第270話 未知の敵

 

「なるほど……状況は理解できました。

 あなた達はこちらに進行中の魔王軍と遭遇、途中敵を振り切る際に分断され、その最中に敵の大将……魔軍将ロドクと遭遇したわけですね」


 ウィンドさんはこちらの状況を簡潔に纏める。

 それにボク達は頷いてから、自分で状況を整理するためにボクが続きを纏める。


「はい、そしてボクと魔軍将が交戦中にエミリアに助けられて何とか逃げ出すことが出来ました。

 その際に、魔軍将ロドクが召喚したアンデッドドラゴンという魔物に追跡されましたが、サクラちゃんの魔法のお陰で振り切ることが出来ました」


「ついでにこちらに向かってくる戦力はかなり減らしてきたわよ。もしかしたら撤退してくれるかもね……と言いたいけど」


 カレンさんは途中で言葉を詰まらせる。

 確かに彼女の言う通り、ロドクと交戦時にダメージを与え、敵の兵達も相当減らしたはず。

 もしかしたら出直してくれるかもという期待はある。だけど、こちらからそれを確認する術はない。

 何より、奴が名乗った死霊召喚師ネクロサモナーというのが気になる。


死霊召喚師ネクロサモナーですか……。

 異名をそのまま取るのであれば、死霊術士であり召喚術士という事になりますね」


「死霊術って、アンデッドを思い通りに操作するやつよね? でも、そんなの普通出来ないんじゃなかったっけ?」


「通常の死霊術ではせいぜい死体を動かす程度しか出来ませんが、魔力の強い魔物やアンデッドならもう少し汎用性の利く魔法です。しかし、厄介なのは『召喚』というワードです。

『召喚魔法』は<失伝魔法>と言われて既に廃れた古代の魔法。故に人間にその使い手はいません。つまり、今回の敵は未知の相手と言えるかもしれませんね」


「そうなんですか……。ウィンドさんでも使えないんですか?」

 エミリアは質問した。その質問にウィンドさんは首を横に振って否定した。


「残念ながら使えません。<召喚魔法>は<空間転移>の応用であることは判明しているのですが、自身を対象とする<空間転移>と比べてその方法が殆ど解明されていないのです」


「へぇ……ベルフラウはどうです?」

 エミリアは今度は姉さんに質問したが、姉さんは即座に否定した。


「無理よ……そもそも私の空間転移はちょっと特殊だし、その召喚魔法? っていうのに応用するのも無理だと思う」

「(女神様でも無理なのか)」

 どっちの魔法も原理は分からないけど。


「しかし、死霊術というのも厄介ですね。

 その気になればレイさん達が倒した魔物をアンデッドにして蘇らせて襲ってくる可能性がありそうです」

「はい、ボクもそれを考えてました」

 魔軍将ロドクはそれっぽいことを何度か言っていた。


『我は慎重でな……。生きたまま人間を仲間に引き込もうとは思わん』

『本当の意味で我の仲間に加えてやろう!! 死ぬがいい!!』


 奴の言葉だけど、

 あれは恐らくアンデッドにするという宣言だろう。

 ボク達人間にそれが出来るというのなら、多分ウィンドさんの予想通り魔物達も……。


「あとアンデッドドラゴン……だっけ? あの魔物も凄く強そうでした!」

 サクラちゃんは元気よく言った。


「うん、ボク達もかなり苦戦してサクラちゃんの魔法が無ければ危なかったよ」

「あはは、それほどでもー」

 ボクが褒めると、サクラちゃんは照れくさそうに頭を掻いた。


「なるほど、大体の状況が掴めました。

 では、まずは状況を整理しましょうか」


 ◆


「なるほど、配下の弱い魔物はほぼ一掃出来たけど、魔軍将自身とアンデッドドラゴンはまだ生きていると……。

 厄介ですね……特にアンデッドドラゴンは術者に操られた存在です。おそらく、術者とアンデッドドラゴンの視界は共有されていたはず。

 となると、途中で<消失>でこちらを見失っていたとしても、すぐに見つかってしまうでしょうね」


 ウィンドさんは考え込むように呟いた。


「となると、奴はすぐにこちらに向かってくるってことです?」

「ええ、そうですね。

 しかも今度は術者……魔軍将ロドク本人とアンデッドドラゴンと同時戦闘になるでしょう」


「それは……かなり厳しい戦いになりそうね」

「ですね……うーん」

 カレンさんとサクラちゃんは不安げに顔を合わせた。

「それに、ロドク以外の魔物がまだ残っている可能性もあります。

 もし、それが合流したら……」

「……ッ!?」

 エミリアが言いかけた言葉にボク達は息を呑んだ。


 今までと空気が違う。

 快晴のような爽やかな空なのは変わらないのに、まるで湿気を帯びたようにボク達の身体に嫌な汗が出始める。

 そして何処からともかく、肉が腐ったような不快な臭いが漂い始めた。


「……皆さま、警戒を!」

 レベッカは虚空から槍を取り出し、崖の先に目線を動かし槍を構える。


 他の皆もそれぞれ武器を構え、周囲を見渡した。

「……来るわ!!」

 カレンさんが叫んだ瞬間、遥か遠くの岩場が揺れた。


「グオオォオオオオン!!!」

 アンデッドドラゴンの雄叫びが響くと同時に、無数の魔物達が現れた。

 魔軍将ロドクの傀儡となったアンデッドドラゴンは涎や腐肉を垂れ流しながらこちらに襲い掛かってくる。

 同時に、カエデが撃破したはずのワイバーン達、その魔物達も生気を失ったアンデッドと化してこちらに飛んでくる。


「こ、これは……!!」

「アンデッドの竜の群れ……!!」

 エミリアとレベッカがその恐ろしい光景に驚愕する。

 アンデッドドラゴン1体とワイバーンが15体程度であるが、その戦力は並の魔物と比較にならない。

 元々強力な龍種の魔物なのに、それがアンデッドと化して特有の不死性が付与されているのだ。


 しかも、それだけでは無い。

 最も後方からこちらを目指して飛んでくるワイバーンの一体に何者かが騎乗している。

 そして、そいつにボクとエミリアは見覚えがあった。


「魔軍将……ロドク!!」

「あの人が……!? 完全な骸骨の魔物ね」

 姉さんもその存在に気づいたようで、敵のその異質な外見を凝視する。



「皆さん、戦闘準備を! 私は奴らの戦力を分析します!」

 ウィンドさんは飛行魔法でボク達の前の方に飛んでいき、魔法を使用する。


「<能力透視+>(アナライズ)!!」

 ウィンドさんの魔法が発動すると、同時に映像魔法を介してその詳細なデータが僕達の前に表示される。


 Lv35 <ワイバーン・ゾンビ>

 <種族:翼竜・アンデッド>

 HP700/700 MP0/0

 攻撃力420 魔法攻撃力0 素早さ250 物理防御100 魔法防御100

 所持技能:火球のブレスLv20 高速飛行Lv10 不死性Lv10 ゾンビ化 Lv10

 所持魔法:特に無し

 耐性  :状態異常無効 精神異常無効

 弱点  :光属性 炎属性


  Lv?? <??????>

 <種族:ドラゴン・アンデッド>

 HP3000/3000 MP???/???

 攻撃力750 魔法攻撃力??? 素早さ220 物理防御230 魔法防御200

 所持技能:飛行Lv10 不死性Lv25 ゾンビ化Lv25 存在秘匿Lv20 他、詳細不明。

 所持魔法:???(アンデッド化により失われている)

 耐性  :状態異常無効 精神異常無効 痛覚無効

 弱点  :光属性 炎属性 (痛覚無効効果でダメージ軽減)


 補足:詳細不明。

 アンデッド化により不死の能力を得ているが大きく弱体化している。

 常に行動を支配主に制御されている。


 <不死性>徐々にHP回復、生物の急所を撃たれても即死しない。

 <ゾンビ化>常時狂っている状態、多少のダメージを受けても怯まなくなる。

 <痛覚無効>痛みで動きが鈍化しない。弱点効果を相殺する。


 Lv?? <ロドク・B・ノレージ>

 <種族:エルダーリッチ・アンデッド>

 HP2000/2000 MP????/????

 攻撃力350 魔法攻撃力???? 素早さ150 物理防御400 魔法防御400

 所持技能:不死性Lv?? 魔力弾Lv35 存在秘匿Lv20

 所持魔法:死霊術Lv50 召喚魔法Lv? 疑似召喚Lv30 他、多数の魔法を習得済。

 耐性  :状態異常無効 精神異常無効

 弱点  :光属性 炎属性


 補足  :最上級アンデッドモンスター。それ以上の情報は不明。


 <死霊術>アンデッドモンスターを意のままに操る能力。

 <魔力弾>魔力を可視化させ大砲や火球のように飛ばして攻撃する。

 <召喚魔法>契約した生物を遠く離れた場所から召喚する魔法。

 <疑似召喚>召喚魔法に似た技術で魔物を特定の場所から呼び出す。


 ウィンドさんの魔法によって得られたデータをボク達は頭に入れていく。


「ワイバーンはゾンビ化してるけど能力自体は強くない。だけど……」

「アンデッドドラゴンはそういうわけにもいきませんね」

 ボクの言葉にレベッカが同意するように言った。何より、ロドク自身の能力だ。接近戦の能力はそこまでだけど肝心な魔力が秘匿されてしまっている。


『―――追いついたぞ、勇者よ』

 距離が離れているというのに、肝が冷えるような不気味な声が周囲に響き渡る。

「――っ!」


「……連絡用の魔法陣で聞いた声と同じですね」

 ウィンドさんは言った。


『ここに待ち構えているという事は、魔軍将サタン・クラウンを撃破したのはお前たちで間違いなさそうだ。本来なら他の部下や悪魔共を従えて連れてくるつもりだったが、お前たちが暴れたせいでアンデッド化させられたのはワイバーンだけになってしまった。だが、まぁそれで十分だろう』

「……あなたは本当に魔軍将ロドクなんですか?」

 ウィンドさんは警戒心を剥き出しにしながら訊ねる。

『いかにも。お初にお目に掛かる。我が名はロドク・B・ノレージ。貴様らが倒した魔王軍魔軍将の一人だ。

 ふむ……見たところ、貴様は神の使いと言ったところか……』

 神の使い、という言葉は気になるが、ウィンドさんはその言葉に答えずに言った。


「ノレージ……その名前、聞き覚えがありますね」

 ウィンドさんはしたり顔で言った。

『ほう? 我を知っているのか?』

「いえ、昔あなたと同名の人間の魔法使いが存在したという知識だけの話ですよ」

 その発言を聞いた瞬間、ワイバーンに乗っているロドクは大笑いを始めた。


『フハハハッ! そうだったか!!』

 さっきまでの無感情はどこへやら、急に感情を取り戻したのかのようだ。

 奴はそれまで引っ込んでいたのに自身が騎乗するワイバーンを集団から先頭まで飛び出して、周囲の操る魔物達を動きを止めさせる。

 そして、こちらを一瞥して、今度は不気味に笑った。


「……その反応、やはりあなたは元人間ということですか」

『いかにも……だが、それを語るつもりはない。

 我がアンデッドを引き連れて直々にやってきた理由、貴様らは分かっていよう?』


「えぇ、もちろんですとも」

 ウィンドさんは余裕綽々とした表情を浮かべながら言った。


「連絡用魔法陣を傍受してあなたの目的は既に分かっています。

 あなたのお仲間の魔軍将サタン・クラウンを殺した雷龍とその協力者の始末、それに麓の村を滅ぼすことでしょう?」


『ふむ、それを分かっているということは……そこの勇者と雷龍……そして貴様らは我に命を差し出すつもりでここに残ったという事で相違ないな?』

 ドクロの顔でボクと雷龍のカエデを一瞥し、最後にボクたち全員を見渡してから言った。


「……随分言ってくれるじゃない。私達がそう簡単に殺せると思ってるの?」

 カレンさんは自身の持つ聖剣を構えて言った。


『……ほう、聖剣アロンダイトか、随分と懐かしい物を持ち出している』

 ロドクはカレンさんの持つ聖剣を興味深そうに見ている。


『その聖剣……元は、先代の勇者が愛用した武器だ。先代の魔王と勇者は相打ちになり、その聖剣の行方も分からなくなっていたはず。先に人間に回収されていたか。しかし、不思議なものだ。本来であれば、それは勇者が手にするべき聖剣、何故勇者でない貴様が手にしている?』


「……さぁ? それより、随分と物知りじゃない。元人間らしいけど、そんな大昔の話を知っているという事は随分長生きなのね」


『ふん……これでも何度も体を入れ替えていたものでな。

 もっとも、既に消耗し過ぎてアンデッドとして生きるしか手がなくなってしまったが』


「つまり、もう寿命がないってことかしら」


『寿命などとうに超越している。この身は既にアンデッド、我は永久不滅の存在よ。

 だが、そうだな……そこの勇者の器に我の魂を移し替えれば、我は以前よりも遥かに強大な魔力を得られるかもしれぬな……』


「な……!?」

 このロドクというアンデッドはボクの身体を乗っ取って、自分が支配すると言っているのだ。

 その言葉を理解したボクは思わず身震いする。


「……させないわよ」

 姉さんがボクを庇う様に前に出る。

 同時に、エミリア、レベッカ、カレンさんがボクとサクラちゃんをロドクから守るように戦闘態勢を取る。


『我と戦う気か? 我が傀儡のアンデッドドラゴンとすら戦う事を避けた貴様らが』

 そのロドクの挑発とも捉えられる言葉に、エミリアは答えた。


「勘違いしてもらっては困りますね。私達は逃げていたわけではありませんよ。あなたがここまで追いかけてくることを見越してここに誘い込んだだけです」

 エミリアは不敵に言い返す。


「(……うん、まぁ嘘だけどね)」

 ロドクの言う通り、戦いを避けて逃げ帰っただけだ。

 勝てない相手というわけでは無かっただろうけど、無駄に消耗をしたくなったのが本当の理由だ。

 だが、エミリアはそのままハッタリを続ける。


「それに、あなたは一つ大きな間違いを犯していますよ」

『何?』

「本当の勇者は、私エミリアです。あなたが勇者だと勘違いしている少女は私の妹ですよ」

「はっ!?」

「え、ほ、本当ですか!?」

 その言葉に、ボクとサクラちゃんが大げさなくらい驚いてしまった。

 ちなみに他の仲間は苦笑いを浮かべている。


『……味方にも驚かれているようだが?』

「…………今教えたので」

 エミリアはこちらをチラッと見て「私の渾身の演技に合わせてくださいよっ!?」という感情を表情で向けてきた。


 ……ごめんなさい。

 ボク達が謝罪のニュアンスで首を垂れると、エミリアはロドクに向き直って言った。


「……まぁ、そういうわけなので私と戦ってください。

 魔軍将ロドク……いえ、召喚士ビヨンド・ノレージさん」

『……』

 エミリアの言葉にした名前に覚えがあったようで、ロドクが黙り込む。


「……その名前って」

 ボクの言葉に、エミリアが反応して頷いて言った。


「失伝魔法となっていた召喚魔法を可能な限り再現した魔法使いの事ですよ。

 今から16年前に失踪した魔法使いだったのですが、まさかエルダーリッチになっているとは思いませんでした」

 エミリアはロドクが騎乗しているワイバーンに自身の杖先を向ける。


「何故あなたが魔王の手下になっているのです?

 以前倒した魔物が、拉致して知識と技術を奪ったなどとほざいていましたが……」

『……』

 ロドクは沈黙したまま何も言わない。


「……答えませんか。なら、直接聞くまでです!」

 エミリアが詠唱を始めると同時に、ロドクはワイバーンに命令を下した。

『……やれ』

「……っ!!」

 ロドクの命令に呼応するように、アンデッドのワイバーンがボク達に襲い掛かってくる。

 同時に、ロドクが騎乗するワイバーン空高く飛び上がり、文字通り高みの見物をするつもりのようだ。


「私達も行くわよ! まずはあのアンデッドワイバーンを墜とさないと……!!」

 カレンさんの号令と共に、ボクたちもロドクの操るアンデッドワイバーンとの戦闘を開始した。

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