第679話 ルナとノルン

 謁見を終えた僕達はよく通っている喫茶店に向かいそこで軽めの昼食を取ることにする。


 各々で飲み物と食事を注文してから隣り合ったテーブル二箇所に別れる。合わせて合計八人での食事となった。食事が終わった後は、ゆっくりと雑談しながら過ごすことになる。


 レベッカとカレンさんの決闘の話。

 カレンさんが無事に僕達と同行して旅が出来るようになった事。

 姉さんの体重が増えた事をエミリアに暴露されて姉さんが泣き出した話。

 ルナが魔法を覚えた事を皆に報告して撫で回される話。

 セレナさんが最近この王都で怪しい商売を始めたらしいという話。


 そして話題は、先程手に入れた神合金の槍の話になった。


「それにしてもノルン、あの槍が神合金で作られてるってよく分かったね」


 僕は椅子に座って舟をこいでいたノルンにそう声をかける。


「う……うん? あぁ、あれね」

 

 ノルンは目を擦りながらそう言ってくる。


「昔、聖剣の失敗作を見たことがあるのよ。あの槍はその失敗作に似てたの。聖剣と似たオーラはあるのに、何かが欠けて歯車が狂った……そんな感じね。

 多分、失敗作だから何処かに放棄されていたのを保管してたんじゃないかしら。あの国王が存在を知らないってことは、もっと前の王の所有物かしらね」


「聖剣の失敗作……って事はその足りない何かがあれば聖剣を作れるの?」と、カレンさんがノルンに質問をする。しかし、ノルンは「作れない」と答えた。


「聖剣は人間に製造は不可能なのよ。出来るのはせいぜい修繕くらいで一度失敗したものはどうやっても紛い物止まりになってしまう」


 ノルンの解説に、レベッカは「そうなのですか……」と小さく呟く。


「ともあれ、それはあくまで聖剣と比較した場合よ。失敗作であっても、その性能は人間が作った武器よりも遥かに強力なのは保証されてるわ」


 その言葉にレベッカは少しだけ表情を明るくした。

 しかし疑問を感じたルナはノルンに質問をする。


「でも、ノルンちゃん。あんな錆び錆びの状態の武器って直せるの?」


「あれが製造されてどれくらい経ってるか分からないからなんとも。腕の良い鍛冶師ならいけるのかしら?」


「あ、それなら腕のいい職人を知ってるわ。この後、案内するわね」


 カレンさんの提案で、僕達は、王都にある腕の良い鍛冶職人がいる武具店に向かうことになった。


 ――それから一時間後、僕達は目的に武具店に到着した。


「ここよ、王都内でも一番腕がいいと言われてるわ」

 カレンさんがそう言って案内した武具店の扉を開ける。中は思ったよりも広くて、刀剣類や鎧などの防具、それに盾やガーターなど、色々な種類の武器防具が陳列してあった。


「おお……」


 僕は目の前の武器防具を見てちょっとだけワクワクしていた。最近忙しかったし聖剣を手に入れてからこういったお店に入る機会も無くなっていた。


 冒険者になったばかりの頃の手持ちが少なくて悩みながら武具を選んでいたのを思い出す。当時は、少し重い鎧を装備しただけで動けなくなって苦労した。


 剣と盾の使い方も十全に理解しておらず失敗もあった。珍しい装備を入手したらエミリアに報告して鑑定してもらったのも良い思い出だ。


「サクライくん、楽しそうな顔してる」

 ルナが僕の顔を覗き込んでそんな事を言う。どうやら回想に浸り過ぎたようだ。


「では皆様、わたくしはこの槍を持って修繕の依頼の相談をして参ります」

 レベッカは僕達に一礼して店員の元へ歩いていき、陛下から頂いた古びた槍を見せて店の奥へと入っていった。

 彼女を見送ると、カレンさんがこちらを振り向いて言った。


「レベッカちゃんが戻るまで店の中を見学してましょうか」

 僕達は彼女に同意して店の中を歩き回って時間を潰すことにした。


「ノルン、一緒に見回ろうよ」


 僕はこの中で一番幼い外見の少女に声を掛ける。が、彼女は店の隅っこに座って眠っていた。


「くー……」

「ね、寝てる……」


 某国民アニメの少年もビックリするレベルの寝入りの良さに思わず呟いてしまう。


「ノルンちゃん、ずっと眠そうだったもんね」


 ルナがそう言って僕の隣にやってくると、ノルンはピクッと反応して目を擦った。どうやら彼女も起きてしまったようだ。


「……何?」

「あ、いや……退屈だから何か見て回らないかと思って……」

「……行く」


 彼女は立ち上がってフラフラとした足取りのまま僕の元へ歩いてくる。そして僕達は加えて三人で店の中を見学し始めた。


 エミリアと姉さんは興味が無かったようで外で待つと言って出ていった。残ったカレンさんとサクラちゃんは僕達よりも先に楽しそうに店の中を回っている。


 僕達三人も彼女達に習って店の中を歩き回る。ルナは昔転生したばかりの頃の僕のように盾や杖を見て目を輝かせている。


「ね、ね、私も杖とか持ったら魔法使いっぽく振る舞えるかな?」


 どうやらルナは魔法使い必需品の杖が欲しいらしい。エミリアみたいな格好に憧れてるのかな?


「杖か……悪くないと思うけど……」

 ルナはエミリアから魔法を学んで間もないが<初歩魔法>は全て習得済。それと<自然干渉魔法>の炎と氷の最下級の魔法も使えるそうだ。

 他にも適性のある魔法を複数習得出来ており、彼女も立派に魔法使いと言えるのかもしれない。


 今のルナは『見習い魔法使い Lv10』といった感じだろうか。


 初めて出会った時のエミリアと比べると実戦経験が乏しく、中級魔法が使えないため見劣る部分もあるが、足りない部分は僕達が補えばいい。


「じゃあ、僕が何か買ってあげるよ」

「本当?」


 僕がそう言うとルナは嬉しそうに言った。


「もちろん」

「やったー!!」


 ルナは僕の手をとってぴょんぴょん飛び跳ねる。かわいい。そんな僕達をノルンがジト目で見ている事に気づく。というより彼女は大体いつもジト目だ。


「ノルンも何か欲しいものある?」

「私は子供じゃないんだから要らないわよ」

「あ、これが欲しいんだね」

「!?」


 僕はノルンが見ていた装飾品の陳列台に近付き、飾られている髪飾りを手に取る。


「ええと……『精霊の髪飾り』……か、効果は、補助魔法の成功率の上昇……」

「……なんで欲しがってるのが分かったの?」

「視線でバレバレだよ」


 ノルンの見ていたアクセサリーは割と実用的なもののようだ。彼女が補助系の魔法を得意としているので、この髪飾りは良い選択かもしれない。


「買おうか」


 僕はそう言ってノルンに髪飾りを渡した。


「……いいの?」

「うん、きっと似合うよ」


 僕がそう言うとノルンは照れてそっぽを向いてしまう。

 その仕草がどうみても子供で思わず笑みがこぼれた。


「それで、ルナは何が欲しい?」


 僕は少し離れた場所で飾られている杖をジッと見ているルナに声を掛ける。


「あ、えっとね……本当に良いの?」

「構わないよ」

「これなんだけど……結構高いよ?」

「どれどれ……えっと……」


 僕はルナが見ていた商品の値札を見る。彼女が見ていたのは『月の杖』、杖の先端に三日月の形をした白い宝石が嵌め込まれた杖だ。


「うん、でもこれなら大丈夫」


 値札に表記されている値段は、金貨十枚だ。正直、普通の冒険者じゃすぐに手を出せない金額ではあるのだけど、一応僕は勇者。魔王討伐の報酬や数々の依頼の報酬で貯めた自由に使える金額がそこそこあるため、このくらいなら問題ない。


「これ以外にも何か欲しいのあれば買っていいよ?」


「え、でもこれかなり高いよ……?」


「何なら金貨二十五枚くらいなら初期投資として出して良いくらいだけど」


「ご、二十五って……」


 ルナはポカンと口を開けて僕を見る。


「(……忘れてた。金貨一枚の価値は大体三万円くらいだったね……)」


 その基準で言えば、金貨二十五枚は70万円相当。彼女が驚くのも無理はない。逆に、自分がそのくらいの金額を即用意出来るようになったのは感慨深いものがある。


「そうだ、折角だしルナに似合う装備を選ぼう」


「えっ!?」


「おーい、カレンさーん、サクラちゃーん。ルナに似合いそうな装備探し手伝ってー」


 僕は近くにいたカレンさんとサクラちゃんにそう声を掛ける。「はーい」と元気よく返事した彼女達は、すぐに僕達のもとにやってきた。そして彼女達に手伝ってもらって、僕達はルナの能力に見合った装備を選んでもらう。


 結果、金貨四十枚という想定を上回る出費になってしまった。


「(……まぁ友達や仲間の為だしね)」


 冷静に考えてみると自分は趣味らしい趣味が無い。仲間といればそれだけで楽しいと思うくらいだ。なら、仲間の為に投資するのは、趣味に使うといい換えてもいいんじゃないだろうか?


 僕が頭の中で、必要以上の出費をしてしまったことへの言い訳を考えていると、試着を終えたルナとノルンが戻ってきた。


「見て見て、サクライくん。似合う?」


 戻ってきたルナは、買ってあげた杖を手に持ち、カレンさん達が見繕った装備を身に纏い、その場でクルリと一回転して見せた。


 彼女の装備はエミリアのような本格的な魔道士衣装では無く、どちらかといえば動きやすさを重視した軽装備だ。防御系の魔法を付与させた肩からお尻くらいまでの長さの短めの緑のマントに、足を保護するための膝上までのブーツ。

その上の腰辺りはスカートっぽい腰巻を着けており、上半身は分厚すぎない程度の革鎧で胸元を膨らませた女の子らしさをアピールしている。ルナの初々しい感じも合わさって全体的にとても愛らしく仕上がっていた。


「うん、可愛いよ」と、僕が素直に褒める。

 ルナは「あ、ありがとう」と嬉しそうに頬を染めた。


「これでルナさんも立派な冒険者ですね♪」

「ふふ、冒険者登録もしなきゃね」


 サクラちゃんとカレンさんは冒険者らしい衣装というコンセプトで選んだようだ。


 ふいに背後から視線を感じ、僕は振り返ると、僕が買ってあげた髪飾りとブレスレットを身に付けたノルンが何か言いたそうにジト目で見つめていた。


「ノルンも似合ってるよ」

「そ。まぁ、私は別に褒めなくていいわよ」


 ノルンは短めの髪を必要も無いのにかき上げてフイッっと僕から視線を逸らす。


「(やっぱこの子、猫だな……)」


 さっきまで絶対何か言ってそうな顔してたのにいざ言ってあげるとこれである。まだ短い付き合いだが、彼女らしい。


 それから少し経って店の奥からレベッカが出てくる。僕達に気付いた彼女は早足でこちらに向かってきた。


「お待たせして申し訳ございません。少し遅れてしまいました」


 彼女は申し訳なさそうに皆に謝罪する。遅れたことは特に気にしていない。


 だが、気になるのは彼女の腕の中にある白い布に包まれたままの槍だ。修理に出したというのに、何故彼女は手に持ったままなのだろう。


「レベッカちゃん、修理に出したんじゃないの?」

「それなのでございますが……」


 レベッカは少し落ち込んだ顔で語る。話によると、最初にこの槍を見せた時に嫌な顔をされて断られてしまったそうだ。


 それでもレベッカは諦めずに修理を頼み込んだが『劣化が酷すぎて、下手に触って壊してしまう方が怖い』とのことだったそうだ。


 カレンさんは「私がちょっと言ってあげましょうか?」と提案する。


 しかし、レベッカは首を横に振って「専門の方がそう言われるのであれば仕方ありません」と落ち込んだ様子で答える。


「(何か手は無いかな……)」

 このままじゃ売値も付かないだろうし、神合金で出来たこの槍を処分するなんて勿体なくて出来ない。だが、王都で最も腕の良い職人にそう言われてしまうと、僕達素人にはどうしようもない。もっと他に頼れる知り合いがいれば話は別なのだが……。


「―――あ!」


 そこで僕は閃いた。以前、僕のこの【蒼い星】の修理をしてくれた人が居たじゃないか。その人に頼れば……!!


 そう思い、僕は彼女達に相談することにした。

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