第267話 戦略的撤退
【視点:レイ】
二人を探しながら森を捜索し始めて、約十分ほど経過――
時折魔物と遭遇して戦闘を行いながら、二人が通ったとされる道を進んでいく。
途中の道には、まだ浄化されきっていない魔物達がバタバタと倒れている。
「こっちかな……」
こうまで魔物達が倒されていると分かりやすい。
どういうわけか、倒れた魔物に切り傷のようなものは無く打撲痕があったり、まるで関節を極められた様に手足が曲がっていたりと不自然だったが、そのおかげで彼女たちの行き先が分かる。
「ご、ゴブッ……」
倒れた魔物がピクピクしながら這いずっている。
どうやらまだ死んでいなかったため、浄化されていないようだ。
立ち上がる力も残っていないので無視して先へ進んでいく。
そして、それからまた十分後――
「レイ君っ!!」
「レイさーん!! こっちだよー!」
「カレンさん、サクラちゃん……よかった。無事だったんだね」
ようやく、二人と合流することが出来た。
「ごめんね、レイさんー」
「助かったわ。私達も魔王軍と戦い続けて流石にヘトヘトなのよ……。ただ、これで少しは敵の戦力減らせたんじゃないかしら?」
「そうだと良いんだけどね」
予定外の戦闘だったけど、これで後が楽になるのなら結果オーライだ。
でも、まずは無事にこの森を出なければならない。
「ところでレイさん。カエデさんは何処に?」
「ワイバーンを引き付けてもらってるよ。この後、森の西で合流する予定だからこのまま森の外に出よう」
「了解!」
ボクらは森の中を移動しながら話し合った。
「カエデさんは大丈夫かしらねー」
「魔物達がワイバーンが次々倒されてて焦ってたよ。多分、大丈夫じゃないかな」
「おー、さすが雷龍さんですねー」
雷龍であるカエデは並のドラゴンと比較して大きさも強さも段違いだ。
それに、何かあれば<契約の指輪>を通じて力を貸すことも出来る。少し前はボクがカエデから力を借りたけど、いざとなればボクからも力の譲渡が可能らしい。もっとも、ボクが借りることの方が多そうだけど……。
「―――!?」
そんな思考している間に周りの様子が変わったことに気付いた。
ボク達は、歩みを止めて三人で固まり、静かな声で話す。
「二人とも、気付いてる?」
カレンさんの言葉にボク達二人は頷く。
「このまま帰りたかったんだけど……」
「ええ、そうね……」
「あー……ちょっと難しそうですね、なんせ―――」
三人で周囲を見渡すと、八方の草むらや木の影から何かが飛び出してくる。
出てきたのは、ボク達を追ってきていた魔物達だった。
「……囲まれてるもんねー」
「うん、完全に退路を絶つ気みたいだよ」
しかも、魔物の中にはレッサーデーモンの上位種の姿もある。
おそらく、先程のデーモン達と同じ部隊の者達だろう。
「散々暴れちゃったせいかしら」
「先輩、張り切っちゃって聖剣技連発してましたからねー」
「何よ、サクラだって私に負けず劣らず暴れてたじゃない」
「えー?」
「……二人とも、話は後にしなよ」
仲の良い二人の言い合いを聞き流しながら剣を鞘から抜く。
敵の数は総勢五十程度、魔物のランクとしては定番のゴブリン系やトレントと言われる木に擬態した魔物、それにバーサクグリズリー、他にも悪魔系の魔物が多数だ。
何気に厄介なのが、空を飛んでいるドラゴン系の魔物だ。
カエデが戦ってるワイバーンと同種の魔物が三体と、それ以外にも空を飛ぶ鳥系の魔物が数体こちらを観察する様に周囲の木の枝に停まっている。
悪魔達は怒り心頭でこちらに向かって吠え始める。
「追い詰めたぞ……! 散々舐めた真似しやがって……」
「この数ではどうしようもあるまい!」
「もうじき、我らが魔軍将様が直々においでになさる。そうなればおしまいだ」
敵のレッサーデーモンが好き勝手に何か言ってる。
前から思ってたけど、人語しゃべれる魔物って珍しいよね。
「魔軍将がくるって……」
「あんまり良くない展開ね……」
こいつらが囲ってる理由は多分時間稼ぎだ。
ボク達が逃げないように、魔将軍が来るまで足止めするつもりだ。
その証拠に、何故かその場を囲むだけで襲い掛かってこない。
正面からやりあうと勝てないことに気付いているのだろう。飛行魔法で逃がさないように、上空に魔物達を配置して逃げ口を丁寧に塞いでいる。明らかに作為的だ。
ボク達は近くにあった木を中心に三人で身を寄せて小声で話す。
「……どうする? 流石にこれは想定外だわ」
「そうですねー。正直なところ、逃げるのは難しいと思います」
「……ボクも同感」
力づくで行こうとしてもこの数で囲まれるとなると厳しい。
誰かが拘束されたりすれば、一気に形勢が傾いて為す術もなくなる。
空から行こうにもここは森の中で、木々も沢山ある。飛んでも枝に引っかかる可能性もあるし、何より上空のワイバーン達に注意を向けないといけない。
「レイさん、カエデさんは大丈夫かな?」
「カエデなら心配要らないと思うよ」
本気でやったらカレンさんより強いかもしれない。
「今は他人の心配してる場合じゃないわよ。魔軍将が来る前に囲いを突破して逃げるわよ」
「そうしたいけど……」
戦うにしたってこの場所は狭すぎる。
周囲の見通しは良くないし、草陰に伏兵がいた場合対処も難しくなる。
「カレンさん、何かアイデアある?」
「殲滅あるのみよ」
「……」
「……」
カレンさんは見た目に反して脳筋なのに最近気づいた。
「何よ、それならレイ君は何かあるの?」
「……敵が動く瞬間を見計らって、一気に攻勢に出るとか」
「でも、そんなに待ってる時間もないわよ」
そうだった。このままだと魔軍将がここに来てしまう。
「あ、じゃあ私、一つ思い付いたんですけど……」
サクラちゃんが提案してきた。
「何?」
「えっとですねぇ……」
◆
サクラちゃんの思い付いた作戦はシンプルだった。
「私が魔物さんたちの気を引くので、二人は攻撃魔法で不意を突いてください。成功したら、囲いの一部を破ってそこから逃げましょう」
「……そんな簡単にいくかしらね」
「でも、それしか無いですよ。このままだと包囲が厚くなる一方だし……」
「まぁ、そうだけど」
失敗した場合、おそらく二度と通用しないだろう。
その場合は力づくで突破するしかない。
「サクラちゃんは大丈夫?」「大丈夫、サクラ?」
ボクとカレンさんが同時に聞いた。
「はい、任せてください!」
そう言って、サクラちゃんは構えていた双剣を鞘に仕舞って前に出た。
「……お、いよいよ観念したか?」
手を上に広げて前に出るサクラちゃんを見て、魔物達はげしゃげしゃと不快に笑う。
しかし、サクラちゃんはそんな魔物達を眺めながら――
「はい、観念しました♪」
と、その場に見合わない朗らかな笑顔で言った。
「――っ!!」
「ふざけてんのかテメェ……!!」
「殺すぞ、女ァ……」
「ぶっ殺されたいようだな」
半ば挑発のようなサクラちゃんの言葉と言動に魔物は苛立ったようだ。
魔物達の言葉にサクラちゃんは全く動じずに続けた。
「あれ~? 私達、反省して魔物さん達に謝ろうと思ってたんですけどぉ、何で怒ってるんですぅ?」
サクラちゃんは両手を広げて可愛く首を傾げた。
「なっ……!?」
「……こいつ」
「舐めやがって……」
サクラちゃんの行動に魔物達は更に怒り出す。
ボク達はそんなサクラちゃんの後ろでこっそり魔力を高めて隙を伺う。
それにしても、魔物を挑発しすぎてて心配だ。
「カレンさん、サクラちゃん大丈夫?」
魔物の聞こえないようにヒソヒソと会話を交わす。サクラちゃんが気を引いてくれてるお陰で、魔物の注意がこちらに向かないのは助かるけど彼女に突然襲いかからないか心配だ。
「あー……あの子、<挑発>って技能持ってるのよ。悲鳴を上げたり、敵を怒らせたり、逆に怖がらせてみたり、話術や細かな動作で敵に誘いを掛けるの」
「そうなんだ……なんか複雑な気分だなぁ……」
サクラちゃん、見た目は清純そうな女の子なのに……。
でも、初めて会った時、何処となく悪戯っぽい表情をする子だったなぁ。
可愛いからいいけど。
「でしょー? あの子、悪女みたいになったりしないかしら……?」
「そ、そうだね……。でも丸腰で前に出るのは危険じゃない?」
「大丈夫よ。サクラはその気になれば素手でも戦えるの。並の相手なら一方的に殴り飛ばせるわよ」
「えっ!?」
あの見た目で素手で戦うの!?
細腕だし、そんなに強そうには見えないけど……。
「それより、そろそろよ。準備して」
「あ、うん」
魔力は十分に溜めることが出来た。
カレンさんの合図でボク達は魔法の発動準備をする。
その間、サクラちゃんは頑張って敵の注意を引いていた。
「デーモンさん達の言う、ど・く・ろ・さん? って、どんな人?」
「どくろじゃねえよ! ロドク様だよ!!」
「そうそれ、その人に会わせてよー」
「ふざけんな!! お前みたいな小娘に会わせる訳ないだろが!」
「小娘じゃないもん、お姉さんだもーん」
「黙れ! もういい、こいつに構ってる場合じゃ……!?」
サクラちゃんの挑発に耐え切れなくなった魔物達が飛びかかろうとした瞬間、ボク達がそれぞれ込めていた魔法を一気に発動させる。
「
「
ボクの放った電撃とカレンさんの光の衝撃波が魔物達を襲った。
「ぎゃあああっ!!」
「ぐわあああ!!」
カレンさんの放った魔法で、飛び掛かろうとしていた正面の悪魔達は切り裂かれ、ボクの放った雷撃の魔法で負傷していたワイバーン達と空を飛ぶ魔物達は完全に沈黙し、地面に叩きつけられた。
「二人ともっ、私に掴まって!」
サクラちゃんはボク達の元に駆け寄ってきて、ボク達の手を取った。
「それじゃあ一気に行きますよー!
サクラちゃんはボク達を連れて空へ舞い上がった。ボク達二人を支えているのに、サクラちゃんは木の枝の隙間をスイスイと掻い潜る。
そのまま上空20mくらいまで飛んでいき、森でもっとも大きな木を飛び越えていく。
「なっ!? 逃がすな、追え!」
一部の鳥系の魔物や上位の悪魔はこちらに向かって飛んでくる。
「二人とも、下を見ないでね!
カレンさんは振り向きざまに目くらましの光を放った。
「くぅ……眩しい!」
「目がぁ……」
閃光は一時強い光を放つ魔法だ。
今回のように敵の視界を一瞬奪う他に、闇属性の魔法を跳ね除けるような使い方もある。
「よし、今の内に!」
ボク達はそのまま森の出口を目指す。
しかし、魔物達はしつこく攻撃魔法を放ってくる。
魔物達は好き放題魔法をこちらに放ってくるため、周囲に火花が飛び交い、それが理由で木に燃え移っていく。そして、そのまま煙と炎が周りに広がっていく。
「め、滅茶苦茶し始めた……!」
「環境破壊も良いとこね……。サクラ、大丈夫?」
サクラちゃんはボクとカレンさんを両手で頑張って支えながら飛行魔法を使っている。
かなり必死なようで、額には汗が滲んでいる。
「だっ、だいじょぶです……。このまま逃げましょう」
腕に相当負担が掛かっているみたいで、速度も出ていない。このまま飛び続ければ無事に森を抜けられそうだけど、限界を迎えるか魔物に追いつかれる。
「(流石に二人は厳しいよね……)」
ボクかカレンさん、どちらかが降りれば二人は無事に抜けられそうだ。
「サクラちゃん、少しだけ降下してくれるかな。ボクだけ降りて地上から森を抜けることにするよ」
「そんなことしたら危険ですよ!?」
「三人で行くより安全だと思うんだ。特にボク達を支えてるサクラちゃんの負担は大きいでしょ?」
ウィンドさんなら、ボク達に飛行魔法を掛けて一気に飛ばしてくれるけど、サクラちゃんはそこまでの事は出来ないようだ。
「それはそうかも知れませんけど……うーん……」
サクラちゃんは悩みながら、渋々了承してくれた。敵の目を掻い潜りながら、地上10メートル程度の距離まで下降したところでボクだけ木に跳び移る。
「レイさん、待ってますね!!」
「死んじゃダメよ!」
「うん、必ず戻ってくるよ」
ボクはサクラちゃん達に手を振った後、木を降りていって周囲の様子を探る。
敵が付近に居ないことを確認したのち、ボクは出口を目指して駆けていった。
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