第271話 古の龍

 襲い掛かってくるアンデッドワイバーンの群れと戦闘を開始した。

 大将である魔軍将ロドクは高見の見物を決め込むようで、奥に引っ込んでこちらの様子を見ているようだ。


「完全に舐められてますね!!」

 エミリアが上空のワイバーン達に向かって火球を連射しながら叫ぶ。

 放った火球は敵の集団を取り囲み次々と被弾していく。直撃したワイバーン達は鱗が焦げ落ちて肉が見えるほど痛々しい様相なのだが、それでも正気を失った目で戦い続けている。


 ボクのような剣士は空を飛ぶ魔物達には攻撃が届かない。

 それでもアタッカーのエミリアや浄化の魔法を使用できる姉さんとカレンさんを守るべく前に出て敵の攻撃を防いで盾として働く。


「てやあああっ!!」

「たあああっ!!」

 ガキンッ……と、剣とワイバーンの爪がぶつかり合う。


「……そこですっ!!」

 ボクとサクラちゃんはワイバーンを攻撃を剣で防御し、その隙を突いてレベッカは弓でワイバーンの翼を狙い飛行能力を低下させ消耗させていく。


 しかし、相手はアンデッドだ。

 どれだけ傷を負わせても狂ったように襲い掛かってくる。


「……っ」

 割り切っているとはいえ、無理矢理戦わされている彼らアンデッドを攻撃するのは精神的に来るものがある。


「……敵とはいえ不憫でございますね」

 レベッカが弓を構えながら呟く。

 この子たちはロドクの命令で動いているだけだ。


 攻撃してるのは自分達とはいえ……。


「……可哀想」

 サクラちゃんもレベッカと同じくアンデッドに対して同情的な様子だ。


「二人とも……あんまり気に病まない方がいいよ」

 自分が言えたことではないけど、敵に同情している余裕は無い。

「……うん」

 サクラちゃんはボクの言葉に素直にうなずいた。


「それより、今は……」

 遥か後方でこちらを睨むように戦況を眺めているロドクの方を見る。


「あの男をどうにかしない限り、魔物達は解放されないのでしょうか……」

 レベッカは憐憫の言葉を向けて、ロドクを睨む。


 ロドクの傍にはボク達を追い回したアンデッドドラゴンも控えており、今は前座の時間だと言わんばかりにこちらの様子を観察している。


「このままではキリがありませんね。

 どうにかして奴に近付き一気に勝負を付けるしかないでしょう」


 ウィンドさんは飛行魔法を駆使して、遠距離から攻撃魔法を浴びせながらヒットアンドウェイで戦っている。複数の魔法を器用に操っていて流石に強い。


「近づくって言っても……」

 飛行魔法の使用できるウィンドさんやエミリアはともかく、ボクやレベッカ、カレンさんは飛行魔法が使えず、サクラちゃんもかなり頑張ってギリギリだ。

 姉さんは飛べるけどサポートが中心なため距離を取って戦わないといけない。


「……そうだ、カエデ!」

 少し離れたところで戦っていた雷龍のカエデに声を掛ける。


「カエデ聞こえる!? ボクを乗せてロドクのところまで飛んでくれない?」


 こうなれば、直接戦闘近づいて一気に斬りかかろう。

 そう思いカエデに頼んだのだが……。


  ――それはいいけど、あのアンデッドドラゴン苦手でー。


「そこをなんとか!!」

 ――うーん……分かった。

 でも、危ないと思ったら逃げるよ?


「ありがとう!!」

 ボクが礼を言うと、カエデは渋々といった感じで了承してくれた。

 ボクはカエデの背中に飛び乗りボクは手を伸ばす。


「エミリア、行こう!」

 ボクの声にエミリアはボクに向かって手を伸ばす。

 ボクはエミリアのその手を掴んで引っ張り上げた。


「さぁ行きましょう!! カエデさん、お願いします!!」


 ――あー、了解了解ー……。


 カエデの声はボクにしか聞こえていないが、エミリアのお願いに適当に答えて翼を広げて一気に飛翔していく。皆の援護射撃を受けながらボクを乗せたカエデは高速でロドクの元へ飛んでいく。


 しかし、そこに邪魔が入った。


 ――ギャオオオオオオオオン!!!


 行方を阻むかのように、アンデッドドラゴンが目の前に立ち塞がる。

 他のワイバーン達は半ば本能のように襲ってくるが、こいつだけは完全にロドクの意のままに操作されているように見えた。あまりにもタイミングが良すぎる。


「くっ……! こいつ邪魔ですね!!」

 ――本当だよ!

 ――グロイし無駄にデカいし、変なブレス飛ばしてくるし気持ち悪い!!


 エミリアとカエデが文句を言いながら敵に向かって攻撃を行う。

 しかし、明らかにこいつだけは別格だ。元はどういう魔物だったか分からないけど耐久力も攻撃力も威圧感も他の魔物の比では無い。下手をするとロドクよりも強敵かもしれない。


 ボク達は魔法攻撃でアンデッドドラゴンに攻撃を行い、

 カエデに回避を任せて隙を見て突破しようと目論むが、後方で控えているロドクはそれを見越してアンデッドドラゴンを動かしている。結果、ボク達は目の前のアンデッドドラゴンに足止めされている。


「……これじゃあ近づけない!!」

「どうすれば……!」


 カエデはアンデッドドラゴンからなるべく距離を取りながら雷撃のブレスを放って攻撃する。その攻撃をロドクに操られたアンデッドドラゴンはのらりくらりと躱して、こちらよりも早く動いて迫ってくる。


 ――ひぃぃぃぃぃ!? こっちに来ないでー!!!

 カエデは近づかれるのが嫌なようで必死になって距離を取ろうとする。そのせいで背中に乗ってるボク達はカエデの首近くにあるツノに必死にしがみ付く。


「か、かえでっ! 落ち着いてっ!」

「わ、私も落ちそうですよっ」

 背後のエミリアはボクのお腹に両手を回して必死にしがみ付いている。背中にエミリアの柔らかい感触を感じるけど今はそれに集中している場合じゃない。


 なんなら今はボクも女の子なので刺激的でもない。

 精神まで女性化してるのだろうか、地味にショックだ。


「変な事を考えてないでこの状況どうにかしてくださいっ!!」

「どうにかしてって言われても!? カエデ、落ち着いて! このままだとボク達が落ちちゃうよ!」


 ――いや~!! ストーカー!!!

 カエデは涙目になりながら叫ぶ。ちょっと可愛いと思ってしまった。

 しかし、このままでは本当にマズイ。手助けしたいところだけど、ボク達も必死にしがみ付いてて攻撃する余裕が無い。


『どうした勇者よ? 我が傀儡に苦戦しているようでは我の元に辿り着けんぞ』

 後ろで成り行きを見守っていたロドクがこちらに向かって言う。


『そちらが逃げの一手ばかりというのであれば、こちらから行こうか』


 ロドクは騎乗してるアンデッドワイバーンを動かし、こちらに接近してくる。同時に、奴は右手を上げて、頭上に視認できるほどの大きさの魔力を球体のように形成し始めた。


 前にボク達が戦った時に使った魔弾の魔法と同じだ。


「まずいっ!!」

「カエデさん、避けて!!」


 ――やばいやばーい!

 カエデが焦って回避行動を取るけど、それよりも早くロドクはこちらに向かって生成した魔弾を放ってくる。ボクが以前に弾いた魔力弾と比較してかなり大きい。


 カエデは必死に回避に努めるが、追いかけてくるアンデッドドラゴンと魔力弾の包囲により徐々に追い詰められていく。


「こちらも反撃しますよ!!」

「分かった! カエデ、こっちもやるよ!」


 ――うう! こうなりゃヤケよ! 喰らえ!!プチ破壊光線!!!


 カエデは口元から小さな光線を吐いてアンデッドドラゴンのブレスと撃ちあう。カエデの光り輝く雷のレーザーとアンデッドドラゴンの闇黒のブレスがぶつかり合い相殺される。

 

 少しずつ接近し、敵に強引に近づいていく。


「カエデ、そのまま抑えてて!!」

 ボクはそう言いながら自身の剣に魔力を込めて解き放つ。


「<魔力解放バーストクリティカル炎の暴発エクスプロード>!!」

 ボクの剣から爆発的な熱量が放出され、接近とともにボクはアンデッドドラゴンの頭に剣を叩き込む。直撃を受けたアンデッドドラゴンは一気に燃え盛り、そのまま地上に落ちていく。


 倒しきれたかは分からないけど、ロドクの護りは無くなった!!


「エミリア、ロドクのワイバーンに集中攻撃!!」

「機動力を潰すわけですね! 任せてくださいっ!!」

 エミリアは、詠唱を開始する。

 アンデッドドラゴンの邪魔が無くなったおかげでカエデは真っすぐにロドクの騎乗するアンデッドワイバーンに飛んでいく。


「ロドク!! あのドラゴンは倒したぞっ!!」

 ボクはそう奴に叫びながら、騎乗しているロドクを狙って火球の魔法を連発する。火球は途中で軌道を変化させて、ロドクの背後にぶつかるように操作するが、いとも簡単にロドクはそれを魔力弾で相殺する。


『ほう、見事だ勇者よ。

 しかし、アレはかつて滅んでいた偉大な竜を我が魔力で蘇らせたもの。

 いかに勇者であろうとも、早々斃せるようなものでは無いぞ?』

 そういって、奴はドクロの顔でカタカタと歯を震わせた。


「随分余裕そうですね! その余裕、私が崩してやります!」

 ボクの後ろで待機していたエミリアが魔法を唱える。


「炎の壁よ、敵を取り囲め!! <炎の壁>ファイアウォール!」


 エミリアの魔法発動と同時に、ロドクの乗るアンデッドワイバーンの周囲一帯に激しい炎の壁が取り囲む。その炎の壁はロドクの周囲を取り囲んでいく。


「圧縮された灼熱の炎に呑まれてしまえ!!」

 炎の壁はアンデッドワイバーンの僅か数十センチの距離まで迫っていき、その身体に炎が燃え移っていく。生者であれば二酸化炭素すら燃焼され呼吸すら出来ないであろう。アンデッドワイバーンはおぞましい悲鳴を上げてその身を焦がしていく。


『やるな小娘、だが……』

 しかしロドクは一言、何かを呟いた瞬間に奴の周囲の魔力が膨れ上がる。

 その瞬間、炎の壁はじけ飛んで消失する。


「なっ……!!」

 一瞬で自身の攻撃魔法を無力化されたエミリアは驚愕の表情を浮かべる。


『ふむ……このワイバーンはもう使い物にならないな』

 ロドクはアンデッドワイバーンを蹴り飛ばして地上へと落とす。ワイバーンは見るに堪えないほどの身体が炭化してしまい、地上に落ちたと同時に半身がチリのように砕け散った。


 ――っ! なんてひどい奴!

 自らの手下にトドメを刺したロドクにカエデは怒りの感情を向ける。


「くそ、一筋縄ではいかないか……」

 ロドクはワイバーンを失ったものの、自身の飛行魔法で特に不自由なく空を飛んでいる。

 このまま空中戦でも問題なく戦えるのだろう。対して、こちらは雷龍のカエデの背中に乗って何とか戦えるという状態だ。この状況で戦うなら不利だ。


 それでもこのこいつを倒さなければ終わらない。

 奴の一挙手一投足を見逃さないように、警戒しながら奴に近付いていく。

 しかし、そんなボク達を見てロドクは一言、

『状況が見えていないようだな』


「……?」

「何が言いたいのです?」

 ロドクの言葉に、ボクとエミリアは困惑する。


『貴様らは戦う相手が我だけだと勘違いしてるようだ。後ろを見るがいい』

「後ろ?」

 エミリアが背後をチラリと見ると……。


「なっ!?」

「えっ?」

 エミリアの驚いた声でボクも反応して振り返る。

 すると倒したはずのアンデッドドラゴンがこちら目掛けて飛んできていた。


「うそっ!? あいつはさっき倒したはず……!」

『言ったであろう。いかな勇者であろうとも早々斃せるものではないと。

 その強さを見込んで直々に我が魔力を与えた特別な竜であるぞ』


「そんなっ!!」

 まさかの事態にボクたちは動揺を隠せない。

 

『死霊術には<不死化>というものがある。

 儀式を要する高度な魔法ではあるが、我が時間を掛けてあの魔物に呪いという形で施したものよ。不死者の祝福といったところか?』

 ロドクはそういってカタカタと笑う。


『さて、どうする勇者よ。

 このままでは我と挟み撃ちという形で戦うことになるが?

 勇者と神の化身の雷龍であっても、貴様らでは到底勝ち目はあるまいよ』


「万事休す、ですか!」

「カエデ、今すぐこの場から離脱しようっ!」

 雷龍のカエデに指示をしてこの場から離脱を試みようとするのだが……。


 ――だ、駄目……! か、身体が動かない……!!


「えっ……! こ、これは……!!」

 カエデの身体をよく観察すると、翼や手足に黒く濁った霧が立ち込めている。


『死霊術の一つだ。束縛バインドという魔法があるだろう。

 あの魔法は魔力の鎖により肉体を縛り上げるというものだが、こちらは精神を縛り上げる魔法だ。

 本来は、アンデッドどもを意のままに操る目的に使うものだが……』

 奴は途中で言葉を切り、腕を前に突き出して指を軽く動かす。


 ―――アアアアアアあああああああああっ!!??

 カエデの絶叫と龍の悲鳴が同時に響き渡る。


「か、カエデさん!!」

「かえで!!!!」

 ボクたちの叫び声に反応するように、カエデは苦痛の声を上げる。


『クフハハッ、素晴らしい音色であろう。

 精神を縛られた者は身体を縛られるよりも苦痛を伴う。

 とはいえ、流石は神の化身……操るまではいかないようだ。

 だが貴様らは動くことすら出来まい。この場で始末させてもらう』


 ロドクはもう片方の手を突き出して、アンデッドドラゴンに命令する。


『朽ち果てた竜よ、まずは雷龍を食い殺せ。

 その後に体を復元させてアンデッドにしてやるとしよう』

 主人の命令に忠実に従うようにドラゴンは口を大きく開けて、鋭い牙を見せつけながら迫ってくる。


「くっ……」

『うぅ……!』

 ボクたちは必死に抵抗する。

 しかし、アンデッドドラゴンは少々の攻撃では怯みすらしない。

 カエデに呼び掛けるが、苦し気な声を上げるだけでそれ以上の反応が無い。

 

 絶体絶命だ。

 しかし、大きな顎がカエデの喉を食い千切ろうとした瞬間。

 その身体に無数の矢が突き刺さる――。

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