第674話 新旧英雄対決

 その日の夜――


 時間になった僕達は転移魔法陣から王宮闘技場で向かう。それまで時間、カレンとレベッカは一切会話を交えることなく修練場で黙々と戦闘訓練を行い、そして今は闘技場で相対している。


 闘技場の周りには、自由騎士団の面々や僕達の仲間が集合していた。僕達は彼女達二人の戦いでこの先を共に歩めるかを見届ける為に、自由騎士団の面々はようやく復帰した副団長が、決闘を行うと聞いて、彼女の戦いぶりを見る為に集まっている。


「まだ戦わないようですね……」


 エミリアは闘技場の中央を見て呟く。見ると、カレンさんとレベッカは互いの武器を弄って調整しているようだった。だが、その表情は真剣そのものだ。


「まさか、二人が戦うことになるなんてね」


「あ、あの……二人が喧嘩したわけじゃないんですよね。大丈夫ですよね?」


 姉さんの言葉に、ルナが困惑した様子で話しかける。姉さんは「大丈夫よきっと」と彼女の頭を撫でまわして安心させる。


「……先輩、大丈夫かなぁ」

 サクラちゃんはカレンさんの心配ばかりしているようだ。

 この後、結果次第ではカレンさんは僕達の旅に同行できなくなる。彼女とは大好きな先輩と一緒に冒険をしたいのだろう。その気持ちは僕も分かる。


 反面、カレンさんの事を想えば、このままレベッカに負けた方がいいのではと、少し思う。


 両親はカレンさんの事をとても大切にしている。戦いは僕達に任せて、カレンさんは騎士や冒険者を廃業して、両親の元へ帰った方が絶対に安全だ。


 ふと、彼女のお世話係のリーサさんと目が合う。


「……」


 リーサさんは僕に一礼して、再び闘技場を見つめる。彼女は、カレンさんが僕達に同行するのか、実家に戻るのか、どちらを望んでいるのだろうか。


 それが少し気になって、僕は彼女に話しかけようとするのだが……。


「……ふぁぁぁ」「……」


 僕の隣から、気の抜けた欠伸が聞こえて気がそがれてしまう。隣を見るとノルンが小さくしゃがんでとろんとした目をしていた。


「……眠いわ」


 ノルンは眠たそうに眼を細めてボンヤリ闘技場を見つめている。彼女はこちらに来てから毎日昼までぐっすり眠っててさっき起きたところだった。


「ノルン、いつも昼過ぎまで寝てるけど疲れてるの?」


「……大樹として長く生活してたから寝てる状態が普通なのよ。人間に戻っても1日最低16時間くらいは寝てたいと思ってるわ」


「そ、そうなんだ……」


 それはまた、何とも惰眠を貪る生活だ。もしかしてノルンは人間の姿の時は無理して僕達に合わせているんだろうか?


「……ノルンって何か猫みたいだよね」


「……どこが?」


「いつも眠そうだもん」


「……ああ、『猫』は『寝る子』ともいうわね……」


 そういうとノルンはふぁぁぁぁぁと小さな口で大きく欠伸をする。


「……ところで、どういう経緯で二人が戦うことになったの? いくら元気になったからっていきなり決闘とか馬鹿なの?」


「馬鹿って言うな」


 端的かつ辛辣過ぎるコメントに僕は彼女と同じくジト目で突っ込む。騎士や貴族からすれば【決闘】は特別な儀式のようなものなのだ。ノルンの言葉が他の騎士団員に聴こえてしまうと侮辱だの何だの言われかねない。もっとも、自由騎士団は自由過ぎる人達なので聞かれてもさほど気にしないだろうが。


「で、理由は何なの?」


 眠そうに目を細めて聞いてくるノルンに僕は手短に答える。


「ふーん、なんか面倒な事になってるわね」


「皆がカレンさんを心配した結果だよ」


「それで王様が試合で白黒つけようとか言い出したのね」


「……うん」


 僕がそう答えるとノルンは眠そうにしながらも少し考える。


「夢の迷宮での戦いぶりを見るかぎり、問題なさそうに見えたけどね……」


「普通の魔物相手なら、今のカレンさんでも十分だと思う」


 今のカレンさんの状態でも十分に強いということは全員理解している。だがこれから戦う相手は『普通』の相手では無い。それこそ彼女が全力の状態であっても敗れてしまうほどに。


 僕達が話していると、少し離れた所で自由騎士団の面々の声が聞こえてくる。


「……しかし、カレン元副団長の決闘か……」


「久しぶりじゃないか? 前に見たのは、アルフォンス団長と揉めた時だったか?」


「ああ、あの時は確かアルフォンス団長が、カレン元副団長に『女は男に守られているもんだろ。お前は女じゃねぇ』とか酔っぱらった時に暴言を吐いた時に、カレン元副団長がブチ切れた時だったか」


「その時の団長、見事に元副団長にボッコボコにされてて団員全員に大笑いされてたな」


「あれは見物だったな、ははは」


 自由騎士団の面々が過去の思い出話に華を咲かせて盛り上がっていた。なお、その思い出話の中心人物のアルフォンス団長は、肩をプルプル震わせて真っ赤な顔をしていた。


「……団長」

「言うな、何も言うな!!」


 部下からの生温かい視線を受けて、アルフォンス団長は羞恥のあまり大声を上げて誤魔化していた。


「―――さて、どうやら見届け人は集まったようだな」


 闘技場の中央、僕達から少し離れた場所で陛下が拡声器のような魔道具を使って全体に呼びかけていた。


「これより自由騎士団元副団長カレン・フレイド・ルミナリアと、レベッカ殿の決闘形式の試合を行う」


 その声に場内の空気が一変する。皆の視線は闘技場の中央にいる二人に注がれる。


「カレン元副団長の事は皆知っていると思うので、もう一人の彼女の事を紹介しよう。彼女はレベッカ、以前、闘技大会で好成績を収めた猛者だ。惜しくも準々決勝でサクライ・レイ君に敗れたものの、彼女が優勝をしていても不思議じゃないほどの槍の使い手だった」


 陛下に紹介されると、レベッカはこちらを向いてペコリと一礼する。


「また、彼女は【王都防衛戦】や【魔軍拠点襲撃作戦】で素晴らしい活躍を収めた英雄でもある。その実力は、同じく英雄と呼ばれるカレン元副団長に引けを取らないと思ってくれても良い」


 その陛下の言葉に、自由騎士団の面々が騒がしくなる。


「……さて、改めて説明すると今回の決闘は私の提案だ。目的は互いの戦闘技術を披露する場と思ってくれていい」


 陛下は咳ばらいをしてから説明を続ける。


「しかし今回の戦いは、自由騎士団元副団長カレン・フレイド・ルミナリアが、今もなお国の英雄として相応しい力を持っているのか? という疑念を晴らすためのものでもある」


 陛下の言葉に、闘技場にいる皆の視線が二人に集まる。


「誤解しないで欲しいのは、仮にカレン元副団長が負けたとしても、その地位をはく奪することは無い。また、彼女の使用する【聖剣アロンダイト】は我が国の至宝ではあるが、敗北したとしてもその所有権を奪うような真似もしないと誓おう」


 陛下はカレンとレベッカに視線を向ける。二人は武器を構えて向き合いながら、静かに呼吸を整えている。


「付け加えるなら今回の戦いは勝敗によって判断を下すわけではなく、私が重視するのは『勝ち』ではなく『戦い方』であることを忘れないで欲しい」


 陛下がそう付け加えると、闘技場全体に静寂が訪れる。皆が二人の戦いの結末を固唾を吞んで見守っているのだ。


「――さて、ではそろそろ始めようか」


 陛下の合図で、闘技場全体に結界が張られる。この結界が張られていると、二人が致命傷を負うような怪我をしても即死を防ぐ効果がある。


「では、はじめ!!」


 陛下の合図で二人は同時に武器を構える。ここに、カレンさんの進退を決める重要な戦いが始まった。

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