第272話 秘密主義の人

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 矢を放ったのは、レベッカだった。

 ウィンドさんと共に飛行魔法でこちらの救援に駆けつけてくれたようだ。

 二人は飛行魔法によりこちらに向かって飛行し、ボク達を守るかのようにアンデッドドラゴンとロドクの前に立ち塞がる。


「不意打ちでしたが、間に合ったようですね」

「ご無事ですか、レイ様、エミリア様、カエデ様!!」


 二人の救援によりボク達は窮地を脱することができた。

 矢を受けたアンデッドドラゴンはダメージが大きいようで悶えている。


「二人とも助かったよ!」

「お陰様で命拾いしました。感謝します」

 ボクとエミリアは礼を言うが……。


『救援か、しかし無駄だ。あの程度でアンデッドドラゴンは倒せまい』


「さて、それはどうでしょうか」

 ウィンドさんは真面目な顔で返答し、そしてボク達に言った。


「あの男が言う通り、簡単には屍の竜を滅ぼすことは出来ないでしょう。アンデッドドラゴンは私が一人で引き受けます。あなた達はロドクに集中してください」

「でも、カエデが……!」


 ボクは今も苦しんでいるカエデの頭を撫でる。

 この子を一人にしておくわけにはいかない。


「カエデさんは精神魔法により戦える状況ではありません。

 一旦私の魔法で退避させます。彼女の事は私に任せてください」

 ウィンドさんはそう言いながら、何かを詠唱し始める。


『突然出てきて何を言い出すかと思えば……。

 その三人で我を倒せると本気で思っているのか、緑の魔道士よ』


「ええ、出来ると思いますよ。

 むしろ私としてはこちらの龍の方が脅威だと見ていますので」


『……貴様』

 ウィンドさんの言葉を挑発と受け取ったロドクは、

 怒りを向けるのかと思いきや……。


『……その挑発、乗ってやろう。

 地上で貴様たちが挑んでくるのを待つ。その時はその命を捨てる覚悟で来い』


 ロドクはそのまま地上に降りていく。

 どうやら本当に、ボク達を迎え撃つつもりのようだ。

 

「……アンデッドだと思いましたが、思いの外人間らしい部分がありますね。

 ですが、これはチャンス。おそらく地上でないと私達では勝ち目が無いでしょう」


 ウィンドさんは詠唱を唱えて、ボク達3人が魔法陣に包まれる。


「では、魔軍将の方はあなた達に任せますよ」

 ウィンドさんはボク達を地上に降ろそうとするがそれを制止する。


「いくらウィンドさんでもあの竜と一人で戦うのは……!!」

「そうですよ!!」

 ボクとエミリアが説得しようとするが、

 ウィンドさんはそれを涼しい顔で受け流して言った。


「―――大丈夫です。

 今まで温存していましたが、ここであなた達を殺させるわけにはいきません。

 ですので、私も本気で戦うとしましょうか」


 ウィンドさんの身体が光り輝いていく。

 その輪郭が少しずつ大きくなっていき、僕達は驚愕する。

 そして、数秒の時間を掛けて徐々に光は収まっていく。


 そして、その姿が人のモノではなくなった。


「その姿は……」

「……竜、しかもあの時遭遇した……?」

 ボクとエミリアとレベッカは、ウィンドさんのその姿に驚愕する。


「―――何度やってもこの姿になるのは疲れますね」


 以前に見たことのある姿だった。

 その姿は、ガラナ村の神殿で遭遇した美しい緑色の龍だった。


「あ、あの時のドラゴンってウィンドさんだったんですか!?」

「しかし……何故、竜が人間の姿に……?」


 ボクとレベッカが、ウィンドさんにその事を追及しようとするのだが、ウィンドさんはドラゴンの姿でプイッとボク達から顔を背ける。そして、ウィンドさんと何ら変わらない声色で言った。


「……話したくないので、ここは黙秘権を行使させていただきます」

「いやいやいや!」

「そんな無茶苦茶な……」


 ボクとレベッカは思わず突っ込みを入れる。

 しかし、ボク達のツッコミに対してウィンドさんは答えようとしない。


「……とにかく、これで一人で戦える力があると納得しましたか?」

「ま、まぁ……」

「説得力はありますね……」

 この龍の姿をしたウィンドさんは、一度ボク達と戦ったことがある。


 あの時は、ボク達3人と姉さんの計4人で全力で挑んでも歯が立たなかった相手だ。

 その実力は疑いようがない。


「……さて、そろそろ戦いを再開しましょう」

 ウィンドさんがそう言うと同時に、ボク達を包んでいた魔法陣が回転し始める。

 しかし、ボクの傍で弱っていたカエデに声を掛けられる。


 ――さ、桜井君……力になれなくてごめんね。


「……大丈夫だよ、後は任せて」

 そう言いながらボクはカエデの竜の頭を撫でる。


 ――桜井君、せめて私の残った力を貸すから……お願い。

 カエデがボクと対話すると、左手に嵌めた契約の指輪が輝き出す。


「これは……」

「カエデさんの力を一時レイさんに譲渡したようですね。

 それだけの力があれば、もしかしたら勝ち目があるかもしれません」


 緑のドラゴンと化したウィンドさんはそう言って、自身の尻尾の先でカエデに触れる。すると、カエデの姿が瞬く間に消えた。


「なっ!?」

「消えた……?」

 カエデの背中に乗っていたボク達は一瞬、

 空に放り出されたと焦るのだが魔法陣のお陰で落下せずに済んだ。


「安全な場所に転移させました。少なくとも彼女の身は大丈夫ですよ」

「そ、そうですか……今のはなんという魔法ですか?」

「秘密です」

 この人、答える気無いな……。


「さて、では地上に送り届けます」

 ウィンドさんの言葉に、ボクたちを覆っていた魔法陣が反応し、次の瞬間にはボク達は地上へと降ろされていた。


 そして、地上で待ち受けている魔軍将ロドクと対峙することになる。


 ◆


【視点:カレン】


 レイ君とエミリアの二人が雷龍に乗ってロドクに挑みに行った後、

 私達は頂上でアンデットワイバーンの集団と戦い苦戦を強いられていた。


「てえええやああああああ!!」

 聖剣を振り抜いて、目の前のワイバーンを切り裂く。聖なる刃はワイバーンの翼を切り裂き、更に衝撃波伴って周囲の魔物へと拡散していく。


 敵へのダメージは大きいものの、アンデッド故か半端なダメージを与えても動いてくる。故に過剰な威力で一気に葬って確実に止めを刺していく。


「はあ……全く、この手の相手は苦手だわ」


 手近な敵を倒しながら崖の外からこちらを伺ってるアンデッドワイバーン達を睨む。アンデッドなだけあって理性が乏しく、私が多少威圧したところで平気で襲い掛かってくるのが厄介だ。


 頼りになる仲間がいるから大丈夫だけど、

 もし私一人だったらこのレベルの相手とここまで連戦は出来なかっただろう。


「先輩、大丈夫です? さっきから強力な攻撃を連発してますけど……」

 後輩のサクラが私を心配そうにのぞき込んでくる。


「大丈夫よ、そっちは?」

「こっちは大丈夫。ベルフラウさんが魔法で上手くアシストしてくれますから」

「うふふ、それほどでもないわー」

 サクラの言葉に反応してベルフラウさんが微笑み、消耗した私達に回復魔法を使用してくれる。


 本当、前と違って今の私には頼りになる仲間が沢山ね……。


「今は戦闘中ですよ」

 背後から静かだが、よく通る声が聞こえてくる。

 同時に、襲い掛かってきたアンデッドワイバーンが障壁によって弾かれる。

 ウィンドが施した結界は既に戦闘によって脆くなっていたのだが、ウィンドがまた張り直したのだろう。


 弾かれた魔物は再び結果外に出て、体当たりで強引に突破しようとする。

 ドンドン、と壁を激しく叩く音がうっとおしくなり、私も結界の外に出てワイバーンに斬りかかる。


「聖剣解放!!」

 最大出力の半分程度に絞って聖剣の内なる力を解放する。

 確実に止めを刺すために聖剣技を使用して一撃で両断するつもり。

 再生などさせるつもりはない。


 その威力を以って数匹の魔物は瞬く間に消滅し、

 その周辺に居た魔物達も光の刃を拡散させることで一気に吹き飛ばす。


 しかし、そちらは吹き飛んだだけでまだ健在だ。

 それでもダメージを与えつつ距離を取ることが出来たため、再生するまで積極的には襲い掛かってこないだろう。アンデッドとはいえ、命は惜しいのかしらね?


「……ふぅ」

「お疲れ様です、カレン。聖剣はちゃんと活用できているようですね」

 ウィンドに声を掛けられ、私は表情を少し硬くして答える。


「当然よ。前みたいに振り回されることなんて無いわ」


「結構です。しかし、その聖剣は元々前勇者が扱っていた聖遺物。

 現代の技術では未だに改名出来ていない部分も多々あります。取扱いは極力慎重にお願いしますよ」


「そんなの分かってるわよ……」

 私は自身の手に収まっている長剣をまじまじと見る。

 この剣は私が以前に大きな依頼を請け負った時に、王宮から手渡されたもの。


 私が使用する<聖剣技>はこの剣を扱うために会得したものだ。

 元は前勇者が魔王と戦うために開発された戦闘技術と聞いているわ。聖剣技は聖剣の能力を解析し、それを最大限に発揮するために考案されたという話。私はどういうわけかこの剣と相性が良かったために王宮直属の騎士から剣を習い、聖剣技の習得に至った。


「―――い?」

 私が何故聖剣を扱えるのかは自分でも分からない。

 周りからは『私が勇者の生まれ変わりではないか?』と期待されていた。


 しかし、現実は違ったみたい。

 本当の勇者は、私の可愛い後輩と異世界から現れた少年の二人だった。


 勇者は、地の女神ミリクと風の女神イリスティリアの二人が一人ずつ選定する。

 そのため、同世代に勇者が三人誕生したという事例は一度もない。


 簡単に言えば、私は勇者に選ばれなかったのだ。

 だけど、それは別に構わない。別に勇者になりたかったわけじゃないから。


「――んぱい?」

 自分が勇者でなくても構わない。

 大事な妹分の後輩サクラを守れるのであればこの一度だって惜しくない。

 ……ううん、サクラ一人じゃない。

 もう一人の私を慕ってくれる少年レイだって、私にとっては――。


「―――先輩!」


「えっ!?」

 突然耳元で大声で叫ばれたせいか、私は思わず驚いてしまった。


「ちょっと、何よいきなり……びっくりさせないで頂戴」


「それはこっちのセリフですよ! さっきから何度も呼んでるのに全然反応しないんですから!」


「あぁ、ごめんなさい。考え事してたらつい……ね」


「全くもう……。しっかりしてくださいよねー」

 頬を膨らませて怒る後輩を見て、私は苦笑しながら謝る。


「悪かったわ、気を付けるようにするから許してちょうだい。ところでどうしたの?」


 私がサクラに質問すると、サクラは空を指差して言った。


「さっき、師匠がレイさん達が危ないからって言って飛び出していきましたよ」

 私はサクラの指さす方向に視線を向ける。

 遠くでレイ君達が雷龍に乗って魔軍将ロドクと戦っていた。


 どうやら、一度撃破したはずのアンデッドドラゴンが戦線復帰して状況不利になったところをウィンドとレベッカちゃんが助けに向かったようだ。


「私達も助けに向かった方がいいかな? どう思う、カレンさん?」


 ベルフラウさんの私に向けた質問に私は答えを窮する。

 アンデッドは時間を置くとまた復活してくるかもしれない。

 安易に気を抜くとこちらも危険だ。


 このアンデッド達は普通のアンデッドと比較して耐久力と再生力がある。

 おそらく死霊術士である魔軍将ロドクの能力の高さの影響だろう。


 こいつらを完全に倒しきってから私達も参戦した方がいいかもね。


「この場にいる敵を全滅させてからにしましょう。その後で援護に向かいます」


「分かった。じゃあ、まずは目の前の敵を倒しちゃおうか!」

 ベルフラウさんの言葉に皆が力強くうなずいて各々の武器を構える。


 しかし、今から一気に勝負を掛けようかという時に異常事態が起こった。

 救援に向かっていたウィンドが突然、竜の姿に変化したからだ。


「……?」

「……???」

 私とサクラがその光景を見て一瞬フリーズする。


 そして、その直後に。


「はあああああああああぁぁぁぁ!?」

「ええええええええぇぇぇぇぇ!?」

 私とサクラがそれを見て驚いて大きな声を出してしまう。


 それにビックリしてベルフラウさんが言った。


「二人とも知らなかったの?」

「いや、そんなの初めて見ましたし……」

「色々謎ではあったけど、竜に変身するのは予想外よ!」


 あいつは色々人間離れしてる所はあった。

 それでも、一応人間だとは思っていたのだけど、もしかしたら人間ですらないのかしら?


「それにしても、あの姿は何処かでみたような……」

 ベルフラウさんは口元に指を当てながら記憶を探っているようだ。

 会ったことあるのかしら。


「ま、あいつの事は後で問い詰めるとして、こっちを何とかしましょうか」

「そうですねー、師匠がヤバイ人なのはもう分かってますし」


 さっさと勝負を付けて私達も駆けつけないとね。

 あの子たちも強くなってるから、手助け無しで勝っちゃうかもしれないけど。

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