せずその違和感に『気付いていない』という意味だ。
「(カレンさん、思い出して……!)」
僕はカレンさんに心の中で声援を送るのだった。
「……ところでなんでレイさんはノルンさんを抱っこしてるんですか?」
「だって、途中でウトウトしてて眠っちゃったんだもん」
「くー……」
僕の腕の中でノルンが安らかな表情でスヤスヤと眠っていた。
◆◆◆
【三人称視点】
カレンとレベッカ、二人の戦いは激しさを増していた。
全盛期の力を取り戻そうと苛烈に攻め込むカレン、それに応じるように全ての攻撃を悉く防御し隙を見て反撃を繰り出すレベッカ。
しかし、一見五分に見えるこの勝負、明らかにカレンが追い込まれていた。
「……はぁ……はぁ……」
当たり前の話であるが、剣を何度も振るうごとに体力が大きく消耗していく。以前のカレンならばこの程度の戦闘では息切れなどしなかっただろう。
しかし、病み上がりの今の彼女はそうはいかない。通常のペースよりも急いて攻め込んでるカレンは、レベッカと比較して息が乱れてきていた。
「どうしましたか、カレン様。 息が上がっているようでございますが……」
「はぁ……はぁ……っ」
レベッカは一歩後ろに下がって槍の射程ギリギリから彼女に槍の先端が当たるように槍を薙ぎ払う。カレンはその攻撃に当たるまいと防御するが、彼女が動けば動くほどに体力が削られていく。
「お辛いのであれば回復魔法を使っては如何でしょうか。それに攻撃魔法もカレン様はお得意だったはず。何故、使わないのですか?」
「……っ!」
カレンはレベッカの言葉にピクリと反応する。
「……余裕ね、レベッカちゃん。貴女は回復魔法を使えないでしょう、私が使ったらこちらが有利になってしまうと思うのだけど」
「承知しております。ですが自身の優位点を活かして戦うのも戦術でございます。対戦する相手が同格以上であるなら尚の事、自身の強みを活かさなければ勝機を見出せないと思うのですが」
「っ!!」
今のカレンにとって、今のレベッカの言葉は明確な『挑発』だ。
だが、彼女の言葉通り、今のカレンはあらゆる手段に頼らなければ勝てる状況ではない。しかし、それでも目の前の少女、レベッカは未だに魔法どころか技能すら使った様子もない。その状況で自分が魔法を使うのは躊躇われる。
「(どうする……?)」
カレンが迷っていると、レベッカの口が開く。
「どうやら、まだお迷いのようでございます。……仕方ありません」
「っ!!」
図星を突かれて動揺するカレンを見て、レベッカは小さな声で呟く。次の瞬間、コロシアム内に転がっていた小石が宙に浮かび上がり、レベッカの周囲に集まっていく。
「ここからは遠慮なく魔法を使わせて頂きます……
レベッカがそう唱えた瞬間、彼女が手にしていた槍が消失して、代わりに宙に浮かんだ小石が集束して複数の大きな岩石となっていく。
そしてまるで砲弾のように射出されカレンへと迫る。
「くっ!!」
カレンは咄嗟に聖剣で受け止めるが、その威力に後ろに吹き飛ばされる。
「まだでございます」
レベッカは追撃の手を緩めない。今度は地面から次々と岩の礫が飛び出してカレンを襲う。
「……っ!!
流石にこうなれば魔法を解禁せざるおえない。カレンは炎属性の強力な魔法を解き放ち、レベッカの魔法に対抗する。
だが、そのカレンの攻撃魔法は想像以上の威力を発揮する。
「な……!」
レベッカは彼女の発動した魔法に驚愕する。
そのカレンの火球の大きさは、直径3メートルに迫るほどの大きさだった。カレンの火球の魔法はレベッカの放った岩石の魔法を熱量であっという間に溶解し、レベッカ本人へと向かっていく。
「く……っ!」
ここでレベッカは初めて焦りを見せる。レベッカは槍を両手で大回転させてから勢いを付けて火球に向かって大きく突きを行う。そして、カレンの魔法を貫いて霧散させる。
「(突き攻撃……)」
そこでカレンは今の瞬間だけレベッカが本気だったことに気付いた。
「(やっぱり今まで手加減してくれていたのね……)」
カレンは、レベッカがまだ全然本気じゃなかったことに悔しさを覚えながらも冷静さを取り戻す。
そして考える。
「(レベッカちゃんが今だけ本気になった理由……)」
それはカレンとレベッカの魔力の差だ。
確かに、身体能力では大きく衰えてしまっているカレンが不利だ。だが、彼女が元々蓄積しているマナの量は以前と変わらずカレンの方が上回る。
その結果が、先程の魔法のぶつかり合いだ。
「……そっか、忘れてたわ。私の強みは剣技や技能じゃなかった……」
そう、彼女の最大の強みは、その異常なまでの魔力量。
そして、長く戦いを離れていたことで自身の強みを忘れていたカレンは、ここにきてようやく自身の長所と自分の本来の戦い方を思い出す。
「……ごめんなさい、レベッカちゃん」
「……?」
突然の謝罪に、レベッカは困惑する。
「貴女は別に私を無意味に挑発してたわけじゃなかったのね。私に、私本来の戦い方を思い出させる為に今まで待ってくれていた」
「……」
レベッカは答えない。だが、肯定していることだけはカレンには分かった。
「……無様な姿を見せて恥ずかしいわ。レベッカちゃん、ここからは本気で来てくれて大丈夫よ」
「……気付いていたのですか?」
「少し前にようやくね。……さっきの魔法攻撃も、私に無理矢理魔法を使わせるために使ったのでしょう?」
「……」
レベッカは先程と同様に何も答えない。だが、それは彼女の無言が肯定だと言っているようなものだった。レベッカは腰を落として、ようやく本気の構えを取る。
「では、ここから本番と参りましょうか」
「ええ、そうしましょう……
カレンは剣を構え直し回復魔法を使用する。この魔法は徐々に体力を回復させていく遅効性の魔法で長期戦ほど効力を発揮する。
「む……遠慮なく魔法を使い始めましたね」
「誰かさんのアドバイスのお陰よ。自身の強みを最大限に活用しようと思ってね」
「それは良かったです。ですが、それだけの余力を残していられるのですか?」
「当然よ」
レベッカの問いに、カレンは笑顔で答える。そして二人は再び戦闘へと身を投じるのだった。
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