第268話 遭遇、黒衣の大魔道士
二人を先に急がせ、ボク単独で森から外へ向かうことにする。
一度は魔物の包囲から抜け出せたけど、流石に次は同じ轍を踏むつもりはない。
「(さて、まずは……)」
以前に教わったシーフの技能で自身の足音を消し、木の影に隠れる。
更に、心眼の技能で周囲の音や殺気を探り魔物の気配を感じ取る。
「(魔物だらけだ……)」
上空を飛んでいた魔物はサクラちゃんが引き付けてくれている。
だけど、ボク達を囲っていた地上の魔物はそこまで被害を受けていない。
極力見つからないように西の森の出口を目指そう。
「(まさか、魔物相手にかくれんぼすることになるなんて……)」
魔物の気配が近くなると茂みに隠れながらボクは少しずつ進んでいく。
それから慎重に西の出口に進んでいくが、
出口付近に魔物の気配が固まっており魔物達が隊列を取って待機していた。
「(困ったな……)」
気配を消しながら敵の傍に近寄っていく。
魔物達は、リーダーと思わしき悪魔の指示に従って動いている。
魔物の種類は獣人系の魔物である少数のゴブリンやコボルト。
それにグリズリーやリザードマンなど、ある程度知恵のある魔物のようだ。
魔物達は弓や棍棒、それに斧や剣を持っている。
どうやら森を出て、攻め入る前の準備を整えていたらしい。魔物達は悪魔の指示に従いながら周囲の岩や木を弓矢や投石などの武器に加工するつもりのようだ。ワイバーンにゴブリンが騎乗していた事を考えると、武器を調達してから空から村を襲う計画なのかもしれない。
「(あいつらが動き出すまで待つか?)」
一瞬そう考えたけど、村付近で待機してるみんなの負担が大きくなってしまう。
そもそも、ボクらは偵察だけして急いで戻らないといけなかったのだ。もう襲撃のような形になってしまっているし、ここまで来て敵が居なくなるまで待つというのも……。
「(……ふぅ、覚悟を決めようか)」
ボクは覚悟を決めて魔物達と戦う事を決意する。
左手の指に収まっている契約の指輪に視線を移して、その効果を使用する。
「(カエデ……力を借りるね)」
契約の指輪の効果を発現させ、カエデの力を一時的に借りさせてもらう。
距離が遠いせいで魔軍将と戦った時よりも効力が弱い。
もしかしたら持続時間も短いかもしれないが、何とかなるだろう。
ボクは木の影に隠れたまま剣を取り出し詠唱を開始する。無詠唱でも魔法は使えるが、詠唱した方が威力が底上げされる。
「―――地獄の業火よ、我が呼びかけに応え、現世へと来たれ――
目前の悪しき魔物達を炎の生贄へと捧ぐ―――」
詠唱が終わると同時に、ボクは木から離れて魔物達の元へ歩いていく。
「……ん?」
「ああ? あいつは……?」
魔物達はこちらに気付いたようだ。
そして、ボクが剣を構えていることに気付いて魔物達も獲物をこちらに向ける。
「良い度胸だ、やっちまえ!!!」
リーダーの悪魔が声を発し、魔物達が一斉にこちらに向かってくる。
ボクはそれを観察しながら――
「<
魔法を発動させる。
解き放たれた魔法は敵の中心……もっと言えば、魔物達が加工していた大量の武器が置かれている場所を中心に一気に炎が噴き上がり、周囲に居た魔物達もまとめて焼き尽くす。
「――なっ!?」
魔物たちもいきなりの大魔法で混乱しているようだ。
「少し強引に突破させてもらうよ」
「ギィッ!?」「キシャァアアッ!!」
ボクは迫っていた魔物達を薙ぎ払い、その勢いのまま正面から突っ込む。
周囲は火の手が上がっており、ボクはその中を一気に駆けていく。
「ト、トメロォォォォ!?」
周囲を囲っていたゴブリン達が弓を構える。
「(ゴブリンアーチャーか!)」
「ギャ、グェエッ!!」
「ガッ!?」
ボクは剣で矢を叩き落し、そのまま間合いに入り込んでいく。
「剣技――!」
すれ違いざま、敵に剣先を触れさせるように横に構える。
そのままの体勢で剣を前に突き出し、回転しながら横なぎに切り払う。
「円月斬!!」
周囲の魔物達を纏めて切り裂きながら、一気に加速して走り抜ける。
そして、少し走ってから振り向いて更に魔法を発動させる。
「ギガァァァ……!?」
ボクの手から放たれた更なる炎で魔物達を飲み込み焼き尽くしていく。
「(よし、このまま脱出だ)」
ボクはそのまま出口に向かって駆けていく。
「ガアアアアアアゥゥ!!!」
再び正面に魔物が立ちふざがったが、そのまますれ違いながら切り裂いていく。
魔物の数はかなり多いものの、契約の指輪で強化されている今のボクであれば、上級クラスの魔物であっても敵では無い。
「!?」
しかし、不意に強力な魔法の気配を感じて、咄嗟に魔力を込めた剣で背後に向かって放つ。
ガゥンッ――――!
すると、強烈な衝撃音と共に何かが弾かれた音が聞こえてきた。
「今のは一体……?」
ボクは立ち止まって周囲を見渡す。
どうやら魔物達は追ってきていないようで、遠くでこちらを窺っているようだ。
しかし、再びボクに向かって何かが飛来してくる。
「―――っ!!」
再び、剣に魔力を込めて、ソレを弾き飛ばす。
弾いたソレは、魔法そのものではなく、濃密な魔力を込めた青黒い魔力弾だった。
「何者だっ!!」
ボクは思わず声を上げてしまう。しかし、反応は無い。
「(気にはなるけど、今は急ごう!!)」
再びボクは駆け出し、森の出口に向かって行く。
立ち塞がる魔物達を翻弄しながら倒していくが、ボクが油断した瞬間を見計らって―――
「―――っ!!」
咄嗟に、再び飛来してきた魔力弾を打ち払う。
隙を生じた瞬間に正確に放ってくる魔力弾は明らかに並の威力では無い。
そして、そのまま立て続けに魔力弾をこちらに放ってくる。
魔法の剣で何度も打ち払うが、
こちらも魔力を込めて迎撃しないと剣が折れてしまいそうな威力だ。
敵が何処にいるかは掴めない。
だが、魔力弾が飛んできた方向で敵が背後から攻撃してきた事だけは分かった。
敵の攻撃を弾いてから、一気に攻勢に出る。
「――反撃させてもらうよ」
剣を持つ右手に更に魔力を込め、更に<上級暴風魔法>を付与させる。
「<
そして、その魔力を剣に乗せて開放する。
解放された魔力は、台風の暴風を超える威力と速度を伴って駆け抜けていく。
そこにあった草木は風の刃で全て両断され、同時に起こった突風は森を焼き尽くしていた炎を吹き飛ばすほどの威力だった。
「……いた」
ボクが技を放った方向、約数十メートルほどの先に人影があった。
その形は魔物の姿では無く、人間のように見えた。
ボクはそいつを睨みながら剣を構える。
しかし、奴の顔は黒い布で隠されており、表情が読めない。
その状態から数秒経過、ようやくそいつは口を開いた。
『……なるほど、魔物共が苦戦するはずだ』
その声には聞き覚えがある。
「……」
周囲に注意を配りながら、相手の出方を待つ。
ボクはいつの間にか、背中に冷や汗をかいていた。
「お前は、誰なんだ……?」
ボクは警戒を緩めず、強気に返事を返す。
『魔軍将、ロドク―――』
そう言って男は姿を現した。
全身黒装束の長身の男で、顔は黒い布で隠されている。
右手には杖を持ち、左手には指輪のようなものをつけている。
『貴様の名を聞いておこう』
「……」
ボクは無言で男を睨む。
「(こいつが、ロドク……)」
以前に聞いた声だ。生気を感じさせない、まるで冥府から響く死神のような声。
それだけじゃない。
以前戦った魔軍将クラウンと同等か、それ以上の魔力を感じる。
おそらく、クラウンよりも格上の相手……。
「―――レイだよ」
敵の質問に答えながら、ボクは思考する。
「(……)」
周囲に魔物の姿は無い。この男がおそらく待機させているのだろう。
目の前の男、魔軍将ロドクは顔を隠しているため、感情を読むことは出来ない。
ただ、すぐさま攻撃してこない辺り、ボクに姿を見せた理由があるのか?
『……ほう、レイよ。では質問させてもらおう。雷龍を飼いならして我が配下のワイバーンたちを屠ってくれたようだが、そいつはお前たちの仕業か?』
「……さぁ、どうなんだろうね」
『貴様らが雷龍に騎乗していたという情報も入っている。隠す意味など無い』
「……」
ボク達と雷龍が協力関係にあることは既にバレてしまっているようだ。
『サタンが雷龍を捕縛してみせるなどと大言を吐いて失敗した。
最初、奴からの連絡が途絶えた時は裏切ったか、雷龍に負けて全滅したかと思っていたが……まさか、人間が関与していたのは驚きだ。貴様何者だ?』
「……」
答える余裕などない。奴から強烈なプレッシャーを感じる。
下手に隙を見せれば、一気に魔法で殺されるかもしれない。
「ボクはただの冒険者だよ」
『……貴様の正体は掴めている。
人間どもが情報封鎖して隠しているようだが……貴様、『勇者』だな」
「…………」
『無言か。まあ良い。我は貴様に用があってここに来たのだ』
「用? それは不意打ちでボクを殺そうとしたこと?」
『それは貴様の答え次第だな。……我の軍門に下れ。そうすれば助けてやろう』
「……」
魔王軍が勇者を勧誘……?
敵の考えが読めないから安易に返事は出来ない。
イエスだろうがノーだろうが、答えた瞬間に襲ってくる可能性がある。
『……さっきの戦いぶり、見させてもらった。
人間としてまだ未熟な女のようだが、現時点であれだけの強さであれば、我が秘術を用いれば更に強くなるだろう。敵にしておくのは惜しい、どうだ?』
「(み、未熟な女……)」
いや、今は女体化してることにショックを受けてる場合じゃない。
目の前の敵はボクが勇者だと知っていながら、
戦力として利用するために引き入れようとしている。
しかし、さっきまでのこいつの攻撃は殺意に満ちていた。
殺さないように手加減する意思など全く無かったように思える。
はっきり言ってこいつの言葉は信用できない。
「ボクが勇者と分かってて勧誘するのか?」
『忌々しい二柱の女神から寵愛を得た勇者など、我ら悪魔からすれば憎たらしい存在でしかないが、その強さはこれまで何度も魔王様が撃ち滅ぼされた歴史が証明している。
貴様は人間の身でありながら我らに近い力を持っている。ならば、手駒にしておいて損はない』
「……悪いけど、仲間になるつもりはない」
『ほう……。この状況で強気な態度とはな』
そう言って、奴は無造作に杖を掲げて、魔力弾を放ってきた。
「―――っ!」
咄嗟に打ち払う。
何発も続けて放ってくる魔力弾を全てはじき返すが――
「(くっ……強化が……!!)」
更に、カエデからの力の共有が消えかかっている。
おそらく契約の指輪の効果が時間切れになったのだろう。
「ぐぅうッ!!」
それでも何とか攻撃を弾くが、
遂にまともにくらってしまい後方に吹き飛ばされてしまう。
『さきほど、我に近い力と言ったが、今の貴様は我の足元に及ばん。
我は別に貴様の命などどうでもいいのだ。この場で軍門に下らなければ殺すだけよ。そして、部下が取り逃がした二人の女もあの世に送ってやる。その後、貴様らが飼いならした雷龍を見つけ出し、始末する。思い通りにならない敵など生かしておく意味などないからな』
「……くそっ」
やはり、こいつは信用ならない。
『さぁ、どうする?』
「……分かったよ。言う通りにしよう」
このまま殺されては意味が無い。
ボクは観念した振りをして立ち上がり、剣を仕舞ってから両手を上げる。
しかし、そんな考えはあっさり見通されていたようで、
『ふむ……だが、我は慎重でな……。生きたまま人間を仲間に引き込もうとは思わん』
そう言いながら奴は浮かび上がり、杖を空に掲げる。
「くっ……!!」
『どうせ時間稼ぎでも考えていたのであろう? だが、先に貴様が死んでおけばどのみち我らの脅威は減る。だが、そのあとは言葉通り貴様を仲間にしてやるとも、我と
奴の杖から膨大な魔力が迸る。
その魔力は炎へと変換され、ボクが使用する<上級獄炎魔法>の数倍の密度を伴った、半径5メートルはあろう極大の火球に姿を変える。
『念の為、逃げ道を奪っておこう』
ロドクはもう片方の手で魔法を使用し、ボクの周囲を炎で覆っていく。
「……逃げ場が……!!」
隙を見て逃走するつもりでいたけど、
奴の行動によって完全にこの場に閉じ込められてしまった。
『では、本当の意味で我の仲間に加えてやろう!! 死ぬがいい!!』」
そう言って、奴は巨大な火球を放とうとする。
ここでやられるわけにはいかない。
「イチかバチか……!」
剣を構えて正面の攻撃をどう凌ぐか、考え始める。
契約の指輪の効果はもう無くなっている。
今のボクの魔力でどこまで攻撃を相殺できるか分からない。
が、少しでも軽減させれば―――
しかし、そんなボクの考えは、
その場に現れた第三者によって中断させられることになる。
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