第673話 カレンの試練
カレンさんが目覚めた二日後――
「医院長、長い間お世話になりました」
カレンは自身の両親、それにお世話係のリーサの四人で、魔法病院で世話になった人達に別れの言葉を告げる。
「娘のカレンが世話になった。この礼はいずれ返させてもらう」
カレンさんの父であるカール・フレイド・ルミナリア伯爵は、医院長にそう挨拶して別れた後、カレンさんの方を向いて優しく微笑む。
「カレン……身体はもう大丈夫なのか?」
「はい、お父様」
カールは心配そうな表情で彼女に問いかけるが、カレンは笑顔で頷く。
「しかし、まだ万全ではないのだろう。いくら完治したとはいえ、何もすぐに退院しなくてもよかったんじゃ……」
「そうよカレン。貴女は今までずっと無理してきたもの。
……そうだ、これからはサイドに戻って療養しましょう。私達が傍に居れば生活に困ることも無いもの。冒険者も引退してしまえばいい、そうすれば危険な事はもう何も無いわ」
彼女の育ての親である義父カールと義母のルイズは、彼女の事を案じてそう話す。カレンはそんな二人に心の底から感謝しながらも首を横に振った。
「お父様、お母様。私の事を心の底から大事にして下さってありがとうございます。ですが、私はまだ使命を終えていません。この身に受けた呪いの根源……魔王を討つために私は、まだ戦いを止めるわけにはいかないのです」
カレンさんは強い意思がこもった目で言い切る。
「私は、フレイド家の娘ではなく、一人の冒険者『カレン・ルミナリア』として、これからは自身の力で道を切り開いてみせます。そして、彼らと共に魔王討伐に征くつもりです。……お父様、お母様……私を送り出してくださいますか?」
「カレン……うぅ……」
義理の母ルイズはカレンのその言葉を聞いて涙を流す。義理の父のカールは彼女を慰めながらも、複雑そうな表情だった。
しかし、カレンの決意は変わらないと気付いていたのだろう。彼女は泣くのを止めて、夫のカールと顔を見合わせて頷き合う。
「……ごめんね、カレン。貴女はきっとそう言うと思ってた」
「私達の事は気にするな。……行っておいで、カレン」
「ありがとうございます……お父様」
「カレン……たとえ血が繋がらなくても、お前は私達の娘だ」
「いつでも帰ってきていいからね……」
「――――っ、はい!!」
カレンさんは二人に涙を流しながら最愛の両親に頭を下げる。そして、毅然とした表情で二人と別れて、病院を後にした。
「リーサ、我が娘を頼む」
「……はい、ご主人様」
リーサもまた、カレンと生涯を共にする覚悟を決める。二人に別れの挨拶を済まして、カレンの後を追った。
◆◆◆
両親と別れた後、カレンとリーサは王宮へと足を踏み入れていた。
「ふぅ……」
カレンは先程別れた両親の事を想い、ため息を付いていた。
「カレンお嬢様、よろしかったのですか?」
「何がよ、リーサ」
カレンは謁見の間に向かう足を止め、自身の右斜め後ろをそっと歩くリーサに振り向く。
「お二人に本当の事を言わなかったことです。ノルン様のお話では、お嬢様の呪いは完全に解けていないという話ではありませんか、それなのに『完治』したと。嘘を付かれたとご主人様が知れば、きっと悲しまれることでしょう」
「……お父様とお母様が心配するのは目に見えていたもの。それどころか、二人は私が冒険者を続けること自体否定的だった。もし、本当の事を言えば、お父様は私を家から出さないかもしれない。だから、二人には悪いけど……私はまだ冒険者……いえ、戦う事を止めたくない」
カレンは顔を少し俯かせながらそう答える。リーサはそんな主を見て悲しげな表情を浮かべる。
「ですが……」
「リーサが私の事を心配してくれているのはわかっているわ。私が意識を取り戻すまでずっと私を支えてくれたあなたもお父様達と同じ気持ちなのでしょう。
……リーサ。私はずっと英雄とか持て囃されて孤独に戦ってきたけど、それがいつも苦痛だった。だけど、今は違う。私の隣で支えてくれる仲間達が沢山居る……そんなあの人達を今度は私が支えてあげたいの……今までの恩返しも含めて……ね」
「……そうでございますか」と、リーサは静かにそう答える。
「……あら、それだけ?」
「お嬢様が決心なさってるなら、これ以上私は何も」
「……レイ君達と一緒に行くと言っても?」
その言葉の意味は、「私も命を賭けて魔王と戦う」という意味だ。
当然、リーサもその意味は理解している。
「その時は……」
リーサは目を伏せながら答える。
「その時は?」
「……カレンお嬢様の恋路が上手く事をお祈りしております」
「って、何よそれ!?」
リーサの返答に、カレンは顔を赤くして抗議する。
「私はレイ君の事をそんな風に思ってないから……!」
「おや、
「……うぐ」
してやられたと、カレンは思った。
「ふふふ、カレンお嬢様、私はお嬢様の幸せだけを考えております」
「……もうっ」
リーサの言葉にカレンはぷくーっと頬を膨らます。
しかし、すぐに笑い出す。そして、彼女は再度謁見の間へと歩を進めた。
「さてと……行きましょうか」
◆◆◆
【視点:レイ】
王宮で姉さん、エミリア、レベッカの三人と共にグラン陛下と謁見していると、カレンさんが謁見の間にやってきた。
「カレン……」
エミリアが彼女を見て複雑な表情で呟く。
「おや、カレン君じゃないか。キミが目を醒ましてくれてなりよりだ。しかし、今日退院したばかりと聞いていたが……」
「ご無沙汰しております、陛下。本日はお願いがあって参りました」
「ふむ」
グラン陛下はカレンさんの言葉に頷くと、僕達に視線を戻す。
「それは、彼らに関係する話かな?」
「……その通りです。私も、彼らと魔王討伐に同行させてください」
「カレンさん、でも……」
僕は彼女の方を振り向いて言った。
彼女が僕達に一瞬視線を合わせてから、陛下に視線を向ける。
「長い間、呪いに侵されて動けませんでしたが、もう大丈夫です。今ならば私も皆と共に戦えます」
そう言いながらカレンさんは僕達の前に出て、陛下の前で跪く。
「国王陛下、しばらく陛下に預かって頂いていた【聖剣アロンダイト】を再び賜りたく存じます。どうか、お願いします……」
「ふむ……」
陛下は顎に手を当てながら少し考え込む。
「よかろう……剣は今宝物庫に保管してある。すぐに持って来させよう」
「ありがとうございます。国王陛下」
カレンさんが頭を下げる。グラン陛下は頷いて、近くの兵士に命令を出す。
「剣をここに。……いや、待て私も同行する。さて、レイ君、一旦話の区切りが付いたことだし今日の謁見はここまでとしよう。彼女もキミ達と話があるようだし、剣を持ってくるまで客間で待つと良い」
「わかりました、陛下。それでは失礼します」
僕達とカレンさんは一礼をして謁見の間を退出する。
退出すると、カレンさんに同行していたリーサさんの姿があり、彼女は僕達を見て一礼する。そして兵士の人に僕達は客間に案内してもらう。
この間、僕達とカレンさん達は一切言葉を交わさなかった。
客間に着くと、僕達はテーブルを挟んで設置されているソファーに座る。カレンさんは僕達とは向かいのソファーに座り、リーサさんはその背後で控えている。
そして、カレンさんは一言。
「私に内緒で討伐に向かうつもりだったのね」
カレンさんは真っすぐ真剣な目で僕達を見つめる。
もしかしたら、怒っているのかもしれない。
「私を気遣っての事なのだろうけど、黙って行くのはやめて。私はもう大丈夫だから。だから、私をちゃんと連れて行ってほしい」
僕達が彼女に声を掛けなかった理由。それは、病み上がりの彼女にこれ以上戦わせたくなかったからだ。
僕達は、前日にカレンさんのご両親にこう言われた。
「娘の身体は完治しているがまだ病み上がりだ。また体調を崩すかもしれない。私は娘を連れて行くことを反対している」と。また「これ以上、あの子を戦わせたくない」と、彼女の母であるルイズ様も言っていた。
実際、カレンさんは先日まで意識不明の重体だったわけだし、ご両親が娘である彼女を心配するのは当然だ。
僕達としてはカレンさんの意思を尊重したかった。だけどあまりにも必死に懇願するご両親の二人を見て、僕達はこれ以上何も言う事が出来なかった。
カレンさんの両親は、退院後、王都を離れてサイドに連れて帰ると言っていた。だが、彼女がここに来たということは説得に失敗したのだろう。
「カレンさん……ごめん」
「私達もレイくんも、望んでそうしたわけじゃないの。でも……」
僕の言葉が足りないと思ったのか、姉さんはそう補足する。
「ううん、いいの。皆の気持ちはわかるから……でも、私が望んで決めたことなの」
カレンさんは首を横に振りながら微笑む。そして少し悲しそうな表情で言う。
「お父様もお母様も、私のことを大切に想ってくれているわ。それはわかってる。だけど……」
カレンさんは一度言葉を区切り僕の方へと視線を向けると続ける。
「それでも、私はあなた達と一緒に戦いたい。病み上がりだからって足手まといになるつもりはないわ。戦うとなれば今度こそ不覚は取らない。例え、魔王が相手でも、私は以前と同じように戦えるわ」
カレンさんのその目は熱意と誠意に溢れていた。何とかしてカレンさんを戦いを遠ざけて欲しいと言われたご両親の気持ちはよく分かる。
だけど、僕の本当の気持ちとしては、この人に傍に居てほしかった。
「分かった。カレンさん、僕達と一緒に―――」
しかし、一緒に行こうと言おうとしたとき、仲間の一人に遮られてしまう。
「レイ様、お待ちを」
「レベッカ?」
今まで黙り込んでいたレベッカは、唐突に僕達の話に割って入る。
「わたくし達もカレン様と一緒に戦えるのはとても頼もしく思います。しかし、今のカレン様に以前ほどの力強さを感じません。まだ本調子ではないのでは?」
「それは……」
レベッカの言葉にカレンさんは少し口籠る。そして、少し考えた後、口を開く。
「そんな事はないわ。確かに、それなりの期間戦いから遠ざかっていたから多少勘は鈍っているかもしれない。だけどすぐにそんなの取り戻せる。……もし、私が足手まといと思ったなら、切り捨てても構わないわ。……だから」
「――それでは連れていくわけには参りません」
カレンさんの言葉を遮って、レベッカは厳しい言葉で拒否する。
「ちょ、ちょっとレベッカ、何を」
僕が彼女の言葉に反論しようとすると、レベッカは僕に視線を向けてジッと見る。そして、口元に人差し指を一本立てて軽く首を横に振る。
「(口を挟まないでほしいって事か……?)」
普段控えめな彼女にしては珍しい。彼女に何か伝えたいのだろうか。僕は、レベッカのの意思を尊重して僕は口を挟むのを止めてコクンと頷く。
僕が頷くとレベッカは再びカレンさんの方を向いて話す。
「確かにカレン様は命を投げ出す覚悟をお持ちでしょう。ですがわたくし達やレイ様がそのような事を望んでいるとお思いでしょうか?仮に、カレン様がわたくし達の足を引っ張ったとして、レイ様がカレン様を見捨てると?」
「……っ!!」
「もしそんな事態が起きてしまえば、きっとレイ様は自身の身を賭してでもカレン様を救うはず。……わたくしの考え、間違っているでしょうか……レイ様?」
レベッカはそう言って僕の事をじっと見つめる。
「(もし、カレンさんがそんな状況になったら……)」
僕は、レベッカの想定した状況を考えて自分のその時の思考を辿ってみる。
「……うん、見捨てたりしないと思う」
断言できる。その状況になったら、僕は何がなんでも彼女を助けに向かう。
「……やはり。それでこそわたくしの慕うレイ様でございます」
レベッカは僕の言葉を聞いて、何故か嬉しそうだった。しかし、すぐに気を引き締めてカレンさんに視線を戻す。
「カレン様に何かあったとしても、レイ様は必ず救出に向かうでしょう。……いえ、違いますね。わたくしも、ベルフラウ様も、エミリア様も、ここには居ないサクラ様も、仲間に危険が及べばきっと同じ行動を起こす……ですが、それでパーティの危機を招く可能性がございます」
「それは……」
レベッカはカレンさんを諭すように、しかし厳しい言葉で話す。カレンさんは彼女の言葉に反論出来ずに、視線を下に落として黙ってしまう。
「……レベッカ、少し言い過ぎでは……?」
見るに見かねたのか、エミリアがカレンさんに助け舟を出す。
「エミリア様。わたくしもこんなこと言いたくないのです。ですが万一……」
……と、そこで、客間の扉をノックする音が聞こえる。
姉さんが慌てて返事をして扉を開けると、そこには数人の兵士と、豪華な鞘に収まった一振りの長剣を携えていたグラン陛下の姿があった。
「失礼、カレン君。キミの望む【聖剣アロンダイト】を持ってきた―――が、……どうした、何があった?」
カレンさんと僕達に何処となく不穏な空気が漂っている事に気付いた陛下が問いかけてくる。
「……いえ、何でもありません」
カレンさんはバツの悪い顔でそう答えると、立ち上がって陛下から【聖剣アロンダイト】を受け取る。しかし、レベッカに言われた言葉を気にしているのか、カレンさんは沈んだ表情だ。
それと見て、グラン陛下は「ふむ?」と僕達の顔を見渡す。
「どうやら何かしら意見の相違があったようだな」
「あー、えっと……」
僕はどう答えようか、少し頭を悩ませる。そして、隠しても仕方ないの無い話なので僕は今のやり取りを陛下に伝えた。
◆
「……なるほど、話は理解した」
僕の話を聞いてくださったグラン陛下は、カレンさんに視線を向ける。
「カレン君、キミの覚悟を否定するつもりはない。
しかし、私としてはレベッカ君の意見も尤もだと思う。万全の状態ではないキミを戦地に向かわせて足を引っ張ったとしても、彼らはキミの意思に反して必死に守ろうとするだろう。それにもし、キミが死ぬようなことがあれば、私はキミの無事を願うご両親にどう詫びれば良い?」
グラン陛下に諭されて、カレンさんは唇を嚙みしめる。
「(カレン様……)」
カレンのその落ち込みように、レベッカは言い過ぎたと少し後悔する。今泣いてしまいそうな彼女の背中を見てそっと歩み寄って彼女の背中を優しく撫でる。
「―――だが、レベッカ君。一つ、質問があるのだが」
「―――っ! はい、何なりと、国王陛下」
自分の名前を呼ばれてレベッカは顔を上げて返事をする。
「仮に、カレン君の実力に疑いが無ければ、キミはそれで納得すると考えていいのだな?」
「……はい」
レベッカは陛下の言葉に静かに頷く。
「では、カレン君。キミの今の力を彼らに見せてやれば良い」
「!」
唇を噛みしめて震えていたカレンさんはハッとした表情で顔を上げる。
「自由騎士団元副団長カレン・フレイド・ルミナリア。国王として配下のキミに命令を下す。今宵、戦いの準備を整えて王宮闘技場に向かい、そこのレベッカ殿と決闘を行う事を命ずる」
「!?」
陛下の言葉に、カレンさんとレベッカは驚愕する。
「返事はどうした。元副団長カレン」
「は、はい! 謹んでお受けいたします」
「うむ……では、レベッカ君。キミは私の配下というわけではないが、受けてもらえるかね?」
「……はい、国王陛下。わたくしも苦言を言った手前、拒否する理由はございません」
グラン陛下に問われたレベッカは、カレンと向き合い彼女の事を真っ直ぐに見つめる。
「……よろしくお願いします。カレン様」
「ええ、こちらこそ」
二人は最後に互いに顔を見合わせると、力強く握手を交わした。
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