第269話 遠距離戦

 その時、ボクの背後から凛とした声が響き渡る。


「――やらせないッ!!!<極大吹雪魔法>フィンブル!!!」

『!?』


 次の瞬間、ボクの目の前は真っ白な森の雪原と姿を変え、奴とボクの間は氷の壁に覆われていた。同時に、ロドクが放った極大の火球も相殺され奴は驚愕する。


『な……<極大吹雪魔法>フィンブルだと!? 何者だ!!』


 その時、ボクは背後から片手を掴まれ、そのまま上空に引っ張られる。

 同時に、すぐ傍から聞き慣れた声が聞こえた。


「逃げますよ、レイ! <飛翔>そらへまいあがれ!」

 ボクと魔法の使用者はそのまま飛行魔法で上空に勢いよく飛んでいく。

 そして、ようやくその人物を顔を見ることが出来た。


「エミリア!?」

「間に合いましたね……って、何でそんなに驚いているんですか」


「いや、だって……。それより、どうしてここに?」

「レイ達が何時までも帰ってこないからですよ!!

 心配になって空を飛べるようになった私が迎えに来たんです!!」


「え……」

「もう、レイ達が出て行ってから1時間は余裕で超えてますよ!!

 すぐ帰ってくるって言ったから信じたのに、これは後でお説教ですね!!

 ……いえ、私が作った薬の実験体になってもらおうかな……」


「ごめんなさい!」

「冗談です。とにかく無事でよかった」

「……ありがとう、助かったよ」

 彼女のおかげで命拾いをした。

 もし、彼女が来てくれなかったら今頃……。考えるだけでゾっとする。


 しかし、ロドクはまだ諦めていなかった。

 ロドクの周囲は氷の壁に覆われてすぐには出てこないようだが、

 こちらに向かって多数の攻撃魔法を放ってくる。


「レイ、迎撃しますよ!」

「うん!」


 剣に風の魔力を込めながら、ロドクの正面から来る攻撃魔法を相殺。

 エミリアはロドクと同じように攻撃魔法を同時展開しながら、こちらに直撃しそうな攻撃魔法のみ相殺して、飛行魔法で徐々に遠ざかっていく。


『ちぃッ!! ……まさか、ここにきて極大魔法の使い手が救援に来るとは……よほどその勇者が大事と見える』


「あなた馬鹿ですか!? 仲間なんだから助けるに決まってるでしょ!!

 そんなことも分からないから悪魔やアンデッドは陰湿だって言われるんです!!

 死ね!!!<降り注ぐ火球>スターダストフレイム!!」


 エミリアの容赦のない攻撃を、ロドク自身も応戦する。

 今のエミリアは普段より矢継ぎ早に魔法を連発し、敵の攻撃を封殺していく。

 どうやら絶好調のようだ。


『ううむ……中々に手強い。

 だが我のような死を越えたような存在と違い、人間には魔力の限界があろう!?』


「……死を越えた存在?」

 ロドクの言葉にボクは疑問を覚える。

 魔物だろうとは思っていたけど、こいつまさかアンデッドか?


 ロドクは、再び魔力を集めて火球を作り出す。


「エミリア、アレをもう一度相殺できる?」

「無理です!!!」

「そんな力いっぱいに言われても!?」

「いえ、不可能では無いのですが……! 事前に詠唱を終えていたさっきと違って即座に極大魔法を放つことが出来ません。なんとか別の方法で凌ぐしか……!!」

「じゃ、じゃあボクがなんとか……!」

 と言っても、あの魔法を凌ぐ手段は今すぐに出てこない。

 契約の指輪の効果を試すが、どうやら制限があるようで発動させることが出来なかった。


 そこに、ボク達の周囲に女性の声が響き渡る。


「二人とも、私の手に掴まって!!」

 その声の主は、カレンさんだった。


 カレンさん、そしてサクラちゃんを乗せた雷龍のカエデはボク達二人を横切るように飛んでくる。

 ボク達は迷わずカレンさんの手を握り、一気に上昇する。


『逃すと思うのか!!』

 ロドクは火球の魔法を中断し、周囲の氷の壁を魔法で溶かして、こちらに飛翔しながら向かってくる。


「サクラ、出番よ!!」

「はい……!」

 カレンさんはサクラちゃんに声を掛けると同時にボク達二人を引き上げる。

 無事にボクとエミリアも雷龍の背中に乗ることが出来た。


『では、サクラ、行きますよー!!

 ――私の身に眠る風の精霊よ、私の願いを聞き届けて!!

 私が望むのは一陣の風、顕現するは、敵を打ち払う激風!!

 目の前に立ち塞がる愚か者に、風の神の制裁を与えよ――――!!』


 サクラちゃんは長い詠唱をテンポよく口にして魔法を解き放つ。


 次の瞬間、サクラちゃんから放たれたのは巨大な竜巻だった。

 まるで天災を思わせるような暴風が吹き荒れ、それはロドクを飲み込み、さらに上空へと持ち上げていく。


『おお……! こ、この魔法は……!!』

 ロドクは、巨大な竜巻によって身動きが取れず魔法を使おうにも周囲の風によって打ち消されてしまう。


「これが私の最強の攻撃魔法……!!<天轟く大嵐>サイクロンテンペスト!!」

 サクラちゃんの魔法はしばらく続き、やがて上空から大きな音と共に地面に落下してきた。

 地面は大きく揺れ、周囲にあった木々は全て倒れ、ロドクはその中心に倒れていた。


「やったの?」

「ううん、魔法の発動中、抵抗されました!! 多分まだ生きています!!」


 空から地上を見下ろすと、ロドクは地面に落下したダメージなど無かったかのようにすぐに起き上がる。流石に衣服はボロボロになって無傷では無さそうだが、それでも再び浮遊してくる。


『見事だ……。だが、我は不死なる存在……。貴様らの攻撃などいくらでも耐えてみせよう』


 黒装束がボロボロになっており、

 遠目から奴の本当の姿を捉えることが出来た。

 奴の顔は、骸骨そのものだった。


「あれは……リッチ?!」

 カレンさんの声に、ロドクは周囲を震わせるような不気味な声で言った。

 その声は、距離が離れているにも関わらずボク達にはっきり聞こえた。


『いかにも、我こそは魔王軍魔軍将の一人にして死霊召喚師ネクロサモナー……我の真の名はロドク・B・ノレージである』


 自身をロドク・B・ノレージと名乗った魔物は、左手の指輪を掲げた。


『―――出でよ、蘇りし闇の竜……奴らを亡き者にしろ』

 すると、突如として空間が割れたように歪む。

 割れた空間の先は混沌とした闇になっており、そこから何かが這い出てくる。


 這い出てきた存在は、巨大な竜が腐食したような魔物だった。

 見た目は大型のドラゴンだが、肉が腐食しており、所々臓物のようなものが飛び出ており、翼の部分は骨が剥き出しになっている。


「ヤバそうな魔物だね……!!」

 強力な生き物であるドラゴンがアンデット化した竜だ。

 しかもかなりの巨体だ。弱い要素が見当たらない。


「一度死んでから死霊術でアンデッドとして蘇ったドラゴンだから、アンデッド系特有の不死性とドラゴンの強靭さを併せ持った強敵よ。簡単にはいかないでしょうね」


 カレンさんですら強敵というのだから相当なのだろう。

 しかし、エミリアは強さとはまた別の事に驚愕していた。


「いえ、確かにそれも脅威なのですが……!!

 特筆すべきは、この魔物が突然次元を突き破って現れた事です!

 おそらく、ロドクが使用したのは召喚魔法――!!!」


「しょ、召喚魔法!?」

「あ、それ師匠から習いました! 確か失伝魔法の一つですよね?」


 サクラちゃんの言葉でボクも少し思い出した。

 既に魔法が廃れていて誰も使い方が分からなくなっていた魔法だ。


 名前の通り生物を別の場所から呼び出す魔法。

 以前に似たような魔法を使う魔物と遭遇したことがある。厳密には違う魔法だったと思うけど、別の場所から魔物を呼び寄せるという点では酷似している。


『グォオオオオオオッ!!』

 骨の翼でアンデットはこちらに向かって飛翔する。

 アンデッドドラゴンは、大きく雄叫びを上げると、そのままボク達に向かって突進してくる。

 特筆すべきはその大きさ。およそ成体のドラゴンと大差ないほどで大きさなら雷龍のカエデに匹敵する。流石に強さでは及ばないだろうが、消耗している今の状態ではどうなるか分からない。


「か、カエデ、逃げるよ!!!」


 ――分かった、掴まって!!!


 ボクの言葉にカエデは答えると、一気に上昇してその場から離れる。

 しかし、そんなボク達を逃すまいと、アンデッドドラゴンは追いかけてくる。


「まずいわね……。このままじゃ逃げ切れないわ」

「頑張って、カエデ!!!」


 ――重量オーバーだよぉ!! 無理ぃぃぃぃっ!


 カエデの背中には、ボク、エミリア、カレン、サクラの四人が乗っている。

 これだけ乗っていると流石に重量オーバーでカエデも全力の速度で飛行するのが難しい。


 幸い、ロドク自身は追ってこない。

 流石にサクラちゃんの極大魔法が効いたのだろう。

 しかし、ボク達もカエデもかなり消耗しており、あれだけの巨体の魔物と戦う余裕はない。


「カエデ、究極破壊光線は?」

 ――ごめん、あれは一度使ったらしばらく使えないのーー!!


「くっ……厳しいな……!!」


 カレンさんは聖剣を鞘から抜いて、アンデッドドラゴンに向ける。

「私がやってみるわ!! 聖剣解放60%!!聖剣技<聖爆裂破>ホーリーブラスト!!」

 カレンさんの放った光の斬撃は、アンデッドドラゴンに直撃し、その身体を眩い光でダメージを与える。アンデッドと言うだけあって効果は絶大のように思えるが……。


 しかし、一撃程度では少し苦しんだだけですぐに追いついてくる。

 このままだとボクら四人を乗せているカエデの方が機動力で圧倒的に不利だ。


「面倒な相手ですね……!!!」


「レイさん、どうにかなりませんか!?」

 サクラちゃんに訊かれて、ボクは考えるが、

 その前に、アンデッドドラゴンが黒いブレスをこちらに放ってきた。


「ごめん、今は防ぐのが先!!」

 ボクは思考するのを止めて、剣に魔力を込めて斬撃を放つ。

 勢いでブレスの威力が抑えられ、残りをカレンさんの防御魔法で防ぎきった。


「危ない……! さっきの続きだけど、どうやってもこのままじゃ不利だから一旦地上で降りて戦った方がいいと思う!」


 足場の悪いドラゴンの背中で戦うのはいくらなんでも不利過ぎる。空を縦横無尽に駆けるドラゴン相手に地上で戦うのは愚策に思えるけど、地上で戦う方がまだマシだ。


「それか、敵の気を逸らして、その間にスピードを上げて突き放す!

 相手がこっちを見失っている間に、何処かに隠れて一息入れないとこっちが持たないと思う!!」


 カエデもワイバーンとの戦いでかなり疲れているようだ。

 ボク達も度重なる連戦とマナの消費が大きすぎて万全の状態では無い。



「私も賛成よ。あのアンデッドを相手にするのは今の私たちでは分が悪いわ」

「はい……! それに、まだ魔軍将が残っています。奴は追ってきていないようですが、どこに潜んでるか分かりませんし、消耗した状態で勝てるほど弱い相手には思えない」


 戦闘を避ける方の意見に三人が同意してくれた。

 となると、どうやって気を引いて距離を取るか考えないといけない。


「サクラちゃん、姿を隠す魔法があるって聞いたけど知ってる?」


<消失>インヴィジビリティっていう魔法ですね。風の精霊さんの力を借りれば、自分以外にも範囲を広げられるかも……」


「それ、使えるかな……? 」

「あまり使わない魔法ですが、試しにやってみます!」


 サクラちゃんは、目を瞑って詠唱を行う。


『風の精霊さん、力を貸して……!

 その大いなる力で私達の身を包み込み、覆い隠して……!<消失>インヴィジビリティ


 すると、ボク達とカエデの周囲に薄い緑色の光が包み込む。

 パッと見の変化はそれだけだった。しかし……。


『グルルルル……???』

 ボウ達のすぐそばまで迫っていたアンデッドドラゴンの様子が変わった。


 明らかに戸惑いを見せている。どうやら、この魔法は姿を消すというよりは見えないように周囲から擬態させる魔法のようだ。


「やったぁ!! 成功しましたよ、レイさん!!」

「本当だ……! 今の間にゆっくりこいつから離れよう」


 姿が見えなくても、声や匂い、それに翼を羽ばたかせた時の風などまで誤魔化せてるかは分からない。その辺りを考慮して、ボク達は可能な限り慎重にその場を離れ、ウィンドさん達が待っている山頂へ戻ることにした。


 ◆


 それから数分後―――


 アンデッドドラゴンを撒くために、遠回りをする羽目になったボク達だが、何とか戻ってくることが出来た。


 頂上に着くと、ボク達はすぐにカエデの背中から降りた。


 ――ああ、もう……本当に疲れたよー。


 ボク達が降りてすぐ、カエデはその場でしゃがみ込みうつ伏せになって寝込んだ。

 ドラゴンなのに、まるで猫みたいな動作にボクはつい笑ってしまう。


「お疲れ様、カエデ」

 カエデの頭の傍まで寄って、猫をあやす様な感じで頭を撫でてみる。


 ――んー……気持ちいい……けど、手が小っちゃくて物足りないかも。


「ドラゴンと人間だと大きさ的にどうしようもないよ」


 ――むぅ……!!


 カエデは不貞腐れて頬を膨らませた……のだろう。

 雷龍は立派なドラゴンだが、中身が女の子だと思うと可愛らしく感じる。


 ボクとカエデがそんなやり取りをしていると、後ろから声を掛けられる。


「遅かったですね。レイさん」

 後ろを振り向くと、そこには無表情で立っている緑の魔道士さん。

 ウィンドさんの姿があった。


 ……あ、これ絶対怒ってる。


「ごめんなさい、ちょっと色々ありまして……」


「まぁ、いいでしょう。それよりも、その様子だと上手く逃げられたみたいですね」


「はい、おかげさまで……って、魔王軍と戦ったこと知ってたんですか?」


「サクラから色々と聞きました」

 ウィンドさんと話していると、ボク達の帰りを待っていた姉さんとレベッカもボクの傍に駆け寄ってきた。


「レイ様、ご無事で……! お怪我はありませんでしたか? 痛いところは? お腹は減っておりませんか?」


「レイくーん! すぐ帰ってこなくてお姉ちゃん心配したんだよー!

 大丈夫? 疲れてない? 私のほっぺた触る? というか私が触らせて!!」


「いや、触らないけど」

 二人共、ボクの身体中をペタペタ触ったり、顔を近づけてじっと見つめたりと心配の仕方がそれぞれ違ったけど、それでもボクのことを心の底から気遣ってくれていることだけは分かった。


 ていうか、そっちが触るのか……。


「大丈夫だよ。それより、こっちで変わったことは無かった?ボク達が出て行って時間が経ってたと思うけど……」

 敵の襲撃の予定の時間は既に回っている筈だが、その割に敵が攻めてきたような様子はない。


「今のところ、大きな変化はございませんね」

「そっか」

 ボク達が敵と交戦した結果、敵の侵攻を遅らせたのかもしれない。

 どちらにせよ、ボク達が時間を稼げたなら今は十分だ。


「レイ、レベッカ、ベルフラウ、今はその辺にしましょう。

 再会を喜ぶのは良いですが、今は時間がありませんし持ち帰った情報を共有しましょうか」


 エミリアにそう言われて、ボクは頷いた。

 それから、ボク達は手短に今の状況を三人に報告した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る