第672話 お帰りなさい、カレンさん
「……ん」
僕は、すっと目が覚めて、不思議と重さを感じる身体をゆっくりと起こす。そこは眠りについた時と同じ、カレンさんの病室だった。
しかし、周囲は暗くなっており、病室の窓にはカーテンが閉められていて部屋も暗くなっている。
「(……ホッ、ちゃんと戻ってこれたみたいだ)」
あの夢の迷宮から脱出出来た事に安堵し、ふと自分の身体に何か柔らかいものが乗っかっていることに気付く。それはノルンの小さな身体だった。
「(……そっか、ノルンと一緒に夢に入ったんだっけ)」
彼女と引っ付いた状態で眠る必要があったため、背中に手を回して抱きしめた状態でルナに眠らせてもらったのだ。ノルンはまだ両目を塞いで眠っているようだった。僕は彼女を起こすために呼びかけようとするのだが。
「ノル――」
突然、部屋の灯りが付いて、僕は僅かな眩しさを感じて目を瞑る。
「……眩しい……」
僕の耳元でノルンの呟きが聞こえる。
下を向くと吐息を感じるほど近い距離でノルンと目が合った。
「……おはよう、どうやらちゃんと戻ってこれたみたいね」
「……そうね、お互い無事で何よりだわ」
キス一歩手前の距離で顔を合わせてもノルンはいつも通り目を細めて眠そうな表情をしていた。少しは照れたりしないのだろうか。
「あー、レイくん起きてるー!!」
僕とノルンが無言で見つめ合っていると、聞き覚えのある声が部屋の入口の方から聞こえた。そちらを振り向くと、姉のベルフラウ様が僕達を見て驚いた表情をしていた。
「ねえさ――」
僕が声を掛けようとすると部屋のドアが勢いよく開く。
こちらを向いていた姉さんのお尻と激突し、そのまま姉さんは床に転んでしまう。そして、開いた扉から他の見知った女の子達が慌てて入ってくる。
「レイ様、目をお醒ましになられましたかっ!」
「レベッカ、慌て過ぎです。ベルフラウがとんでもないことになってますよ」
部屋に入ってきたのはエミリアとレベッカの二人だった。
僕が起きた事を聞きつけて慌てて入ってきたレベッカが、閉じかけていたドアを勢いよく開いた結果、入り口に立っていた姉さんのお尻にぶつかり突き飛ばしてしまったようだ。
「う、うう~……」
姉さんはお尻を手で押さえて涙目になっていた。
「ああっ、申し訳ございません。ベルフラウ様!!」
「大丈夫ですか……ベルフラウ?」
レベッカは慌てた様子で謝罪し、エミリアは姉さんに手を差し伸べる。
「……あはは」
「騒がしいわね……」
僕はその様子に和まされ、僕の上に膝の上に抱き止められているノルンは平坦な声で呟く。すると、部屋の外からスタスタと何人かの足音が聞こえてきた。
「え、なになに、サクライくん達起きたの!?」
次にドアから顔を出したのは、僕達を眠らせてくれたルナだった。そして、彼女の隣からもう一人。カレンさんのお世話係のリーサさん。
リーサさんは、起き上がっていた僕とノルンに視線を向けて、ほっとした表情をした後、視線を横にスライドさせる。そして彼女の目が大きく見開かれる。
「……カレン、お嬢様………!!」
「……え?」
彼女の声に、お尻を摩っていた姉さんは他の仲間達が、リーサさんと同じように僕達の横に視線を逸らす。
僕達も立ち上がってそちらを見ると、そこには、上半身を起こしボンヤリとした目で僕達を眺めているカレンさんの姿があった。
「……カレンさ――」「カレンお嬢様ぁぁぁぁぁ!!!!」
僕の呟きをかき消すように、リーサさんが泣きながらカレンさんに抱きつく。
「え? ……え?」
いきなり抱きつかれたカレンさんは混乱した表情だった。そんな光景を見て僕の仲間達も驚いていたが、リーサさんの彼女を想う様子に僕達は頬を緩めた。
「落ち着いて、リーサ」
「も、申し訳ありません、つい………」
リーサさんは彼女の言葉にすぐに立ち直り、距離を取って恥じたような表情をして一礼する。
そして最後にもう一人、サクラちゃんが部屋に入ってくる。サクラちゃんは笑顔で弾んだ大きな声で言った。
「たっだいまーです♪ パンと飲み物を買ってきましたよー。今日は一日、ここで皆さんが起きるまで――って……え?」
ストンと、彼女は両手に持っていた紙袋を足元に落とす。
サクラちゃんは、とある一点を見つめていた。
「……せん、ぱい……」
サクラちゃんの視線にあったのは、上半身を起こして困惑した様子のカレンさん。
「……サクラ」
カレンさんも彼女に視線に気づく。そして、カレンさんはようやくここが自分の病室であることに気付いた。
彼女の口がゆっくりと動く。
「――ただいま、サクラ。私、ちゃんと戻ってこれたみたい」
カレンさんは優し気な表情で、そう答えた。
それを聞いたサクラちゃんは、目を潤ませて―――
「う、うわああああああああああああん、せんぱーーーーーい!!」
と、カレンさんに抱きつき、彼女は再びベッドに倒れこむ。
「ちょ、ちょっとサクラ!?」
「よかったです……せんぱい……ううっ」
「……もう」
涙目になって顔を胸に擦りつけるサクラちゃんに、カレンさんは呆れた様子だったが、その頭を優しく撫でていた。
そんな二人の光景を僕達は微笑みながら眺めていた。
――ふと気付くと姉さんが僕のすぐ近くまで近づいていた。そして、彼女は僕と目を合わせると柔らかい笑みを浮かべた後、そっと耳元で言った。
「良かったわね、レイくん」
「――うん」
姉さんの言葉に、僕は笑顔で答えた。
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