第675話 立場逆転
「では、はじめ!!」
グラン陛下の開始の合図と共に、カレンとレベッカが互いに武器を構える。
カレンは自由騎士団の元副団長という肩書だが、過去にファストゲート大陸に攻めてきた魔王軍の軍勢に立ち向かい、大将格の魔物を単独で討ち取った英雄である。
陛下や国民からの信頼も厚くその信頼の証として彼女は、国に保管されている【聖剣アロンダイト】を与えられており魔道具開発部によって彼女に最適化された改造がなされている。
彼女の戦闘スタイルは意外とシンプルで剣やレイピアなども用いた白兵戦。印詠唱と呼ばれる自身の手の甲や手の平に小さな魔法陣を展開して短縮詠唱して放つ属性魔法。そして、聖剣のエネルギーを解き放つ、彼女の代名詞たる【聖剣技】の3つだ。
対するレベッカはカレンと同様に英雄と呼ばれるに相応しい様々な戦果を挙げている。しかし彼女はカレンと比較して知名度が低い。
理由としては、周囲からは『勇者レイの仲間の一員』程度の認識しかされてないためだ。彼女に関する功績は、基本的に全て彼女の名ではなく『勇者パーティの功績』となっている。その為、レベッカの存在は一部の者以外にはあまり認知されていない。
この二人が決闘を行った場合、国の民はどちらが勝つと予想するだろうか。おそらく、国民の9割は、名が通っているカレンを支持するだろう。
では、残り1割は? それは、レベッカの強さを知る冒険者達だ。
彼女は【闘技大会】の予選で、腕に覚えのある強者たちを相手に槍一つで無双したことで冒険者達の間では知名度が大きく上がっていた。
かの英雄カレンと同等の実力者ではないかと噂されていたほどである。
騎士になってからカレンは冒険者としての活動を止めており、同時期に冒険者ギルドに登録したレベッカは、今は英雄カレンの再来とギルド職員に評されることもある。
グラン陛下が決闘の相手にレベッカに指名したのはそれが理由だ。
「……さて、どうなるか」
グラン陛下は合図と共に闘技場から離れて、特設された陛下専用の観覧席から二人の戦いを見守る。
【視点:レイ】
「……」「……」
二人は無言で相手の動きを見極めている。二人とも相手の出方を窺っているようだ。
「……珍しい」
僕はふと呟く。それにエミリアも反応し「彼女らしくありませんね」と同意する。するとノルンとルナはこっちを見て不思議そうな顔をする。
「どういうこと?」
「ああ、うん。普段のレベッカは、あんな風に睨み合いは滅多にしないんだよ。いつも先手必勝ってばかりに最初から本気で来ることが多くて」
「以前、手合わせした時もそうでした。あの時は私が負けてしまいましたが……」
エミリアは以前の手合わせを思い出しながら彼女の事を語る。
「でも、今みたいに相手の出方を窺うってことはあんまりしない。カレンさんとは以前にも戦ったことがあるから、彼女の戦闘スタイルは知っているはずなのに……」
「ですね……初見の相手なら、レベッカも様子見することあるのですが」
エミリアそう言うと、ノルンは「……ん?」と言って少し考えてから口を開く。
「……もしかして、手を抜いてる?」
その言葉に、僕とエミリアは、「まさか」と否定する。
「いくらカレンさんが病み上がりだからってレベッカはそんな事しないよ」
「そもそも、以前はカレンの方がずっと実力が上でしたし……。まぁ、今はどうなのかは私には判断が付かないですけど……」
「でも、その割にはレベッカちゃん動かないよね。手を抜いてるんじゃなくて気遣ってるとか?」
「……うーん、レベッカちゃんは優しいから可能性あるかもね」
僕達の話を聞いていた姉さんが振り返って推測する。しかし、一緒に振り向いたサクラちゃんは「レベッカさんって意外と好戦的ですよ」と彼女の事を語る。
「そうなの?」と姉さんが聞くと、サクラちゃんはこくこくと頷く。
「最近だと倒した魔物の数をレベッカさんとわたしで競い合ったりしますよ。あと、手合わせもよくやってます」
サクラの話を聞いて、ノルンは「ふーん」と言葉を漏らす。
「あ、静かに。二人が動きましたよ」
エミリアの声に、僕達は闘技場の方に視線を向ける。
すると、カレンさんが剣を構えてレベッカに突撃するところだった。
「はっ!!」
カレンさんは覚悟を決めたのか足に力を込めて一気に駆け出して素早く斬り掛かる。
「……!」
レベッカは左足を後ろに下げてカレンさんの攻撃を躱すと、そのまま彼女の横を駆け抜けつつ槍を振るう。
「ぐっ……!」
レベッカの横薙ぎの攻撃がカレンさんに直撃。
彼女は苦しそうな表情を浮かべながら吹き飛ばされる。だが態勢を立て直すと、再び剣を構えて走り出して聖剣を振るい、レベッカも槍で応戦する。
それからはカレンさんは積極的に攻め続け、レベッカは後ろに下がり冷静に槍のリーチを活かしてガードを繰り返しては時折反撃を繰り出す。
両者の戦いは一進一退で進み、お互い一歩も引かない展開が続いた。
「わぁ……二人とも凄いねぇ、時代劇の斬り合いみたい」
ルナは、目をキラキラさせて二人の動きに魅入っている。
だが、ノルンは彼女の言葉に「地味ね」と一言呟く。「え、そう?」とノルンの言葉にルナは不思議そうに首を傾げる。
「……レイもそう思うでしょ?」
ノルンの質問に、僕はちょっと困ってしまう。カレンさんはおそらく今の身体で何処まで動けるのか試しているのだろう。レベッカの方も、カレンさんの動きを見極めようとしているように思える。
最初に比べると少しずつ二人の攻防のペースが増していく。カレンさんは徐々に攻め手を増やしていき、レベッカは動かずにカレンさんの攻撃を防御し続け、時折反撃を加えていく。
そして、調子が戻ってきたのかカレンさんの方が一気に攻め立てる。
「――行くわよ!」
そう言ってカレンさんは一呼吸。
次の瞬間、一気に踏み込んでレベッカに対して連撃を叩き込む。
「……っ!」
レベッカは一瞬だけを顰め、彼女の攻撃を器用に防いでいくが多段攻撃に徐々に押されていく。カレンさんはこのまま押し切るつもりのようだ。
そして隙を見せない連撃を繰り出すカレンさんは、最後のダメ押しに両手に力を込めて剣を一閃させ強烈な一撃を放つ。
ガキンと剣と槍がぶつかり合い、一撃を受けたレベッカは勢いに押されて大きく弾かれる。レベッカは後方に吹き飛ばされながらも地に足を付けて踵をすり減らしながらも上手くバランスをとってどうにか耐えきった。
これは決着が近いか、と騎士団の面々の声が大きくなっていく。
―――だが、
「気に入らねぇな」
アルフォンス団長はイライラしたような声で呟く。
「団長、どうした? 副団長が優勢だぜ」
団長の様子に気付いたのか、団員の一人が団長に向かって言った。
「……いや、そうじゃねえよ。問題はもう一人の方だ」
「もう一人の方?」
団長の言葉に、団員達は首を傾げながらレベッカの方に目を向ける。そして、彼等は気付いた。レベッカが涼しい顔をしていることに。
「……あいつ、本気でやってねぇな」
団長の呟きに、団員達は騒がしくなっていく。
「(そういう事か……)」
僕は心の中で何故レベッカが積極的に攻めずに戦っていたのかを理解する。彼女は、カレンさんがある程度本調子を取り戻すまで防護に徹していたのだ。
「……レベッカちゃん、まさか……」
カレンさんも、その事に気付いたのか目を見張る。その目には困惑と僅かながら怒りが込められているように思えた。
「……申し訳ありません、カレン様。貴女が十全の力を出し切れるまで敢えてこちらから動くことを控えておりました」
「……手を抜いていたって事?」
「それは語弊があります、カレン様。必死になって未来を掴もうとする貴女様の心意気を、一突きで貫くような真似をすること出来ませんでした。ですので『観』に努めておりました」
「……っ!!」
カレンさんはその一言に瞳が燃え上がる。
『今の貴女では槍の一突きで勝負が付いてしまうから、本調子に戻るまで待ってあげた』
レベッカが言ったことを要約するとそういう意味。今の彼女は自分の相手にならないと言い切っているのと同じだ。
「……言うようになったわね、レベッカちゃん。今の私じゃ相手にならないって……?」
「いえ、そうではありません、カレン様。……以前、手合わせしたことを覚えていらっしゃるでしょうか?」
「……以前?」
「<サイド>の街での修練場の事でございます。あの時、カレン様はわたくしに戦いの手ほどきをしてくださいました。わたくしの無謀な攻めにも笑顔で剣を以って応えてくださいました。……今は、貴女にその時の恩返しをしているのです」
カレンさんはレベッカの言葉から、彼女が何を言いたいのか察する。
「レベッカ……貴方もしかして……」
カレンさんの言葉に、レベッカは小さく頷く。
「ですが、カレン様には不快だったご様子。……申し訳ありませんでした」
レベッカは槍を瞬間的に消失させて、カレンさんに頭を下げて謝罪する。そして、下げた頭を戻すと再び槍が現れる。
彼女の謝罪を聞いていた騎士団員達は、彼女の言葉に唖然とする。
「おいおい、マジかよ」
「あの子、副団長相手に全力じゃなかったってことか」
「……いや、確かに今の副団長の動きは、以前よりも………」
「……ああ、なんというか副団長のしなやかで流れるような動きに、精彩を欠いていたような……」
団員達は口々にカレンさんの体調を心配するが、カレンさんはレベッカの言葉を噛み締めるように目を閉じていた。
そして――
「……上等」
そう言って彼女は目を見開き、聖剣を構えると、一気にレベッカに向かって駆け出す。
そのスピードは先程までよりも段違いに早い。
「―――なるほど、来られるのですね」と、レベッカ。そして彼女は槍を突き出す。
「では、ここからはわたくしも、少しだけ動くことにいたしましょう」
―――そうして、レベッカはここにきて初めて前に飛び出した。
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